第一話 アンチ・リア充
雨粒が窓に当たる音が、パラパラと小気味いい。
うつらうつらした頭で、小刻みに揺れる車窓からの景色を眺める。
梅雨入りしたばかりの空は、重い灰色をしている。晴れ間は見えない。
私は、膝の上に置いた鞄の上に頭を乗せると、押し寄せてくる睡魔に身を任せて眠りに落ちることにした。
カタンカタンという電車の振動と相まって、眠気が一層強くなる。
ちらりと時刻を確認すると、学校の最寄り駅までまだ時間があった。
これは一眠りしても大丈夫だろう。
私は目を閉じる。
カタン、プシュー……。
わずかに音を立てて電車が止まった。
とある私立大学の最寄り駅だ。ここで一気に人が減る。
ざわざわという人ごみの流れる音に私は顔を上げた。
人が減って静かになった車両に、空席が目立つ。
私の隣に座っていたおっさんも、いつの間にかいなくなっていた。
静かになって寝やすくなったと顔を鞄にうずめたとき、
「あ、あそこ空いてるよ」
「よかったな、座れるぞ」
そんな声が聞こえてきて、私は反射的に顔を上げてしまう。
同じ中学の男子と女子が私の隣(さっきまでおっさんが座っていた)に並んで座っている。
知らない顔だ。おそらく年下だろう。
ひょっとしてこいつらと思ってみていると、どうやらそうっぽい。
女子が持っているスマホのイヤホンを二人で共有し、女子の鞄を男子が持ってやっているようだ。
会話に耳を澄ませてみる。
「××駅の近くに新しいカフェがオープンしたんだって」
「ふーん、それで?」
「何よ、冷たいねえ。それでじゃないでしょ?」
「あーはいはい。今度行こうな」
「うん、奢ってね」
「いや無理」
ここら辺で私は聞くのをやめた。
席を変えてやろうかと思ったが、面倒なのでやめた。
溜息が出る。
さっきまでの眠気はどこかへ行ってしまった。
私はぼんやりと窓の外を眺める。
さっきより強くなった雨がビシバシと窓ガラスを打つ。
ああ、なんかイライラする。
隣ではリア充がいちゃついてるし……!!
私の名前は戸室愛梨。聖和中学校の三年生。
世間では受験生と呼ばれる年齢なんだけど、聖和中は私立で、エスカレーター式で附属高校まで行けるから、取り立てて勉強する心配はない。日々の学習は目が回るくらいハードだけど。
さっきの描写から察する通り非リア充。付き合った経験は一度もない。そのくせ友達はどんどん付き合いだすから、余計虚しさが目立つ。だからリア充を見るとイライラする。
この時期になると、恋人はできないんじゃなくて作らないの!と豪語するのにも限界が来る。
身長は160センチ強。髪は背中まで長く、後ろで無造作に束ねている。ルックスは決して悪くはないけど、特別良くもない、平均的な顔立ちだ。
せめて、男子からちやほやされるくらい、可愛かったらなあ……。
溜息をついて、窓の外を眺める。
いつの間にか、もうすぐ降りる駅だ。
でも、見た目だけで人を好きになるってのも、いかがなものかと思う。
そんなの、強がりだってわかってるんだけどね。
電車が駅に着いた。
改札をくぐる。外は相変わらずの雨だ。
さっきのリア充は、ちゃっかり相合傘なんてしてる。
……忌々しい。
大人用の大きな傘の中に一人で収まりながら、私は舌打ちをした。
チッという音は、雨にかき消された。