第四十六話:平穏(前)
次の日、白波は早く起きた。
「……お前、偽者じゃないだろうな」
その様を見て、鉄男は疑いの眼差しを向けた。
「失礼な!私はちょっとでも早く起きちゃいけないの?」
「わ、悪い悪い、でもどうして」
「どうしてってそりゃ、今日を過ぎればまたしばらく会えなくなるわけだし」
「ああ……そうだったな」
「やっと会えたのにね……」
「……」
暫し沈黙。
「白波のお姉様!起きてる!?」
リディアが勢いよく部屋に入ってきた。
「わっ、びっくりした……なに?」
「ちゃんと起きたのね!じゃあ行くわよ!」
「えっ、えっ?どこに?」
「いいからいいから!」
「ちょっと待って……」
「時間は待ってくれないわ!」
「わかった、わかったから」
その慌ただしい様子を見て、鉄男は呆れ気味に
「忙しい奴だな……一体どこに行こうって」
「ああ、鉄男は来なくていいわ」
リディアは遮った。
「なっ……なんでだよ」
「女同士でいろいろあるのよ!昼までには帰ってくるわ!」
そう言い残してリディアは白波を無理矢理引きずって出て行った。
「なんなんだよ……」
「ど、どこいくのリディア?」
半ば引きずられて走りながら白波が尋ねる。
「……悩みすぎて決めてなかったわ」
「ええ……じゃあ今どこに向かってんの?」
「うーん……あ、あそこがいいわ」
リディアが白波を連れてたどり着いたのは、王立魔法研究所裏の小さな公園だった。
「ここは?」
「懐かしいわね……お姉さま……あ、本当のお姉さまの方ね、と一緒によく来ていたの」
「前から思ってたけど紛らわしいよね」
「そうかしら」
「そうだと思うけど」
「じゃあなんて呼ぼうかしら」
「普通に名前でいいよ」
「うーん……じゃあ白波様って呼ぶわ」
「それは……うーん、まあ……いいか」
「ねえ、白波様」
「なに?」
「結局、どっちが好みなの?」
「うーん、どれにしろ様付けは……」
「そうじゃなくて」
「え?」
「鉄男と、あの白い男の人と。どっちが好みなの?」
「……は?」
「鉄男はちょっと中身はアレだけど顔はいいしねー、白い人も謎めいた魅力が……」
「えーっと、理解が追いつかないんだけど」
「またまた、とぼける必要は無いわよ」
「なにが?」
「……まさか、本当に分かってないの?」
「だからなにが?」
「はぁ……あの二人、どうみても白波様に惚れてるじゃない」
白波の顔が一瞬で赤く染まった。
「ちょ、ちょっと、は!?え?そんな……」
「見てて明らかじゃない、特に鉄男」
「わ、私をからかって遊ばないで」
「本当の事よ?間違いないわ」
「……」
「で、どっちが好みなのよ?」
そう尋ねるリディアの目は死んでいるのに生き生きとしていた。
「わからないよ、そんな……」
「分からないってことは無いでしょ」
「だって、ジャックは会ったばかりだし……鉄男だって……」
「……まあ、いいわ、そろそろいきましょ」
「え?どこに?」
「そりゃあ、鉄男としばらく会えなくなるってのに最後までその野暮な格好でいるわけにもいかないでしょ?」
「……君は服屋が好きだね」
「うふふ、私は着替えられないからね……白波様にはもっと可愛くなってもらうわ」
「ええ……遠慮したい……ダメ?」
「だーめ」
「うーん……気に入ってるんだけどな、これ……」
白波は再び引きずられるように歩き出した。
「なんだよあいつら……仲間はずれにしやがって……」
ぶつぶつと独り言をいいながら歩いているのは、鉄男だ。
「しかし西の都は東とは大分違うな……ずいぶんとオシャレというか」
大規模な区画整理が行われ、整然とした町並みを見せる東の王都と比べ、西の王都は昔のまま残してある建物が多く、入り組んだ構造になっている。ゆえに。
「迷ったぜ……」
裏路地に迷う旅人は多いのだ。
「くそ、不用意にうろうろするんじゃなかった……」
鉄男は近くを通りかかった人に声をかけようとした。
「あの、すいませ……!!お前は!」
その人物は白いロングコートに身を包んだ白髪の……
「なんだ、お嬢の……お前こんなとこで何してる」
ジャックだ。
「別に、お前には関係無いだろ」
鉄男はつっけんどんに返した。
「言ってくれるな、怖い顔して」
ジャックはおちょくるような態度だ。
「……迷ったんだろ?」
「はぁ?そんなわけないだろ」
鉄男は意地を張った。
「じゃあ何しに来たんだ?」
「……お前こそ、ここで何してるんだ」
「質問を質問で返すか……まあいいさ、俺はそこの店に用があったんだ」
そうやってジャックが指し示したのは、怪しげなピンクや紫色の煙を上げる古い店だった。
「……何を買ってたのかは聞かないことにする」
「助かるぜ」
二人の間に乾いた笑いが走った。
「さて、俺はこれから宿に戻るが、ついてきてもいいぜ」
「だから、迷ってないって言ってるだろ」
「じゃあ別についてこなくてもいいぜ、じゃあな」
ジャックは背を向けて歩き始めた。
「ま、待てよ」
鉄男が後ろから追いすがり、声をかける。
「なんだよ」
「俺もこれから宿に帰るところだったんだ」
「そうか、でも宿はあっちだぜ」
「……!かついだな!?」
「ハハハ、面白くない反応だな」
「くそ、こいつ……」
「じゃあ行くか、俺は親切だからな、迷った旅人には道を教えてやる」
「……」
今度こそ宿の方向に歩き始めたジャックの後を無言でついていく鉄男だった。
「……」
「おい、いつまでムスッとしてんだよ、退屈だぞ」
宿に先に戻ったのは男二人だ。
「知るか、一人遊びでもしてろ」
「じゃ、遠慮なく」
ジャックはコートのポケットから多くの金属部品を取り出した。
「なんだ?それ」
「一人遊びに首を突っ込むとはいい趣味だな」
「……意地の悪い奴め」
「誉め言葉だな」
そんなやり取りをしていると、部屋の外が騒がしくなった。
「ちょ、ちょっと待って、やっぱり変だってこんな……」
「大丈夫よ白波様!似合ってるわ!」
「でも……」
「……どうやら、帰ってきたみたいだな」
ジャックが呟いた。
「おう……でも、何やってんだ?あいつら」
鉄男が首をかしげる。
「俺に聞くな」
10分ほど扉の外で押し問答をした後、扉が開いた。
「ただいま!あら、二人ともいたのね」
先にリディアが入ってきた。
「こいつが迷ってたんでな」
「余計なことを……」
「あんた迷ったの?まあこの辺はややこしいしね」
「……えっと、白波は?」
鉄男は話を反らした。
「白波様!何やってんの!」
リディアが呼びかけると、白波は顔だけ出した。
「ほんとにこれ着て出なきゃだめ?」
「だめよ!ほら早く!」
「でも……」
「もう!面倒ね!」
リディアは最終手段とばかりに目を赤く光らせた。
「それは反則でしょ、ちょっと……うわっ」
まろびながら姿を現した白波は普段のサイズの合わないマントではなくレースを基調とした魅惑的な黒の衣装に身を包んでいた。
「……」
鉄男はしばらく言葉を失った。
「えへへ、いいでしょ!私が選んだのよ!この服を買った店よ!」
リディアは自信ありげに自分の服を指し示した。
「……ほら!やっぱり変な反応だ!着替えてくる!」
「見とれてるだけよ!ねぇ?」
リディアは鉄男に言った。
「え、あ、う、うん、似合うと思う……」
しどろもどろに答える。だが本心だった。
「ほんとに!?」
白波が鉄男に詰め寄る。
「ああ、本当だ、すごく……その、かわいい……というか」
鉄男の顔はもはや茹蛸のようになっていた。
「あ、ありがとう……」
白波も少し離れて顔を赤らめた。
「やれやれ、にやけちゃってからに」
ジャックが鉄男を見て言った。
「でも、あんたも似たような顔になってるわよ」
リディアが後ろからすっと現れ言う。
「……うるさい、気のせいだ」
「……まあいいわよ」
リディアは白波の方に漂って行った。
「このフリルがいいわよね、やっぱり。ほんとは完全に私とお揃いの色違いがよかったんだけど、白波様が動きにくいっていうから別のにしたの」
「君みたいに浮いて動けないからスカートはちょっとね……」
鉄男ははしゃぐ二人に安心しながら、それがどこか遠く見えるような錯覚に陥っていた。
明日には危険な旅に出るのだ。町を歩いて調べたところによると、封印が解かれたあの日から世界中でおかしなことが起こっているらしい。
野盗の活発化、動物の獰猛化、そして不可思議な現象――これはあの『能力』の事だろうと鉄男は直感した――が、それら全てが旅の中で牙を剥くだろう。
白波の行く過去も現代以上に危険が多いだろう。そもそもあの白コートの男、信用に足るのか……
「鉄男?」
「ん?」
意識を戻すと、白波が覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「ああ、平気だ、ちょっと考え事を……な」
「そう」
「またお嬢に見とれてたんだろうよ」
「……」
ジャック。何者なのか。旅に出る前に少なくともそれは、調べておく必要がある。
「さぁて、出かけるわよ!今日はまだ半分も残されてるのよ!」
「ええー……あと半日もこれで過ごすの?」
「当たり前よ!ほらほら、男二人も準備する!」
「やかましいちびすけだな……」
「ちびすけとは何よ、これでも実年齢は……」
「死んでるのに年齢ってあるの?」
「それは……どうかしら」
だが、ただ今は、最後の平穏を精一杯すごそう。そう思った鉄男であった。
続く




