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第二話・2

 数日後。


「エミ!」


 私は柏のことを下の名前で呼ぶようになり、彼女のクラスにちょくちょく顔を出すようになった。

 正直、少し前の私では考えられない。こんなにも、他人と距離を縮めようと思うとは。


「来たね、黛くん。だが少し待ってくれ。私としても用意というものをしたいのだよ」


 ここ数日は、エミと一緒に昼食を食べている。

 初めのうちは、エミが私の教室に顔を出していた。

 彼女が出す話題は、ありきたりな恋愛話や自慢話ではない。


「黛くん、君はどんな死に方をしたい?」


私の教室に来て、一番初めに投げかけてきた質問がこれだった。

正直言って、面食らった。


「い、いきなりなに言って……」

「おや、考えたことはないかね? 誰しも理想の死に方というものを想像しているものかと思ったが」


 やはり彼女の思想は普通とは一線を画しているようだ。

 だが、私はそんな彼女に興味を持ったのだ。

 私はこのまま何もないまま日々を過ごしたくはない。エミの存在が何かをもたらすかもしれない。

 だからこそ、私は彼女と行動を共にした。


「おまたせ、では行こうか」


 エミが弁当を持って教室を出る。


 私達は中庭で昼食をとるようになった。この日もベンチに座り、雑談を始める。


 どう考えても普通の内容ではない雑談を。


「そういえば、エミって休みの日は何をしてるの?」


 友達がいなかった私はこうした無難な質問しか出来ない。だがそれでも彼女は話を広げてくれる。


「そうだな……刀剣博物館に行くことが多いな」

「へえー。美術品とか好きなの?」

「美術品そのものにはあまり興味はない。だが、武器を見ると、つい考えてしまうのだ」


 エミはいつもの微笑を浮かべる。


「あれでどのように殺されるのかを」


 その時の彼女はまるで夢を語るかのように生き生きしていた。


「ふ、ふぅん……」


 私は彼女のこういった言動を初めのうちは冗談だと思っていた。

 だが、沼田とのやりとりや、彼女の生き生きとした様子から見て、殺されることに憧れているのは本当のようだ。

 私にはわからない。でも、彼女といると同級生が必死に積み重ねている、楽しい思い出とは比べ物にならない体験をしているように思えた。


「他には、図書館を巡っている」

「え?小説とか読むの?」

「それも読むな。主にサスペンスやホラーが中心だ。登場人物がどのように殺されるのか、描写されているものが多いからな。想像も広がる」

「……いっつもそんな事考えてるの?」

「四六時中考えているわけではない。私としても死ぬまでは楽しい学校生活を送りたい。最も、それを一気に壊されるのが快感なのだが」


 ……どうやら彼女なりのポリシーがあるらしい。


「そういう君はどういう休日を過ごしているのかな?」

「えっと……私は……」


 正直、言っていいものか迷う。だが、彼女にあまり隠し事をしたくはなかった。


「勉強……してる。他にすることもないから」

「ほう」


 そう、私は趣味というものを持っていない。

 さまざまなことへの興味が薄い私は、何かを楽しんで行うということがなかった。幸いにも勉強は出来たので、市内の公立では一番の進学校といわれるうちの高校には入学出来たが、それにもあまり意味を感じなかった。

 そして、休みの日に勉強をしていると言うと、大抵の人は私をつまらない人間と認識し、会話をそこで止めるのであまり言いたくなかったのだ。

 だが、彼女は違った。


「君は目的のために努力をしているわけか」

「えっ?」

「君の目的は目的を作ることではないかな?だからこそ、選択肢を広げるために勉強をして成績を上げる努力をしている」

「……そんなことないよ」


 そんなふうに言われたのは初めてだった。

 私自身もなぜ勉強しているのかわからないのに、エミは私の心の奥底を見透かしているかのような発言をする。


「私も目的のために様々な努力をしている」

「そうなの?」

「ああ、様々な殺され方をシミュレートして……」

「う……あまり聞きたくないかも」


 このような会話が日々続いた。


 それから――



 私とエミは休みの日にも一緒に遊ぶようになった。

 私は友達と遊んだことがないので、どうすればいいか、どこへ行けばいいのかよくわからなかったが、クラスメイトの会話によく挙がる、カラオケやファーストフード店などに行った。

 意外にも、エミはカラオケでは流行の曲を歌い、ファーストフード店にもあまり抵抗がないようだった。



 そして、月日は流れ夏休みに入ると、私はエミにある提案をした。


「今度、二人で遊園地に行かない?」


 私としてはふと思いついた提案だったが、エミは意外そうだった。


「ほう、君の方からそんな賑やかな場所へ行きたがるとは」


 私はそんなに人気がない所が好きそうなのか。


「だが私は遊園地に行ったことがない」

「え!?そうなの?」

「ああ、だからどのような場所かも漠然としかわからない」

「ええと……なんというか、アトラクションや出店なんかがあって……」

「出店か……」


 その単語にエミは反応した。


「クレープはあるのか?」

「え?」

「クレープだ。好物なのでな。その出店はあるのか?」

「あ、あると思うよ。たいがいの遊園地には。ていうか……」


 「そこは女子高生みたいなんだ」とは言えなかった。


「ならば決まりだ。君の都合のいい日に行こうか」

「う、うん」




 そして私たちは、近くの遊園地に行った。


「くははははは!絶叫マシンというのは絶望感を味わうのに適しているな!」

「そ、そういう趣旨じゃないと思うけど」


 エミはジェットコースターなどの絶叫マシンを好んだ。

 私は正直苦手だが、彼女は気に入ったようだ。


 ひとしきり回った後、エミの希望でクレープを買い、休憩所のテーブル席に腰掛ける。


「ふむ、ここのクレープはイチゴが売りなのか」


 嬉しそうに食べるエミの頬にクリームがついていた。


「エミ、クリームついてる」

「おや、取ってくれるかね?」

「いいよ」


 私は指でクリームを取り、口に入れた。


「んー!エミのほっぺについてたクリームおいしい」

「おやおや、中々小粋なことをしてくれるじゃないか」


 エミは楽しそうだった。今だけじゃない、私と遊ぶときは楽しそうに遊ぶ。

 だからこそ不思議だった。


「エミ、前から聞きたかったんだけどさ」

「なんだね?」

「……何でエミは殺されたいの?」


 エミに何かつらいことがあるのか、自ら死を望むほどの精神的苦痛があるのか、私はどうしても不思議だった。


「それは私が狩られる側の存在だからだ」

「狩られる側って、それが理由?」

「そうだ、狩られる側である以上、狩る側の殺意を無条件で受け入れる。そういうものだ」

「じゃ、じゃあ殺してくれるなら誰でもいいの?」

「いや、そういうわけではない」


 そしてエミは語り始める。


「私にも、理想の死に方というものがある。どんなに足掻いても、どんなに手を尽くしても、絶対に助からない状況に追い込まれ、成す術なく一方的に殺される。それが理想だ。そしてその理想のためには狩る側の存在が不可欠だ。そういった存在は獲物に一切の容赦をしない。だからこそ私は狩る側の存在に狩られたい」


 いつだったか聞いてきた、理想の死に方。エミにもそれが存在した。


「でも、そんな人そうそういないんじゃ……」

「いや、実はもう狩る側の存在は見つけている」

「え!?」

「今はまだ私を捉えてはいないが、いずれ私を獲物とみなし、私をその手に掛けるだろう。その時が本当に待ち遠しいよ」


 その時のエミの表情はまるで――


「ねえ、エミ」

「ん?」

「エミはその人が好きなんじゃないの?」


 もしかしたら、エミは恋愛感情を歪んだ形で認識しているのかもしれない。

 だが、彼女は言った。


「それはわからないな。確かに私は彼に執心している。恋愛感情とも言えるかもしれない。だが、一つだけはっきりしていることがある」

「はっきりしていること?」



「彼と私が対等な関係になることはありえない」



 いつになく、真剣な表情だった。


「彼は狩る側で、私は狩られる側だ。狩る側は狩られる側を一方的に攻撃する。そんな関係が対等であるはずがない。彼と私がそうである以上は、そして……」


 そして、私の考えを完全に否定する言葉を言う。


「対等でない関係が、恋愛関係であるはずがない」


 エミはこう言いたいのだろう。

 自分は対等な関係を望んでいない、だからこれは恋愛感情ではないと。

 でも、それでも……


「エミはその人が好きなんだと思うな」


 私はその日初めて、友達と恋愛話をした。



 また月日が流れ、二学期に入った。


 私はエミと変わらぬ関係を続け、来年もそうなると思っていた。



「お別れだ」



 夕暮れの教室で、彼女の口からそんな言葉が出るまでは。


「え……?」

「お別れだよ、黛くん。私は君の前から姿を消す」


 何を言っているのだろう。


「何で……? 私のことが嫌いになったの?」

「そんなことはない。君は大切な友人だ」

「じゃあ何で!?」


 その質問に、エミから予想もしない返答が来た。


「はしたない話だが……我慢が出来なくなってしまった」

「我慢?」

「そうだ。本来なら、狩る側である彼が私を捉え、私を狩りに来るのが自然だろう。だが、私はもう我慢できない」


 そして、私が彼女を失う理由が話される。


「私は彼の前で、自分が獲物であることを打ち明けようと思う」


 初めは意味がよくわからなかった。だから聞いた。


「それは……どういうこと?」

「そうだな、直接的な表現で言うと……」


 その時になって、聞かなければ良かったと思った。



「私は彼に殺されに行く」



 そんなはっきりと言われたくなかったから。


「そう言っているのだよ」


 私の中で、「殺されに行く」という言葉がグルグルと回る。

 混乱する頭で、必死に質問を出す。


「何で……? 殺されに行くって、何でそんなこと……?」

「なぜそんなことを聞くのかね? 私が狩られる事に憧れを抱いているのは、君も知っているだろう?」

「だからって!」


 そんなの納得できない。


 そんな理由で、大切な友達を失うなんて納得できない。



「そもそも、何でエミが殺されなくちゃいけないの!?エミが何をしたっていうの!?」

「私は何もしていないよ。それどころか彼とはまだ話したこともない」

「だったら、何でその人はエミを殺すの!?」


 わからない。私からエミを奪う理由は何だ。そんなに高尚な理由なのか。


 エミはその理由を語った。


「それは彼が狩る側の存在だからだ」


 遊園地で言った、「狩る側の存在」。それが理由?


「狩る側は、獲物を狩りたいから狩る。狩られる側はそれに拒否権などなく、一方的に狩られる。今回の場合は狩られる側である私が狩られに行くわけだが」


 つまり――――なに?



 そいつの趣味で、私はエミを失うの?



「そして、そうなった以上、私の命は長くない。だから今のうちにお別れだ」

「待ってよ、それならその時まででも……」

「それは出来ない」

「何で!?」



「私は君を大切な友人だと思っている」



 このタイミングで、そんな嬉しい言葉を言わないでよ。


「私は君に幸せな人生を送って欲しい。だから、私の死を見せるわけにはいかない。君は私抜きで、幸せな人生を送るんだ」

「そう思っているなら、私のそばにいてよ! 私から……離れないでよ……」

「これは私の悲願だ。今更、妥協することは出来ない」


 そんな……今更、友達のいない人生に戻れって言うの?

 違う、もう戻れない。私の人生はもう狂わされてしまった。



 柏 恵美という存在無しには生きられないように狂わされてしまった。



 すでに、私は魅入られているのだ。エミという「悪魔」に。


「初めに言ったはずだ。私は少しの間、君を振り回すと。時間が来てしまったのだよ」


 そしてエミは教室を出る。


「君と過ごした時間は……楽しかったよ」


 私はもう何も言えなかった。




 ――それから。


 私はエミの教室に何度も顔を出したが、彼女はいなかった。

 学校には来ているらしいが、もともと違う学年なので、向こうが避けようと思えば、避けられる。


 どうしてだろう。

 どうしてエミを失わなければならないのだろう。


 私からエミを奪うのは誰だろう。


 言うまでもない。エミが言った「狩る側の存在」。そいつは誰だろう。

 もしそいつが誰かわかったら、私は――

 ワタシハ――


========================




 学校が終わった後、私は誰もいない自宅に戻った。


 夕食を食べ、シャワーを浴びた後、ソファーに横たわる。


「ふう……」


 リラックスした頭で、私は彼女のことを考える。


 一つ上の先輩であり、友人である、黛 瑠璃子。


 彼女と過ごした時間は本当に楽しかった。かけがえのない時間だと思った。

 正直、彼女と別れるのはつらい。

 それでも、私の目的は変わらない。


「彼の獲物になる」という私の目的は変わらない。


 だが、私には以前から抱いている懸念があった。それはもちろん彼のことだ。

 いずれ、彼の前で獲物であると名乗り、彼に狩られる。

 それで私の目的と人生は終わり。

 だが彼は違う。私を狩った後も、彼の人生と目的は続く。

 そう――



 狩る側の存在である彼が、たった一人の獲物を狩っただけで満足するわけがないのだ。



 だが現実には、そう簡単に彼の前に獲物が現れるとは限らない。

 もちろん獲物を探すのも狩りの醍醐味なのだろうが、やはり、狩りたい時に獲物がいた方がいいだろう。


 つまり、必要なのだ。彼の近くに、



 私以外にも、獲物が。



 私は再び、黛 瑠璃子のことを考える。

 私が彼に狩られた後、彼女がそれを知ったらどんな行動を起こすだろうか。

 警察を呼ぶ? いや、彼女は私に相当な思い入れがある。他人の手による決着を望まないだろう。


 ならば、彼を問い詰めるだろうか。

 彼を憎むだろうか。

 それとも、彼の手に掛かり、私の所へ行くことを望むだろうか。


 いずれにしても、彼と接触する可能性は高い。

 そして、狩る側の存在である彼が、彼女に遅れをとることは、まずないだろう。

 つまりどう転んだとしても……



 私は彼に獲物を献上することが出来る。



 しかし繰り返すが、私は彼女に幸せな人生を送って欲しい。

 これは本心だ。だから――



 彼女が死ぬ間際に、私と同じ悦びを抱いてくれることを、心から願う。




第二話 完

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