第四十一話:兆候
「な、なんだこの音は!?祈りの時間はまだのはず……奴め、何を!?」
ゾルグは自室で凄まじい轟音を聞き、仰天した。
「奴の事だ、おめおめと口は割るまいが……失敗はまずいぞ……」
「失礼」
気がつけばゾルグの傍には黒服の男。
「うわっ……毎度いきなり現れおって……なんだ?」
「なに、少し……お別れの挨拶をしようかと」
「なんだと?」
「あなたは……いや、貴様はよく役目を果たしてくれた。もう用済みだ」
黒服の男は態度を豹変させた。
「ま、待て、まだ女王の暗殺に失敗したわけでは……」
「勘違いするな、女王を暗殺しようがしまいが俺には関係ない」
「な……なんだと?女王を暗殺しろと言ったのはそもそもお前で……」
「祈りの間に入るのが女王だけだからな。我ながら回りくどい」
「言っている意味がまるで分からんぞ!」
「そもそもあの忌々しい封印を解くのが俺の目的……間抜けな人間があの剣を抜いてくれさえすればよかった」
「どういう……ことだ?」
「……そうだな、どうせお前はもう死ぬ。教えてやる」
黒服の男は感慨にふけるように目を閉じた。
「そもそもあの祈りの間は何のためにあると思う?」
「それは……ただの下らぬ風習ではないのか」
「違うなぁ、あの部屋には我らが主が封印されているのだ」
「主……?」
「そう……厄介な封印だ……封印を解く、という意思を持った者には決して解けない」
「お、お前は一体……」
「そう焦るな……俺は考えた。誰かにやらせるにしてもただ単に剣を抜け、と命令したら抜けなくなるからな。
そこで、唯一あの部屋に入る女王を利用することを思いついた。
だがあの女王、中々に厄介な小娘だ……そう簡単には使えないだろう。
そこで俺は貴様に取り入った、というわけだ……
お前に女王の暗殺を頼めば、権力に目のくらんだ貴様は必ず従うだろうと」
ゾルグはもはや顔面蒼白になっていた。
「人間ごときの下に出るのは……なかなかに苛立つものだ。何度殺してやろうと思ったことか。だが俺は耐えた。
貴様が中々女王暗殺に踏み切らないのには実に頭を抱えたよ……
だが、最終的にこうも上手く剣を抜いてくれるとはな。封印が血で穢れて弱まるくらいを期待していたが」
黒服の男は天井を見上げるような動きをした。
「俺の目的は果たされた。これで……もう貴様を殺してもいいって訳だ!」
黒服の男の右手が一瞬ぼやけ、いつのまにか赤黒い物を握っていた。
「ま、待て、……あ……え……?」
命乞いをしようとしたゾルグは胸に違和感を覚え、下を見た……そして、気付いてしまった。
「ふむ、すこし脂肪の多い心臓だな」
「あ……う……」
声にならない断末魔を上げ、ゾルグは倒れた。
「さて、我が主をお迎えに行くか……」
手に持った心臓を握りつぶしながら、黒服の男は呟いた。
「う……」
やっと目の前の白が薄まり、耳がやや聞こえるようになってきた鉄男。
「なんだったんだ……?今のは……」
「何事ですか!」
息を荒げて部屋に飛び込んできたのは、女王であった。
「なんてこと……」
そして、部屋の有様を見て愕然とした。
「まさか……そんな……」
床に落ちた折れた剣を拾い上げ、へたり込んだ。
鉄男は辺りを素早く見回した。暗殺者が……いない!
「あぶな……」
駆け寄ろうとした鉄男の頬を傷が掠める!
「!」
いや……いないのではない!『消えて』いるのだ!最初の時のように!
「何も……見えない……聞こえない……フフフ……アハハハハ……」
虚空から声!暗殺者の物だ!
「こいつ!さっきので耳をやられたのか!?」
「ふふふ……何もかも消えた……俺の勝ちだ……俺が滅ぼした……アハは……」
轟音のショックでおかしくなっている!危険な状態だ!
「ふふ……!?なんだ?見える……何か見えるぞ……あっちか……」
声はふらふらと崩壊した壁の方へと向かった。
そして……
「……なんだあいつ……外に……?でもここは塔の頂上……」
鉄男は下を見下ろした。ぞっとしない高さだ。
「死んだ、のか?」
鉄男、そしてやや遅れてショックから醒めたリディア、グラントの三人はしばらく呆然としていた。
最初に気を取り戻したのは女王だ。
「あなたたち……ここであったことを詳しく聞かせて下さい……これは……由々しき事態です」
悲壮な声でそう言った。
「私の……暗殺……ですか」
女王は三人から話を聞いていた……牢屋の外から。
あの後、衛兵がなだれ込んできて三人を再び牢屋に入れたのだ。
「首謀者は……予想はついていますが、まさか……そこまで……」
女王は酷く狼狽した。無理も無いことだ。
「……あの」
グラントがおずおずと声をかける。
「あの部屋にあった古代文字と剣は……一体なんなんでしょうか」
「あれは……あなたたちに教える事はできません」
「何故です!」
「王家の秘密です、控えなさい」
「そんな……僕達はあれに巻き込まれたんですよ!?知る権利は……」
「お黙りなさい、あなたたちが暗殺者の一味で無いという証拠は無いのですよ?」
女王は毅然と言い放つ。
「あの部屋に入った時点で重罪です。たとえ、どんな理由があろうとです。そこで反省しなさい」
女王は踵を返して行ってしまった。
「また逆戻りか……しかも状況は更に悪くなったな」
鉄男は絶望した様子で言う。
「このまま死刑になっちゃうのかしら……」
「なんて理不尽な……歴史的な謎の一端が見えたというのに……」
三人は沈黙した。同じ脱獄方法は二度とは通じないだろう。
なんとかして女王に分かってもらうというのも不可能に近い。
「白波……どうしてるかな……」
鉄男が呟いた。
「やあ、おはよう」
宿屋から出てきた白波は、ジャックと出会った。
「もう昼過ぎだぜ」
ジャックは呆れたように言った。
「もう傷は大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないが、まあ大丈夫だろう」
「どっちさ……」
白波は肩を竦めた。
「お前、これからどうするんだ?」
ジャックが尋ねる。
「これから……この大陸の王都に向かう。ちょっと用があってね」
「そうか……なら俺も行く」
「え?」
「俺もちょいと用があるんだ」
「……」
白波はジャックの目を見つめた。
「なんだよ?」
「いや、別に」
「……正直、そんな恐ろしい斧を野放しにしたくないからな。今は何も起きないようだが」
ジャックは横を向きながら言った。
「……」
白波は自分の背負った斧をちらと見やる。
「それとも、俺がついていくと何か都合が悪いか?」
ジャックは頭を掻きながら尋ねる。
「いや……そんなことはない……けど」
白波はやや悩む。この男には何か底知れぬ物を感じる。それは信用してよいものなのか……
「まあいいや、なんだかんだ言って心強いし」
「なんだかんだとはなんだよ」
「これからよろしくね」
「……おう」
(鉄男……リディア……無事でいるかな……?)
白波ははやる気持ちで王都への旅路についた。
かたや、西の都を包む暗雲と謎の封印。
かたや、魂を蝕む呪われし槍斧。
二手に分かれてしまった一行は、それぞれ違った闇を目の当たりにした。
だがそれはこの世界を取り巻く濃霧のたった一部でしか無いのだ。
抗い続けろ。それが特異な運命を背負った者の定めなのだから。
第二章 完
第三章に続く




