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ウィスパー寄稿文店主の憂鬱  作者: 畑々 端子
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 ビル・クリストファー と言えば、少なくともロンドンでその名を知らない者はいない。

 これ見よがしに金色の目立つビルのことを人は成金主義者と罵る。

 実際に、ビル・クリストファーは成金なのだから、言い得て妙だ。

 

そんな成金のビルにつけられたあだ名が『石油会社の庭師』。


 実のところ、私はビルのことを知っていた。私がまだ社会部の記者をしていた頃、ビルが成金になった経緯を友人でもある同僚が取材していて、主に愚痴だったけど、色々と聞かされたのだ。

 ビル・クリストファーはロンドン郊外に住まう銀行員と教員の両親の元に生を受けた。兄弟はいない。

順当に大学まで進み、企業コンサルティング会社に入社する。

波乱も苦節も激動も不幸もない、とても平凡な人生。

唯一の、波乱と言えば、婚約していたクリス・ハワーと言う女性に突然、婚約破棄を申し込まれたことだろうか……友人もどれだけ食い下がっても、婚約破棄に至った経緯は聞き出せなかったと言っていた。

「そんなに、興味があるんなら、ここから先は俺の部屋で話そうじゃないかっ!」と言いながら迫るビルを鞄で殴りつけて逃げて以来、取材をやめたとも話していた。


 この分だと、この男にとってはご褒美だったに違いない。 


「俺はクリスを愛してたんだ……フィッシュ&チップスの次に愛してたんだ!それなのに!それなのに!彼女は…俺を捨てた……」


 彼が世間話をしている間に、私は、メモを取るふりをして、適当に相槌を打ちながら、そんな回想に耽っていた。


すると、


「趣味がドライブなんだよね。今度一緒に行こうよ」

「乗り物に酔うので」 

「即答とかゾクゾク来るねっ!君って色々とツボを押さえてるよね!そうだ、ドライブと言えば、フィッシュ&チップスの旨い店を見つけてね。今度、ご馳走するよ。僕のフィッシュ&チップスでもいいけどねっ!」 

「えっと、ちょっと何言ってのるかわからないです」


 僕のフィッシュ&チップスって何?


と言う会話を経て、彼は何かのスイッチが入ったかのように、そんな告白しながら頭を抱えてふさぎ込んだ。

フィッシュ&チップスの次に愛していたクリスに振られたことがよほどショックだったらしい。 


「俺はあまりのショックに、心を病んでしまったさ。それはもう奈落の底に突き落とされてしまったようにね。会社を辞めて、俺は部屋で、膨大な彼女との写真をハサミで切っては燃やしていたんだ……」


 写真をハサミで切って燃やすって……私は軽く引いてしまった。


「そしたら、間違えて彼女の盗……想い出の写真までハサミを入れてしまってさ。その時にさ、あぁ、おれの人生終わったわ。って思ったわけ……」


 この男、今、盗撮って言いかけなかっただろうか?自分の婚約者を盗撮するなんて……差し詰め、盗撮行為がバレて振られたのだろう。


「なるほど。それが自殺の動機だったんですね」


「そうだとも。っで、いざ自殺することにしたんだけど、色々考えちゃってさ、痛いのも嫌だし、薬って言うのもなんか俺には合わないと思って。ほら、俺って人知れず死ぬタイプじゃないからさ」


「そうなんですね」


「そそ、だから、砂漠に行くことにしたんだよ」


「砂漠ですか?観光とか…ではないですよね?」


「もちろん自殺する為に決まってるだろ!飛行機をチャーターして、空港で車を借りて、砂漠近くの村まで行って、そこでラクダを借りて遺跡巡りをしたよ。知ってるかい?エジプト以外にもピラミッドはあるんだよ。まぁ、規模はずっと小さいけどね」


 それを人は観光と言うのでは……


「えっと、それは、死に場所を探していたということでしょうか?」


 行為はどうあれ、『観光』も『死に場所探し』と書けば格好はつく。


「うーん。ちょっと違うかなぁ。ほら、大自然に触れてみると、自分の悩みなんてちっぽけに思えて来てさ、それに、よく考えたら、女はクリスだけじゃないんだって気が付いたわけよ」


「えっ……それじゃ、自殺するのはやめてしまったんですか?」


「なんだよー、それじゃまるで俺が生きてたら駄目みたいじゃないかよー。はいはい~生きててごめんなさい~」


 この男はそんな面倒くさいことを言いだした。私は右手が出そうになるのを必死に我慢しながら「すみません。そういうつもりはありません」と真顔で返事をした。


「うーん。今のはほら、バーンってやって良かったところなんだけどなぁ。君のポイントって難しいよね。まあいいや、クリスのことはどうでも良くなったんだけどさ、ほら、会社辞めてるし、死ぬつもりで来てるから、貯金も使い果たしちゃってたし、アパートも引き払ってて、帰ってもお先真っ暗なの思い出して、やっぱり死ぬことにしたんだよ」


「確かに、家も貯金もなしというのはお先真っ暗ですね」


「とりあえず、ラクダに揺られて砂漠を歩き回って、野宿したんだけど翌朝起きたら、ラクダがいなくなっててさ!杖を杭代わりにして繋いどいたのに、引き抜いてどこかに消えたんだよっ!」


 砂漠に杭打つって……私は苦笑しかできなかった。


「荷物は降ろしてたから、とりあえず歩き出したわけだけどさ、暑くて暑くて、水が無くなっちゃって、やべーって思ってたら、近くに止まってる車があってさ、荷台に水入りのボトル一杯積んでたから、売ってもらって事なきを得たなんだけど、いやー本当に死ぬかと思ったね」


 腕を組んで、何度も頷いた彼は、思い出したように「いや、死ぬつもりだったんだよ、本気で」とつけ足した。


「その車に乗せてもらおうとかは考えなかったんですか?」


「あ……もっ、もちろんだとも!自殺しに行ってるのに!そんなこと考えるわけがないじゃないか!」


 わかりやすく狼狽するビル。


 そもそも、水を買ってる時点で、本当に死ぬ気があったのかどうか疑わしい……


「その後も、歩き続けてさ。汗が出なくなって、干乾びて行くのを実感しながら、ボトルに入った水を砂漠に捨てる俺。ハアハア…ちょっとずつ捨てるのがコツなんだよ!人生であれほどの快感を感じたことはなかったな……ハアハア、今でもハアハァ思い出すだけで、鳥肌がハアハア……」

 ダメだ。やっぱりこの男はダメだ。死ぬ気なんてなかった。これ決定。


「その後、どれくらいの間、砂漠を彷徨ったのです?」


「んーと、10日くらいかな。長年、ボーイスカウトをやってた技能が役に立ったね。主に、どこでも寝られるスキルがねっ!」


「えっ、10日間もですか⁉食料とかはどうしたんです?ボーイスカウトと言うことは、トカゲとかサソリとかを捕まえて食べたとか、そういうサバイバルスキルで乗り切ったということでしょうか?」


 砂漠に身一つで10日間はそこそこ、凄いと思った私は、はじめて、気持ちを込めて質問をした。


「いんにゃ、オアシスとかで観光客相手の屋台だの、宿泊施設とか色々あってさ!トカゲとかサソリ?そんなオゲレツな物、俺が食べるわけないじゃん」


 私は、熱っぽく質問をしてしまった自分がとてつもなく恥ずかしくなった。

 この男に、そんなサバイバルスキルがあるはずがない。


「ボーイスカウトに謝ってもらっていいですか」


「なんで?」


「いいから」 


私は満面の笑みで握り拳を見せた。


「そっ、そんな……ハァ…ハァ…硬く握った拳でっ!ごめんなさい!しかも…ハァ…拳の中にある…ハア…万年筆をどう使うつもりなんだ‼刺すのか、刺すんだよねっ!よろしくお願いしますっ‼」


「ビルさん、続きをお願いします」 


 ハァハァ言ってたけど、一様、謝ったので私の気はすんだ。


「えぇーっ。その振りで何もしないって反則だと思うんですけどー詐欺だと思うんですけどー」


この男は、再びそんな面倒くさいことを言いだした。私は右手が出そうになるのを必死に我慢しながら「すみません。そういうつもりはありません」と真顔で返事をした。




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