貴方の熱を頂戴
「帰るの?」
「タクシー捕まえれば帰れるだろ?」
花の金曜日の二十三時前。
絶賛一人暮らし中の私の家に、彼氏様が転がり込んで来たのが五時間ほど前。
そしてご飯を食べたりシャワーも浴びたのに、帰ると言い出したのが今現在。
夏が終わって完全に秋に季節がシフトチェンジした今日この頃。
人肌が恋しくなり、元々低体温の私にとっては厳しい季節。
しかも寒いなぁ、なんて思い始めた頃に帰る発言とは一体どういうことなのか。
「俺、明日も朝練あるし」
黒縁眼鏡を押し上げながら言う彼にほんの少しの苛立ち。
据え膳食わぬは男の恥、なんて言葉があるじゃない。
私達付き合ってますよね。
彼の服の裾を掴んで離さない私。
彼が立ち上がるから、何となく私も立ち上がってしまった。
フローリングにぴったりと張り付く足の裏がどんどん冷えていく。
寒い、今日は一段と冷える。
「寒いから無理」
帰したくない言い訳にもならない言葉を吐き出せば、彼は形のいい眉を歪めて私の手を取る。
彼の服の裾を掴んだ手を絡め取り、冷えたる指先を軽く握り締めた。
寒い寂しい、一人暮らしは辛い。
***
ぬく、と布団にもぐればベッドのスプリングが軋む。
狭いベッドの中に男女二人。
詰め詰めで寝るけれどその分熱が増える。
胸元でお気に入りの抱き枕をぎゅうぎゅうと抱きしめて、彼の胸の中に収まれば彼の熱が私の体を侵食していく。
暖かい。
ここ最近泊まってくれなかったから、一人で寝ていたから幸せだ。
彼の熱に溶かされるように、とろとろとした甘ったるいような睡魔が私を包み込む。
フローリングの上にいたせいで冷えた足を、彼のしっかりとした筋肉のついた足に絡めれば、驚いたように及び腰になる彼。
視線も私に向けられて、私の口元が緩む。
「……何でこんな冷たいの」
「寒いからだねぇ。あ、後は低体温だから」
彼の胸元に鼻を押し付ければ、何故か抱き枕が奪い取られる。
そのままの体制で彼を見上げると、何とも形容し難い顔をして私を見ていた。
軽く首を傾げれば唸りながら顔を片手で覆って、抱き枕をベッドの隅に寄せる。
さっきは一瞬引いた足を、自分から絡めてくる彼。
ただその絡め方が何となくいやらしい気がするのは、気のせいじゃなくてそういうお年頃だからだと思う。
腰を引き寄せられて抱き締められれば、ちょっとした発熱くらいに体温が上がりそうでドキドキする。
人の心拍数は死ぬまでに決まっているというけれど、彼と一緒にいたら、早死するんじゃないだろうか。
そう思うくらいには心拍数が早くなって、回数をどんどん重ねていく。
「ぬくい」
そう呟いて彼に抱きつけば短い笑い声が聞こえた。
足だけじゃなく手まで絡め取られれば、がっつりとホールドされている気分になる。
寒いのは嫌いだけど、こういうのは割と――。
「……好き」
「ん、俺も」
抱き締めれば抱き締め返してくれる。
確かにある温もりが愛おしくて、寒さなんて感じなくなっていた。