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第四十八話:始動

鉄男はその夜、唐突に目が覚めた。

「んん……?なんだ?まだ夜か……俺も年かな……」

などと適当に呟いた後、窓の外を見ると天頂に紫の月が昇ってきていた。

「……やっぱり不気味だな……」

『そうか、不気味か』

唐突に男の声。

「なんだジャック、お前も起きてたのか?」

鉄男は振り向きつつ言ったが、そこにジャックの姿は無かった。

『人違いとは失礼な奴め』

「だ、誰だ!?」

辺りを見回すが誰もいない。

『今のお前に言うても分かるまい』

「なんだと?」

『しかし驚いたぞ』

「何がだよ?」

『知りたいか?』

「……教えてくれるのか?」

『教えても分からんだろうな』

「言うと思ったぜ」

『まあいいわ、今宵は繋がるか試すのみ……いずれ分かるだろう』

「なんだお前、結局なんなんだよ?」

返事は返ってこなかった。


「……訳が分からない」

肩をすくめ、再び鉄男は眠ろうとした。その時。

「一人で何をクダクダ言ってんだ?寝ぼけてるのか?」

ドアを開けてジャックが入ってきた。

「聞いてたのか?」

「まあな」

「なんだったんだ?今の声は」

「声?」

ジャックの顔が険しくなる。

「聞こえなかったのか?お前とどこか雰囲気の似てる……声だったが」

「俺と……だと?まさかとは思ったが、お前は」

ジャックは急に口をつぐんだ。

「いや、なんでもない」

「なんだよ、お前も秘密主義か?」

「お前は知らないほうがいいことだ、それと」

ジャックは鉄男を真剣な眼差しで見た。

「これから妙な声が聞こえても、一切耳を傾けるなよ」

「な、なんだよ、お前は何か知ってるのか?」

ジャックは答えなかった。



所は変わり、東の大陸、王城。

白髪紫眼の男が、西の王家よりの書状を王に代わって受け取っていた。

「……なんだ?これは……」

その男……紫輝は、使者を睨みつけた。

その名の通りに妖しく輝く紫の眼は、それだけで常人ならば失神するほどの怒りを湛えていた。

「ですから、そちらの王家の証を持った者が……その……我が城にですね……たどり着きまして」

「……死体で、か?」

「ひっ……も、申し訳……」

蒼白になりながら頭を下げようとした使者を、紫輝は制止した。

「そちらに落ち度は無い……そうなのだろう?」

「え、ええ!それはもちろん……全ては同じ船に乗り合わせた狼藉者の……」

「ならば……その首は持ってきたのだろうな?」

「はっ、はい?」

「その『狼藉者』とやらの首を、だ」

「いえ……それが……」

「それが、なんだ?はっきりと言いたまえ……」

「我が女王は……その……」

「……埒が明かんな……おい!」

イライラとしたように紫輝は背後に控える者に声をかけた。

「やっぱり、ボクの出番ですか……まあそうだろうと思ったけど!」

頭を上げたその男は、まだ幼さの残る顔立ちをしていた。

「へへへ……ねえ君、ちょっと『痛い』かもしれないけどさ……我慢してよね」

使者の前に立ち、そう言うやいなや、髪の毛を掴んで乱雑に持ち上げ、その目を覗き込んだ。

「何を……うぐっ!あが、あがががががががが!!」

その不可思議な蒼い眼差しに射抜かれた使者は、いきなり苦悶の表情を浮かべもがき始めた。

「へへ……いいねぇ、この瞬間……つくづくイイ『力』を持ったと思うよぉ……」

「不気味な奴め……早くしろ!創!」

恍惚の表情を浮かべる少年……創と呼ばれた彼は、残念そうに振り返った。

「分かりましたよぉ……へはは、紫輝様に言われたんじゃあしかたないや……」

そして再度使者に向き直り……

「残念だけどもう終わりにしなきゃいけないんだよね……」

「あっ……!ああああああああああああああああああああああ!!!!!」

断末魔の叫びを上げる使者の目から不吉な虹色に輝く光球が飛び出し、少年の眼に入っていった。

「うっ……ふぅ……終わりましたよ紫輝様!待って下さい……今整理しますんで……」

創は軽く身震いをして、不気味なほど爽やかな笑みを浮かべた。

「相変わらず気持ち悪い奴だ」

「そう言わないでくださいよ……あっ、ありましたよ」

「話してみろ」

「えーと……どうやら、その『狼藉者』って人はなにやら女王と話した後釈放されてるみたいですね」

「女王?西の都のか?」

「ええ、そうでしょうね」

「……何者だ?あの堅物の女王を動かすとは……」

紫輝はややうろたえたように呟く。

「それに奴が……ソフィアがやられるとは……奴はその辺の野良犬に敗れるほど愚かではない……」

創はそれを聞いて怪訝半分、興味半分といった表情をした。

「紫輝様が人を誉めるとは珍しいですね……?自分以外を信じない人だと思ってました」

「それは……奴は……特別だ」

言い終えて、紫輝は自分の言葉に驚いたような顔をした。

「特別……?何を言っているんだ……俺は……?他人が特別などと……そんなはずは……」

「紫輝様……もしやソフィアさんの事を……?」

愕然とした紫輝は、ふらふらと使者の持ってきた棺のそばまで行き、跪いた。

「許せソフィア……情は弱さ……王たる俺にはあってはならぬのだ……」

そして左手を棺に翳した。

「せめて安らかに……」

棺は超自然の闇に包まれて『消えた』。

その後しばらく跪いたままの彼の心に去来した感情はなんだったのだろうか。

「創」

紫輝は立ち上がった。

「はい、なんでしょうか」

「俺から『抜き取れ』……ソフィアの『記憶』を」

「えっ!いいんですか!……あっ、いやえっと……その」

創は一瞬嬉々とした表情を浮かべたが、すぐに打ち消した。

「構わん……やれ」

「はっ、はい!ではこちらを……」

創の眼から迸る蒼い光はさきほどより細く、そしてゆっくりと紫輝の眼を貫いた。

「うっ……くっ……」

紫輝は襲いくる不快感に耐えた。

「はぁー……」

一方の創は恍惚の表情を浮かべた。

やがて紫輝の双眼から涙のごとき黒い光の粒がいくつも創の眼に流れ込んだ。

「……紫輝様、やっぱり……」

『抜き取った』記憶を読み、創は憐憫の眼差しを向けた。

「言うな……言われてももう思い出せんことだ」

いつもどおりの冷たい口調で言い放つその顔は、しかしどこか悲しげに見えた。

「わかりました……」

「さて……準備をしろ」

「なんのですか?」

「分かっているだろう……」

その言葉を聞いて、創はもちろんと言った風に目を輝かせた。

「我がしもべを不届きにも殺してくれた不躾な野良犬を退治してこい!」

「はい!」

創は走って部屋を出た。


「俺も……いや、私も準備をせねば」

残された紫輝は一人、静かに呟いた。

「我が国より送った使者が殺され、その咎人の首すら送ってよこさん……つまり!」

紫輝は抜け殻となった西の使者の体から下を『消した』。

そしてその首を乱暴に掴みあげた。

「戦争だ……!ついに私がこの世界を掴む時が来たのだ!」





「感じるぞ……我が魂が解き放たれたのを」

闇の中で男はひとりごちた。

「私の……私達の世界を取り戻すのだ……今度こそ……!」

男は自らの過去を思い返す。

遠い昔……一度目の生においては、禁忌を犯したが故に無惨なる死を遂げた。

しかしその魂は……思いがけず再びの生を得る。

だがそれは呪われし生……私の望まぬ世界に生きる意味などなかった。

故に私は……世界を取り戻したかった……

「だが……愚かなる者共よ……自らのしている事の意味すら知らず……この私を……!」

男は怒りに震えながら己の体を見た。

その体は色を失ったかのように黒ずみ、輪郭もはっきりしない影のような状態であった。背に生えた歪な翼までも。

「我が主よ!あなたの魂!お連れしました!」

おりしも、扉を開けて入ってきたのは、西の王城でゾルグを抉り殺した黒服の男だ。手には妖しく輝く袋を持っている。

「ご苦労……それをこちらに渡せ」

「はい!ありがたき幸せ!」

黒服の男は額づき、袋を差し出した。

姿の無い男……すなわち、『魔王』とまで呼ばれた男は、その袋を奪い取るようにして受け取り、胸に押し当てた。

「……やっと」

体の中心から色が広がっていき、輪郭もはっきりしていくにつれて力が漲るのを感じながら、『魔王』は感無量と言ったように言葉を搾り出す。

「やっと!この世界を正しき姿に戻す時が来た!」

最後に歪な翼が漆黒にそまり、大きく開いた!

「おお、おお……スバらしい……!」

黒服の男はその翼のごとき暗黒の世界の幕開けを感じ、身震いをした。




「やっぱり、ここにありやがったか……」

アジ村、村長宅倉庫の奥の奥。そこでは巨大な人影が鉱石の塊のような物を手にしていた。

「すげえ力を感じるぜ……しっかし、なんでこんなところにあるんだか……」

人影は身を起こした。ルベーグである。

「まあいい、やっと見つけたんだからな……ん?」

ルベーグは外に出たとき、西の空を見上げた。そこには漆黒の雲が急速に集まっていた。

「この存在感……間違い無い、我が主が力を取り戻したか!」

ルベーグはこうしてはいられんとばかりに足に光を纏って走り始めた。

「ギリギリ間に合ってよかったぜ……あと少し遅れてりゃあ俺は役立たずで首切りだからな」

久々に感じる主の圧倒的な力に急かされるようにして、ルベーグは走って海すらも越える。


「面白くなってきたじゃないか……フフ」


続く。

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