5-2:人食い
「闇……?」
耳を疑った。
「そう、忌まわしき過去……つい最近まで行われていた、ある習慣の事さ」
「あの山にはね、精霊様が住んでいらっしゃるんだ」
「精霊様?」
「炎を司る力を持っているといわれる偉大なお方だよ」
「すごい人なのね」
「人じゃないよ、精霊様さ」
精霊というものはよく分からないが、きっと幽霊と似たようなものだろう。
「そのお力でこの村に熱の恵みをもたらして下さっているのさ」
「そうなんですね」
「でもね、私達はそれ相応の犠牲を払う必要があった……」
村長さんは声を落とした。
「つまり、生贄をね」
「生贄……?」
聞き覚えの無い言葉だ。
「子供や若い女を、精霊様の口に生きたまま捧げるのさ」
「精霊様の口?」
「……今は人食い崖と呼ばれている所さ」
思わず、息を呑んだ。
「えっ……そこに……捧げる?生きた人を……?つまり……どういう意味?」
理解が追いつかない、いや、頭が理解を拒んでいるんだ。そんな……
「そうだね……あんたには、残酷すぎる話ね……」
村長さんは遠い目で火山を見つめていた。
もやもやした気持ちのまま、私は村長さんの家に戻った。
つまりはつい最近まで精霊様のために生きた人間を……崖に?
その崖で最近、人が死ぬという事件が起きている……?
……祟りか何かじゃないかしら。
幽霊がいるんだし、祟りだってきっと……
「リディアさん!」
「ふぇっ?は、はい!」
……考え事をしているときに急に声をかけないでほしい。
「ちょいと来ておくれ」
村長さんに連れられて来たのは、集会所のようなところだ。
村の人たちも大勢いて、机の上には所狭しと料理がならんでいる。
「あの……これは?」
「この村はね、観光業で成り立ってきた村だから、旅人は一人ひとり大切に扱う伝統なのさ」
伝統、という言葉を聞いて表情が曇るのを隠した。
「さ、みんな!主賓も来たことだし!みんなも盛り上がっとくれ!」
村の人たちの反応は、納得しようとする気持ちと疑いの気持ちがせめぎあっているのが分かるようだった。
しばらく村長さんと行動していたからか、さっきよりは疑いも緩んだような気がする。
でも、依然として私の正体は怪しいままだ。この反応も、当然の物だろう。
「おや?ラズーはどこだい」
村長さんが辺りを見回した。
「ラズー?あいつは……今日も家でムニャムニャやってんじゃないですかね」
「そうかい……こんな時くらい忘れればいいのに……」
どうやらラズーという人を探しているらしい。
「すまないが呼んできてくれるかい?」
「えっ、でも……」
「た、たたた大変だっ!!」
突然、男の人がすごい勢いで走って入ってきた。
辺りは静まり返った。
「……おや、うわさをすれば向こうから来たようだね、何が大変なんだい?」
ラズーさんであろう男の人は息を整えた。
「今日……今夜!人食い崖がまた……人を食う……!」
途端に辺りはざわめき始めた。
「なんだって……人食い崖が?」
「聞き間違いだよな……?」
「やっぱりあの旅人……」
私はいたたまれなくなった。
「静かに!!」
村長さんが一喝し、辺りは静かになった。
「ラズー、詳しく聞こうじゃないか、どういうことだい」
「俺の占いにそう出た……これまでの三人の時も、俺は外さなかった……今夜もそうなる!」
「……確かなのかい?」
「いや……星だ、星を見れば確実だ……あと少しかかる」
「そうかい」
村長さんは再び周りに向けて、
「皆聞いたね?仕方が無いが大事をとって今日は解散だ、皆各々の家でじっとしているように!」
そしてラズーさんに、
「夜にまた報告に来るんだ、確実にそれが起こるならね」
と、言った。
「本当にすまないね、こんな事になって」
そう私に謝る村長さんの顔は悲壮だった。
「いえ……」
私はどう返せばいいのか分からなかった。
「もう、奥の部屋で休んでいてくれて構わないよ、私はこれから色々やることがある……」
「分かりました、ありがとうございます」
暗に、一人にしてほしいと言っているのだろう。私は奥の部屋に行った。
ベッドに横たわり、しばらく考える。
人食い崖が人を食う?つまり……また人が死ぬのだろうか?
やはり生贄の風習が関係しているのか……それとも。
「そう見せかけたい誰かの犯行……?」
ガチャリ。扉を開ける音が聞こえた。
きっとラズーさんが星の様子を報告に来たのだろう。
私は気になって様子を見に行くことにした。
どうやら村長さんとラズーさんは二人で外に出たらしい。
どうしよう、外に出てもいいだろうか……
しばらく躊躇した。
だが悩んでいても仕方が無い。とにかく外の様子を見てみよう。
「あれ……?いない?」
てっきりすぐ外で空を見上げるために出たのかと思ったのに。
見渡しても人っ子一人いない。
皆怯えて家から出てこないのだ。
「まさか……二人で崖の方に?」
そんな嫌な予感が頭をよぎった。
「た、大変……行かなきゃ!」
崖に向かいながらいろいろな事を考えた。
本当に祟りだったとしたら……きっと打つ手は無いだろう。
元はといえばこの村のおぞましい習慣が悪い。
あの村長さんもその当時は黙認……いや、もしかすれば加担していたのかもしれない。
……信じたくは無いけど。
でもそれに見せかけた誰かの犯行だったとしたら……
誰か?
一体誰が?
ここでラズーさんの言葉を思い出した。
『これまでの三人の時も、俺は外さなかった!』
まさか……まさか!
自分で予言をして、自分で手を下す。
こんなに簡単な予言は無いだろう。
でも……なんのために?
それだけは分からなかった。
崖に着いた。
「村長さん!どこ!?返事して!」
力一杯呼びかける。
だがその声に答えたのは村長さんでも、ラズーさんでもなかった。
「フフフフフフ……」
崖の先端からゆっくりと振り返ったのは、異形としか言いようのない『何か』だった。
「コノウラミ……ハラサデオクベキカ……カカカカカカカカ」
恨みが固まって形を成したようなその怪物は無数にある目をこちらに向けた。
「恨み……?ま、まさか、本当に祟りだなんて……」
「オマエ……ウラミ、ナイ……タチサレ……」
怪物は意外にも理性ある言葉を発した。
「……そ、村長さんは?どこ?」
「ソン……チョウ……?シラン……」
「女の人がいたでしょ!」
「オンナ……?」
怪物は声にならない笑いを漏らした。
「……クッタ。ワタシ、クワレタ……だから、クッタ」
「食った……ですって……?まさか、そんな!」
「コイツモ、クウ……コイツ、ウラミ、オオイ……」
そういって太い腕で掴んだ物を見せてきた。そこには……
「ら、ラズーさん……!」
「あ、あんたは……崖に倒れてたっていう……!お、俺はあんたが元凶だとばかり思っていた……」
息も絶え絶えにそう言うラズーさんの顔は恐怖一色だった。
「に、逃げろ……村長は……一瞬で……俺でも気付かない内にやられた……逃げて、村の連中に逃げるように言うんだ……!」
「オマエ、ウルサイ……!」
怪物は大きく口を開けて……!
「う、うわああああああ!!!」
「いやっ……!」
思わず、目を背けた。
バリッ、ゴリゴリ……
嫌な音が響いた。
恐る恐る目を開けると、怪物の足元に人の足が一本……
「ひっ……」
「カカカカカカカカ……クッタ……クッタゾ……!」
怪物はニタリと笑った。口から血が流れる。
「サア、ハヤクタチサレ……オマエモ……クウゾ……」
言われなくても逃げ出したい。心からそう思った。
「でも……逃げちゃいけない!私は逃げない!」
自分を奮い立てる。
「ナゼダ……ナゼニゲナイ……?」
怪物は心なしか哀しげな目をした。
「白波様なら」
ゆっくりと怪物に向き直る。
「逃げ出すなんて選択肢、絶対に選ばないわ!」
「……ワカラン……ワカラン!オマエ!クウ!」
怪物は癇癪を起こしたように地団太を踏んだ。
「負けるもんですか!」
私は魔法を構えた。
続く。




