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第十一話・2

==========================


 俺は佐奈霧さんを止めるつもりでいた。

 何を止める? もちろん、柏先輩の殺害をだ。

 佐奈霧さんは柏先輩を狙ってここに来たのだ。俺はそう確信していたのだ。

 だから――


 自分が今、佐奈霧さんにナイフを向けられていることが信じられない。


「さ、さな」

「……」


 佐奈霧さんは普段の快活な笑顔を全く浮かべず、恐ろしいほどの無表情で俺を見ている。

 俺は先ほど、柏先輩が一人でいることに気づいた後、校舎の角にいる佐奈霧さんを止めるべく近づいた。

 だが彼女は突然俺の方に振り返り、ナイフを突き出してきたのだ。

 俺は後ろに飛び退いて間一髪で避けたが、後少し遅れていたら確実にナイフが刺さっていた。

 しかし依然として状況は危険だ。彼女はまだ俺にナイフを向けている。


「な、何をしているんだ? 早くそれをしまうんだ」

「……」


 佐奈霧さんは無言のままだ。

 そもそも何で俺はナイフを向けられている? 彼女の狙いは柏先輩のはずだ。

 それを妨害しようとした俺を殺そうとしているのか? 


「佐奈霧さん! 君は今、普通の状態じゃないんだ! 柏先輩への殺意も、ある人物の影響を受けてのことなんだ! でも大丈夫だ、俺が君を助ける!」

「……助ける?」


 佐奈霧さんが初めて反応した。よし、いけるか!?


「そうだ、俺が助ける! 俺が君を正しい状態に戻して……」

「あああああああ!!」


 突如として佐奈霧さんが絶叫したかと思うと、その顔に怒りを浮かべた。


「そうやって、あんたはそうやって!」

 

 そしてナイフを両手で握り、俺に体当たりを仕掛けてくる。


「うわあっ!」


 直線的な動きだったので、横に跳ぶこと避けられはしたが、大きく体勢を崩してしまい次の行動が遅れた。


「しまっ……」


 体勢を崩した俺に、佐奈霧さんが再度向かってくる。


「萱愛ああああああああ!」


 佐奈霧さんが血走った目で俺を見据えながら向かってくる。

 ま、まずい! 避けられない!



「そこまでだよ」



「…………!」

「随分と楽しそうなことをしているね。是非とも私も混ぜて欲しいものだ」

「か、柏先輩!」


 柏先輩は俺と佐奈霧さんの間に割って入り、ナイフの前にその身体を晒す。


「私という獲物を目の前にしながら、他の獲物に狙いを定められてしまうとね。恥ずかしい話だが、妬けてしまうのだよ。私より彼の方が獲物として魅力的なのかとね」

「どいてください」

「お断りだ。『狩る側』に凶器を向けられている状態で、獲物であるこの私がその身を引くと思うのかね?」

「私が殺したいのは、その男だけです! どいてください!」

「なっ!?」


 今、彼女は何て言った? 俺だけを殺したい? 彼女の狙いは柏先輩ではなく、この俺?

 どういうことだ? なぜ彼女が俺を狙う?


「君が『狩る側』であれば、自分の邪魔をする者は全て殺せばいい。ましてや私は君が彼に襲いかかるところを目撃してしまったのだ。生かしておくのはおすすめしない」


 柏先輩はポケットから小さなナイフを取り出して、柄の部分を佐奈霧さんに向ける。


「……!」

「これで凶器は二つだ。一つずつ使用し、二人とも殺害すれば目撃者は無し。是非ともこの私を先に。と言いたいところだが、決定権は君にある。好きにするといい」

「私は、あなたを殺したくは……!」

「おや、それは残念だ。君は『彼』の意志を継いでいる者だと思っていたが」


 本当に佐奈霧さんは柏先輩を殺すつもりはないのか? ならこの場は先輩に任せて、俺は先生を……


「エミ!!」


 その時、黛さんと樫添先輩が俺たちの所に駆けつけてきた。


「ふむ、さらなる目撃者が出てきてしまったか。これでは難しいかな?」


 残念そうな柏先輩に、黛さんが駆け寄る。


「エミ、大丈夫!?」

「ああ、残念ながらね。ところで……是非ともこの状況を説明して欲しいものだね、樫添くん」

「……!」


 柏先輩に名前を呼ばれた樫添先輩は気まずそうな表情になる。


「そ、そうだ! 樫添先輩はなんで柏先輩を一人にしたんですか!? だから俺は……」

「そ、それは……」


「保奈美さん、もういいですよ」


 その時、佐奈霧さんが口を開いた。保奈美さん? 彼女と樫添先輩は知り合いなのか?


「緑ちゃん……」

「せっかく柏先輩をエサに萱愛をおびき寄せたのに、まさかその柏先輩に妨害されるとはね」

「……え?」

 

 佐奈霧さんはいつもの可愛らしい雰囲気を微塵も感じさせず、冷ややかに俺を見ている。

 俺を、おびきよせた? 何のために?

 まさか、柏先輩に興味があるということも、全ては俺に近づくための演技だったのか!?


「柏先輩、確かに私はあなたに興味があります。正直言って、あなたを私のものにしたい、あなたを壊したい。それに近い衝動はありました。二年前に、姉の友人である保奈美さんに会いに、この学校にきたときから」

「そうか、それは喜ばしいことだね」

 

 相変わらず柏先輩は、自分が殺意を向けられていることを喜んでいる。

 いや、今の問題はそこじゃない。佐奈霧さんの目的だ。


「それからしばらくは、柏先輩のことばかり考えていました。自分の衝動に悩まされることもありました。でも、『彼』はそんな私を救ってくれたんです」

「『彼』……?」


 思わず呟いた俺を、佐奈霧さんが睨みつけた。


「そう、唐木戸 俊輔が私を救ってくれたの」

「なに!?」


 唐木戸!? なんでここであいつの名前が!? いや待て、まさか!?


「君は、唐木戸と同じ中学だったのか!? あいつの友達だったのか!?」

「そう、俊輔は私の大切な……親友だった」


 佐奈霧さんは唐木戸の親友……全く知らなかった。


「俊輔は私が自殺の現場を見たことや、姉の死で両親が離婚したことの悩み、柏先輩についての悩みを真摯に聞いてくれた。決して自分の意見を押しつけることはせず、可能な限り私の立場になって考えてくれた」


 そういえば唐木戸は心理学や他人の心理についての本をよく読んでいた。だから佐奈霧さんに対しても、そういう姿勢で向き合ったのかもしれない。


「俊輔に悩みを聞いてもらううちに、私は彼とどんどん親しくなっていった。彼が私をどう思っていたかはわからなかたけれど、私はいつしか、彼を好きになっていった」

「……」

「でも俊輔は死んでしまった」


 そう、唐木戸は死んでしまったんだ。


「そう……」


 何か大きな悩みを抱えて……



「そこにいる、萱愛 小霧に殺されたのよ!」



「……え?」


 俺が……殺した?


「な、何を言っているんだ? 唐木戸は自殺したんだ! 受験に失敗したことを悲観して……」

「そうでしょうね、受験に失敗してね」

「それが何で俺が殺したってことに……」


「あんたが! 俊輔の志望校を無理矢理変えさせたからよ!!」


「……!」


「緑ちゃん、その辺りについては私も聞いていないのだけど、どういうことなの?」


 樫添先輩が質問する。


「……俊輔が死んだ後、私は彼の自宅に行って、彼の部屋を見させてもらいました。そして見つけたんです。彼の日記を」

「日記?」


 待て、なんだそれは? 俺は唐木戸が日記をつけていたなんてしらないぞ。ご両親も日記については一言も言っていなかった。


「私はその内容にあまりに驚いて、こっそり自宅に持ち帰ったんです。そして隅から隅まで読みました」

「それには何て書いてあったの?」

「……」


 そして佐奈霧さんは、おかしなことを言いだした。


「俊輔が、萱愛に追いつめられていく様子が克明に書いてありました」

「なに!?」


 何を言っているんだ彼女は!? 俺が唐木戸を追いつめた!?


「佐奈霧さん! なぜそんなデタラメを言うんだ! 俺はあいつを追いつめてなんていない!」

「そうでしょうね、『そんなつもりはなかった』んでしょうね、あんたのことだから」

「俺の、ことだから?」

「俊輔の日記にも書いてあったし、私もあんたと話して第一に思ったことがあるのよ」

「え?」


「あんたって、自分に都合の悪いことを全く聞かないのよね」


「……!?」


 なんでだ、なんで彼女は、柳端と同じことを言うんだ!?


「俊輔が塾に入って少し後のことだったわ。彼が進路希望でM高への進学を希望するって書いていたのを見たの。正直言って疑問だった。俊輔はそこまでずばぬけて成績が良いというわけではなかったし、特にそれまでM高に行きたいなんて言っていなかったから、でも私は彼の考えがあるのだと思ったし、同じ高校に行きたかったから私もM高を受験することにした。保奈美さんもいるわけだしね」

「緑ちゃん……」

「でも彼の死後、日記を見て愕然としたわ」


 俺は、唐木戸に言った言葉を思い出す。


『唐木戸、お前は……』


 そうだ、俺はあいつに忠告をしたんだ。あいつは気が弱いから乱暴な人間がいない進学校に進むべきだって。


 しかし、佐奈霧さんは言い放った。


「同じ塾の萱愛って男子に、M高を受験しろって脅されたってね」


 俺は佐奈霧さんの言葉に反論する。


「違う! 俺は忠告したんだ! あいつのために、あいつの将来のために!」

「じゃあ……あんたは俊輔になんて言ったの?」


 そうだ、はっきり思い出した。俺はこう言ったんだ。


『唐木戸、お前はM高に行くべきだ。お前みたいに消極的な人間は進学校に行かないと不良たちの格好の標的だ。M高に行かないとお前は破滅するぞ!』


 過去に自分が言った言葉をそのまま皆に伝えると、なぜか柏先輩以外の全員が目を丸くしている。

 なんだ、この反応は?


「……あんた、本当に俊輔にそう言ったの?」

「な、なんで疑うんだ。本当に決まっているだろ! 唐木戸は気が弱かった。だからあいつのために俺が志望校を決めたんだ!」


 そう、あいつの将来を考えれば彼の志望校をM高にするのは当然のことだ。俺はそれであいつを救うつもりだった。


「……納得したわ。日記のその後の内容もね」

「え?」

「日記にはこう書いてあったわ」


 そして佐奈霧さんは話を続ける。


『だめだ、萱愛は全然僕の話を聞いてくれない。僕が志望校をM高以外にしたいと言っても、『くじけるんじゃない。あきらめるな!』としか言わない。僕がM高に行きたくないと言っても、『お前はM高に行くしかないんだ』としか言わない。萱愛の中には、M高に合格した僕が自分に心から感謝するというビジョンしかないんだ。僕がいくら断っても、勉強を教えに来る。その度に『もっと努力しないとだめだ。このままではお前は破滅するぞ!』と脅してくる。もし僕が受験に落ちたら、あいつになんて言われるか怖い。あいつの全く周りを見ていない善意がどんどん僕を追いつめていくのが怖い……』


「……」

「……」

「……」


「う、うそだ! 唐木戸がそんなことを思うはずがない!」


 佐奈霧さんはデタラメを言っている。俺は唐木戸の為に忠告したのだ。


「あいつも俺の言うことを聞いてくれていた! あいつは俺の言うとおり頑張っていたんだ!」

「聞いていた? 聞かせたんでしょ? 俊輔がどんなにあんたを否定しても聞き入れず、自分の価値観を押しつけ続けた」


 違う! 俺は……


「日記を読んだ後に私は誓ったのよ! 必ずこの萱愛という男に自分の醜悪さを思い知らせてやる! 必ず私がこいつにふさわしい死を与えてやるってねぇ!!」


 俺が、俺が醜悪?


「なんでそんなことを言うんだ! 俺は唐木戸を本気で心配していた! あいつにとってM高に行くのが最良の選択だったんだ! 俺が原因であるはずが……」



「くっくっくっ……」



 その時、場違いな笑い声がその場の空気を変えた。

 その笑い声を発したのは――


「なるほどねえ、すばらしいよ萱愛くん。じつに鮮やかな手口だ」

「か、柏先輩!?」

「『獲物』に一切の逃げ場を与えず、徹底的に希望を潰す。君がその唐木戸くんとやらにしたことは、まさに私が求めている『狩る側』のやり方だ」

「な……」


 お、俺が、『狩る側』? 柏先輩を傷つけてきた人たちのような?


「やはり私が君に目を付けたのは間違っていなかったようだね。さすが……」


 そして柏先輩からその名前が出る。



「斧寺 霧人の親族だ」



「…………!!!」


 なんで……


 なんで……


「なんで、だよ……」

「……」


 柏先輩は微笑みを絶やさない。


「なんであんたが、俺の祖父さんの名前を知っているんだ!!」




 斧寺 霧人。俺の母方の祖父。

 職業は刑事だったが、俺が三~四歳の頃に殉職したと聞いている。

 だが俺は生前の祖父さんに何度か会った記憶があった。

 その時の俺は言葉の意味がよくわかっていなかったため、祖父さんが何を言っていたかはよく覚えていない。だが、この言葉だけは覚えていた。


「小霧、人は希望では救えないのだよ。そうだね、直截的な表現をすると……」


 今なお、俺と相反するはずのその言葉。


「人を救うのは、絶望だ。……そう言っているのだよ」


 絶望で人が救えるという、バカげた言葉。


 俺の母さんは、祖父さんのその思想をずっと毛嫌いしていた。

 だからだろう。


 祖父さんの『霧』の字を受け継ぐ、『小霧』という名前が気に入らないのは。


 祖父さんが殉職した後、母さんは俺に希望を与える人間になれと口を酸っぱくして言っていた。だから俺は、祖父さんに反発するかのように、何が何でも他人に希望を与えようとした。


 唐木戸に対しても、同じように接していたのだ。それが正しいはずなんだ。



「だが君は、斧寺刑事の思想を忠実に受け継いでいる」


 そうだ、柏先輩の口調。

 先輩の口調は、俺の祖父さんに似ているんだ。十二年前に殉職した祖父さんに。


「君は唐木戸くんの逃げ場を封じ、絶望を与え続けた。そして全ての逃げ場を封じられた唐木戸くんはその瞬間、救われたのだ。自殺するという決心がついたのだからね」

「違う! 俺はそんなつもりはない!」

「それにしても残念だ。君のその手法を是非とも、私にも試して……」


「黙れ!!」


 俺は思わず、柏先輩に向かって叫んでしまう。


「とにかく!! 佐奈霧さんがナイフを持って襲いかかってきたことは先生に報告……」

「そうはいかないわ」


 その声に反応すると、いつの間にか黛さんが、佐奈霧さんのナイフを持って崖のあるフェンスのそばに立っていた。

 そして、ナイフを崖下に投げ捨てる。


「ま、黛さん!?」

「これで証拠は無し。私としては今、その子が停学になるのは困るのよ」

「何でですか!? 柏先輩が危険に……」


「その子の狙いはあんたなんでしょ?」


「……!」

「その子が今の『成香』なら、あんたを狙う限りエミは安全。他の『成香』の目もあんたに向けられるかもしれない」

「な、何を言っているんですか!? それだと俺が……」



「知らないわよそんなの」



 黛さんは、何度か見た冷ややかな目で俺を見る。


「私としては、エミが安全ならそれでいい。あんたがどうなろうと知ったことではないわ。まあ、さっきの日記の話で、あんたを助ける気はさらに失せたけどね」

「ま、まさか、俺を囮にするって言うんですか!?」

「まあ、そんな形。とりあえず今日は解散しましょう。エミ、樫添さん、行くわよ」


 そして黛さんは、二人を連れてその場を去ろうとする。


「さて萱愛くん、今度は私だけでなく自分の身も守る必要が出てきたわけだが……私としては、君が私を追いつめてくれるというのを期待したいところだよ。さて、佐奈霧くん。君も今日は帰りたまえ、正面からは、さすがに分が悪い」

「はい……わかりました」


 柏先輩たち四人は、校舎裏から去っていった。


 一人残された俺は、あまりの出来事に一人呆然と立ち尽くす他無かった。



第十一話 完

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