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第三話・2

 その日の夜。



「くそっ!」


 勤務が終わった俺は自宅に戻ったが、機嫌はかなり悪い。

 結局あの後、勤務に集中できず、クソ班長にどやされてしまった。それもこれも、あのガキが妙なことを言いやがるからだ。


「あの女……何か知っているのか?」


 確かに、一月前の獲物はこの辺りで調達したものだ。

 だが、あのガキ――カシワ エミと言ったか? どこかで聞いた名前だが、まあいい。とにかく、俺の狩りを目撃したかのような口ぶりだった。

 今思い出してみると、俺の名前も知っていた。適当に相手を選んだわけじゃないようだ。

 だが、不可解なことがある。


 俺の狩りを目撃したなら、なぜ警察に通報しない?


 面倒に巻き込まれたくないというなら、通報しない理由はわかる。

 だが、カシワはわざわざ俺の所に来て、宣戦布告なんてふざけたことをしてきた。

 何が目的だ? 一体、何がしたいんだ?

 いずれにしろ、カシワが俺の狩りを目撃した可能性がある以上、このままにはしておけない。


 そうなると――調べる必要がある。




 翌日。



 俺はパトロールの最中に、ルートを少し外れて、M高の近くに来ていた。

 平日の昼間に大人が高校の近くをうろついていたら、まぎれもない不審者だが、警察官ならむしろ歓迎される。うまくすれば、昨日のカシワの行いと、警察官という立場を利用して、学校からカシワの情報を引き出すことが出来る。

 だが、学校から交番に連絡されたら、俺が勝手に情報を引き出そうとしていることがバレてしまう。

 どうしたものかと思っていたら、声を掛けられた。


「何をしているのかね?」


 まずい、学校の教師か? だが、警官の俺に対してこの質問はおかしくないか?いや待て、この女にしては低めの声は――


「真田巡査か。早速、私に興味を持ってくれたのかな?」


 カシワ エミ――!

 やはりこいつは、俺自身に対して何らかの目的がある……!


「昨日の君か、まだ授業中じゃないのか?」

「少し、風に当たりたい気分でね。そうしたら、真田巡査がいたので、声をかけたというわけだ」


 よくも、ぬけぬけと。最初から、俺を見たから抜け出してきたんだろうが。


「昨日も言ったけど、勤務中の警察官の邪魔をするのであれば、厳重注意をすることになるよ?」

「なに、お時間はとらせない。私の情報を君に与えようと思ってね」


 何だと? こいつは何を……


「これが私の素性だ」


 そう言うと、カシワは生徒手帳を取り出した。

 そこには、顔写真と「柏 恵美」と漢字で書かれたフルネーム、さらに住所も記載されていた。


「何のつもりかな?」

「私のことを調べに来たのだろう? だから、情報を与えたまでだ」

「……君の素性に興味はないよ。ここにはパトロールに来ただけだ」

「そうか、それならそれでいい」


 だめだ、こいつの意図が全く読めない。

 何だ? こいつは俺に何がしたいんだ?


「ああ、それと一つ伝え忘れていた」


 くそ、今度は何だ?


「下調べは入念にした方がいい」


 あ? 何のことだ?


「私はもう学校に戻るよ。君と次に会うのは、特別な場所でかな?」


 謎めいたというか、わけのわからない言葉を残して、柏は学校に戻っていった。





 俺は再び考える。


 柏の目的は何だ? 俺の狩りを見たわけじゃないのか?

 だが、あいつは明らかに俺に何か目的がある。やはり、俺の狩りを目撃したと考えるべきだ。

 なら……


 もしかして、柏は探偵気取りの痛いヤツなのか?


 柏は俺が犯人であるという可能性を掴んだに過ぎないのかもしれない。

 そして、自分の手で犯人を捕まえるとか、バカなことを考えて俺に接触してきたのか?

 そういえば、特別な場所で会うとか言っていたな。それは、俺が犯行を犯す瞬間を掴むとか、そういうことなのかもしれない。

 そう考えると、辻褄が合う気がしてきた。そもそも、あんな口調だ。まともな奴じゃないだろう。

 そうなると……


 柏の住所はわかった。だいたいの通学路も予想がつく。


 だったら、特別な場所で会おうじゃないか。


 ――俺の狩場で。


 次の日。


 俺はちょうど非番だったので、行動に出ることにした。

 昨日、自宅で地図を広げ、柏の通学路とされるルートから、人通りの少ない場所に当たりをつけた。


 そして、停車した車の中で柏を待っていると、案の定奴は来た。

 なんというか、全く警戒していないというか、誘っているのかとも思えるほど隙だらけだった。


 だから、俺は柏の背中にスタンガンを喰らわせた。


「ぐっ!」


 呻き声を上げた柏はあっさりと動きを止めた。

 俺は素早く、車の中に連れ込み、一気に車を発進させた。



 そして俺は今、いつも狩場に使っている、廃病院にいる。


 両手を縛られた、柏と一緒に。


「残念だったなあ、名探偵さん。世の中そううまくいかないってことだよ」


 柏は体の前で縛られた両手をじっと見ている。もっと、取り乱すと思ったが、まあいい。


「じゃあ、狩りの始まりだ。だが、なんのチャンスも無しに殺しちゃ可哀想だからな。そのままの状態で、俺から一時間逃げ切れたら、解放してやるよ」


 その言葉に、柏がピクリと反応した気がする。

 やはり、ただのガキか。完全にビビってやがる。


「よーい、スタート!」


 俺がそう言うと、柏は一目散に病院の奥に走っていった。入り口は俺が塞いでいるし、そうするしかないだろう。

 だが、この病院は最上階である四階以外は窓が封鎖されている。明かりくらいは入るが、窓から脱出するのは不可能だ。

 そして、4階から飛び降りれば、高確率で死ぬ。

 つまり、完全に柏は詰みだ。逃げられるわけがない。


 俺は手にしたサバイバルナイフと特殊警棒を振り回し、口笛を吹きながら、柏を探した。

 一階から三階にはいなかった。そうなると四階だろう。案の定、柏は四階にいた。窓越しで、上半身しか見えないが、ベランダで呆然としている。


「おいおい、もっと必死になって逃げろよ。いくら、絶望的だからって、これじゃ俺が楽しめないだろ?」

「……絶望的?」


 柏の顔はいつも浮かべている微笑ではなく、無表情だった。

 なんだ? 恐怖でどうかしてしまったのか?


「……いくつか質問したいのだが」


 急に、柏の雰囲気が変わった気がした。


「ああ?」

「……この場所の下調べはしたのかね?」


 下調べ? そういえば、こいつが何か言っていたような……


「ここはいつも、狩りに使っているんだよ。だから、間取りはよく知っているぜ?」

「そうか、じゃあ最近は下調べをしたのかね?」


 さっきから何を言っているんだ?


「そんなの、今から死ぬテメエには関係ねえだろうが!」


 この状況でも、いつもの口調を崩さない柏にイライラする。もっと泣き喚けよ、獲物なんだからよ。


「……やはりか、まあ最初からあまり期待はしていなかったよ。獲物に対して、チャンスを与えたり可哀想などと言った時点で大体わかってはいたが」

「さっきから、何を言ってるんだよ!」

「直截的な表現でないと、わからないかね?」


 そして、言う。


「私は君に失望した」


 予想もしなかった言葉を言う。


「そう言っているのだよ」


 失望? 俺に? どの部分に対して?

 いや、そういう問題じゃないだろう。


「失望だぁ!? 自分の立場がわかってんのか!?てめえは獲物だ! 失望なんて出来る立場じゃねえんだよ!」

「そう、本来であればそうだ。だが、君があまりにお粗末なのでね。失望する他なかった」


 クソが。相変わらす言動が意味わからねえ。

 もういいか、さっさと殺して――


「獲物にこのような希望を与えてしまうのだからね」


 そう言いながら、ベランダの入り口に移動した柏の手には――


「な……に!?」



 ――その動きを封じていた縄は無く、代わりにデカい鉈が握られていた。



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