第四話・3
===================================
私は今、廃工場にあったパイプ椅子に座らされる格好で縛られている。縛ったのは言うまでも無く、柳端 幸四郎だ。
彼は私を縛った後、なぜか入手していたエミのアドレスにメールを送った。
「黛 瑠璃子は預かった。返してほしければ、指定する時間に廃工場まで一人で来い」
という内容だ。
私をエサにエミをおびき出す算段らしい。正直言って、これでエミが来るとは思えない。
エミは私の前から姿を消すと言ったのだし、あれから一度も会っていない。そう、来るとは思っていなかった。
だから――
「久しぶりだね。私のことを覚えているかい?」
その姿を見ただけで、私の胸は高鳴った。
「一応、名乗っておこうか」
忘れるわけが無い。あなたのことを忘れるわけが無い。
あなたの名前は――
「私の名前は柏 恵美。君を助けに来た者だ」
その言葉に私が歓喜したのは言うまでもない。
====================================
廃工場に入ってきた柏は、相変わらず不気味な微笑を浮かべていた。
だが、それもこれまでだ。
これがうまくいけば、二度とこいつを香車には近づけさせないことが出来る。
「よく来たな。あんたは香車以外、眼中にないものかと思っていたぜ」
「私にも、それなりの交友関係というものがあるのだよ。……しかし、君も大胆な行動に出たものだね」
柏の言うとおり、普段の俺だったら絶対にしない行動だろう。
女子高生を人質にとり、相手に言うことを聞かせようなどと。
だが、事態は一刻を争う。手段を選んではいられなかった。俺は縛られている女――黛 瑠璃子にナイフを突きつけながら言う。
「結論から言う。こちらの要求は一つだ。あんたが今後一切、棗 香車に関わらないこと。要求に従わないのであれば、この女、黛を殺す」
正直言って、これは賭けだ。
あの異常者が、この友人とやらをどれだけ大切に思っているかは、全くの未知数だ。
だが、現状ではこれが最も有効な策に思える。
「エミ……私は……」
「あんたは黙っていろ。それでどうなんだ?これでもまだ、香車に関わるというのか?」
柏は少し考え込むようなそぶりを見せた後、口を開いた。
「確かに、これは困ったね。いくら私がもうすぐ死ぬ存在だとしても、彼女は私の大切な友人だ。その関係を完全に無かったことには出来ない」
「そうか。それなら要求を呑むんだな?いや、正直あんたが関わらないと宣言しただけでは不十分だ。だから……」
俺は、完全に柏を香車から引き離すための言葉を言う。
「一週間以内にこの街を出ろ」
その言葉に黛が目を見開くが、それは無視する。
「一週間だ。その間、この女は預かる。もし期間内にそのそぶりが見えなければ、こいつを殺す。警察に通報したとしても、俺が捕まる前にこいつを殺す。いいか? もう一度言う。香車にはもう関わるな」
一気に言葉を出して、主導権を握ろうとする。
だが、この状況でも、柏は微笑を崩さなかった。
「……くっくっくっ」
「何がおかしい?」
「いやあ、繰り返すが大胆な行動に出たと思ってね」
だが、その後に続いた言葉は――
「君にしてはね」
思いもよらぬものだった。
「……何が言いたい!? 要求に従わないのなら、こいつを殺すぞ!」
「もう一度言うよ。君にしては大胆な行動だ。だが、同時にそれが君の限界だ。君には完全に欠けているものがある」
何を言っている? この状況でこいつの余裕は何だ?
「君はこの状況においても、人を殺す選択肢を選ぶことが出来ない」
その言葉に思わず動きを止めてしまいそうになる。まずいな、こいつのペースに飲まれてはいけない。
「言うじゃないか。だが忘れたのか? あの時俺が、あんたを殺そうとしたことを。俺だってその気になれば、やるときはやるぜ?」
「ふむ、ならば聞こうか」
そして柏は――
「なぜ、再び私を殺しに来ない?」
俺が全く考えていなかった選択肢を出してきた。
「それが一番手っ取り早いだろう? 私が死ねば、君の目的は達成される。だが君は黛くんを人質にとり、私をこの街から追い出すという、非常に回りくどい方法を取っている。一度、私を殺そうとしたのにも関わらず」
「やめてよ!」
柏の言葉に対し、黛が叫んだ。
「自分を殺しに来いなんて……言わないでよ」
黛は涙を流していた。それを柏は、珍しく真剣な表情で見つめている。
だが、すぐに俺に視線を戻す。
「話を戻そうか。君は私を殺すことで、事態の解決を図るという選択肢を、最初から除外していた。排除したい本人を殺せないような人間が、無関係な人間を殺せるのかね?」
「てめえ……俺がそれを出来ないとでも言うのか!?」
「出来ないね。君は今、人を殺したら自分がどんな追及を受けるかを考えている。前回は香車くんがまさに私を殺そうとしていたからこそ、私を殺すことを決意出来たのだろうが、今回はあの時ほど緊急事態ではない。だからこそ君は先の事に気を取られてしまう。自分が捕まったらどうなるか、同時に香車くんがどうなるか、考えてしまう」
待て、まさかこいつが言いたいのは――
「君は先のことに気を取られすぎなのだよ」
俺が最も、言われたくないことだった。
「お前が……お前がそれを言うんじゃない!」
「ふむ。ならば、黛くんか私をこの場で殺すことが出来るのかね?」
「出来るさ! 何なら、こいつの指でも切り落としてみせようか!? それがいやなら、要求を呑め! 二度と香車に関わるな!」
まずい、少し感情的になっている。これは奴のペースだ。
だが、俺がそのペースから逃れることは出来なかった。
「君は、それをしないことを条件に、黛くんを巻き込んだのではないのかね?」
その言葉を言われてしまったから。
「……何のことだ?」
「この際だ。直截的な表現で言わせてもらおう」
だめだ。こいつは気づいている。
「私はこれ以上、君たちの茶番劇に付き合う気はない」
俺と黛が手を組んでいることに気づいている。
「そう言っているのだよ」




