第四話:なんにもないすばらしいいちにち
村一番の腕自慢の朝は早い。
4時に目覚めた鉄男はまず、日課の素振りをしに外に出た。
が、昨日の傷が心配なので今日はやめておいた。
次はランニングだ。
が、やはり傷が心配なのでやめておいた。
次は薪割りだ。
が、まだこれまでの物を使い切って無いので今日はやめておいた。
次に村長の家に挨拶をしにいく。
が、まだ村長は起きていなかった。
やることが無い。
仕方が無いので家に戻る。
昨日家に泊めた奇妙な旅人は、まだ寝ているようだった。
長椅子が空いていないのでベッドに腰掛けつつ、鉄男は思索を巡らす。
こいつは本当に何者なのだろうか?ただの旅人としては異様なあの槍も気になる。
あれだけのものは普通の武器屋には売ってないだろうし、記憶喪失なら作らせる金も鍛冶屋も無いだろう。
そんなことを考えながら、鉄男は大槍に近づく。
調べてみようと手を伸ばしたところで、不意にいやな予感がした。
華麗な装飾の施された柄や穂先からなにか禍々しいような気配を感じたのだ。
得体の知れない恐怖を感じ、鉄男は後ずさった。
本当に何者なのだろう。幸いにして、当の本人からはその禍々しい気配は感じられなかった。
考えつつ何気なく時計を見ると、5時になっていた。村の浴場が開く時間だ。
特にやることもないので、風呂にでも入って気を紛らわそうと鉄男は浴場に向かった。
浴場から出た時、時間は5:30になっていた。そろそろ村長も起きているだろう。
村長の家の前を通りかかると、なにやら怪しげな音が聞こえる。
何事かと思い、家の中を覗き込んだ。
「……!!」
見なかったことにした。何も見なかったけどなんとなく村をもう一周してこよう。鉄男はそう思った。
もう一周する途中で、自宅を覗き込む。白波はまだ寝ているようだ。
村長の家に戻ってきた。もう怪しげな音はしないので、普通に入る。
「おはようございます、村長」
「ああ、おはよう。傷の方は大丈夫かね」
「ええ、なんとか」
「ならよいが。ところで、あの旅人を呼んできてくれんか」
「まだ寝てるみたいですけど」
「起きたらでいい」
「はい、わかりました。ところで…」
「なんだ?」
「なんでもないです」
先ほどのことを聞こうと思ったが、聞けるはずはなかった。
家に戻る。時間は6:00になっていたが、白波はまだ寝ていた。
鉄男は朝食を作り始めた。
いつもより多い二人分を作り終えたときも、まだ白波は寝ていた。
旅の疲れが出ているのだろうか。そう思って鉄男は先に朝食を食べはじめた。
食べ終わったとき、時間は7:00だった。白波はまだ寝ていた。
8:00になっても9:00になっても、白波は眠り続けた。
10:00になった時、流石にこれ以上村長を待たせるわけにもいかないので、鉄男は白波を起こすことにした。
「おい、起きろよ」
「……」
「起きろってば」
「……」
「おーい」
「……」
起きない。ここは一つ、アレをやろう。鉄男はフライパンとお玉を取り出した。
「起きろーーーー!!!!」
フライパンの裏とお玉を叩き合わせる。カンカンとけたたましい金属音が響く。
「……んぁ?何やってるんだい?うるさいじゃないか」
やっと目の覚めた白波が伸びをしつつ言う。
「やっと起きたか。さあとっとと飯を食って村長んとこに…」
鉄男は一旦言葉を切った。白波が鉄男の顔をじっと見つめてくるからだ。
見つめてくるその両の眼は髪の色とおなじく薄い紫色の虹彩をしていて、どこか現実離れした美しさを持っていて、鉄男は少したじろいだ。
「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」
「……いや、別に、君が料理するなんて意外だったからね」
「意外で悪かったな。さっさと食え。冷めるぞ。もっとも、もう冷めきってるかもしれんが」
「別に私は冷めてても気にしないけど」
そういって白波は机に向かい、料理を食べ始めた。
「うん、おいしいよ。中々の腕じゃないか。」
「そりゃあどうも。ところでよ」
「なんだい?」
「あの槍はどこで手に入れたんだ?あんな大物はなかなか手に入らないだろう」
白波は少し考えるふうを見せたあと、答えた。
「さあ、私もわからない」
「どういうことだよ?」
「目が覚めたらあった、というべきか」
「つまりは記憶喪失になる前にはもう持ってたということか?」
「まあそう考えるのが自然だろうね」
はっきりとしない答えだが、まあ仕方の無いことだろう。
鉄男は感じた禍々しい気配については聞かないことにした。
そうこうしているうちに白波は朝食を食べ終わった。
「そういえば、村長さんがどうだとか言ってたけど…」
「ああ、そうだ、村長が呼んでるぜ。何の用かは知らんが」
「そう、じゃあ行ってくるよ」
そういって白波は村長の家に向かった。
「おお、来てくれたか。随分と時間がかかったようだが、何かあったのか?」
やってきた白波を見て、村長が声をかける。
「いや、ちょっといろいろあって…別に寝坊とかそういうんじゃないですよ」
「そ、そうか。ところで、呼んだ理由についてだが、まずはこいつを見てほしい。」
そういって連れてきたのは、随分と血走った眼をして、ぐるぐる巻きに縛られた盗賊の男だった。
続く