4-1:出会い
『くれぐれも、気をつけろよ』
俺は最後に白波にそう言った。
気の利いた言葉なんて思いつかなかった。
俺自身、緊張していたし、本当に白波の事が心配だったんだ。
でも、その心配をする余裕も無い状況になっちまうとは……
第四章 鉄男編 『国領外』
覚えているのは、急に船がグラッと傾いた辺りまでだ。
どうやら中央の島付近の強い潮の流れが急に止まったことによるものらしい。
小型飛空船で白波達が中央の島に到達したすぐ後の事だ。
つまり奴らが『時計』に何かした影響だろう。
しかし……
「ここは……どこなんだ?」
船は転覆し、俺は気を失ったらしい。小さい船だったし、転覆は仕方無いだろう。
気がつくと一人で砂浜に倒れていた。
リディアや船員は近くには見当たらない。
「リディアは……もう死んでるし心配はいらないだろうが……船員は無事かな」
つい独り言が多くなる。
まあいい、とりあえず立ち上がるか……
「イテッ……なんだ?」
何かで手を切ったらしい。
砂をどけてみると、そこには……
「これは……封印の剣!俺と一緒に流れてきたのか……」
折れた刃先と柄と、どちらも俺の近くにあった。
これは不幸中の幸い……といったところか。
……高かった鎧は海の底だが。
「まあいいや……」
立って辺りを見回すと、綺麗な海と鬱蒼と生い茂る森が目に入った。
「うへ、すげえ森……盗賊の森なんか目じゃないぞこれは」
本当に凄まじい木の密度だった。しかも見たことも無い木の種類だ。
正直、入れば生きて出てこれる気がしない。
だからといって後ろは広い海だ。
「いつまでも砂浜で寝てる訳にもいかないしな……うん……」
自分に言い聞かせ、森へと足を踏み入れた。
入ってみれば真っ暗だった。葉が隙間なく生い茂り、日光を遮っている。
「う……や、やっぱり砂浜でじっとしてようか……なっ!?」
珍妙な育ち方をした木の根に足を取られる。
「バカな事言ってる場合じゃないか……」
せめてこの森を抜けて人の住んでる所か何かを見つけなきゃ待ってるのは飢え死にの未来だ。
折れちまった俺の剣の代わりに買った安物の剣を握り締め、森の奥へと進んだ。
進んで行くと少し開けた所に出た。
「ん、これは……」
焚き火の後だ。しばらく経っているようだが、これは間違いなくこの近くに人のいる証拠だ。
「ふー……安心したら疲れたぜ……」
暫く休憩することにした。
「んあ……くぅーッ」
首の痛みで目が覚めた。どうやら座ったまま眠っていたようだ。変な体制で寝たせいで首が痛む……
大きく伸びをした。
「ん?」
伸ばした腕が何かに当たる。
何か……粘ついた……
「そんなまさか、な……ははは……」
嫌な予感を抱えながら後ろを向く……
「ガルルルルゥゥゥ……」
でかい。俺の身の丈を越えるようなでかいトラのような猛獣がそこにいた。
「まさかって言っただろ!くそ!」
理不尽な怒りで俺は跳び上がり、猛獣と向き合い剣を抜き距離をとった。
「グオアアアアア!!!」
すくみ上がるような雄たけびを上げ、そいつは俺に飛び掛ってきた。
とんでもなくでかい口だ。受け止めるのは無理だろう。
「ならばこう……だッ!?」
横跳びに避け……られない。
またも木の根に脚を取られ、俺は無様に転んだ。剣が手を離れ飛んで行く。
「グルルルル……」
猛獣はゆっくりと、憎らしいほどゆっくりと俺に向き直った。
本能的に俺が逃げられないことも、反撃手段を失ったことも理解しているのだろう。
『すまん白波……俺はここまでだ……』
そんな言葉が俺の頭をよぎった。その時だった。
「待ちな!」
女の声。鋭い短刀のような、そんな印象の声だ。
「グ……」
猛獣は唸るのをやめ、声の方を見た。
「誰だい、そいつは?」
「グガア」
尋ねる女に答えるように、猛獣は優しく吼えた。
「そうかい、でも食うのはちょっと待ちな」
「ググ……」
猛獣は悔しげに去って行った。
「おい、あんた!」
女は次は俺に話しかけてきた。
黒緑の木々に浮かび上がるような新緑色の長髪を先の方で一つに纏めている。
声に違わぬ感じの鋭い目つきだ。
「た、助かったぜ……」
「助かったぜ……じゃないよ!一体なんのつもりでそんなおもちゃ持ってこの森に入った!?」
飛んで行った俺の剣を指差している。
「お、おもちゃって……酷いな」
「酷いもんか!あんなんじゃこの森の木の枝一本たりとも切れやしないよ!」
「ま、まあとにかく助かったよ、ありがと……」
「おっと、助けたつもりは無いよ」
女は無骨な短刀をこちらに向けていた。
「一体どういうつもりで『あたしの』森に入ってきたのか……それを聞こうと思っただけさ!」
「お、落ち着け……」
「いいや落ち着かない!どうせあんたもまたあの怪しい宗教団体の手先なんだろ!」
「しゅ、宗教団体……?何を言ってるんだ?」
「……ほんとに無関係か……?」
女は小声で言った。
「じゃあなんでこの森に来た!」
「こ、ここはお前の森なのか?」
「質問に答えろ!!」
「わ、分かった、答える、答えるから」
俺は船が難破して流れ着いた事を説明した。
「なるほど……って信じると思う?そんな話」
「俺だって信じたくないさ……そもそもここはどこなんだ?」
「……」
女は俺の眼を覗き込んだ。薄い青の瞳が俺を射抜いた。
「嘘は……吐いてないみたいだね」
「分かってくれたか」
「西の大陸から来た、って言ったっけ?ここは……地図に無い場所。文明から隔絶された地。そして……」
女は鮮烈に言い放った。
「あたしの森だ!」
続く




