第二十話:過去
「うう…ん?」
鉄男は差し込む朝日に目を覚ました。
「はは…寝たところと違うところで目が覚めるのは最近になって二度目だな…」
辺りを見渡す。宿屋の一室のようだ。
「ここは…セリシアの宿屋か?白波が運んでくれたの…か…!?!?」
鉄男は目を白黒させる。ベッドの脇にはあの巨大爬虫類が体を丸めて寝ていたのだ。
「なっ…なんでこいつが!?」
鉄男はベッド上で身構えるが、爬虫類はグッスリ眠っている。
「静かにしなさいな、まだ朝の五時よ」
「!?お前もか!」
混乱する鉄男に眠たげに話しかけるのは、謎の幽霊少女である。
「何でお前もいるんだよ!」
鉄男は立ち上がりかける。
「落ち着いて、もう私は正気よ」
「今まで正気じゃなかったのか?」
「見て分からなかった?」
「なんで妙に偉そうなんだ…まあいい、じゃあなんでここにいる」
「そこのお姉さまが私も連れてきたのよ」
そういって少女は今だ寝ている白波の方を見る。
「あのなぁ、だから白波はお前のお姉さんじゃ無いって」
「分かってるわよ」
少女は事も無げに返す。
「だから…えっ、分かったの?」
あっけにとられる鉄男。
「なんか、私は混乱してたのね…よく見たら私のほんとのお姉さまとは全然違うわ…身長とか」
「そ、そうか…いや、でも今『お姉さま』って」
「ほんとのお姉さまじゃなくても、お姉さまとお呼びすることにしたの」
「そりゃまたどうして」
「いきなり勘違いして襲いかかった私を、お姉さまは気遣って、ここまで運んでくれた…
そのままほっとかれてもおかしくは無かったのにね。私はその優しさに感激したわ!」
少女は目を輝かせて言う。
「そうか、で、そもそもお前は一体何者なんだよ?」
鉄男が尋ねる。
「私の名はリディア…リディア・ディージュよ」
少女は向き直って言う。
「へぇ、珍しい名前だな」
「そうかしら?」
「…お前、西の大陸生まれか?」
鉄男はしばらく考え、言った。
「ええ、そうよ」
リディアは答える。
東の大陸では名前に漢字が使われ、英名の人物は稀である。
「まあそれはそれとして、なんで白波をお姉さんだと勘違いしたんだ?」
「分からないわ…でも、あの時の私の心にはあなたへの憎しみでいっぱいだったわ…
それでおかしくなってたのかも…ごめんなさい、あなたは悪い人なんかじゃないわ」
「へぇ、そりゃまたどうして」
「白波のお姉さまがそう言ったから」
「…そうか」
五時間ほど後。
「ねえ、白波のお姉さまはまだ起きないの?」
リディアは落ち着き無く部屋を漂う。
「白波は…まあこういう奴だ。しばらく待て」
「もうかなり待ってるわよー…」
巨大爬虫類も目を覚ましたが、部屋の隅でおとなしくしている。
「ググ……」
ひとつ、伸びをした。
「ねえ」
リディアは鉄男に声をかける。
「何だ」
鉄男は答えつつ、茶を飲む。
「白波のお姉さまとは、どういう関係なの?恋人?」
「ングっ!ゴホッ!いきなりお前、ゴホッ、何を言うんだ」
鉄男は慌ててむせる。
「何慌ててるの?」
「うるさいうるさい」
「ねえったらー」
「そんなことよりお前、アイツはなんなんだ」
鉄男は巨大爬虫類…コロを指差す。
「むぅ、答えてくれてもいいじゃない…コロはね、私のペットよ」
「コロって面じゃねえぜ…」
「元は小さな子犬だったのよ?ある日行方不明になって…その後は見てのとおりよ」
「一体何が…?」
「……知らないわ」
「そうか…」
「でも、これはこれでかわいいわよね?」
リディアはコロに近寄り、撫でながら言う。
「グルル……」
コロは低く唸り、甘えているようだった。
「そうかもな」
さらに二時間後
「おい、そろそろ起きろよ、もう昼だぜ」
鉄男は流石に白波を揺り起こす。
「んん……?」
白波はゆっくりと起き上がった。
「やあ、目が覚めたんだね」
「こっちの台詞だ」
「はは…やだなぁ、そんな遅いわけでは無いでしょ」
「もう十二時だが」
「……まあ、疲れてたし、ね」
「まあいいけどな…」
「君をここまで運んでくるのも結構疲れたんだから。あの子にも手伝ってもらったし」
白波の視線の先には、コロ。
「ああ、ありがとな。しかし、あんな怪物と気絶した二人を連れててよく不審がられなかったな…」
「まあ、ここにはいろんな人がいるし」
「限度があるぜ…しかし、何であいつを連れてきたんだ?」
「リディアの事かい?」
「そう、あのままじゃ心配だったからか?」
「それもある…けど、ひとつ確かめたいことがあるんだ」
「?」
その数分後
「さあ、ここだ」
白波が鉄男、リディアを連れてやってきたのは…
「ここって、フェルさんの占い屋じゃないか…まずは報告か?」
「リディアとコロはここで待っててね」
そういって白波と鉄男はテントの中へと入った。
「フェルさん、戻りました」
白波はテントの中に声をかける。
「ああ…お待ちしていました…」
フェルが出てくる。
「あなたが成し遂げてくれたという事はわかります…占い師ですから…本当に…ごめんなさい…ありがとう…」
フェルは震える声で涙ながらに言う。
「いえ…よければ、説明してくれませんか?……あの屋敷のこと、そして…」
白波はここで一度言葉を切り、そして意を決したように続けた。
「妹さんの事を」
それを聞いたフェルは、驚いた顔をし、そして言った。
「!?…何故、私の妹だと……?……隠し事は、できない、か…分かりました、すべてお話しします」
フェルはゆっくりと語りはじめた。
「あれは…今から五年ほど前の事です…
私達家族は西の大陸の王都に住んでいました。
父は王立魔法研究所の所長で、西の大陸の古代文明を研究する学者でした。
西の大陸にかつて存在した超自然の力…魔法と呼ばれたそれを研究していたのです。
ある日父は、およそ人が触れてはならない禁忌の魔法…それを発見してしまったのです。」
フェルは一呼吸置いた。そしてまた語り始めた。白波と鉄男は静かに聞いていた。
「これは呼び起こしてはならない、父はそう思いましたが、研究者としての好奇心が勝ってしまったのでしょう…
そうして父は、自宅でその研究を始めたのです。書斎には入られましたか?」
「ああ…あの文字は西の大陸の古代文字なのか」
鉄男は合点が行くとともに、何かひっかかるものを覚えた。そんなもの、どこで見覚えがあったのだろう?
「ええ…多分。そんな我が家に訪れた悪夢…ああ、やはり人には過ぎたる力を求めた代償でしょうか?
謎の男が家を訪れるようになったのです…その男は父を脅し、なにやら要求していたようです…
父はその男にどう脅されていたのかは分かりませんが、要求はその魔法についての事だったのではないでしょうか。
その男が来るたびに、父は衰弱していきました…夜中も研究を続けていたようです」
フェルはまた言葉を切った。そしてしばらく黙ったあと、再び話しはじめた。
「そんなある日、私は夢を見ました。父が醜い怪物となり、どこかへ行ってしまう…
そんな夢です。それを父に伝えると、父は青い顔をし、何も言わずに書斎に引きこもりました。
私は何か恐ろしくなりました。母はある日逃げ出し、妹は怯えはじめました。
その頃、私は連日夢を見ました。それは近い未来に起こる事をすべて予見する物でした。
怪我をする夢を見たときは、全く同じ箇所を怪我しました。
ペットがいなくなる夢を見た次の日に、ペットがいなくなりました。
男が来る日の前は、ひどくうなされていた、と妹は言っていました。
今思えば、この『占う』能力の芽生えだったのでしょう…
的中すればするほどに、父のあの夢を思い出して恐ろしくなりました。
そして、その日は訪れたのです…」
フェルは胡椒を噛んだように口元を歪め、そしてまた話しはじめた。
「私はその夜、変な胸騒ぎを覚え、寝られずにいました。
恐ろしいのでベッドの上でじっとしていると、父の書斎から大きな音がしました。
隣では妹が寝たまま。私は様子を見に行くことにしました。
そして…私が見たのは書斎の窓から歪な翼で飛び立つ…父の成れの果てでした…」
「……」
鉄男は呆然とし、白波は考え込んでいる。
「そして……部屋に戻って妹を起こそうとすると起きません……し、死んで……いたのです……
何故かは分からず、私は混乱してずっと呆然としていました……
そしてそのしばらく後……また家に来た男が私を……あっ!?」
フェルは何かに気付いた様に白波の顔を凝視した。
「どうしたんです?」
白波が尋ねる。
「ああ…!今思い出しました…私はあなたの顔を見たことがある!」
「な、なんですって!?」
続く




