第四十九話:『魔法使い』
白波達の泊まる宿屋は、一階が酒場を兼ねている。
その酒場に最も早く現れたのは、早起きのリディアである。
程なくして鉄男も降りてきた。
「おはよう鉄男、今日は遅いのね……どうしたの?眠そうにして」
「ああ……なんでもない……ちょっと変な夢をみただけだ」
問いかけるリディアに、鉄男は目をこすりながら答えた。
あまりにも不可解な事が起きたせいで眠れなかったのだ。
「そう……」
「お……は……よう……」
そこにふらふらしながら出てきたのは白波である。
「し、白波様!?どうしたの!?」
「……眠い……」
「大丈夫かよ……」
「ごめん……もうちょっと寝てていい……?」
「まあその状態で出かけても危険だしな……」
「本当ごめん……」
白波は部屋に戻っていった。
「よぉ、お嬢が戻って行ったがどうかしたのか?」
入れ替わりでジャックが降りてくる。
「まだ眠いんだってよ」
「ああ……それだけか」
ジャックは呆れた表情をした。
「なあ、夜の事なんだが……」
「ちびすけ!これからどうするんだ?」
鉄男が話しかけているのを遮るようにして、ジャックが大声で尋ねる。
「人の話を聞けよ……」
「まずは魔研に行くわ。それと私はリディアだって言ったでしょ」
ややムッとしたようにリディアが答えた。
「魔研?どうしてだ?」
「グラントさんが発つ前に寄ってほしいって言ってたわ」
「そうか、なら善は急げだ、行こうぜ」
ジャックは席に着くことすら無く行ってしまった。
「あっ、待ってよ!」
リディアは後を追った。
「……やっぱり怪しいな、あいつ……本当に何者なんだ」
鉄男はやや遅れて続いた。
「やあリディアさん!お待ちして居ましたよ!」
グラントはどこか血走った目で一行を迎えた。
「ど、どうしたのその目!」
「大丈夫です!皆さんと別れてから一睡もしてないのでちょっと辛いですがまだ大丈夫です!」
「大丈夫じゃないわ!寝てよ!」
「そんな事より見て下さいよ、女王の協力のおかげでいろいろと有益な発見がですね……おおっと」
ふらついて倒れたグラントは、抱きとめられた。
「すいませんリディアさん……」
「悪いな、俺だ」
「えっ?」
振り向くと確かに己を支えているのはそこにいたはずのリディアではなくジャックだ。
「ごめんなさい、あまりにいきなりだったからつい透過しちゃった」
「ええ……別に期待したわけじゃないですので……ええ」
「……なんかすまんな」
「大丈夫です……こちらへどうぞ」
グラントは奥の部屋へと案内した。
「えー、まず最も大きな成果ですが」
少し勢いを取り戻したグラントは首飾りのような物を出した。
「これです」
「これは何?」
「端的に言うと『魔法』を使えるようにする道具です」
「『魔法』だと!?」
皆驚いた様子だったが、最も驚いているのはジャックだ。
「はい、簡単に説明させて頂きますと、常人でも訓練の末『魔法』を多少扱う事はできますが、それは自らの『命』を構成する要素を削り取り、放出するという諸刃の剣。故に古代においては過酷な儀式を経て魂を自然と結びつけ、常に繋がることによって魂を昇華させ、『魔法使い』と呼ばれるもはや別の生物へと変化することによって自らの命を削ることなく『魔法』を自在に操る事を可能とするのですが、この首飾りは着けることによって魂と自然とを結びつける鎖の役割を果たし、擬似的に『魔法使い』へと変貌するのです」
「まさかそんな事ができるとはな」
ジャックは驚愕の表情で聞いていた。
「??俺にはなんだかよく分からん……」
鉄男は首を傾げっぱなしだ。
「でも、もちろん都合のいい話ばかりじゃないんでしょう?」
「さすがリディアさんですね、鋭いところを突いてきます」
グラントは頷いた。
「本来過酷な修行を経ることによって『魔法使い』へと変化することは話した通りですが、その主な理由は、常に自然と繋がり続けることによって一つの『命』としての境界線が希薄になり、最終的に消えてしまうといった事故を防ぐことにあります。実際、過去には消えてしまった未熟な『魔法使い』も数多くいたようです。故にこの首飾りを安易に使ってしまうと……」
「消えてしまう、ってことね」
「はい」
「……」
重い沈黙が流れた。
「さて、これ……使いこなせば強力な力となるのは保証できます……ですが……どうしますか」
グラントが問う。
「俺に使わせてくれ」
ジャックが即答した。
「私は構わないわ、幽霊の私が使うともっと薄くなっちゃいそうだし」
「お、俺も遠慮しておくよ……」
鉄男は怯えていた。
「ではこれはジャックさんに預けます。くれぐれも正しく使って下さい」
「その言い方、お父さまにそっくりね」
「……そうでしょうか?」
「『くれぐれも正しく使え』……お父さまの口癖だったわ」
「……」
グラントは暗い顔をした。
「どうしたの?」
「ええ……それは後で話します……ジャックさん、それ、試しに使ってみてくれませんか」
「分かった」
「くれぐれも『自分』としての意識を強く保ってくださいね」
グラントは念を押した。
「……くっ」
首飾りを着けた瞬間、ジャックは強い眩暈に襲われてよろめいた。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ……もう馴れた」
「目を閉じてみて下さい……何か見えますか?」
ジャックは言われたとおり目を閉じる。
「……赤、黄、青……それに、やや少ないが緑色の流れが無数に走っている」
「それが自然に溢れる『要素』のビジョンです。それを自分の右手に引き寄せるようイメージしてください」
「こうか……?」
ジャックは右手を水平に上げ、そこに意識を集中した。
無数に流れる『要素』の一部が向きを変え、差し出した右手の上に集まっていく。
そして……
「おっ……なんか球ができたが……」
ジャックの掌の上には高密度のエネルギーを放つ光球が形成されていた。
「それが『魔法』の基本形です」
グラントが満足そうに頷く。
「修行を積んだ『魔法使い』であれば一つの要素に集中して集めたり、複雑な形を作ったりもできたようですが……それだけできれば上出来です」
「そいつは嬉しいぜ」
だがジャックの表情は言葉とは裏腹に苦い表情であった。
「……どうしたんですか?」
「いや、また眩暈がしてな……」
「そうですか」
「さて、次の話ですが……リディアさんはもう分かっていると思いますが」
リディアは頷いた。
「ええ……私のこの」
リディアは光球を作り出した。
「この力は紛れも無く魔法……であれば、私は『魔法使い』ということになるわね」
「そう、そうなんですよ……そう考えれば全ての説明がつきます」
グラントは落ちつかなげに歩き回りながら話す。
「幽霊であるのに生前の姿を保っているのは死後の魂に『魔法使い』の力を付与した影響……それによって自然と結びつく事で、消滅を免れることになり、それはあたかも不死である……所長の言っていた『不死』とはこの事だったのではないでしょうか」
「でも……できるの?そんな……魂を『魔法使い』にするなんて」
「分かりません……所長が何にたどり着いてしまったのか……何故そんな事を……こともあろうに自分の娘に……僕には到底『正しい事』には思えません……」
暫く、悲痛な沈黙。
「一つ、言えることがあるわ」
リディアがその沈黙を裂いた。
「お父さまに会わなきゃいけない理由が一つ増えたってことね」
「さて、次は王女のとこに行くぞ」
王立魔法研究所を出てジャックが言う。
「お嬢もそろそろ起きる所だな、迎えに行くか」
「いや、待ってくれ」
鉄男が待ったをかけた。
「なんだ?」
「あ、いや……わざわざ三人で行くことも無い……よな?」
「そうか?」
「そうだよ!な?リディア?」
「へ?いや、別にどっちでも……」
「そうか!そうだよな!一人で迎えに行けるよな!」
「私そんな事……」
「じゃ、そういう事だ!先に向かおうぜ!ジャック!」
「お、おい、なんだお前……」
鉄男は無理矢理ジャックを押して王城に向かう道へと向かった。
「何かしら、鉄男ったら……」
「何の用だ?」
「な、なにがだ?」
ジャックは鉄男の眼をまっすぐ見つめた。
「あんな不自然な真似までして、何か俺に用があるんだろ?」
「あ、バレた?」
鉄男はぎこちなく笑った。そしてすぐに真面目な表情に戻り、
「じゃあ単刀直入に言うが……お前、何者なんだ?」
「……どういう意味だ?」
「言ったままの意味だ」
「なるほどつまり、記憶喪失でどうみても危険な巨斧を持った奴とか、古代の力を使いこなす得体の知れない幽霊くらいには素性を明らかにすればいいか?」
「……なんだその言い方は」
「つまりは、俺を怪しむんなら他の二人は何故怪しまないんだ?ってことだ……特に、お嬢をな」
「それは……白波は……!」
「お前にとって特別だから……それだけか?そりゃあ随分と虫のいい……」
「やめろ!そんなんじゃ……」
「おいおい、何をムキになってるんだよ?」
ジャックは不吉な笑みを浮かべた。
「悪かったよ、少しいじめすぎたな……代わりにいい事を教えてやる……」
「な、なんだと……?」
「俺の正体だがな……案外お前もよく知ってるかもしれないぞ」
「!?」
「おっと……長々と話してたせいで二人が追いついてきちまったみたいだ、行こうぜ」
後ろを見れば眠い眼をこする白波とリディアが来ている。
「あれ?二人とも歩くの遅いじゃない……どうしたのよ?」
リディアが怪訝な顔をした。
「ちょっとな、こいつが珍しい虫を見かけたとか」
ジャックがそう返した。
「ふーん……案外子供ね」
「全く、困ったもんだよな」
「……」
鉄男は言い返す余裕も無かった。
続く。




