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第十三話・2

=======================


 日が沈み始め薄暗くなった屋上で、私と樫添さん、そしてエミと柳端の四人が対峙していた。


「ありがとう、樫添さん。そしてごめんなさい。あなたを危険な目に遭わせてしまって」

「センパイ、ここまで来てそういうのは無しです。お礼は一緒にここを降りてからにしてください」


 樫添さんはエミと共に、屋上の入り口の対角線上にあるフェンスを背にしている。

 事前に彼女にエミを見張らせておいて正解だった。おかげで柳端がすぐにエミに近づくことは出来ない。

 屋上の入り口には私、フェンスの近くにはエミと樫添さん、そしてその間に柳端が立っている。

 つまり挟み撃ちの形だ。柳端がエミたちに近づけば私があいつを止めるし、逆に私に近づけば、樫添さんの妨害が入る。

 だが……そう簡単にはいかないだろう。


「やっぱり用意しておいて正解だったなあ」


 その証拠に、柳端は鞄からハンマーを取り出した。


「柳端、あんた……!」

「『黛さん』、残念だけどあなたも逃がすつもりはないですよ」


 この口調、二年前に聞いた棗のもの。既に柳端は『成香』となっている。

 こいつだ。こいつを倒さない限り、エミに平和は訪れない。

 今度こそ決着をつけてやる。そして、エミと一緒にここを降りるんだ!!

 そう決意した私は、懐から『武器』を取り出す。


「ふむ、さすがに手ぶらできたわけではないか」

「ええ、あなたを守るために準備してきたわ」

「しかし君に扱えるのかね、その『ナイフ』を」

「……」


 大丈夫だ。

 この『武器』はエミを守るための物。

 やれる、やってみせる。


「ああ、『柏さん』、柏さぁん。『僕』はやっとあなたを殺せるんだ」

「……」

「これでいいんですよね? 『僕』はあなたを殺したかった。そうだ、ずっとあなたを殺したかったんだ」


 ……なにこれ?

 今目の前にいるのは、柳端? それとも棗? いや違う。

 なんだろう、この薄気味悪い存在は。


「……エミ」

「なんだね?」

「あなた、これでいいの?」

「……」

「今、私たちの目の前にいるのは間違いなく棗じゃない。かと言って柳端でもない。そしてあなたの求めた『狩る側』でもない。そう言い切れるわ」

「ほう、君が? 君がそうだとわかるのかね?」

「ええ、これは単なる紛い物。既に死んだ存在に縋りつく、何にもなれない偽物。エミ、あなたは本当にこんなのに殺されていいの?」

「……君も知っているはずだ。私が狩られることに憧れを抱いているのは」

「確かにそうね。でもあなたはこうも言っていた。『誰でもいいわけではい』と」

「……」


「はっきり言うわ。二年前に棗が死んだ時点で、あなたの夢は既に潰えている」


 その言葉に、エミの顔があからさまに歪む。まるで飲み込めないものを無理矢理飲み込もうとしているかのように。


「『黛さん』、何を言っているんですかぁ? 『僕』はここにいますよ?」


 そして柳端はこちらを振り向いて不思議そうに言う。


「柳端、あんたにも言うわ。既に棗は死んでいる。あんたは決して棗にはなれないし、柳端という存在から脱することも出来ない。いい加減目を覚ましたらどうなの?」

「失礼な人だなあ、先に殺しますよ?」

「その言葉が既にあんたが棗ではないと証明している」


 私の発言に、柳端の動きが止まる。


「あんたが本当に棗だったら、私がこの屋上に来た時点で既に攻撃している。二年前のようにね。そしてさっきのエミと私の会話の間にも攻撃するチャンスはいくらでもあった。でもあんたは動かなかった」

「……うるさい」

「あんたに人は殺せない。殺すという選択は出来ない。こんなものはただの茶番にしか過ぎない!」

「黙れ!!」


 激高した柳端がハンマーを振り上げてこちらに向かってくる。


「……っ!!」


 焦るな。

 柳端は動揺している。直線的な動きで向かってくる。

 ならばギリギリまで引きつけてから……


「ああっ!!」

「ッ!!」


 ハンマーが振り下ろされる直前に素早く横に跳んで、攻撃を避ける。

 そして、ここだ。

 ハンマーを振り下ろした柳端に大きな隙が出来た。


「うっ!?」


 そしてその隙を逃さず、素早く刃先を首筋に突きつける。


「ま、黛センパイ……」


 樫添さんが驚きの声を上げる。当の私も驚いている。

 この命を懸けた状況下で、自分がここまで冷静に動けることに。

 学んだのだ。二年前のあの時に。


 命を懸けなければならない時が、自分の人生にもあると。


「今確信したよ、黛くん」


 樫添さんと共にこのやりとりを見ていたエミが口を開いた。


「君こそが私の目的の最大の障害だ。君がいる限り、私は殺されない」


 ――その通りだ。


「そう、私は何度でもあなたを守る。そしてあなたを……」


 あなたを救うために……


「屈伏させる」


 あえてエミを見ずに言った言葉は、彼女の耳にしっかりと届いた。


「やってみるがいい」


=========================


 ――本当に、恐ろしい存在になったものだ。

 今の『香車くん』と黛くんの戦いを見て、私は心からそう思った。

 間違いなく今、黛くんは自分の命を懸けている。一歩間違えたらその命を失う。

 だが今の彼女はそれを十分理解した上で、尚も私を救いに来た。

 自分を守る、そして私も守るという綱渡りを選択したのだ。

 そして彼女はその綱を渡りきる自信がある。だからこそ、ここにいる。

 先ほどの私の発言は間違ってはいなかった。


 黛くんがいる限り、私は『香車くん』には殺されない。


 だからそう、私にとっての勝利は――


 黛くんと私の両方の、死だ。


「残念だよ……君がここで死んでしまうのは……」


 呟いたその言葉は、隣にいる樫添くんには聞こえたようだ。


「柏ちゃん、もういいでしょ!? 黛センパイの言ったとおり、こんなものは茶番に過ぎないんじゃないの!?」


 樫添くん……

 彼女がここで私を守る以上、私は『香車くん』に近づくことが出来ない。

 だから『香車くん』が黛くんを殺し、その後で私と樫添くんを殺す。

 順番は前後しない。私が死を迎えるには、黛くんが死なないとならない。


「全く、やられたよ。樫添くんがここまで協力したのもそうだが、君を素早く動かした黛くんの判断には恐れ入る」

「柏ちゃん……」


 だがそれでも、私の運命は決まっている。

 そう、『香車くん』と黛くんとでは大きな違いがあるのだ。


「どうしたのだね、黛くん?」

「……」


 『香車くん』の首筋にナイフを突きつけたまま、黛くんは動かない。


 いや、動けないのだ。

 黛くんは人を殺すことは出来ない。


「『香車くん』」

「……」

「黛くんを……せめて苦しまないようにしてやって欲しい……」


 私の言葉を受けて、『香車くん』は動き出した。


「くっ!!」


 黛くんから素早く一歩離れた後、ハンマーを横薙ぎに振る。

 間一髪でその一撃は避けられたが、ハンマーが彼女の頭に叩きつけられるのは時間の問題だ。

 そう、黛くんは人を殺せないが、『香車くん』は殺せる。

 片方は殺さない気で、片方は殺す気で戦っているのだ。結果がどうなるのかは明らか。


「黛センパイ!!」

「いいのかね、樫添くん? 君がここから離れたら、私は『香車くん』の元に行ってしまうよ?」

「くっ……」


 樫添くんがここから離れられない以上、この戦いは一対一。そして黛くんに勝ち目はない。

 ならばせめて、彼女が苦しまずに死ぬことを祈るまで……


 ……?


 私は何を考えているのだろうか。

 なぜ私はこの期に及んでここまで黛くんを心配している? ついに念願が叶うというのに。

 確かに黛くんは大切な友人だ。だが私は『香車くん』が傷つくことよりも彼女を心配している。

 彼女の負けが確定しているから? 本当にそうなのだろうか。

 ……いかん、ここまで来て何を考えている。こんな考えは邪魔でしかない。


 彼女は『希望』だ。私が『絶望』に浸るのに邪魔な存在だ。


 だから……消えてくれ、黛くん。


「ああっ!?」


 樫添くんの声で我に返ると、『香車くん』が黛くんをフェンスに追いつめていた。

 ついに決着か……


「……何か言い残すことはありますか?」

「……」

「あなたは、本当に邪魔でしたよ、黛さん!!」


 そして、最後の一撃が振り下ろされる。

 思わず目をつむった。流石に見たくなかった。

 だが……


「なっ!?」


 『香車くん』が驚きの声を上げる。

 その声で、目を開けてしまう、すると……


「……あんたに言っておくことはあるわ」


 黛くんが『香車くん』の腕を掴み、懐に飛び込んでいた。

 そして次の瞬間。



「『どいてよ、幸四郎』」



 その言葉と共に……


「ぐ、は……」


 ナイフを『香車くん』に突き刺した。


「……なに?」


 『香車くん』の体から液体が流れ出る。ポタポタと。暗くてよく見えない。

 何だ? 何が起こっている?

 だが私がそれを理解する前に――


 『香車くん』は、崩れ落ちた。


「……なんだ、これは?」


 まだ頭が理解していない。目の前の光景を理解していない。

 私の口の中が乾いていく。樫添くんが目を見開いている。


 そして黛くんが崩れ落ちた『香車くん』を冷ややかに見下ろしている。

 その手に持ったナイフから液体が垂れている。


 まさか、まさか、彼女が。


「『香車くん』を、殺したのか……?」


 黛くんは何も言わずに、こちらにどんどん近づいてくる。

 その顔は全くの無表情で、自分の行動をまるで意に介していないようだ。


「……あ、ああ」


 それを見て、私は――


 明確な恐怖を感じた。


「あ、ひ……」


 思わず後ずさる。目の前の彼女が怖い。

 『死』の恐怖とは違う。まるで別種。『死』の恐怖が全てを奪い去られる恐怖だとしたら、今の恐怖は全てを管理下に置かれる恐怖だ。

 私にまるで自由はない。精一杯抵抗することすら許されない。

 そういったこと予感させる恐怖を、彼女に抱いている。

 そうだ、思えばそうだった。

 私は悉く、悉く彼女に潰されてきたのだ、私の目的を。

 彼女がいたから、私は死ねなかった。いや違う、『死ぬ自由を与えられなかった』。

 そして今回もそうだ。私はまた、死ねなかった。

 つまり彼女は、


 私を生かしたまま、その全てを支配するつもりだ。


「エミ……」

「っ!!」

「思い知らせてあげる」

「な、何を……」


「私の前では、あなたは無力だという事を」


 ……!!

 あ、ああ、あああ……

 こわい、こわい、こわい。

 本気だ、彼女は本気で私を支配するつもりだ。

 全身が震える。体に力が入らない。

 恐れている。私は初めて支配されることを恐れている。

 何か、何か手は……!?


 そして目に入る、彼女の持つナイフが。


 あ、あれだ……もうあれしかない。

 彼女は『香車くん』を殺した。彼女は目的のためなら人を殺せる。


 そう、彼女も『狩る側』となったのだ。


 ならば、君にこの命を捧げよう。だから、だから……


「……君は、私の全てを奪え!!」


 思い立った直後、私は飛び出していた。

 樫添くんが止める暇もない。一直線にナイフの前に身を差しだし……


 一気に貫かれた。


――

――――

―――――――――


 つらぬ、

  つらぬかれ……


「……え?」


 なんだこれは?

 まるで痛みがない。いや、刺さった感触がない。

 違う、これは、


 刺さっていない?


「エミ」


 突如として名前を呼ばれ、体が反応する。


「私が、あなたを殺す可能性を残すと思う?」


 私のすぐ近くにある黛くんの顔は、まるで幼女に接するかのように穏やかな顔だった。

 そして私の体からナイフを離し、その刃先を指に当て、


 刀身を、柄の中に押し込んだ。


「な、んだ、それは……」

「よくあるでしょ? 刺さったと見せかけて、刀身が引っ込む玩具。あれと同じ物よ」

「え……?」

「この液体も、授業で使った墨汁。暗かったから血に見えたでしょ?」

「で、では……」


「ええ、柳端は生きているわ。多分、棗に刺されたショックを思い出して気絶しているだけ」


 ちょっと待て。

 彼女は最初からこの玩具を持っていた。この玩具で彼と戦っていた。

 そうなると。


「ば、馬鹿な!! そんなものでこの戦いに臨んだというのか!? 自分が死ぬかもしれないというのに!!」

「そうよ、あなたが死ぬ可能性を少しでも排除したかった。だから武器を持ち込みたくは無かった」


 そんな……

 それだけの、それだけのために。

 私の最後の一手も全て読み切り、とことんまで私を死なせないために。


 こんな危険な賭けをしたと言うのか。


「これでわかった? エミ」

「あ……」


 黛くんは私の手を握る。


「あなたは絶対に殺されない。私がそうさせない。私がいる限り、あなたの望みは叶わない」

「……」

「だから、私と共に、生きるしかない。あなたにはそれしか許されない」


 それしか……許されない。


「は、はは……」


 何故かはわからないが、笑いが漏れる。

 私の意志ではない。どこか強制された笑い。


 そして今、思い知らされた。

 私はこれからも、黛くんによって願望を踏みにじられるのだろう。

 私がどんなに『狩る側』に近づいたとしても、彼女は全て蹴散らしてしまうのだろう。

 私はこれから、彼女に負け続ける。何をしたとしても、負け続ける。


「……認めよう、黛 瑠璃子。この戦いは……」


 だから私は――宣言するほか無かった。


「私の負けだ」


 陽が暮れた夜の屋上に、私の敗北宣言はよく響いた。






第十三話 完

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