第四話・2
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廃工場の一件から数日後。
香車は入院し、俺もしばらくは病院で検査を受けつつ警察から事情を聞かれたので、学校を休んでいた。
一応、あの一件は不審者が柏を乱暴しようとしていた所を、俺と香車が助け出そうとして香車が刺されたという説明をしたが、警察もバカじゃない。俺たちを疑っている捜査官もいるようだ。
しかし、警察があの一件の真相にたどり着くとは思えなかった。それはそうだ。俺だってまだ信じられない。
他人に殺されたいから殺されようとしている存在がいるなんて。
その前提に気づかない限り、警察が真相にたどり着くことはないだろう。ひとまずは、落ち着いたと思いたい。
だが、油断は出来なかった。それはもちろん、あの女のことだ。
――柏 恵美。
香車は俺の言葉で思いとどまってくれた。
だからこそ、俺はあいつを信じたい。あいつは生まれついての悪人ではないと。
そう、全てはあの女の影響なのだ。
あの女さえ、香車に近づかなければ今回のようなことは起こらないだろう。そのはずだ。
だから警戒しなければならない。あの女がまだ諦めていないのであれば……
必ず、再び香車に接触してくる。
あの女は香車の病室を知っている。俺も毎日、香車の見舞いには訪れているので、その間は香車を見守ることが出来る。
だが、それ以外の時間は無防備だ。
いくら友人とはいっても、四六時中香車を見守るわけにもいかない。
いつも同じ人間が見張っているというのは、かえってストレスにもなるだろう。学校を休むということも考えたが、香車に反対された。あいつは俺の将来を心配してくれているのだろう。
そのことで、俺はあいつとの出会いを思い出す。
中学に入学した頃、俺はもう子供ではないという思い込みから、将来のことが心配でたまらなかった。
このまま無為に時間を過ごしていいのか。私立に行った連中は、今この瞬間でも、勉学に励んでいるのではないか。このまま過ごしていたら、俺の未来は暗いものになるのではないか。
とにかく先のことが気になって仕方なかったのだ。
だからこそ、わき目も振らず勉強しようとした。
だが、そんな焦った気持ちでは勉強にも集中できず、成績が上がるわけでもなかった。
中学の最初の試験で、結果を出せず落ち込んでいた俺だったが……
そのとき、あいつが俺に話しかけた。
「柳端くんって、いつも勉強しているけど、何か将来の夢とかあるの? 良かったら聞かせてくれないかな。僕って今のことばっかり考えて、先のことなんて何も考えていないからさ」
その言葉ではっとした。
俺はとにかく将来を悪くしたくないという考えしかなかったのだ。将来をどのようにしたいという発想は全くなかった。
俺がすべきことは、今、俺が何をしたいかだったのだ。
そう、棗 香車の言葉で俺は救われたのだ。
それから俺は香車とよく話すようになった。
香車は、将来の夢は何かという質問をされたら答えられない自信があるとはっきり言った。だから、先のことを考えられる俺が羨ましいと言ったのだ。
そんなことはなかった。俺は先のことばかりにとらわれているだけだったのだ。だけど、香車はそれは俺の長所だと言ってくれた。
その言葉を受けて、香車の長所は他人のことを認めてあげられることだと俺は言った。香車は照れていたが、俺は本心でそう思う。
香車が俺を認めてくれたから、今の俺がある。だからこそ、俺は香車を救いたい。
柏 恵美の魔の手から救いたい。
そんなある日のことだった。
俺はいつものように香車の見舞いに訪れたが、あいつは検査か何かで、病室にはいなかった。
そして、ベッドサイドには携帯電話が置いてあった。抵抗はあったが、どうしても気になってしまった。
あいつが柏と連絡をとっていないか。
そして俺は見つけてしまった。
連絡先に「柏 恵美」の名前を。
最早一刻の猶予も無い。
柏には特殊な影響力というか、他人をおかしくさせる何かがある。
香車が再びおかしくなる前に、行動を起こさなければならない。
そして現在。俺は柏の高校の前にいる。
しかし今のところ、何ら得策は思い浮かんでいなかった。
柏に会って説得したところで、それが通じる相手でもない。何らかの武器で脅すというのも考えたが、そもそも相手は殺されたがっているので、意味は無いように思える。そして肝心の柏がどこにいるのかもわからない。
香車の携帯電話から連絡先を入手したものの、こちらからの呼び出しには応じないだろう。
どうあっても決め手に欠けるので、とりあえず今日も香車の見舞いに行こうとした。
そして、その途中で誰かに尾行されていることに気づいた。
何者かの視線を感じるし、後ろを振り向いたら、わずかに人影が見えた。
誰だ? 俺のような素人に気づかれるくらいなら、刑事や探偵ではないだろう。柏か? それだったら願ったりだが、奴だったら俺を尾行せずに、堂々と姿を現す気がする。
様々な可能性を考えたが、どれもピンと来ない。
そう考えている間も、尾行者は感づかれていることに気づかないまま、俺を尾行している。
ただの変質者である可能性もあるが、このタイミングでの尾行は、柏との一件に無関係ではないかもしれない。
そこで俺は、わざと人気のない場所、あの廃工場に向かうことにした。
廃工場に入っても、視線は感じる。思い切って、声を掛けることにした。
「誰かいるのか? 隠れていないで出てきたらどうだ?」
声を掛けてもしばらくは何も起きなかったが、やがて意を決したかのように、工場に人が入ってきた。
「……あんたが、柳端 幸四郎ね?」
入ってきたのは、髪の長い女だった。
その顔に見覚えはない。だが、制服には見覚えがあった。柏の高校の制服だ。
「あの高校の女子は、変質者ばかりなのか?よりによって、男子中学生をストーキングするとはな。立場が逆ならとっくに通報されているぜ?」
とりあえず様子を探ってみる。
この女が誰かはわからないが、俺の考えている通りだったら、今の発言に反応するはずだ。
「やっぱり、エミに会ったのはあんたのようね」
やはりこいつは、柏の関係者か。
「あんたはあの女の仲間か? もしそうなら、あんたも香車に会わせるわけにはいかないな」
「香車?」
ん? こいつは香車のことを知らないのか?
ということは、こいつの目的は香車ではなく俺自身に?
――!
もしかしたらこいつは柏の差し金で、俺に何らかの危害を加えるつもりなのか!?
前回は俺が香車を止めた。柏からすれば、俺は邪魔になるはずだ。
いや待て、落ち着け。そのつもりなら、もうとっくに攻撃されているはずだ。
いくら高校生と中学生といえども、俺は男で相手は女だ。それにこいつは格闘技をやっているようには見えない普通の女だ。さらに俺は、柏を脅すために使うつもりだったナイフを持っている。
大丈夫だ、対応できる。
幾分か緊張した心で考えをまとめていると、女が口を開いた。
「あんたに要求するわ。もう……柏 恵美のことは諦めてよ」
俺が柏を諦める? 何を言っているんだこいつは?
「エミは私の大切な友達なの。あんたの身勝手で殺されるなんてことは絶対に許さない」
待て待て待て。話が全然見えてこないぞ。
もしかしてこいつは何か勘違いをしているんじゃないか?
「私はあんたの思想を理解出来ないし、しようとも思わない。だけどあんたがエミを殺そうとするなら、私は全力でそれを止めると決めた。従わないなら……ただじゃおかない」
そう言って、女は包丁を取り出す。
くそっ! やはり俺に危害を加えるつもりなのか!?
いやちょっと待て。俺が柏を殺す?柏の友人を名乗るだけあって、めちゃくちゃな勘違いをしているぞ。
この場は誤解を解いて……
いや、もしかしてこれは使えるんじゃないか?
「……あんた」
「何よ?」
「柏 恵美の友人なんだな?」
「そうよ。だからこそ、私はあんたを止める。」
よし、やはりこれは使える。
そう思った俺は、ポケットからナイフを取り出した。




