第四十七話:平穏(後)
鉄男は今、白波と二人、西の都を歩いていた。……否、迷っていた。
「ねえ、鉄男」
白波が疲れた様子で鉄男に声をかける。
「なんだ」
「少し休もうよ」
白波が指差す先には、休憩用のベンチがあった。
「……そうするか」
鉄男は大きく息を吐いた。
「二人、心配してるかな」
白波は座り、鉄男はその横に立っていた。
「心配だとぉ?元はと言えばあいつがいきなりあんなこと言わなければ……」
遡ること数時間。
「夜まで二人組で歩かない?」
昼食を取った後、リディアは言った。
「なんで?別に四人で歩けば……」
白波が口を挟む。
「四人でずっとだとちょっと多いわよ、ね?いいでしょう?」
リディアは男二人に問いかけた。
「えっ、いや……」
微妙に言葉を濁す鉄男。
「俺は構わないが、誰と誰で組むんだ?」
ジャックは面白いといったように口元に微笑を浮かべて聞いた。
「そうねぇ……」
リディアはジャックの方を見つめた。
「私はあなたと組みたいわ」
「ほう?そりゃまたどうして」
「だって白波様はあなたのこと知ってるし、鉄男も仲いいじゃない」
「俺はそいつと仲良くなった覚えは無いんだが……」
鉄男が異論を挟む。
「どう見ても仲良しでしょ」
「どこがだよ?」
「そうやって一々つっかかる所とかよ」
「……」
鉄男は沈黙した。
「ちびすけにやり込められてるんじゃあ世話は無えな」
ジャックはニヤリとした。
「よーし、じゃあ異存は無いわね!行くわよ!」
リディアはジャックを引きずるようにして走っていく。
「えっ、ちょ、ちょっと!リディア!待って!」
慌てて呼び戻そうとする白波。
「六時にここに集合ね!頑張ってねー!」
帰ってきた答えは無情だった。
「待って、頑張るって何を!?おーい……」
リディアはもう見えなくなってしまった。
「……仕方無い、行くか」
鉄男が後ろから声をかける。
「そうだね……どこに行く?」
「いや、俺この辺よく分からないから……」
「私もだよ」
「……」
「……」
「これは……」
「無事に戻って来れるかな……」
仕方が無いので、二人は歩き始めたのだった。
「首尾よく二人にすることができたわ……白波様にはあんなこと聞いたけど、どう見たって鉄男のこと好きよね……」
リディアは心の中で呟いた。
「おい、ちびすけ」
「私はリディアよ」
「そうか、じゃあリディア」
「何かしら?」
「お前は何者なんだ?」
「偉大なる王立魔法研究所所長、ザロイの娘、そして偉大なる占い師、フェルの妹、リディア・ディージュよ」
「長い口上をどうも、だがそういうことじゃない」
「じゃあどういうことよ?」
「わかってるだろ?」
「……この体の事は、自分でもよく分かってないの」
「幽霊とか言ってたが……」
「ええ……でも普通の幽霊は」
「そんなはっきりとした姿は持たないはずだ」
「……詳しいのね」
「こう見えてあちこち旅してきてるんでな」
「そうね、通常幽霊は靄のような存在……それは魂の残滓に過ぎないから」
「お前こそ、何故そんなに詳しいんだ?父親仕込みか?」
「いえ、これはグラントさんに教えてもらったの」
「グラント?」
「魔研副所長よ、あなたも会ったはず」
「ああ、あの……なるほどな」
「さて、質問は気が済んだかしら?」
「ああ」
「なら、どこに行こうかしら……どこか行きたいところある?」
「……俺のことは聞かないのか?」
「なんで?」
「いや、それが目的で誘ったのかと……」
「聞きたいことはあるけど……答えてくれそうに無いもの」
「そりゃごもっとも」
「それに、誘ったのは別の理由があるのよ」
「別の理由?」
リディアは答えず、意味ありげな笑みを浮かべてウインクした。
白波は不意にくしゃみをした。
「うーん……やっぱりこの服装は馴れないな……」
「誰かが噂してるんじゃないか?」
「え、なにそれ」
「え?聞いた事無いか?くしゃみするのは誰かが噂してる証拠だって」
「聞いた事無いな……」
「えー……そうか」
「でもやっぱりマントが無いのは落ち着かないな……」
「……」
「どうしたの?」
「えっ、いやっ、その、別に」
しばし白波に見とれていた自分に気付きうろたえる鉄男。
「なんでそんなに慌ててるの?」
「別になんでもないって、あっ、あの店はなんだろう?」
露骨に不自然だが、照れ隠しのため鉄男は足を速めた。
「待ってよ、あまり待ち合わせ場所から離れたら……まあ少しくらいいいか」
まだ白波は楽観的だった。……まだ。
「で、結局こうなっちゃったんだよね」
「いや……申し訳無い」
鉄男はうなだれた。
「……二人だけだと、初めて会った時の事を思い出すね」
白波は話を変えた。
「ああ……随分と昔の事に感じるが、そう日にちは経ってないんだな」
「かなりいろんな事があったからね」
「そうだな……」
「……ごめんね」
「な、なんで謝るんだ?」
鉄男は困惑した。
「だって、元はといえば私が巻き込んじゃったみたいなものだし……今回の事だって」
「別に、そんな風に思う必要は無いぜ」
鉄男は遮るように言った。
「でも……」
「お前が来てなかったらそもそも村は盗賊の餌食だったしな……もしそうでなかったとしても今頃俺は一緒に抜け殻になってただろうし」
「鉄男……」
「今回の事だって、世界が危ないって話だしな、それを防ごうとするのは当然だろ?」
「……ありがとう」
そう言葉を紡ぐ白波は……微かに泣いていた。
「ど、どうしたんだ!?」
予想外の涙に、鉄男は慌てた。
「私……鉄男が船で捕まっちゃってからずっと……ずっと心配で……私は鉄男の運命を狂わせてしまったんじゃないかって……それで……」
白波は感情の昂ぶりとともに立ち上がった。その眼からは涙が溢れる。
「あー、待て、えーと、とりあえず泣き止めほら……」
鉄男はどうすればいいのか分からなくなった。だが次の瞬間。
「鉄男!」
白波はいきなり鉄男に抱きついた。
「えっ、あっ、う……」
鉄男は声にならない驚きの声を出した。先ほどよりももっとどうすればいいのか分からない!
「本当に……本当に無事でよかった……!」
「……」
一周回って冷静になった鉄男は、だが何を言えばいいのか分からなかったので、ぎこちなく抱きしめ返した。
白波の鼓動が伝わってくる。異常なほどに早くなった自らの鼓動も。
しばらく、白波がしゃくりあげる声のみがあった。
次第に落ち着いた白波は、それでも鉄男に抱きついたまま、言った。
「明日からまた……離れちゃうけど……絶対に無事で……いてね」
途切れ途切れのその言葉を紡ぐ小さな白波を、鉄男はたまらなく愛おしく思った。
「ああ……白波も、無事で」
しばらく後、二人はどちらからともなく離れた。
「……いきなりごめん」
白波は今になって真っ赤になりながら言った。
「……行くか、そろそろ七時だ」
気の利いた言葉を思いつかなかった鉄男は誤魔化すように歩き始めた。
「うん」
白波はその後を追った。
「あーっ!やっと来たわね!一時間も遅刻よ……二人とも呆けたような顔してどうしたの?」
どうにか待ち合わせ場所まで戻ってきた二人を、リディアの大音声が迎える。
「なんでもない……ちょっと疲れただけだよ」
「ああ、なんせ道を知ってるのがお前ら二人だからな」
「……それは考えてなかったわ」
「俺も疲れたぜ……リディア嬢がそこかしこと引っ張りまわすからな」
ジャックはいつもよりくたびれていた。
「えー……みんな疲れてるのね……しかたない、宿に戻りましょうか」
リディアはまだ動き回る予定だったらしいが、他の三人は戻ることに賛成した。
その夜は、白波と鉄男、リディアが船上で分かれてからの道程を語りあい、ジャックは金属部品と向かいあいながらちょっかいを出していた。
「……?なんだ?あの月は」
鉄男は不意に窓の外を見た。月が……紫色に染まっていた。
「綺麗な月ね」
リディアはただそれだけしか言わなかった。
「綺麗な、って……それだけか?」
「なにか変?」
「どうみても色がおかしいだろ、あんな紫色なんて……」
「紫?何を言ってるの?」
二人とも首をかしげている。
「……いや、なんでもない」
きっと疲れているのだろう、鉄男はそう思う事にしたが、紫色の月はただ不吉であった。
「……」
ジャックは鋭い目で鉄男を見ていたが、それに気付く者はいなかった。
続く




