第三十九話:疑惑
「なんだその言い方は?」
「……見れば分かると思います」
医者はジャックを隣の病室に連れて行った。
「あ、ジャック」
そこには白波がいた。
「よお、お嬢……どうだ、そいつは」
「……」
白波はさっぱり分からないといったふうに肩をすくめた。
「どれ……なっ!?」
横たわるデビッドを覗き込んだジャックは驚いて仰け反った。
「なんだよ、起きてるんじゃねぇか驚かせやがって!」
「うん……体は、ね」
「はぁ?」
ジャックは再びデビッドを注視した。
確かに目は開いているし、呼吸もしている。だが……
「目を開いたまま気絶してるのか?」
「というより……『魂が抜けた』って表現が正しいような目だよね」
「……あの斧の影響か?」
「分からないけど……」
「あの斧はどこだ?」
「ここにあるよ」
白波は注意深く盾と槍に分解した状態の武器を取り上げた。
「ほお、それが合体するのか……不思議なもんだな」
ジャックが少し驚いたように言う。
「今のところ、持っても異常は無いよ」
「見せてくれ」
白波は用心しつつジャックの近くの机に槍と盾を置いた。
「ふむ……特に怪しいところは……」
ジャックが調べている間、白波は考える。
あの魂が抜けたような状態、見覚えがある。
アジ村の人々がああなっていたはずだ。
あれはあの男の仕業では無かったのか?
この斧が……?
「なるほど、ここをこうして斧に……う!?」
変形の方法を見つけ、片腕で苦労して持ち上げたジャックが急に膝をついた!
「ジャック!?」
コツ、コツ、コツ……
「また来た……」
リディアはうんざりしたように呟く。
何度も同じ時間を繰り返している。
毎回寸分違わず同じ動きをする皆を見るのは気味が悪い。
「来たぞ、リディア!」
「えっ!?」
「なにボーっとしてるんだよ、作戦を忘れたのか?」
「い、いや別に……」
時間が……進んだ?
「しかし……成功しますかね」
グラントが不安げに言う。
「あんたが言った事でしょうに……」
鉄男が呆れるように返した。
「あの……よく考えてみたら」
「なんだ?」
「わざわざ乱暴な事しなくても私の『能力』で穏便に済ませられるんじゃない?」
「……!それは盲点だったぜ」
「……」
「い、いや、そんな能力持ってるなんてこの作戦考えた時は知らなかったので……」
「まあいい、来たぞ!」
「オラァてめぇら!全員揃ってんだろうなぁ!」
牢の外から声がかかる。
「あのぉ」
リディアが看守に話しかける。
「なんだ!」
「外に手紙を書きたいんですけど……」
手紙を書く、とは一種の暗号である。すなわち、賄賂の。
「そうかそうか、じゃあ紙をくれてやろう」
看守は上機嫌に近寄ってきた。
「ありがとうございます……」
「なぁに、それくらいの自由は……っ!?」
リディアと目が合う瞬間、看守の体が固まる!
「『それくらいの自由』じゃ足りないの」
「なんだ……お前は……!?」
「鍵を開けて?」
「くぅう……体が勝手に……」
「ご苦労さん」
鍵が扉が開き、三人は外に出た。
「代わりに入っててね」
看守から鍵を受け取り、入れ替わりに閉じ込めておく。
「さて、これからどうする」
「おそらく暗殺計画が実行されるのは今夜でしょうね……僕達から計画が漏れても困るし」
「とにかく、女王様の部屋まで行かないと!」
三人は各自の荷物を取り返し、急ぎ女王の部屋を探し始めた。
「ジャック!ジャック!?」
「……ああ、大丈夫だ、想像以上に重かったんでな」
「……本当に……?」
白波はジャックの眼を覗き込んだ。そこに不吉な緑色の光は無い。薄い金の虹彩が霞むように光っている。
「ああ、平気だ、こいつは返すぜ……」
ジャックはやや強引に変形を戻した。
「悪いが今ので傷が少し開いたみたいだ……少し休ませてもらうぜ」
その後、よろめいて部屋を出て行った。
「……」
白波は少し考えた後、宿屋に戻った。
……その夜。
人目を忍ぶように白波の泊まる宿屋に入って行くのは……ジャックだ。
「まさか……あのお嬢が……?」
ジャックの脳裏に浮かぶのは……白い影。
『私に従え……悪いようにはせんぞ』
奴の言うことが本当ならば……
「殺す……しかない」
悲壮な決意。ジャックは……白波を……殺そうというのか!
ジャックは音も立てずに白波の部屋へと滑り込む。
そして白波の寝るベッドの傍らへ……!
「……」
ジャックは右手でナイフを振り上げた!
そして……振り下ろす……途中、手が止まる。
「……ッ!ハァ、ハァ……」
息を荒げて二、三歩あとずさる。
「……やらねば……俺は……俺は……ッ!」
存在しないはずの左手に激痛が走る。ジャックは深呼吸し、右手を胸に当てて自分を落ち着けた。
「……」
そして決然たる眼でベッドに駆け寄り……!
「!?」
不意に白波と眼が合う!目が……開いている!?
「……」
しばし静寂……
「気の……せいか……?」
白波は依然として眠りつづけている。眼が開いたと思ったのは錯覚だろうか。
ジャックはよろめくように部屋を出た。
「今夜は……断念だな、仕方無いぜ」
ジャックはいつもどおりに振舞うことで自分を落ち着かせた。
一方の鉄男達……少し時間は遡る。
「女王の部屋なんてどうやって探すんだ」
「人に聞けば……」
「無理だ、むしろ俺たちは囚人なんだぜ?人に見られないようにしなきゃ」
「……まあとりあえず、時間が無いわ」
「そうですね、急ぎましょう」
……決死の隠密が、始まっていた。
続く。




