第二十二話:暗雲
その夜。宿屋の一室にて。
「なあ、白波」
鉄男が声をかける。
「なんだい」
「お前は…失くした記憶が見つかるまで旅をするんだよな」
「そうだよ」
「もし…見つからなかったらその時はどうするんだ?」
「その時は……『白波』として生きるだろうね」
「そうか…そうなったら」
「…そうなったら?」
「……やっぱり何でもない。さあ、明日に備えて早く寝ろよ。ただでさえお前はねぼすけなんだから」
「えー、そんな…ちょっと朝に弱いだけだよ」
翌日。
「眠い……」
王城へと歩きながら眠い目をこするのは、白波である。
「しっかりしろよな…相手はこの国の王様なんだぜ?」
鉄男は心配そうに言う。
「なんで朝なんだろ…」
「そりゃ、午後からは謁見禁止だからな」
「えっ、そうなの」
「ああ、なんでかは知らんが最近そうなったらしい」
そんな会話をしているうちに王城前に到着する。
「止まれ!名を名乗れ!」
門番が二人に威圧的に声をかける。
「アジ村から来た白波と、その付添い人だ」
鉄男が臆せず答える。
「おお、これは失礼致した。されば、ついて来られよ」
門番は軽く頭を下げ、踵を返して王城内へと二人を促した。
数分後。
「ここから先はこの者が案内致します」
「は、はい」
これで四回目の取次ぎである。
「なんでこうも案内役を変えるのかな」
白波が鉄男に囁く。
「さあな。広すぎて城の全貌を理解してる人がいないんじゃないか」
「あと少しで王の間ですよ」
案内人が二人に声をかけた。
王の間。
「王よ、今日は称号授与の儀でございますぞ、分かっていらっしゃいますな」
当代の王、雷十三世の傍らで、側近が声をかける。
「ああ、分かっている…だが、盗賊一人捕まえた者に称号とは…しかも、素性のしれない旅人と聞いたぞ」
「その点に関しては、私に考えがございます」
「だが、称号授与するか否かは余が決めること…」
「私に、考えがございます…」
側近が語気を強める。
「そ、そうか…よきにはからえ」
「ありがとう存じます」
若い王は気弱そうに玉座に座りなおした。
ちょうどその時、王の間の扉が開いた。
「失礼致します」
入ってきたのは、白波、そして鉄男である。
「よくぞ来た…名を名乗るがいい……」
王は精一杯威厳を取り繕う。
「私は白波と申します」
白波が名乗る。
「ほう…?白波…白波!?白波と申したか!?」
王が再び問う。
「は、はい、白波…というかなんというか」
白波は言葉を濁す。
「その容姿…そして白波……どこかで…ぐぅ……頭が…」
王は考え込み、そして不意に苦しみ始めた。
「王!どうされましたか!」
側近が駆け寄る。
「頭が…痛い……」
王は苦痛に玉座から転げ落ちた。
「誰か!王をお部屋へと!」
側近が叫ぶと、衛兵が集まってきて王を奥の部屋へと運んでいった。
「失礼致しました、客人よ…王に代わり、私、紫輝が称号授与の儀を執り行います」
側近が深く頭を下げつつ言う。紫輝とは彼の名前である。
聡明な整った顔立ちをして、にこやかだがどこか油断ならない雰囲気を漂わせている。
「は、はあ……」
白波は困惑した表情で返事をする。
「さて、オホン…まずですが、『称号』についてはご存知ですね?」
「いえ…恥ずかしながら詳しくは」
「なんと…では説明致します。称号とは目覚ましい功績を挙げた者のみが王より賜るものです。
称号は個人に対して作られるものであり、同じものは一つとして存在しません。
よって大変名誉な事なのです。分かりましたか」
「はい」
「持っているだけで身分証明にもなり、渡航許可証の代わりにもなります」
「渡航許可証…ですか」
「はい。では称号の発行となりますが…あなたは旅人だとか」
「え、まあはい」
「ならば…故郷の村は」
「分かりません」
「はっ…?それはどういうことで」
「実は……」
白波はこれまでの経緯を説明した。
「なるほど…記憶を……」
紫輝はしばらく考えた。
「ではこうしましょう、本来は生まれの分からないものには称号は与えられませんが、そのような事情ならば特例ということで」
「え、でもいいんですか?そんな…」
「いいのです、さて、次は称号名を決めましょう……」
強引に押し切るような紫輝の態度に疑問を覚えつつ、称号授与の儀は進む。
「希望の称号名はありますか?」
「えー……では、『借賊』としてもらえますか」
「『借賊』?」
紫輝は鸚鵡返しに聞き返す。
「ええ、物を盗るのが盗賊なら、借りるのは借賊です」
「えーと……」
理解できない様子の紫輝に、白波は説明した。能力者のこと…そして自らの能力のことを。
「なるほど…そのような特殊な『能力』を持った者が……分かりました、では称号名は『借賊』で」
そして数分後。
「偉大なる王、雷に代わり、この者に『借賊』の称号を与える!」
紫輝が高らかに宣言し、白波は恭しく書状と紋章を受け取る。
「さて、これで称号授与の儀は終わりとなります…これからもわが国への貢献を。以上です」
そういって紫輝は奥の部屋へと下がっていった。
「お帰りはこちらです」
先ほどの案内人が白波へと言う。
「はい」
白波と鉄男も王の間から退出した。
「なんか、様子がおかしくなかった?」
王城を出た白波は、鉄男に問いかける。
「ああ、王様が急にああなったのも妙だし、あの側近もなーんか怪しいぜ」
「大体盗賊一人捕まえたくらいで大変名誉って言われても…」
「まあ、それはいいじゃないか、貰っといて損になるものでもないし」
「そう…かな?」
「そうだぜ、だってこれから西の大陸に渡るんだろ?」
「うん」
「それは渡航許可証にもなるって言ってたじゃないか、ありがたく使わせてもらおうぜ」
「……そうだね」
同時刻。
「ふふふ……やはりあの娘も『能力持ち』……我が権力の下に引き込めてよかった…」
王城の地下牢、特別収容室。その前で紫輝が、静かに呟いた。
さきほどのにこやかな表情は消え去り、刺すような鋭い目をしていた。
「しかし、あの王の反応…あのまま野放しにするのもマズい…か?」
紫輝は収容室の重い鉄扉を開けた。
「!ここから出せ!こんな事をしてただで済むと思うな!」
紫輝が入ってきたのを見て、騒ぎ立てるのは、長身の男…ジャドである。
「無闇に騒ぐな…目障りだぞ」
紫輝が冷酷に言い放つ。
「だが…私の言う事を聞くというならば、出してやらんこともないぞ」
「何だと!誰が貴様なんぞの…」
「そうか…ならばここで勝手に死ね」
そう言って出ていこうとする紫輝に、慌ててジャドが態度を改める。
「ま、待て!悪かった!言う事は聞く!だから…」
「最初からそう言ってればいいものを……」
「で、何をすれば……?」
「そうだな……まずは……」
場面は戻り、白波と鉄男は別れの挨拶をしにフェルの店へと向かっていた。
「訳も分からず巻き込まれたようなものだったけど、結果的に情報も得られてよかったよな?」
鉄男が白波に言う。
「そうだね…またいつか、会えるといいんだけど」
「おいおい、別れの挨拶もまだなのにそんな事言うもんじゃないぜ」
その時。
「し、白波のお姉さま!鉄男!」
不意に後ろから声がかかる。リディアだ。
「こんな所にいたのね!探したわよ!」
「なんで俺は呼び捨てなんだ」
「そんな事はどうでもいいのよ!」
「……どうしたんだい」
白波が落ち着いて問う。
「鉄男!あんたの村が……アジ村が危ないわ!」
続く




