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第七章 正義と悪

 いつになく物騒という平和な街、黄金美町。

 最近、街そのものにある異変が起こった。



 壁だ。



 第一発見者は警備公安部警察の1人である仁神亜里沙。壁の事を隠す事はあまりにも無茶であることを予て、既に公に広まっていた。

 壁の周辺、いわゆる黄金美町と隣町の狭間は滅多に人が来ることはなく、アスファルトだけがある空間である。客観的に見ればあまりにももったいなく、場所としては余り過ぎている。

 黄金美町の都知事はその事については全くと言っていいほどノーコメントとして慎み、未だ空き地の真相は不明。

 ただし、そこで許可なく建物を創ったり移住したりすると罰せられてしまう。


 陽斗たちが起こした暴力事件があった事によってしばらくその事について考えていなかった亜里沙は、最近になって改めて考えをまとめた。

 壁はおよそ三百メートル以上あり、並みの人間では絶対に残る事の出来ない高さである。ヘリコプターや飛行機なら越せるが、生憎街にそのような物は何一つない。

 壁は黄金美町をほぼ全て囲みきっており、駅の線路も途中で切断されていることが判明。脱出することはほぼ不可能に値した。

 街の外へ助けを求めようとしても、通信はなぜか黄金美町内にしかなく、外部に電話をしようとしても切断されてしまう。


 そして壁は非常に薄く、壁の向こう側の音は耳をすませば聞こえる。しかし何の音かは不明。


 亜里沙はいち早く調査をしたが、ある日突然荒田長官から打ち切りを命令されてしまった。

「な、何でですか!?」

「悪い、俺から任務を頼んだ癖にこんな事言っちまった。上からの指示なんだよ」

「う、上? 都知事よりも権力のある長官を上回る権力者がこの街にいるんですか?」

「ま、まぁな。実は未だに職を名乗ってくれないんだけどな」

「名前知らないんですか?」

「池谷って人間だが、明らかに俺より歳は低い。むしろ亜里沙、お前と同じくらいの年齢の男だ」

「私と同年齢? それどういうことですか? 都知事でももう五十。長官も三十五。それでその上の権力者が⒚歳? おかしくありません?」

「分からない。でもどこかで見た覚えのある顔なんだよ。誰かに似ている顔って言うべきか。滅多に俺と対面したことないしそもそも黄金美町のどこで生活しているのかも分からないままだし。しかも最近出てきた人間なんだよ」

「最近出てきた癖にそんな上? 一体そんな事を誰が認めたのですか?」

「…………与謝野千春だ」

「!?」

 元、御手洗千春。彼女は既に三十路でもうすぐ四十になる女性だが、見た目はどこからどう見ても女子大生。瞳は一歩間違えれば西洋の人間で、周囲からは非常にちやほれされていた存在である。しかし住み場といい行動は野蛮であり、その人気はガタ落ち。現在は与謝野真と暮らしていてネットカフェ店での移住ながらそれなりに幸せな生活を送っている。


 がしかし、なぜ彼女がそのような若者の権力を尊重したのか。


 あまりにも納得がいかない亜里沙は早速ネットカフェ店へ行き、彼女と対面した。


「千春さん! 話があります」

「え?」

「どうして池谷という若者の権力を尊重したのですか? 説明して下さい」

 そう訴えると、千春はシーと静かにさせ、周りの視線を気にしながら亜里沙を店の外へ連れて行った。

「ど、どうしたんだい急に?」

「だから! さっき聞いた通りです」

「んー…………」

 千春は話そうかどうか迷っている形相をし、そのウズウズ感に亜里沙は腹を立たせていた。

「そもそもその池谷という男はどういう人間なんですか? 私じゃ納得できません」

「ごめん、亜里沙ちゃんには申し訳ないけど、これは言えない。実は真もこの事知らないの。彼を知ってるのは私と広行と、亜里沙ちゃんだけ」

 広行というのは荒田長官の下の名前である。


「長官が『どこかで見たことのある顔』とか『誰かに似ている』と申し上げていましたが、その事については説明できませんか?」

「…………」

 一度考える態度をとったが、千春はすぐに顔を上げた。

「いずれ会うかもしれない。実際に見たらすぐに分かるはずだよ。いえ、そもそもその『誰か』と勘違いするかもしれない」

「そ、そんなに似てるんですか?」

「えぇ。まぁ本当にいずれ分かるはずだよ。今説明するより、その時会った方が絶対良いと思う」

「はぁ……」

 その言葉の意味はまだ亜里沙では理解できなかったがこれ以上聞くことはなかった。


 池谷、という若い男。亜里沙はメモ帳にその男の名前と特徴を控えておいた。



 亜里沙はその後街のパトロールへ向かった。職務質問を繰り返すたびに池谷という男について訊くが、1つも手掛かりは見つからなかった。もはや架空の人物と置き換えても全う可笑しくないほどである。誰も彼の名前を知らない。

 ため息をつきながら亜里沙は路上でトボトボ歩いていたら、途中で黒いパーカーにジーンズをはいた与謝野佳志の姿があった。

 普段暴力団員のチンピラのような格好をしている彼にしては珍しくラフな格好をしているなと感心した彼女は機嫌よく佳志に挨拶した。

「佳志!」

 また、彼女が純粋な笑顔で彼に声をかけるのはこれが初である。

 彼は無言で彼女を無視し、何事もなかったかのように煙草を取り出し、通り過ぎてしまった。

「ちょ、ちょっと! 佳志ってば! 照れたからってシカトはないでしょシカトは!」

 後ろから肩を叩くと、彼はいつも以上に不機嫌な形相になり、その手を振り払った。

「え?」

「気安く触れてんじゃねぇよ」

 冗談と言えば、それは当然嘘と言える。本当に怒っていた。

「ど、どうしたの佳志? 喧嘩でもしたの? それとも合コンでもして失敗したから? だからそんな服着てるんでしょ?」

「おいおい、何言ってっか全然分かんねぇな。職質なら職質ってちゃんと言えよ。いくら警察でもそれはねぇだろ。そういう仕事だったか国家公務員ってのは?」

 と彼は持ったタバコの箱を持ちながら因縁をふっかけた。


 そのタバコの銘柄に亜里沙は目を向け、信じられないような表情へと変化した。

「せ……セブンスター……? アンタいつもならバニラ味した甘いタバコ吸うじゃない?」

「テメェさっきから何なんだよ。俺は普段から吸ってんだよ。つーか未成年だからって補導するだろ普通はよ? お前もしかしてそれコスプレか? だからこういう事で男たぶらかしてんのか?」

 とぼけている割にはさすがに言い過ぎた口調に、亜里沙は激怒した。

「アンタねぇ! いくら私がアンタの保護者代理人っていう立場だからって調子に乗らないでよ! いつも冷たいっちゃ冷たいし人に迷惑かけまくって手に負えない大馬鹿だけど!」

 怒りは徐々に悲しみに変わり、彼女は遂に涙をポタポタと流してしまった。


「――たまには優しかったりする癖に……。アンタあんまりよ!」

「わりぃわりぃ、そういう仕事もあるんだな。この街にはそんなくだらねぇ仕事もあるってことがよく分かったよクソッタレが。わざと涙流せる女なんていくらでもいるんだからよぉ! 涙は女の武器なんだろ!?」

 漠然とした態度を見せられた亜里沙は、酷く絶句し、涙を掌でおさえながらナガラバーへ向かった。

 一方佳志は彼女が去った後でも酷い言葉を流していた。

「何なんだあの女は……。さて、どうでもいいけどあの小汚い地下が今どうなってるか点検しなきゃな……」

 そう言って彼は去って行った。

 泣きながらバーへ入って行った亜里沙に長柄が驚倒した。


「ど、どうしたんだよ亜里沙?」

 カウンターには賀島も座っていた。心配そうな表情で泣き崩れそうになっていた彼女に肩を貸し、席へ着かせた。

「亜里沙が泣くって、相当酷い事でもあったのかよ」

「うっ……うっ……」

 涙を流しながら彼女はさきほどあった事を全て話した。


 すると2人は呆然と信じられない顔をし、二人共首を傾げた。


「け……佳志が?」

「う…うん……。珍しく真面な格好してたから愛想よく声かけてみたらあんな冷たい事言われて……私もう嫌だ…」

 賀島も怪訝な表情を浮かべた。

「確かにアイツはこの街じゃだんとつって表して良いほど筋金入りで短気な非常識野郎だが、大事にしてた彼女をそんな扱いするなんて酷すぎね?」

「なぁ亜里沙、本当にソイツ佳志だったのか?」

 亜里沙はコクリと頷いた。

「だっていつもみたいにしかめっ面して服装以外チンピラオーラ出しまくってたし、髪型も顔も身長も全然変わってなかったし……」

「ただの嫌がらせなのか、それとも滅茶苦茶機嫌が悪かったのか……。まぁアイツならやりかねないと言われればやりかねないけどな…」

「まぁ今日は佳志、亜里沙の部屋に帰ってこないかもなぁー、そんな事があったらアイツだって帰る気失せるだろー」


 そうしてバーでありったけのお酒を飲み、亜里沙は婦警の制服のまま自宅へ帰った。

「ただいまー……、まぁいる訳ないか……」


 とダメもとで独り言をぶつぶつ言っていると、

「おかえりー」

 という声が上がった。

「え?」

 リビングへ行くと、そこにはごく普通に漫画を読んでいる佳志の姿があった。格好はいつもと同じ、ストライプ柄のシャツであった。

「んだよ、服着替えて来なかったのかよ。酔い過ぎだお前」

「いや……ちょ、アンタ何ここにいんのよ……」

「何って……、え、ダメなのやっぱり? じゃあ俺別んとこ住むわ……」

 なぜかヘコんだ表情で荷物を用意すると亜里沙は焦ってそれを止めた。


「ちょ、ちょっと! いや、いいんだけどさ……。えっと、その……」

 そわそわしている彼女に、彼は心配そうな顔をした。

「ど、どうした?」

 あれだけ理由もなく怒られた後にくる優しさに、亜里沙は耐えれず再び涙を流してしまった。困惑した佳志は彼女の肩を貸し、ひとまずベッドへ座らせた。


「お前今日変だぞ、いつもより大分酔ってるし、制服のまま帰るし、こうして急に泣き始めるし。お前何かあったのか?」

 いつもながらしかめっ面をしているのは変わらないが、声のトーンは明らかに人を励まそうとしている高さだった。

「ごめん……。何でもないんだ」

「何でもなくねぇだろうが。お前泣かせる奴なんて相当酷ぇ奴だな。俺がそいつシバいてやるよ。どこのどいつだ」

「いやいいの! ………え?」

 それはどう考えてもおかしかった。あれだけの態度を見せた彼が、忘れている訳がない。とぼけている、と言った感じでもなかった。

「まぁ、座ってよ佳志」

「ん………」

「私さ、ずっと言ってなかったんだけどね」

「うん」

「アンタのこと、別に嫌いじゃないんだよね」

「うん」

「もしいつもキツくしてる事が不満なら、いつでも言って。だから、機嫌が悪くてもコンパで失敗しても、私に八つ当たりするのは止めて。お願い」

「うん。え?」

 一瞬意味が分からない、と言いそうな顔になった佳志はそこで初めて苦笑した。

「俺も別にお前の事嫌いじゃないし。急に優しくされると気持ち悪ぃしよ。つーかいきなりそんな改まってもらうと俺が一番困るんだよ。いつ俺がお前に八つ当たりしたのか知らねぇけど、困った時はいつでも話せよ。お前の泣き顔見ると胸糞悪くなるんだよ。お前はキレ顔と笑顔が似合ってんだからよ」

 彼は亜里沙に見られない様にそっぽを向いた。その時どんな顔をしていたのか、亜里沙は大体察しをついていたが、見ようとは思わなかった。


「てかお前が帰って来るのあんまり遅かったから今日は俺がカレーライス作ってやったぞ。あんまり美味くねぇけど食っとけ」

 鼻水はたれ、涙も一層出続けたまま彼の手作りカレーライスを食べた。


 それは酷く辛かったが、どこか優しさが詰った味だった。



 ――もしかして本当に人違いだったのかな。それとも、ちょっと考え過ぎたから悪い幻覚でも見たのかな……。



 そう思って彼女は秒速でその激辛のカレーライスを食べた。


「ていうかアンタタバスコ入れ過ぎなのよバカ!」




 翌日、ナガラバーで安定の三人が集まり、昨夜の話をした。

「で、結局仲直りしたのか?」

「ま…まぁね。でも不可解極まりないのよこれが……」

「無理ねぇな。聞いてる俺らが一番意味分かんねぇよ。なぁ? 長柄」

 グラスを磨いている長柄も無言でコクリと頷いた。

「でも確かに佳志だったはずなんだけどなぁ……」

「まぁたまにはそういう事もあるって。だってさ、アイツが黒いパーカーなんて着る訳ねぇじゃん? 増してやアイツ一応セブンスター好んでないしな」

「うーん……」

 未だに納得がいっていない亜里沙は長柄にワインのおかわりを頼んだ。


 長柄がそれを受け取ると同時に、バーの扉が開いた。

「いらっしゃい。あ、佳志じゃないか。今日もアイスコーヒーだよな、待ってろ」

 そういう長柄に対し、彼は「あ?」としかめた。

「お前店長か? 生憎俺はホットコーヒーと日本酒ぐらいしか飲めねぇんだよ。大体酒場でコーヒー売る店初めて聞くぜ」

「おいおい、そんなの今に始まったことじゃないだろ。大体お前、酒嫌いじゃなかったのかよ?」

「寝ぼけた事抜かしてんじゃねぇぞ。誰がそんな事言ったんだよ」

 あまりにもおかしな態度をとった彼に長柄は怪訝な表情を浮かべた。


 亜里沙は彼の不可解な態度に指摘した。

「あ、アンタ昨日あれだけ言ってたのに……!」

「あれ? お前昨日のコスプレ警官じゃねぇか? 今日は私服なんだな」

「コスプレじゃないわよバカ! 公安部よ公安部!」

 と亜里沙は警察手帳を彼に見せつけた。

「本当だったのかよ。変な奴だなおい」

 とヘラヘラ笑う佳志に、賀島が前に出た。


「テメェ、誰だよ?」


 真面目な顔で佳志の胸ぐらを掴み、彼はそう睨んだ。

「誰って、与謝野佳志だよ。テメェらこそ誰だよさっきから。ドッキリか何か知らねぇけどただただ不愉快なだけなんだよ!」

 佳志は掴まれている手首を掴んで離した。

「佳志、ふざけてるの?」

 亜里沙が席を立ち、彼女もまた真面目な顔を浮かべた。

「ふざけてるのはテメェらだろ。良い酒場を見つけたと思ったらこの仕打ちかよ。いい加減にしねぇと訴えんぞ?」

「アンタを信じた私がバカだった」

 佳志はゲラゲラと嫌気をさす高笑いを上げ、手を腹に抑えた。

「テメェらいいわ! 受ける! マジで受ける!」


 と、その時。


 爆笑していた彼の後ろから一突きのダガーナイフが飛んできた。気づいた彼はすぐに避け、その刃物はグラスに直撃して割れた。

「誰だコラァ!」

 急に激怒した佳志は後ろを振り向いた。


 ――がしかし、長柄、賀島、亜里沙の三人は既にその光景に漠然としていた。

「長柄、俺はアイスコーヒーしか飲まねぇっつってんだろ」


 ――佳志の後ろにいたのは、佳志だった。




 街で最も物騒な超危険人物が二人に増えている。こんな絶望的な状況はないだろう。


「佳志が……二人?」

「どうなってんだよこれ……」

「つーかグラス弁償しろよ……」


 1人は嫌気を指す笑みを浮かべている、顎に切り傷がついた黒パーカー姿の与謝野佳志。

 もう1人はいつもと変わらぬしかめっ面を浮かべた銀色のネックレスに水色のデニムシャツで黒いズボンにタックインしている姿の与謝野佳志。


「危ねぇ真似しやがったなテメェ」

「うるせぇんだよ。ヨソモノが偉そうにウチの島入って来てんじゃねぇ」

「誰だよお前は」

「佳志だよ」

「は?」

 シャツを着ている佳志はその辺にある大きめの焼酎のビンを持ち出し、急にもう1人の佳志の頭に目がけて振り下ろした。

 もうすぐで直撃するところだったが、直前で避けることができた。

「危ねぇ! お前頭おかしいのか!」

 と言っている間もなく割れたビンを横に振り、足首に当たるところをジャンプして避けた。

「ちょ……ちょっと待てって! ここには婦人警察官もいる、今はお前が不利なんだよ! ザマァ見ろバカが!」

「黙れ」

「え……?」

 シャツ姿の佳志が次に持ち出したのは日本刀だった。

「待て! そんなもん斬られたら死ぬっ――」

 と言っているにも関わらず容赦なく刀を振り回し、あちらこちらに歯が当たり、部屋はメチャクチャにされていた。

 長柄、賀島、亜里沙の三人はレジの奥へ避難し、その反撃のきかない謎の戦いは想像以上の迫力だった。

「おいおい……まさか亜里沙が声かけた奴って……」

「うん、間違いない。パーカー着てる奴だよ。今はどう足掻いても本物の佳志の方が悪者に見えるけど、もう1人の佳志は何かおかしい。というかあれは佳志じゃない誰かよ」

「顔や体格は全く同じにも関わらず、人そのものは全く違う人格者ってことか。もしかして双子か?」

「いや、両方とも同姓同名を名乗ってるんだから、双子とは考えにくいでしょ」

「じゃ、じゃあ、体が分離したとか?」

「バカじゃないの?」

 シャツの佳志は「待てコラァ」と罵声をひたすら放ちながらその日本刀をただひたすら振り回し、もう1人の佳志はその刀を巧妙に避け続けた。


 しかししばらくすると、追いかけていた佳志は疲れたのか、息を切らしながら日本刀を落とした。

 チャンスと思ったもう1人の佳志はその日本刀を奪おうと試みたが、残念ながらそこまで甘くはなかったそうだ。


 刀を拾おうと下を向いたもう1人の佳志だったが、その時既にシャツ姿の佳志は次の短めの鉄パイプを彼の後頭部を目がけて振り下ろした。

 初めて武器は彼に直撃し、後頭部を手で押さえながら悶絶した。

「お前どんだけ武器持ってんだよぉ!」

「ちなみにそれは日本刀じゃなくてただの模擬刀だ。死ぬことはねぇよ」

「どっち道切れるだろうがぁ! 頭おかしいんじゃねぇのお前!」

 避難していた内長柄が二人の前に出た。


「お前ら何でそうなったか知らんが、とりあえずこれ全部弁償してから帰れ」

「アァ!?」

 その叫びだけは、なぜか統一していた。



 後、二人共グラス洗いや掃除などで弁償代は何とか払う事ができたが、やはりこの場では全員納得がいかないだろう。

「色々と紛らわしいな……。この際呼び方決めるしかない」

「危ない方はチンピラ佳志、気持ち悪い方はキモ佳志ってのはどう?」

「パス」

 色々悩んだが、結果的に危ない方は普通に佳志、気味の悪い方は偽佳志ぎけいじと名付けた。


 偽佳志は掃除をしている間、佳志に声をかけた。

「ちょっとこっち来な」

「?」

 三人に聞こえないようなそぶりで佳志に小声で伝えた。

「お前、この街では有名の与謝野佳志って奴って奴だろ?」

「そういうお前はどういう俺なんだよ」

「俺は色々事情があってここにいるだけだ。悪いが詳しい事は言えない。それにしても、俺の思った通り、いや、思った以上に危ねぇ奴だな」

「何だよ、まるで前々から俺の事知ってたかのような事抜かして」

「あのな、俺はお前の実の父親と顔見知りなんだよ」

「何? それ本当かよ」

「あぁ、これは信じろ。今日にでも証明できる事なんだから」

「つーかお前も俺の名前語って、しかも俺と同じ顔してるって、これどういう事だ。説明しろ」

「それは、ちょっと言えない。ただ、俺とお前が顔を合わせてしまったことでこの先どうなるか分からなくなっちまった」

「どうなるってどういう事だよ」

「いいか? 俺がここにいることは誰にも言うな。もちろんお前の父親にもだぞ。俺がここにいることはお前のお袋さんが一番知ってんだよ」

「何で俺の親父が知らなくてお袋が知ってんだよ」

「説明している暇はねぇんだよ! こんなん全部説明してたら日が暮れるってんだよ!」

「もう日が暮れてんだよ。朝まで説明しろよ」

「生活リズム大丈夫なのかよお前は!」

「亜里沙泣かしたクソ野郎の割には意外と常識持ってんだなお前」

「あ、亜里沙? 誰だよ」

「あの婦警だよ。テメェ、昨日アイツに何かしただろ。おかげでコッチは晩飯も作らなきゃいけなかったしアイツの泣き顔見せられたんだよ。この落とし前どうつけるんだよ?」

「あぁ、あの女お前の彼女だったのか……。それは悪かったよ。後にでも謝っておく」

「今謝れ」

「だから時間がねぇんだよ!」

「次は下についてる子孫ぶっ殺すぞ」

 懲りた偽佳志は長柄達と話している亜里沙の元へ行き、頭を下げた。

「え?」

「昨日とさっきの分、謝っておく。まさかアンタがアイツの彼女だったとは思ってなかったからよ」

「いや……いいよ別に。私だって人違いしたんだし」

 ただし人違いとは一概には定められていない。


 ――まさか千春さんが言ってたのって――


 亜里沙は既にその事を察していた。ここまで似ているとなるとまるで見分けがつかない。見分け方は顎についている切り傷があるかないか、服装がラフかゴツいか。それだけである。

 したがって、マスクをつけたり同じような格好でもしたら完全にただの双子ということになる。

「それにしても本当に瓜二つよね……。一体どうしたらあんなに似てくるのかしら」

「さぁ……? 整形とか?」

 賀島の適当な言葉に長柄が突っ込んだ。

「アホか。あんなモブキャラみたいな顔どうやって整形するんだよ。そもそもしたがる奴なんていないだろ」

「まぁ確かに初対面だったら確実にモブキャラ扱いされるぐらい地味な容姿だしな……。俺も最初会った時長柄の手下かそこらかと思ってたぜ」

「ふん。聞かれたら殺されるぞ。俺が最初会った時は髪は真っ茶色で肩まで伸びてたし全身白いジャージだったからすぐに分かったけどな」

「あぁ……あの証明写真もそうか。それにしてもどうして数年前までそんな派手でいかにもヤンキーみたいな外見してた奴があぁなっちまったんだ?」

「黄金美町では黒髪で地味な格好する奴ほど目立つってのが欠かせないだろ? まぁつまりそこを狙ったって事じゃないか?」

「その定理だと長柄、お前もそうなっちまうぞ?」

「俺はただの酒場のマスターだ。どんな髪しようと格好しようが関係ない。佳志は別だ。アイツは少年院に合計四年暮らしていた前科者だ。俺も喧嘩で鑑別所に一年しょっ引かれた事はあるが、アイツは暴力事件以外でもたくさん悪さしてたらしいしな」

「例えば何だよ?」

 と賀島は興味本位に聞くと、間にいる亜里沙が一枚の紙を彼に見せた。

「これ、アイツのこれまでのやつ」

「え!? 何だこの行数!?」

 紙をすぐに取り、賀島は激しく驚いていた。

「大麻取締法違反、覚せい剤取締法違反、偽計業務妨害罪、傷害罪、百万円相当の窃盗罪……、そして殺――――」


 最後の一つを読み上げる直前にモップを持っていた佳志がその紙を取り上げてしまった。


「オメエらは知らなくていいんだよ」


 紙をグシャグシャに丸め、ゴミ箱へポイと捨てると、偽佳志がゴミ箱から丸まった紙を広げて読んだ。

「これお前の前科じゃねぇか。ヤベェなこれ。俺よりやっちゃってるよ」

「黙れゴミ。テメェが見て得するモンじゃねぇ。返せコラ」


 しかし、偽佳志は急に強く彼の頬を殴打した。

 佳志は尻餅をつき、殴られた頬を手で押さえた。


「ってぇ……。何すんだゴラァ!」

 しかし偽佳志は怒った表情を浮かべ、尻餅をついている彼の胸ぐらを掴んだ。


「テメェよぉ、俺はオメエの彼女泣かせたことで謝ったけどよ、テメェだって自分の母親泣かせてんじゃねぇか。あ?」

「何だとこの野郎……。お袋は関係ねぇだろうがテメェにはよぉ!」

「うるせぇ! お前が俺を下回る最低最悪のクソに比例する屑野郎ってのはずっと前から知ってたし、お前の親父にもそう伝えたけどなぁ、ここまで堕落してどうすんだよ!」

 まるで本当にずっと前から佳志の事を見てたかのような口調で彼を精一杯叱った。

 当然話が読めない亜里沙と長柄と賀島、そして佳志はその状況に酷く困惑した。

「あのさ、偽佳志。それは一体どういう事なの? そもそも最初からどういう事なのか全く分からないんだけど。そもそもアンタ達双子なの? クローンなの? 分裂でもしたの? どういう事なの?」

 亜里沙はそう質問責めをすると、偽佳志は掴んでいた胸ぐらを離した。

「俺らは双子でもクローンでもねぇ。もちろん分裂なんてものもねぇな。だが今話したところでお前らが信じる訳がない。だから今は、双子でもクローンでも何でも良い。もし公にするんならそういう形にするしかない」


 ――信じる訳がない――信じて――。


 佳志は過去に、同じような事を何度か聞いたことがあった。

 自分の両親から言われた言葉。母親からは泣きながらそう言われた。しかし彼はその時信じる術も、気力さえも有り余っていなかった。


 しかし今ここに自分の瓜二つの人間が目の前に存在し、かつ意味の分からない事を次々と発して来るという事態。

 佳志は非常に驚いていたが、偽佳志もまたこの男の危なさに漠然としている。


 佳志は酒場から出て、あるところへ行った。

 亜里沙も同じく酒場から出て、千春の元へ行った。



 その間偽佳志、長柄、賀島の三人がその酒場に居座った。

「それにしても本当瓜二つだなおい」

 賀島がそう感心していると偽佳志は目を逸らして酒を飲んだ。

「まぁそんな事はどうでもいいさ。お前らアイツの手下か子分か?」

「ないない。好きでツルんでる仲だ。アイツがチームでも作ってアタマにでもなったらとんでもない愚連隊になりかねねぇな」

「何でチーム作らないんだよ?」

「俺らもそうだし、アイツ自身群れるのは性に合わないんだってよ。武器ばっかり使って実力はどうか分からんけどよ」

「ふーん。そういやあの婦警、アイツとどういった関係なんだよ」

「まぁ彼氏彼女っつってもおかしくはないんだが、実際そうでもないらしいぜ」「はぁ……」

「お前はどうなんだよ? そういう奴いんのか?」

「いねぇよ。ずっと独りだ」

「へぇー。つーか俺も分からないところあるんだけど、アイツってビックリするぐらい女とかに興味持たねぇ癖に、亜里沙だけは大事にするんだよなぁ」

 そう言った賀島の思惑にグラスを磨いている長柄が言った。

「お前が言う通り、アイツは女になんか全然興味はない。もちろん亜里沙にもな」

 だからと言って男に興味があるという筋ではない。ちなみに言うと彼はアイドルを拒み、アニメにも興味がなく、芸能人には目にもくれない。彼が何に本当に興味を示しているのかは、未だ謎に包まれているままである。


 賀島はその言葉に困惑した。

「おいおい、亜里沙っていう1人の女の子がいるからこそ佳志は守りたがるんだろう?」

「ふん。賀島、お前はまだ何も分かってないんだな」

「はぁ……?」

「アイツは別に、亜里沙が好きで守ってる訳でもないし、それが理由で同居してる訳じゃない」

「じゃあどういうんだよ?」

「アイツは過去に大規模な事件を起こして年少に入った人間だ。でもある日、公安部から一ヶ月間の保護観察が認められ、アイツは一時的に身柄を開放された」

「それって亜里沙の力でできた訳じゃないだろ?」

「あぁ。それどころか最初は断固拒否だったらしい。だが日が過ぎるごとに二人の仲は徐々に良くなって、最後は重大な罪を起こしたと発覚された佳志を亜里沙が何とかしてくれて、結果的にたった三、四年で出て来れたって訳らしい」

「へぇー、そんな事があったのか。んでその重大な罪ってのは?」

「まぁ、それがさっき佳志自身知られたくなかった事なんだろう。偽佳志、そこに何て書いてあったんだ?」

 すると偽佳志が呆れた表情で言った。

「殺人未遂罪、だとよ。しかも実の姉を。情けねぇ奴だぜ全く」

 賀島は何も知らない佳志の事に、唖然としていた。

「そうだったのか……。でもよ、何でそこまでして佳志をフォローしたんだ?」

「アイツは典型的な人格破綻者だろ。もしかしたらその大規模な事件が原因で頭の中の記憶でもぶっ飛んじまったんじゃねぇか?」

「それもある、かもしれないけど。論点を戻すと、つまり佳志は別に亜里沙が好きでも愛してる訳でもなく、単に救われた借りを貸しているってだけなのか?」

「まぁ、結果的にそうなるのかもな」

「つまり借りを返し切ったら……」

 その末路は三人とも察していた。赤の他人という事になるということぐらい。

 赤の他人どころか、あくまで同居しているのは警察とチンピラ。元々敵同士のはずなのだ。



 日が暮れ、時間帯としては夕方となった。


 そんな時佳志はある異変を感づき、黄金美駅へ行った。生まれて初めて街の外から出ようと渋谷へ行こうと改札口を抜けようとすると、警備員がやってきた。

「君、黄金美町の人?」

「そうだけど……」

「悪いけどここは黄金美町の人間が通れるところではない」

「意味分かんねぇ。そこ退けよ」

「ダメだ。上の命令で黄金美著の人間を通すと私たちも罰せられてしまう」

「ふん。何だよ、命令に従う程度の人間に俺を通させねぇとはいい度胸じゃねぇか」

「そういう問題ではない!」

「大体この街にはココしか通える駅がねぇんだ。ここ通れないってなると歩いて行くしかねぇじゃねぇか」

「残念ながら歩いても車で行っても同じだ。街は壁によって封鎖されている」

「あぁ? 寝ぼけた事言ってんじゃねぇよ。つまり黄金美町の人間は黄金美町内からは出れないってことか?」

「その通りだ。さぁ、どうぞお引き通りを願う」

「人様をナメんじゃねぇぞ三下がぁ!」

 血相を変えて二人の警備員にかかると、そこへ亜里沙がやってきた。

 彼女は暴れる佳志を力づくで止めた。

「すみません! 内の者が迷惑をおかけしてまことに申し訳ございません!」

「まぁ、この男が納得をしない気持ちも分かるよ。実は私たちも上の者に言われてお言葉を返しました」

「……池谷、いや、与謝野佳志という男にですか?」

 そう問うと、警備員が驚いたのはもちろん、佳志は「はぁ?」とでも言いたそうな表情へ変わった。

「お、おい。俺はそんな事言ってねぇぞ!」

「えぇ、アンタはそんな事一言も言ってないわよ」

 警備員は困惑していた。

「な、なぜその人の名前を……?」

「彼を無条件で出世させた責任者から聞いたからです。どうやら黄金美町の人間を万が一電車へ乗せてしまった場合、街を囲っている壁がヨソの街から来た観光者などのみを通すはずが、本格的に実体化して電車が衝突し、事故を起こしてしまう。だから未然に防ぐべくこうやっている訳ですね、間違いありませんか?」

 警備員はその説明に圧倒され、ため息を吐きながら観念した。

「あぁ、間違いないよ。だけど頼むからこの事は他の人間には言わないでくれ。私たちが責任を取ることになってしまう。それに元々それは国家機密だ」

「分かっています。こんな事を公にしてしまうと街はパニックに陥ってクーデターやデモを起こす可能性があるので」

「助かるよ。それにしても、君は一体……」

 すると亜里沙は胸ポケットから公安部の警察手帳を見せた。

「君も警察の1人だったのか。ではそこの男は?」

「えっと……通りすがりのチンピラです」

「え!?」

 佳志は驚き、亜里沙に文句を言った。

「いや、俺の台詞を真似たらただのエキストラじゃねぇかよ!」

「別にいいでしょ! 警察とチンピラが同居してるなんて知られたら大問題よ! 大問題!」

 その会話に、警備員も反応した。

「もしかして君たち、同居してるのか?」

「え、えぇ。一応。でも、この事は決して他の人には言わないでくさいね」

「あ、あぁ。これで交渉成立ってところだな」


 ――後に亜里沙が佳志に渋谷へ行く理由を聞くが、彼は何も答えなかった。


「それにしても、アンタの瓜二つなんて本当珍しいわね」

「たまたまだろ。同姓同名ってのはちょっと意外だったけどな」

「そうね。私からしてみればアンタとあの人の見分けなんてほとんどつかないしね」

「顎の切り傷が目印ってところだな。そういや壁って何だよ?」

「うーん。理由はまだ分からないけど、この街から一歩も出られないのは事実よ。前の暴力事件でいたあの三人組は観光者って事で通れたらしいんだけど、黄金美町の人間は全員外出を許可されていないの。それらの秘密は全て偽佳志が知ってるらしい」

「何でアイツが知ってんだよ」

「さぁね。どうやら荒田長官より権力が上回ってるらしくて、どうにもアンタの母親がその出世を許可したらしいのよ」

「お袋が? 何でだよ」

「分からない」

 すると佳志はダンマリし始め、2人はアパートへ向かって黙々と歩いていた。


「仕事忙しくて聞いてる暇なかったけど、佳志って何で笑わないの?」

「………………」

 彼が笑ったところは誰も見たことがない。もちろん偽佳志のような嫌気を指す笑みさえも。

「一度でいいから笑って見せなさいよ」

「別に、笑いたいことなんてねぇから。なら笑わせてみろよ」

「アンタよくそっぽ向いたりしてるけど、あれってもしかして笑ってたりしてるから?」

「大ハズレ。愛想笑いもしたことねぇよ」

 亜里沙は意地でも笑わせようと、彼の脇をくすぐった。

 しかし彼はしわ一つ寄せず、動じる様子はなかった。

「ちょっとぐらい笑いなさい!」

「面倒くせえ」

「ていうか、アンタ恋愛に興味持ったことあるの?」

「関係ねぇだろ。俺の人生は常にムカつきと手っ取り早さなんだよ。余計なシステム加えんな」

「つまらない人生ね。何が楽しみな訳? ほら、男の子とかだったら恋愛とかに生きがい持つ訳じゃん? 多分」

「楽しくねぇから笑えねぇんだよ。俺自身、何が生きがいかももう見失っちまった」

「ふーん……」

 残念そうな顔をすると、彼は不愛想な表情から急に普通の顔になった。

「でも、お前が帰ってくる事だけが不幸中の幸いってとこだな」

「えっ……」

 彼女は少し赤面した。

「前も言っただろ。俺は別にお前の事、嫌いじゃないって」

「ふ、ふーん。でも、事ある事にさらわれる私を助けてくれるのは、どういうことなのかな?」

「悪者を倒す正義がいなかったら、話にならないだろうが」

「逮捕してほしいわけ?」

「したいならしろよ。俺は別に構わねぇぞ。本当なら今でも年少の中なんだし、お前だってどうしようもない俺の事なんて牢に閉じ込めたい気持ちでいっぱいだろうよ」

「そ…そんな事ないよ」

「つくづく思ってたけどよ、何で警察官なのに俺を逮捕しないんだよ?」

「えっと……、正義の味方を名乗るためには、アンタみたいな極悪人がいないと名乗れないでしょ」

「ふーん。大分まどろっこしい回答だな」

「それはアンタもでしょうが!」

 意外とこういう話をしない、この2人。確認だがカップルではない。


 ――佳志の心に隠された秘密。それを解き明かせるのは、一体いつになるのだろうか。



「はぁ? ヤンデレ?」

 煙草を吸っている偽佳志に、賀島がそう突っ込んだ。

「あぁそうだよ。奴は典型的な隠れヤンデレだ」

「てか、ヤンデレって何?」

 グラスを磨いていた長柄もそれに対して呆れ返り、思わずグラスを落とすところだった。

「病んでる奴がデレを見せることだよ」

「へぇー。でも佳志って一回もデレた事なくね? 亜里沙がいくら何をしても」

「まぁ、そうだな。一見単に不愛想なチンピラにしか見えない。だがよく考えてみろ。亜里沙のために奴はどれだけ危なっかしい行動を起こしたと思う?」

「ん………」

「前だって車で三、四人轢き殺そうとしてたらしいじゃねーか。普通の男なら警察に通報するか、仲間を連れて助けるか、あるいは逃げるか、になるはず。初っ端から本気でぶっ殺すつもりでかかる奴なんか伊達じゃねぇよ」

「まぁ確かに、言われてみれば……」

「多分、アイツ自身は気付いていないと思うが心の奥底で亜里沙の事を本気で好きすぎて自覚できてないだけだと思うぞ」

「マジかよ。そんな複雑な奴初めて聞くぜ?」

「んなこと言ったらあんな危ない人間俺だって初めて見るよ。あれは教育とかそういう問題じゃないと思うぜ」

「本質が悪者って奴なのか? どんな極悪人でも根が良い奴だっているだろ? 特に黄金美町にいる不良は皆そうだ。だが佳志だけは性根から腐ってるってことか?」

「可能性はある」




 ――ネットカフェ黄金美店である日、与謝野真は千春にプレゼントを買おうとショッピングモールへ行く準備をした。

「今日は結婚記念日だったっけなぁ。アイツ今どこで何してんのか分からんけど、ちょっと高値の奴買ってくるか」

 どこで金を稼いだのかは不明。彼の職業は未だ解明されていない。


 ショッピングモールは歩いて十分、何も考えずにすぐに着いた。

 しかし店の中での人盛りは並外れにいたった。いつもよりは確実に。そしていつもより確実に噂を話し合っているのが、真は聞き逃さなかった。

「どっかで物騒な事件起こったらしいぜ……」

「またかよ、黄金美町でか?」

「いや分からない。でも何か最近おかしくねぇか? だって妙にこの街以外の情報何も載ってないんだぜ?」

「うっそ、気のせいだろ?」

「何かよく分かんねぇな……」

 その住民の噂話に真は深刻に考えた。


 ――黄金美町以外の情報が来ない。


 真は雑貨屋で可愛らしい熊の人形を買い、いち早く外へ出た。ちなみに店員にはプレゼント箱へしまうことを頼んだ。


 彼は久々に黄金美町の中央広場へ行き、街の異変を確かめた。

 異変は探らなくても一目で分かった。

 黒ずくめの集団がゾロゾロと群れているのだ。しかも全員スーツ姿。最初はGSF集団の連中かと思いきや、妙にシックな奴らだったので違うと判断した。その内のパーマがかかった金髪の男に真は声をかけた。

「あのう、すみません。この団体は一体……」

 男は愛想をつかず、真へ振り向いた。

「あん? 誰だお前。関係ねぇだろ」

「いや、通りすがりの社会人です。警察とかではないんですが」

「んなもん見りゃ分かるよ。私服警官にお前みたいな奴見たことねぇからな。俺は今、コイツを探してんだが、お前は見たか?」

 すると金髪の男が真に、ある一枚の写真を見せた。


 どこにでもいる黒髪の男、いわばモブキャラに近いぐらいだ。


 しかし真は、その男を知っている。知らない訳がない。

「いやぁ、こんな男どこにでもいるんで、分かりませんねぇ! この方がどうしたんです?」

 と愛想笑いで問うと、男は眉間のしわを寄せた。

「ぶっ殺すんだよ」

「え?」

 真はこの団体が敵であることを確信した。しかし何故? なぜ自分の息子がこんな団体に狙われなければならないのだろうか? まさかまた因縁でもあったのだろうか?

「な、何でそんな物騒な事をおっしゃるのでしょうか……」

「コイツはよ、今すぐにでも殺さなきゃダメなんだよ。別に因縁とかはないし俺自身会ったこともねぇが、コイツは今すぐに、細かくして殺さなきゃダメなんだよ」

「す、すみません。お名前、教えてもらえますか?」


「与謝野真って奴だ」

「は?」


 その瞬間、全てのツジツマが完成した。

 なぜ突然見たこともないマフィアみたいな団体が現れたのか。なぜ、金髪なのか。なぜ実の息子が狙われているのか。

 そしてなぜ、自分の顔と瓜二つなのか。


「生憎だな。俺も与謝野真ってんだよ」

 金髪の男は咄嗟に警戒し、この男もまた、数十年前の大事故で戦った相手と悟った。

「コイツ囲め」

 その男の一言で周りにいる大勢の仲間が真を囲み始めた。


「コイツは『的』の父親だ。的の居場所を吐くまで懲らしめろ」


 すると一般人が周囲に大勢いるにも関わらず、その場で真に殴りかかった。



「――あんまり老けて見えなかったから別人かと思ったぜ」


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