第二十五話:準備
「という訳で、私は旅に出るわ」
占い師のテント内、そこの主であるフェルに別れを告げるのは、リディアである。
「そう……あなたのことだもの、止めても無駄よね」
フェルは少し悲しそうな顔をした。
「……大丈夫よ、すぐにお父さまを連れて帰ってくるから」
「ああ、リディア……本当に、無事で帰ってくるのよ!」
フェルは泣きながらリディアを抱きしめた。
「分かったわ、お姉さま」
リディアはその腕の中で力強く言った。
「コロも元気でね」
「グググ……」
コロは何かと目立つので連れて行かない事にしたのだった。
「別れは済んだかい?」
「ええ……」
「そう、じゃあ、行こうか」
白波、鉄男、リディアの三人は歩き出す。
「まずは西の大陸に向かう、それでいいんだね?」
白波が昨夜話し合った行き先について再度確認を取る。
「ああ、奴がどこにいったか分からない以上、行き先のはっきりしてる白波についていくのがいい」
「王立魔法研究所に行けばお父さまについて何か分かるかもしれないしね」
「じゃあ、二人の渡航許可の申請をしないとね」
三人は王城へと向かった。
「えぇ、渡航許可?渡航許可ね……ハイ、じゃあ名前と……住んでるところを言って」
けだるげに対応する役人。
「俺はアジ村から来た鉄男だ」
「アジ村、アジ村……と。えー、阿慈さんとこの鉄男、でいいか?」
役人は分厚い帳簿をめくりながら言う。阿慈とは村長の名字である。
「ああ、それだ」
鉄男はうなずいてみせる。
「はいよ……じゃあそっちのお嬢さんは?」
「私はリディア・ディージュ。この城下に住んでるフェル・ディージュの妹よ」
「ディージュ、ディージュ、と……ああ、占い師の先生か」
「ええ、そうよ」
リディアは誇らしげだ。
「でも、妹なんて帳簿に載ってないな……」
「えっとそれは……しばらく旅に出てたのよ、旅に」
「そうなのか?じゃあ住人登録が先だな」
役人は奥の部屋に入っていった。
「おい、『旅に出てた』は無いだろ、これから旅に出る申請をしてるのに」
鉄男がリディアに言う。
「仕方ないじゃない、怨霊やってましたとか言えるわけないでしょ」
「まあ特に怪しまれなかったからいいけどな……」
と、役人が戻ってくる。
「えー、この紙に全部記入して、家主のサインを貰って来ること」
「分かったわ」
「あとこれ、鉄男サンの渡航許可証だ、期限は一月」
「うい」
かくして、リディアは別れを告げたばかりの姉の元へ戻ることになった。
「……なんとなく、入りづらいわね……」
頭を掻きながらリディアが言う。
「んな事言ってても仕方無いだろ」
「分かってるわよ、でも」
と、そんな会話をしていると不意にフェルがテントから出てくる。
「あら、リディア?何をしているの?」
「あっ……えっと、実は」
リディアは事情を説明する。
「なるほど、分かったわ、じゃあその紙をちょうだい」
「はい」
「これは私が書いておくから……そうねぇ、その間旅の準備でもしてきたらどうかしら」
「旅の準備?」
リディアが小首を傾げる。
「……ええ、西の大陸に行くんでしょう?あそこは最近……いろいろ物騒だって聞いたわ」
フェルがやや表情を曇らせながら言う。
「物騒?」
「そう、なんでも、街の外を一人で歩くとほぼ間違いなく誰かに襲われるとか」
「えぇ……」
「行方不明者もここ最近かなり増えてるらしいわ……かなり用心した方がいいわね」
「そうか……確かに、アイツを追いかけるとなると危険な事も増えるだろうしな」
鉄男も頷く。
「じゃあまず、装備を整えた方がいいね」
数分後。
「白波のお姉さま!この服とか可愛いと思わない?」
「リディア、そういう目的で来たんじゃないんだから……」
防具屋にてはしゃぐリディアに呆れる白波。
「いいじゃない、見た目も重要よ」
「そうかなぁ?」
「そうよ、だいたいお姉さまのそのマントはちょっとセンスが古いわ」
「なっ、このマントは結構すごいんだよ?」
「……どんな風に?」
「強化繊維で出来てるから刃が通りにくいし、水も弾くし、あと、ポケットがいっぱいある」
「……なんか微妙ね」
「そんなこと無いって……君のその服だって結構動きづらそうじゃないか」
「これは仕方ないわよ、この体だと着替えられないし」
「そうなの?」
「そう、いわば体の一部ね」
「あっ、それで思い出した、君がしてた腕輪なんだけど……」
「腕輪?」
「これだよ……あれ?」
白波は腕輪の残骸を取り出そうとしたが、無い。
「あれっ、確かにここに……」
「腕輪なんて持ってたかしら……?」
「おい、お前ら何やってんだ?何も買わないのか?」
少し離れたところで買い物をしていた鉄男が合流する。
これまでの軽装とはうってかわって、鎧兜の重装備である。
「えっ……あ、なんだ鉄男か」
「ずいぶん思い切って買ったわね」
「ああ、俺はお前たちみたいに便利な能力があるわけじゃないしな」
「重くないの?」
「ああ、これくらいなんてことないが……何も買わないならとっとと行こうぜ」
「そうだね、私は別に何も買わなくていいから行こうか」
「えー……まあいいか」
「よし、じゃあ次は……」
かくして次に携帯食料、水、砥石、薬草、コンパス、世界全図など、道具類を揃え、白波たちは順調に旅の準備を整えていった。
「……」
白波が世界全図を見つめる。
「どうしたんだ?そんな難しい顔して」
「いや、これが東の大陸で、これが西の大陸だよね?」
「ああ、そうだな」
「じゃあこの、真ん中の丸い大陸は?」
「それは……何だろうな?意識した事は無かったぜ」
「特に国とかも見当たらないし……なんだろうこれ」
「この時代に未開の地なんてあるまいし、これは地図が古いんじゃないのか?」
「そうかな?店の人に聞いてみようか」
道具屋の店主に尋ねる。
「ああ、それは間違ってなんか無いぜ。なんでもその大陸の周りには凄まじい海流があるってんで、近寄ることすらできなくて名前も付けられてないらしい。最近飛空挺での調査が進められてるらしいな」
「そうなんですか」
「へぇ、そんな大陸が……」
そんなやり取りの後、白波たちは道具屋を後にした。
「さて、そろそろフェルさんとこに戻るか」
「そうね、そろそろ書き終わってるはずだし」
「はい、リディア。ちょうど今書き終えたところよ」
再び占い師のテント内、リディアがフェルから紙を受け取る。
「ありがとう、お姉さま。じゃあ……今度こそお別れね」
「うん……たまにはお手紙出すのよ」
「わかったわ」
「アイ、確かに受け取りました……っと。」
その数分後、けだるげな役人がリディアから用紙をうけとり、帳簿に挟み込んだ。
「これで登録は完了だ、で?渡航許可証?ハイハイ……」
またも役人は奥の部屋に入り、しばらくして出てくる。
「これがリディアサンの渡航許可証だ。期限は一月」
「わかったわ」
「……?そんなことより、お前さんなんで半透明なんだ?」
「気のせいじゃない?きっと疲れてるのよ」
「そうかい?ならいいけどよ……じゃ、良い旅を」
「ありがとうございました」
そうして三人は東の大陸唯一の大陸間運行船の出るセリシア港から船に乗った。
「いよいよこの街ともお別れか……短かったがなんだか随分と長い間いた気分だ」
鉄男が甲板から離れて行く岸を眺めつつ言う。
だんだんと遠ざかって行く港。気がつけばフェルが見送りに来ていた。
「リディアー!辛くなったらいつでも帰ってきていいのよー!」
「ありがとう!でも余計なお世話ー!」
「そんなー!酷いわー!」
フェルとリディアは遠くなっていく互いの顔を見合わせて、その後笑いあった。
「でも、なるべく早く……帰ってくるからね……」
フェルの姿が完全に見えなくなるころ、リディアは小さく呟いた。
その頃白波は。
「うぅ……船なんて嫌いだ……」
船酔いと壮絶な戦いを始めていたのだった。
続く




