第七話:戦いの始まり
「て、てめぇ何で生きてやがる…」
怯えたようすで小男が問う。
「さぁね、ただ掃除はこまめにするべきだと思うよ」
白波は皮肉めいて言った。
「どうやって出てきやがった!この穴は簡単には出て来れないように作ったんだぞ!この俺が!」
「へぇ、君が作ったのか。そりゃあ骨が折れただろう」
「まぁな、これを一週間で作れと言われたときはどうしようかと…って、そうじゃねぇ!どうやって出てきやがったと聞いてるんだ!」
白波は小さく笑い、答えた。
「この子がいてくれて助かったよ。この子から『借りて』出てこれたからね」
そういって白波は、肩の上の「それ」を指し示す。
「借りたァ?訳の分からんことを!そのヤモリがどうしたってんだ!」
ヤモリ、そう、ヤモリである。
ヤモリという生物は知ってのとおり、壁や天井に貼りつくことができる。
その原理は指先に生えたナノ単位の毛束一つ一つの分子と壁の分子間に働くファンデルワールス力と呼ばれる引力によるものであると言われている。
「だから、『借りた』んだよ。ヤモリが壁に貼りつくことくらい知ってるだろう?」
白波はおどけたように言う。実際、白波はその壁に貼りつく力を借りて穴から這い出てきたのだ。
「そ、それくらい知ってるに決まってるだろ!どこまでもバカにしやがって!殺す!」
男は自らの武器である鉤手甲を構えた。
白波も槍と盾を構える。
「俺は!万年見張り番なんかじゃあねェェェェエ!!」
先手を打ったのは男である。小柄な体を活かして身軽な動きで死角から飛びかかる!
「速さ勝負なら…」
打ちかかったはずの白波が消える。
「負けないよ!」
そして着地した男の後ろに現れる!
「何だと!?グハァッ!」
そして手にした大盾で殴りかかった!
衝撃で吹っ飛んだ男の体は、口を開けたままの落とし穴へ!
「あっ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
情けない声を上げ、闇に吸い込まれていった。
「あーあ、まあいいや、そこでしばらく反省しててね」
そう言い残して白波は森の奥へと進んでいった。
「ここ……かな?」
急に森が開けた所に出てきて、そうつぶやく白波の前には、底の見えない崖に囲まれた物々しい建物。
建物に向かう道は…見当たらない。
「どうやってあそこに行けばいいのかな?」
ぐるっと周りを一回りしたが、道の繋がったところも吊り橋も見当たらない。
「この深い谷を一々降りて登ってるわけでは……無さそうだなぁ」
とりあえず、建物の正面に戻ってくる。すると、不意に声がかかる。
「合言葉を言エ!」
不自然に高い声だ。
「合言葉……?そんなものが必要なのか…」
無論、白波は合言葉などは知らない。
「聞こえんゾ!あと三秒待ってやル!3!2!」
「わわ、ちょっと…えーと、王様の耳はロバの耳!」
「……なんダ?それは……お前侵入者だナ!」
そう言った瞬間、建物上部バルコニーの扉が開いた。
中から出てきた男が、白波を見すえた。
「やっぱり見ない顔ダ!侵入者ダ!侵入者だゾーー!!」
そう叫ぶと、どこにこれだけの人数が隠れていたのか、周りの森の中から無数の盗賊達が現れた!
「侵入者だ!」「ヒャッハー!」「ちょ、お前、押すな…うわぁぁ」
何人かが崖に転落しながら、大群は白波をめがけ押し寄せる!
「くっ…これだけの人数相手は…」
白波は盾を構え、攻撃に備える。
「喰らえ!」「ヒャッハハー!!」「ぐわっ!」
何人かを槍でいなしながら、必死に防ぐ白波!だが、さすがにこれだけの大群は分が悪い!
「くっ……こういうときは…!」
白波はくるりと踵を返し、森の中に逃げ込んだ。
「待てコラァ!」「待て待てーッ!」「ヒャハァー!」
「どこかに…どこかにいないのか!」
白波は何かを探しているようだ。
「くっ…」
いかに白波が素早く動けるとはいえ、馴れていない森の中だ。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
現に今、一人の盗賊が追いついた!
「捕まえt」「見つけた!」
その盗賊が白波を捕らえようと伸ばした腕は空を切った。
「な、なんだとぉ…!?」
白波の体はすでにそこには無かった。ではどこに?
答えは空である!驚くべきことに、白波は空を飛んでいた!その背中には紛う事なき翼が!
「君を探してたんだ。見つけられてよかったよ」
そう白波は腕の中の鳥に語りかける。その鳥には翼が…無かった。
「勝手に借りてごめんね、すぐ返すから」
そういって白波が空を飛んで向かうのは、無論先ほどの建物である。
「奴は上だ!追いかけろ!」「上だ!」「上!?」「ヒャッハッハハハァ!」
盗賊達も続々と引き返す!
「侵入者だゾー!しんにゅ…何だあれハ!?」
アジトのバルコニーで未だ叫び続けていた声の高い男は驚愕の目で白波を見た。
それも無理からぬことだ。ただの人間は空を飛ばない!
「上だー!追いかけ…ん?地面が」「どうしたんだ、早く前に…あっ!?無い!?」「ヒャッハアァァァァァァ!!?」
上ばかり見て白波を追いかけていた盗賊達は次々と崖から転落!
「お前たち前!前を見ろーッ!落ちル…ああああ…」
上から注意を促していた声の高い男はうなだれた。
あまりに追いかけるのに夢中になっていた盗賊達は、男の声など耳に入らなかったのだ。
「こ、こうしちゃいられなイ!ボスに報告ダ!」
そう言って男はアジトの中に急いで入っていった。
「やれやれ、酷い目にあったよ…君もごめんね、今返すよ」
バルコニーに降り立った白波がそういうと、背中の翼は消え去り、鳥には翼が戻った。
自分に起こったことが信じられないようにしばらく目を白黒させていた鳥だったが、やがてふらふらと飛び立っていった。
「さて、ここからが正念場だね…」
白波はゆっくりとアジトに足を踏み入れた。
続く