5-4:精霊王
火山への入り口は、大きな門によって閉ざされていた。
当然のようにすり抜けて通る。
こうなったら精霊に直談判するしかない。
精霊は……この山にいるはずだ。
「あっつい……」
しばらく登山道を登っていくと暑さが急激に増してきた。
「うーん……幽霊でもこういう感覚は残ってるものなのね……なんというか体温?が高いというか……」
暑さを紛らわすためにそんな独り言をいいながら自分の体を見ると、服が真っ赤になっていた。
「……えっ?」
……暑さで目がおかしくなったのかも知れない。
目をこする。
変わらない。
遠くの空を見る。
いつもと変わらない青だ。
ならばと服をもう一度……
やっぱり赤い。
「えっ!?なんで!?そんな……白いのがお気に入りだったのに……」
ショックだ。
だいたいこんなに赤かったら髪の色と被ってしまう。
「こんなんじゃ皆にセンスのない人だと思われちゃうわ……」
ひとしきり落ち込んだ後で真面目に考える。
これは多分、火山の噴火によってここら一帯の「火」の元素が大幅に増した影響だろう。
グラントさんによると、私は本来「魂」だけの存在だが周囲の元素を引き寄せて体を形成しているらしい。
つまり周囲の元素バランスが変われば私の体の構成要素も変わって……
「だからってこんな分かりやすく色まで変える必要ないじゃない……」
まあ、色は魔法に深く関係のある要素らしいから仕方ないのかもしれない。
「どうやらここを通らないと頂上には行けないらしいわね……」
見るからに暑そうな洞窟を覗き込む。
火口が近いのか、流れる溶岩が赤く光っている。
よく見ると入り口に倒れた看板が立っていた。
『危険!命の不要な者以外立ち去るべし!』
命はそもそも持って無いから立ち去る必要は無いとして……
でも生きてたときから暑いのは苦手だ。
……寒いのも苦手だけど。
「うー……仕方ない!」
仮にも幽霊だし、暑さでダウンすることは無い……だろう。
足を一歩踏み入れる。
瞬間。
「……!?」
周りからゾクッとする殺気を感じた。
憎しみや怒りの混ざらない純粋な殺意……まるで刃物のように突き刺さる。
「……洞窟が生きて私を取り込もうとしてる……?」
そう錯覚するほどの無機質な殺意だ。
と。
『知恵ある者のみ我が元に来たれ!さもなくば死あるのみ!』
高圧的な声が響いた。女性のような声だ。
「誰!?もしかして……精霊!?」
……返事は無い。
「……分かったわよ、こと知恵においては、負けるわけにはいかないわね……!」
そう、お父様の名にかけて!
当たり前だが、辺りに生物の気配は無い。環境が過酷過ぎるからだ。
「それにしても……これは厄介ね」
急に洞窟が狭くなり、行く手は五つに分かれている。その先も複雑に分岐しているのが見える。
溶岩の流れも無くなり、道はほの暗い。
「とにかく先に……」
『第一の門。天に至るはただ一筋。誤りし者は地の底にて果てるべし。引き返す者も同じく。』
「うわっびっくりした」
どうやら、虱潰しは利かないらしい。一回で正解を導き出す必要がある。
「でもそんなの、どうしろってのよ……」
分岐の前でウロウロしつつ、考える。
「誤りし者は地の底……落とし穴の仕掛けでもあるのかしら」
試しに小石を拾って投げる。
どの道からも確かな音が返ってきた。どうやら足元は空洞でないらしい。
「何の気なしに投げたけど、ここらの石すっごく丸いわね……なんだか不自然なくらい」
よく見ると天井の一箇所から溶岩が染み出しているらしい。
天井から垂れ下がって丸くなり、固まって落ちてくるためこのような形になるらしい。
「なるほど……これからは頭上注意ね」
「んー……」
特に意味は無いが、石を投げつつ考える。
「天に……至る……うーん……」
石を拾って、右端の道に投げる、拾う、その左に投げる、拾う……
「あっ!」
……自分でも思ったより大きな声が出てしまった。
「この石、なんか人の顔みたいね……」
……馬鹿馬鹿しすぎて自分に怒りを覚えた。でも本当に笑った人の顔のように見える。
「そんなのはどうでもいいのよ!」
中央の道に投げる。
……転がって戻ってきた。
「なんだってのよこいつ……」
苛立ちが募る。もう一度より遠くに投げる。
……また戻ってくる。
「なんなの!?道が傾いてるのかしら……?あっ!!」
道が……傾いている!
見た目では分からないけどほんの少し道が傾いているらしい。
一応確認のため他の道にもう一度石を投げ込む。
思ったとおり奥側に傾いているため、向こうに転がっていった。
「なるほどね、天に至る道……つまりすこし上向きに傾いてる道を選べばいいのね!」
第一の謎は解けた!上機嫌になって顔みたいな石を拾う。こいつのおかげで先に進める。
「まー、分かってみれば単純だったわね!この分じゃ第二、第三、その先も余裕かしら」
鼻歌交じりに石を投げ、正解の道をたどって行く……
20ほどの分岐を過ぎてそろそろ疲れてきたころに、分岐地帯は終わりを告げた。
その次に見えたのは……
「あれ?行き止まり……?間違えたかしら」
丸い部屋のようになっていて、先に続く道は見当たらない。
辺りを見回す、と。
『第二の門。道を照らすは揺らめく炎。加えて唸る拳なり。』
「……何よそれ」
正体不明の声が、意味不明の文章を再び唱えた。
「炎、ね……確かにここは暗いわね」
分岐路を進むにつれてだんだん暗くなり、今やほぼ暗闇だ。
幸いにして夜目は利く方だが……
「でも燃やせそうな物が無いわね……火種も無いし」
……
「いや、無くていいか」
魔法の弾を掌の上に出す。
先ほどの戦いでもそうであったように、それは火の玉になっていた。
空気中の火の濃度が桁違いに高い故、魔法も変質しているのだろう。
「さて、これが道を照らす……?」
とりあえず部屋の隅々まで炎で照らしてみる。
「あー……なるほど」
分かった。壁にひびでも入っているのか、風が吹き出しているらしい。炎を近づければ分かるほど微弱に、だが。
「それで『唸る拳』ね……」
私は幽霊だから拳を唸らせる必要は無さそうだ。
当然のようにすり抜け……
「あいたっ」
られない。額を思いきりぶつけてしまった。
「なんで!?」
『小細工は許されぬ……』
「……ああそう」
全部お見通しって事ね。
「ならやってやるわよ、見てなさい……!」
硬く握った拳に、纏わせるは火の魔力……!
「砕けて……爆ぜなさい!」
壁に向かって振り抜く!
衝撃で拳に貯めた魔力が開放され、迸る!
「きゃっ……!」
……少し力を込めすぎた。爆発の衝撃で吹っ飛んで尻餅をついてしまった。
「加減を覚えなきゃね……」
壁を破壊した先に見えたのは、広い空間と厳かな神殿だった。
「……ここが精霊の住処かしら?」
『……最後の門。その眼に映るは真実なりや?偽りを見し愚者は死、あるのみ。』
「もう最後なのね、案外短かったわ」
とにかく神殿に進もう。
「これは……すごいわね……」
間近で見るとかなりの威圧感のある神殿だ。
炎が神殿として形を成したような、そんな感じ。
思わず身が竦む。
「……怖気づいてても進まないわ、私は精霊に会わなきゃいけないんだから!」
足を一歩踏み出す……そうしようとした時。
「?」
何かが落ちる音がした。足元に目をやると、さっき拾った顔の石が落ちていた。
「ああ……まだ持ってたっけ……あれ?でも……」
おかしい。さっき岩の壁にすり抜けを試みた時、地面に落ちていないとおかしい。
すり抜けは便利だが、持っているものや身に着けているものがすべて落ちてしまうのが難点なのだ。
拾いなおした覚えはない……
「ま、いいか」
もう一度拾う。
「……?さっきこんな渋い顔してたっけ?」
なんか表情が……心なしか焦っているような怒っているような顔になっている。
「気のせい……でいいや」
気を取り直して、足を踏み入れる……
「えっ?」
突然、浮遊感が襲う。床が無い……!?
「おっととと……」
慌てて宙に浮く。
危なかった。幽霊じゃなかったら死んでた。
……?幽霊じゃなかったら死んでたって言うのも変かな?
「そういえば私宙に浮けるじゃん……律儀に山登る必要無かったわ」
しかし……なんで急に床が……?
見上げるとそこには既に神殿は無かった。
「……えっ?」
代わりに目の前には大穴が口を開け、その下には恐ろしいほどの熱量を放つ溶岩が流れていた。
「なるほど、死あるのみ、ね……ぞっとしないわ」
よく見ればその更に奥に神殿が見える。
「暑さで空気が歪んで、近くにあるように見えた、そういうことね……」
種が割れればあとは進むだけだ。壁際の狭い足場を伝って、神殿へ。
「さあ辿り着いたわよ!顔を見せなさい!!精霊!いるんでしょ!」
神殿に乗り込み、奥の大きな部屋で叫ぶ。
これまでの荒々しいイメージとはうって変わって神聖な雰囲気が漂っている。
「……やかましい小娘じゃのぅ……お主一体何者なんじゃ」
声は意外な所からした。ポケットの……中?
「聖なるこの場所に土足で入りおってからに……」
顔の石がまたポケットからひとりでに落ちた。
「えっ……」
絶句しているうちにそれはどんどん転がって部屋の奥にある溶岩の池に落ちた。
次の瞬間、凄まじい炎が上がった!
「うわっ……」
思わず顔を覆って後ずさる。
目を開けていられない……!
「目を開けよ、人ならざる者よ」
「……う……」
促されるまま目を開けると、そこには……
「我が名は精霊王カーディラ!知恵ある者よ、話を聞こうではないか」
気だるげな美貌を湛えた巨大な女性が佇んでいた。
続く。




