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第三話・3

「て、てめえ! どこからそれを!?」

「君に宣戦布告した前日からだよ」

「え!?」

「三日前にここに来て、置いておいた」


 ……何だと!? 事前にここに置いていたっていうのか!?

 じゃあ、こいつは――



 俺に、ここに連れ込まれることを予期していた!?



「どうしたのかね?」


 俺が動揺している間に、柏がまた予想もしない言葉を言う。


「なぜ、早く私の腕を切り落として、鉈を使えないようにしない?」

「……え?」


 何だ? このタイミングでその発言は何だ?


「早く行動を起こさないと、獲物はこんな物を取り出してしまう」


 そう言った柏のもう片方の手には、携帯電話が握られていた。


「携帯電話か? 無駄だぜ、ここは圏外……」

「ふむ、やはりその程度なのか、君は」


 柏が呆れたように言う。さっきからこいつのこの態度は何だ?


「この携帯電話だが、少し変わっていると思わないか?」


 変わっている? そういえば、何か見た目がゴツいような……


「これは衛星電話というもので、地上のアンテナではなく、衛星を経由して通話をするものだ。室内では通話は難しいが、このベランダのように空が見える場所なら通話も出来る。そして……」


 柏の口から、衝撃的な言葉が出る。


「通常なら、圏外となる場所でも外部と連絡が取れる」


 なっ!? じゃあ、まさかこいつは、俺がここに来るまでに外部と連絡を――!? まずい、早くここから逃げ……


「取っていないよ」

「……は?」

「外部と連絡など、取っていない。あくまでこれを使えば、連絡が取れるというだけの話だ」


 と、取っていないのか。なら、ここに警察は来ない。

 良かった……


 いやいや、おかしいだろ。

 何でこいつはそれを俺に教える?

 ハッタリか? いや、ハッタリをするなら逆だろ。


 連絡が取れていないのに、取れたというハッタリじゃなきゃおかしいだろ。

 連絡が取れたのに、取れていないというハッタリは何の意味もないだろ。


 じゃあ、こいつは本当に外部と連絡を取っていない。そのチャンスがあったのにも関わらず。


「ところで、先ほど君はこう言ったね。圏外だから無駄だと」

「え!? あ、ああ……」

「つまり君はここは圏外だから、私から携帯電話を没収する必要は無いと考えたわけか」


 まあ……確かにそうだ。

 でも何で俺は、それをこいつに指摘されているんだ?


「……るい」

「えっ?」

「手緩い、手緩い、手緩い!」

「な、何が……」

「手緩いのだよ! 君のやり方は! こんな事で動揺するのなら、なぜ最初から携帯電話を没収しなかった!?」


 いや待て、何だ!? さっきからこいつの異常な発言は何だ!?


「なぜ私の手を後ろに縛らない!? なぜ狩場の下調べをしておかない!? なぜ私から携帯電話を没収していないんだ!?」


 違和感だ。こいつの発言には……

 いや違う。出会った時から、ずっと違和感があった。


「足りないのだよ! 君のやり方には! この身を恐怖と快感で震え上がらせる、容赦ないまでの絶望が!」


 何を……言っている!?


「もし、いずれ私を狩るであろう『彼』が君と同じ条件で、私を狩ろうとするならば……私から一切の衣服を奪い、手と足を縛り、尺取虫のようにしか動けない私を嘲笑った後、指を一本ずつ切り落とし、両足の腱を切断し、私に絶望をたっぷり味あわせてから、滅多刺しにするだろう。まあ、あくまで私の想像だがね」


 なぜそんな想像を、そんな恍惚の表情で語れる!?


 さっきからこいつは、助かる希望を不満のように言っている。

 逆だ、全ての価値観が――


 ――常人と、逆だ。


「さっきから、何を言ってやがる! てめえは黙って俺に殺されれば……」

「ならばなぜ、私を狩りに来ない!? 獲物である私をなぜ狩りに来ない!?」


 そうだ、こいつの違和感の正体。

 俺が今まで出会った人間は、守られて当然と思っている奴らばかりだった。警察官として会った奴も、狩りの時に会った奴も。

 だが、こいつは違う。


 狩られて当然だと思っている。


 自分が獲物である状態が普通だと思っている。

 自分が殺されるのが自然だと思っている。

 自分を殺す存在を……待ち望んでいる。


 そんなことを考えている存在が……



 人間と、言えるのか?



 いや待て、こいつのペースに呑まれるな。

 武器を持っているとはいえ、所詮は女。しかも、女があんな鉈を振り回せるわけがない。


 大丈夫だ。勝機はある。


「言われなくても、今、殺してやるよ!」


 だが、その言葉に再び予想外の回答が帰ってくる。


「私を『殺す』のか? 『狩る』のではなく?」


 その言葉で気づいた。気づいてしまった。


 俺はこいつと戦おうとしている。いつのまにか、狩りではなく戦いになっている。


「気づいたかね? 君は自分で……」


 待て、それ以上言うんじゃない。



「私と自分を対等の立場にしてしまったのだよ」



 それで、完全に自覚してしまった。

 俺はこいつをもう、獲物として見れない。

 自分を優位だと思えないから、獲物として見れない。

 こいつを理解出来ないから、自分を優位な立場に置けない。


 俺はもう、こいつを殺すことは出来ても、狩ることは出来ない。

 なぜなら――



 こいつを殺そうとすると、どうしても、恐怖という「理由」が出来てしまうから。



 俺はこいつを理解できない、だから恐れてしまっている。

 だから、こいつの恐怖から逃れるためという理由でしか、こいつを殺せない。



 殺したいから、殺すということが出来ない。



 だめだ、こいつと話していると俺がおかしくなってしまう。

 そうだ、さっさと殺して……


 殺して……その後どうなる?


 今までは楽しいから、殺した。

 だがこいつの場合は苦しいから、殺す。


 こいつから逃げるために殺す。


 だから、こいつを殺したらこの殺人は特別なものになってしまう。


 こいつの恐怖を忘れられなくなってしまう。


 だめだ、こいつと関わっては駄目だ。

 殺したということですら、関わっては駄目だ。


 この場は逃げ――


「うっ!?」


 だが、いつのまにか目の前の存在は、鉈の柄の部分を俺の喉元に突きつけていた。


「待ちたまえ。君の用事は済んだかもしれないが、私の用事はまだ済んでいない」


 何だ!? これ以上何があるというんだ!?


「お、俺を……殺すのか?」

「殺す?……くっくっく」


 そして柏は――


「くっははははははははははは!」


 異常としか思えない笑い声で、笑った。


「君は本当にわかっていない。私は獲物、狩られる側の存在だ。いずれ『彼』に狩られる存在だ。そんな私が、誰かを殺すなど、おこがましいとは思わないかね?」


 無理だ。こいつを理解するのは、一生無理だ。

 だから、こいつの用事とやらを予想するなど無理だ。


「君にお願いがある、この街を出て行ってもらいたい」

「なん……だと!?」

「私はこの街を狩る側の存在である『彼』の縄張りにしたい。だから、君の不用意な行動で獲物が減ったり、狩りがやりにくくなるのは困るのだよ」

「そ、そのお願いを断ったら……?」

「断ったところで、私は君に何もしないよ。君が狩る側であれば、獲物である私のお願いを聞くわけがない。まあ、そうなったら……」


 そして、こいつは言った。



「狩る側の存在である『彼』が直々に出向いて、君と縄張り争いをするだろう」





 翌日。


 俺は隣町の警察署で、取調べを受けていた。


「連続失踪事件」の重要参考人として。


 あの後、すぐに廃病院を出て、あの街を出た。

 あの場所に、あの街に、あの存在の前に、一秒でもいたくなかった。


 あの異常な女に関わっていたくなかった。


 だが、それ以上にあの街を出る理由があった。

 あの女の言うことが真実だとしたら、あの街には――


 あんな異常な存在を、狩ってしまう存在がいる。

 あんな異常な存在を、狩りたいと思う存在がいる。


 そして俺が思うに、そいつはもう――




 ――人間とは、言えない。


===========================


 私は自宅のテレビで、警察官が連続殺人の罪で自首したというニュースを見ていた。それを見ながら、今回の行動を反省する。


 正直、危ない橋を渡ったと思う。

 うまくはいったが、殺されてもおかしくはなかった。

 まあ、狩られることはないとは思っていたし、こんな証拠を残してしまう者が、大した相手とは思えなかった。


 私は手に持った、ボイスレコーダーの再生ボタンを押す。


『真田さん! 警察官のあなたが、なんでこんなことを!?』

『うるせえよ。てめえの危機管理意識の無さが原因だろ?』


 私がこのボイスレコーダーを拾ったのは、彼に獲物だと名乗り出る前だ。

 彼が私を狩る場所として、相応しい場所をいくつか見つけていた。あの廃病院も、その一つだ。

 そこで、このボイスレコーダーを拾った。

 どうやら、他にも狩りをしている者がいるようだが、こんな証拠を残すようでは、あまりにもお粗末だ。

 彼が私を狩った後なら、縄張り争いをしても、まず遅れをとらないだろうが、彼は不運にも入院してしまった。彼が入院している間に、縄張りを荒らされるのは困る。

 だから、私が動くことにした。

 真田という警官の存在は、廃工場の一件について警察署で事情を聞かれた時に確認した。

 土を掘り返した跡がいくつかあったので、真田巡査が廃病院を何度も狩場として使った可能性は高く、私がそこに連れ込まれる可能性も高かった。

 一応、真田巡査が狩る側としてどのくらいのレベルか見たかったので、今回の行動に及んだが、結果はまあお粗末なものだった。


 だから、彼にはこの街から出て行ってもらうようお願いしたが、聞いてくれたようだ。


 だが、これからは今回のような行動は控えなければならない。

 彼に狩られるまで、この命を保たなければならないし、私以外の獲物を献上しなければならない。


 そう、彼のための獲物が減るのは困るのだ。


 だから――


「ん? メールか。知らないアドレスだな」


 私がそのメールを見て――




『黛 瑠璃子は預かった。返して欲しければ、指定する時間に、廃工場まで一人で来い』




 動揺するのは、当然のことなのである。



第三話 完

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