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第六章 peace and vice 後編

 いつもならそこにタムロする連中あるいは走り回る暴走族が来るところのはずだった。

 今では冷風さえ感じさせるほどに寂しい空き地にしか見えない、アスファルトと白いペンキがある殺風景な駐車場だった。

 そしてそこにポツンと車が一台、そして三人の男がいた。


 予定通り午後九時にルネはそこに来た。今じゃ長柄という知り合いとさえ連絡がつかない状況なので独りで来ざるを得なかった。

 しかし、元々喧嘩には十分自信があり、少なくとも並みの人間では彼に触れる事さえできない。

 彼を超す猛者は、彼自身見たこともないし聞いたこともない。もちろん会ったこともない。


「逃げなかった事に関しては褒めてやる。神谷瑠音礼」

 よく見ると三人とも黒髪で、どう見てもただの男子高校生にしか見えなかった。

 正義感が高そうな男が、そうルネを皮肉に褒めた。その正義じみた形相はルネと随分かぶっていた。

「俺は大我陽斗っていうんだ。このデカいのは平井光星、小さいのは椎名悠花って奴だ」

「知らねぇよお前らの事なんか。わざわざ自己紹介するために呼んだんじゃねぇんだろうが」

 平井が睨みつけ始めた。

「それもそうか。まぁお前らは俺らの学校の生徒を一人残らず重傷化させたんだから、俺らも同じことをしたまでだよ」

 そして悠花も眉間にしわをよせた。

「最初は各チームを雑魚そうな人間全員倒して、それからリーダーみたいな奴を始末しようとしたんだけどさー、お前隠しただろ?」

「は、はぁ? オメェらが潰してどっかやったんじゃねぇのかよ!?」

「意味分かんねー事言ってんじゃねぇよ! 街最強の強者なら、それくらい知ってるだろ。早く案内しろよ!」

 どうやら行方不明が原因なのはこの三人ではない、ということをルネは初めて把握した。しかし、だとしたらなぜ姿を失ったのか……。


 一方この会話を聞いている陽斗も、ルネがかくまってどこかへ避難させたわけではないという事を確信した。


「おい、神谷瑠音礼」

 と、陽斗。

「あぁ?」

「どっち道今からお前は俺らに敵を討たれる番だ。俺の仲間に手出した奴は例え相手が恐れられてる頂点のお前でも許さねぇ!」


 陽斗はルネに殴りかかり、何とか二本腕でパンチを受けとめた。


 ――だが、その一発は今まで味わったことのない迫力だった。ただの殴打ではなく、明らかに何かを経験した後の拳である。

「どうだ? こう見えて空手全国二位の実力なんだけどよ」

「………やるねぇお前。久しぶりに喧嘩するからちょっと訛っちゃってたわ」

 ルネも反撃し始め、陽斗のあらゆる急所を狙い続け、そしてパンチとキックを交互に討ち続けた。そして隙を見せることはなく、これには陽斗も少し苦戦した。

「お前、ただのヤンキーの割には意外と格闘技術あるんだな…」

「別に何も習ってねぇんだけどな!」

 そして再び殴り続けると、横から鋭い拳がルネのこめかみに直撃してしまった。

 ――まるでトンカチでもぶん殴られたかのような痛さだ。


「陽斗が苦戦してるなら、俺と光星が助ける。それが友情なんだよ! お前らみたいな腐った友情なんか、これっぽっちも心に響かないんだよ!」

 悠花はそう罵声を放った。

「いいねぇ……お前。可愛い外見してる割には中々効いたよ今の」

「ふん、これでもボクシング全国三位だ」

「三位……か。てことはもう1人のデカいのは……」

「柔道全国三位だ」

「そこは四位にしとけよ……!」

 またもや的確な突っ込みを入れながらも、ルネは三人を一人で蹴散らし続けた。

 しかし相手は全国二位と三位二人。何も習っていないルネが一人で相手できるわけがない。


 スタミナも切れ、ルネはそろそろ立つだけが限界になってきた。


「クソが……オメェら卑怯だぞ……!」

「うるせぇ! 卑怯なのはそっちだろうが! 何十人もの仲間つれて弱い者ばっかり潰しにかかりやがって! ふざけるな!」

「だから何の話だよそれ…! お前らそれ誤解してんじゃねぇのかよ!?」

「はっ……?」


 と一瞬だけ三人の動きが止まったその時――。



 一台の真っ赤な車が、高速道路でも走るかのような猛スピードで四人に直進した。

 かろうじて四人は分割で避けることはできたが、ミリ単位でギリギリだった。

 車は急カーブし、そこで止まった。


「あ……あ……危ねぇ! 何だあの車!?」

 驚いてたのはルネだけじゃない。当然他の三人も同じことを思っていた。

「今の当たってたぞ…………」

 さすがの陽斗と光星も青ざめていた。


 そして赤いスポーツカーのような形をした車から、一人出てきた。


 ルネはその見たこともないはずの外見に、なぜか心当たりがあった。

『黒髪で、外見は著しくシンプル』

 亜里沙のあの言葉を走馬灯のように思い出した。



 そのオーソドックス極まりない黒髪と地味な服装ですぐに分かり、同時になぜ亜里沙が性格の事についてはすぐに分かると言っていた意味も、分からざるを得なかった。


「テメェら人の保護者さらってタダで済むと思うなよ」

与謝野佳志だった。



 その威圧、表情、オーラは並みの人間とは比にならない恐ろしさ、と言えばいいのだろうか。

 「激昂」という文字を体現させていた。


 それは最強の座を手に入れているルネでも感じ取れた。

 しかし、何も知らない陽斗たちはそれでも抵抗を続けた。

「お……お前誰だ!?」

「あ? 俺? 与謝野だよ」

 底のない沼でも見るかのような眼は一瞬たりとも泳がず、表情一つ変えない。

「よ、与謝野……? まぁ何でもいい、お前も黄金美町の端くれなら、それ相応の覚悟があるんだろうなぁ!」

 と陽斗は何の躊躇もなく殴りかかった。

 しかし一度も会ったこともないルネでも分かったその恐ろしさに彼は陽斗を止めようとした。

「ちょ、止めろおま……!」

 しかし、時既に遅し、だった。


「じゃあ、死ねよ」


 銃口は既に陽斗の額にゼロ距離だった。


「………は?」

 悠花と光星、そしてルネでもその行動に脅威を感じとった。


「ま……待て……。落ち着け与謝野……」

「うるせぇんだよ。大体どこのどいつだオメエ」

「えっと、新宿から来た、ただの男子高校生だ。別に怪しい者ではない」

「ヨソモンが来てる時点で怪し過ぎんだよ」

「何が目的だお前らは! 俺らの高校の生徒が何をしたっていうんだ!」

「あ? 何寝言言ってんだコイツ?」

 そう、佳志でも知らない事を、他の人間が知るわけがない。


 佳志はルネに視線を向けた。

「おい、そこの金髪。コイツ何でこんな寝言言ってんだ?」

「いや……知らん……。つーかそのチャカ一旦下ろそうよ……」

「…………」

 佳志は銃をおろし、遠くへ投げつけた。


 すると陽斗は再び勝機を悟ったのか、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ始めた。


「ふふふ……! バカな奴め。これだからヤンキーって人間は無能ばっかりなんだよ!」

「ん………」

「ん、じゃねぇよ! もう少し負けた時の顔してみろよ! 所詮お前も武器がなかったら何にもできない屑だろうが! こっちは三人だ。そこにいる最強と呼ばれてる金髪だってもうボロボロ! 残るはお前一人だ!」

「卑怯だぞコラァ!」

 とルネが叫んだ。しかしこの絶望的な状況にも関わらず、佳志の表情は変わらなかった。


「オメエ、俺がノコノコと1人で来る訳ねぇだろうが」

「!?」


 周りを見てみると、あらゆる男達がぞろぞろと三人を囲んでいた。それは、各チームのアタマ達だった。

「テメェらみたいな友情ゴッコする奴が一番嫌いなんだよ」

「卑怯だぞ貴様ぁ!」

「たった今テメェがしたこと真似しただけだよバカめ」

 数に圧倒された三人は遂に下をうつむいてしまった。ルネは自業自得と思い、助けることはまずなかった。そもそも元々敵だから変な情けをかける必要はなかった。


「て、言いたいところだけどよ、何かお前さっきから誤解してる感じだからテメェら三人俺が相手してやるよ」

「何!?」

 さすがにこれにはルネも放置していられなかった。

「お、おい! コイツらは一夜で何百人もの舎弟を重体化させた張本人なんだぞ!? さすがに1人はまずいだろ!」

「オメェ、その何百人もの舎弟と俺を一緒にする気かよ」

「……!」

 確かに、もしかしたらこの男なら、やりかねない。ルネはそう感じ取った。


「ラスボスより裏ボスの方が強ぇぞ」


 そう悟った佳志に、三人は一斉にかかった。その遠慮なさは、間違いなく仲間の敵そのものに違いなかった。


 これだけ彼の脅威を魅せられたにも関わらず立ち向かう三人の方が凄いと感心するくらいだった。



 佳志は椎名悠花の髪の毛を鷲掴みし、三人が乗っていた車の窓ガラスに思い切り顔面からぶつけ、ガラスを突き破った。

 そして一旦引いたと思いきや、再び窓ガラスに頭をぶつけ、突き破ってしまった。

 助けようとする光星に、ボロボロと化した悠花を思い切り投げつけ、ガラスの二の舞にされてしまった。

 そして2人が共に倒れている中、容赦なく鉄パイプで二人同士をぶん殴った。最初の一発は見事に頭を直撃し、勢いがついたのか罵声を放ちながら腰や横っ腹、足にも無造作に当て続けた。


 その残酷過ぎる状態にルネはもちろん、陽斗も金縛りにあったかのように固まっていた。

 本気で殺してしまうのではないかと思うくらい容赦のない仕打ちに、陽斗は耐えきれず佳志に突進した。

 佳志は鉄パイプを手放し、陽斗に馬乗られた。確実に逆転できると思った陽斗は得意の正拳突きで拳を垂直に落下させた。

 しかし、油断しすぎた。


 ――相手はただのチンピラ。どうせ喧嘩慣れなんかしてない雑魚。


 そんな目でしか見てなかった陽斗は、この後著しく後悔するのであった。

 腕を抑えていなかったのだ。

 そしてその拳は陽斗の鼻骨に直撃し、後ろにぶっ倒れた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァーーーーーーー!」

 形勢は一瞬にして逆転し、佳志が上になった。

 鼻を抑えて悶えている間にジワジワと殴るのかと思いきや、すぐに片膝にし、全力でぶん殴る体制に入り、陽斗はもはや避ける元気も残っていなかった。



 ―――ゴメン、皆。



 最後に涙を出し、自分の無力感に悔しさを覚えた。


 しかし、最後の一発だけはなぜか来なかった。

 目を開けると、佳志の腕を片腕で止めている髪の長い男がいた。


 これにはルネも見覚えがある。


 長柄だ。


「もういいだろ、佳志」


 佳志は拳をおろし、その場を立ち上がった。

「な……長柄……」

 あの佳志と長柄が一緒にいるという意外な光景に、ルネは驚いていた。

「おぉ、ルネ。お前どうしたんだよその怪我」

「いや、んな事どうでもいいんだけどよ、何でお前とその与謝野って奴がつるんでんだ?」

「何でって……、だから言っただろ。手の焼ける連中がいるって」

「……………」


 こんな危ない人間がまさか自分の知り合いの知り合いだと思うと、鳥肌が立つぐらいだった。


 一方、誘拐されて車に押し込められていた亜里沙を賀島有我が引き上げてくれた。

「ま、俺らは別に好きでツルんでるだけだからチームじゃねーもんな」

 と賀島が悠長に言いながら気絶している亜里沙を背負って佳志に渡した。

「ふん、つーかオメェら呼んでねぇよ」

「お前が歯止め効かないことしてるって思ったから来たら本当に歯止めきいてなかったから来て良かったって思ったぐらいだよ! もうすぐでお前チンピラ以下の何かになるとこだったんだぞ!」

「クソが、テメェらはいつもお節介なんだよ無駄に。自分の保護者が誘拐されたら俺が生活できねぇだろうが」

「たくよ。まぁ助けたからいいかもしれねぇけどよ、何もしてねぇのに今の言ってたら凄い問題発言だからな」


 呆れた賀島に佳志はそっぽを向いた。


 気が付くと、それなりに荒んだ跡ではあった。陽斗が仰向けで涙を必死に腕で隠しながら泣いていた。

 それに気が付いた佳志が、彼の元へ行った。


「おい、泣いてんじゃねぇよ」

「うる、うるせぇ! クソ……仲間の1人も守れねぇし……こんな街でそもそも平和なんて訪れねぇし……俺の学校はお前らに潰されるし! この悪魔め!」

「平和なんか、来る訳ねぇだろ」

「何だと!?」

「平和かどうかは人それぞれなんだよ。お前にとっちゃこの街の環境はクソでしかないが、俺にとっちゃこんなクソみたいな街でもまだ平和な方だって思ってるぞ。お前らがやった事は、平和を作るつもりが、返って平和を殺したんだよ」

「………………」

「それと、さっきから学校の奴らが潰されたとか何とか寝言ほざいてるけど、お前ら何があった? 何で俺らだと思ってる? 根拠はどこにある?」

「何だと……? お前らじゃないっていうのか?」

「言っておくが黄金美町の人間がヨソへ行くことなんて滅多にねぇんだよ。少なくとも俺はこの街から一歩も出たことがない。わざわざそんな高校行って因縁つけるなんて俺よりバカだろうな」

「でも、黄金美の連中って自分で言ってたぞ!」

「ふーん。そうか。なら俺がそいついわしてやるよ。そいつは間違いなくウチの連中じゃねぇ。俺は別にこの街にいるチームを束ねるリーダー中のリーダーって訳じゃねぇけど、黄金美の名を使ってヨソの一般の高校を狙う屑は絶対いねぇはずだ。だから安心しろよ」

「お前、一体何者だよ……? 良い奴なのか悪い奴なのか、どっちなんだよ」

「俺? 俺はタダの通りすがりのチンピラに過ぎねえな。別にこの街で一番強いとかは興味ないしよ。そこにいる金髪の兄ちゃんはそういうの興味あるから多分最強最強言ってると思うんだがね」

 そう佳志は皮肉っぽく倒れている陽斗にそう見下ろして言った。

 神谷は彼の恐ろしさが救いでそこまで腹を立たせることはなく意外とすぐにスルーすることができた。


 周囲にいる黄金美のチーム全体のリーダー達の1人である美木が佳志に近づいた。

「おい佳志。テメェわざわざ俺らをコイツラからかくまってくれた事には十分感謝してんだけどよぉ、いつからそんなヤベェ奴になってんだよ」

「………………」

「俺の知ってるテメェはヒーロー気取りの正義の味方にしか見えなかったぞ。半年前、俺をやったあの時みてぇに」

 すると、賀島が噴き出した。

「はははは! お前はコイツの彼女闇討ちにした上にコイツの目の前で長柄を車で轢いたからだろ! んなもん誰だってムカつくに決まってんだよ!」

「テメェはその時いなかったんだから威張る必要はねぇだろうが」

 ひそかに佳志は「彼女じゃねーから」と小声で突っ込んだが、この際半分スルーすることにした。

 すると、あの時その場にいた証人としている長柄が美木に寄った。

「言っておくが与謝野ってのは黄金美の悪魔、与謝野の息子、与謝野グループの舎弟頭、佳志グループの首謀者っていう四つの二つ名があるんだよ。お前はたまたまコイツのそういう場面しか見てなかっただけで、実際はお前と同等の存在に過ぎない」

 言い過ぎたのか、佳志は長柄に舌打ちをして立ち上がった。


「オメエ何勝手な名前付けてんだよ。与謝野グループとか佳志グループって何だよ!」

「いや、周囲からはお前、俺、賀島、亜里沙、お前の親父、お袋、与謝野慎は与謝野グループ、その内の俺、お前、賀島、亜里沙は佳志グループって固められてるんだよ。知らなかったのか?」

「いつからそんなチームができたんだよバカが! まさか俺以外全員……」

「お前だけだぞ、そういうの知らないの。街の噂にもう少し耳を傾けろ」

 佳志は再び舌打ちをし、嫌気をさす目つきで長柄を睨んだ。


 気が付くと、亜里沙は既にそこに立ち止っていた。額に残っている血をハンカチでふき取り、今でも何かを言いたそうな表情で佳志を睨んでいた。

「アンタ、また何かした訳?」

「あ? 別に何も」

 この状態でもなお、彼はシラを切ったが、当然倒れている人間もいる訳であり、その分かり易過ぎる言い訳は洞察力の鋭い彼女に通用することはなかった。

「アンタね、頭おかしいんじゃないの!?」

「アァ!? 意味わかんねぇんだけど!?」

「意味分かんないのは私の方が山々よ! いつからあんな超高級そうな赤いスポーツカー乗ってたのよ! 無免許よ! 逮捕! 現行犯逮捕!」

 そう、彼女は今でも婦警の格好のままである。手錠も腰にあるわけで、彼を逮捕しようと思えば今すぐにでも可能である。

 しかし、佳志は財布からある白いカードのような物を取り出し、彼女に見せつけた。

 それを見て大いに驚いたのは当然彼女だけではない。彼を十分知っている人間全てだ。


「あ……アンタ……、いつの間に……」

「別に興味なかっただけだし。俺はずっと前からとってたぞ」


 そう、それは彼の写真つきの免許証だ。まだ髪が茶色で長い時の写真。つまり、少年院から出てすぐにとったということだ。

「これで逮捕は無理だな。亜里沙警察官さんよ」

 彼女は悔し紛れに、影では少し微笑みをくらましていた。


「いやー、俺にもない免許証がコイツにあるなんてなぁ」

 賀島もそう面食らった表情を浮かべた。長柄も無言で驚倒していた。


 もちろん、チーム全体の連中も全員。


 一般ならそう驚く事もないはずだが、彼がほんのわずかでも常識を持っていたという事に驚いているのである。


「あ、ちょっと待って佳志。アンタ、前私にちゃっかり三万渡すよう長官に言ったでしょ?」

「そういうの本人に言うんじゃねぇよ! ありがたく思えよありがたく!」

 そっぽを向く佳志に、亜里沙は少し真面目な顔になって問う。

「あの三万、どこで手に入れた訳?」

「…………………………」

「まさか、カツアゲでもして手に入れた訳じゃないわよね? それだったら私、すぐにでもその人に返して……」

 と責め立てると、辺留が間を挟んだ。


「ギャハハハハ! 佳志の彼女さんよぉ! ワシャァコイツがそんな暇な事してる姿は一度も見てねぇなぁ!」

「辺留、アナタは別に佳志の友達でもないから見ないのは当然でしょ?」

「あのなぁ、コイツこの前――――」

 何かを言おうとしたが、佳志は急いで辺留の口をふさいだ。

「テメェ人の働きちゃっかり見てんじゃねぇよコラァ! つーか彼女じゃねぇっつってんだろ! いつんなったらこの安定した誤解は解けるんだよお前らはよぉ!」

「えっ……働き?」

 つい自分で口を滑らしてしまった佳志に、亜里沙は激しく吃驚した。


 長柄がため息交じりにその事について解説した。

「まぁ、身元バレて前科モンって知られた上に客と揉めたからすぐに辞めさせられたけどよ、ちゃっかり喫茶店のアルバイト頑張ってたもんな」

「えぇマジで!? 佳志が!? いつどこでやってたんだよ!」

 と賀島は再び噴き出した。

「いや、ショッピングモールにあるところで一ヶ月ぐらい前からやってたよ。一度見たことはあるが、案外いけてたぞコイツ」

 皆の衆が彼の働き姿を想像し、当然笑いをこらえることは不可能だった。


 皆がバカにするように笑い上げている最中、亜里沙が目を逸らしながら佳志に寄り、その騒音の中で小さな声で「ありがとう」とささやいた。

 彼は聞こえたのか、聞こえなかったのか、あるいはニュアンスで察したのか、それは定かではないが、伝わったゆえにあえてそっぽを向いた。


「迷惑かけてんのは事実だからな」

「え、今何か言った?」

 彼はそれ以上言わなかった。


 終止符を打った後日、陽斗たちの三人は家庭裁判、及び地方裁判所で無罪の判決を下された。

 理由は前日の高校襲撃という動機があり、更に彼らを強くメンタルに傷を負わせた真犯人が存在すると考慮したからである。たまたま優秀な弁護士がいたことが救いであった。しかし車の窃盗、婦人警察官の誘拐による窃盗罪及び偽計業務妨害罪はほんの少ししかフォローすることができず、そこに対する無罪は非常に困難であったが気の長い持ち主と亜里沙の心の広さが不幸中の幸いとなり、彼らはおよそ一週間の留置という始末で終了した。


 彼らは未練しか残らずトボトボと新宿へ帰り、共にため息を吐いた。


 しかし、新宿駅の改札越しに、些細な幸せが存在していた。


「ちょっと君たち! 何その怪我!? 喧嘩でもしたの? まさか黄金美町へ行ったんじゃないでしょうね!? 退学になってしまうわよ退学に!」

 点滴は打ってあり、患者の格好(白い布)ではあったが、そこには元気な級長の姿があった。

 一番喜んで走ったのは光星で、それに続いて二人も走った。


「級長!」

「たく、数週間ぶりに連絡が来たと思えば『留置から出た』って……。アナタ達いつからそんな非行に走ったの!?」

「ごめん、級長。俺らがやった事は少なくとも良い事じゃない。ちょっとやり過ぎてしまった」

「ちょっとどころの騒ぎじゃないでしょ? たく、どれだけ心配させれば気がすむのアナタは?」

「ごめん」

 申し訳なく、頭を下げている光星に悠花が駆け寄った。

「ま、許してやれよ級長。俺からも謝っておく。でも、陽斗が学校の全員の敵を討ちに行くのなら、コイツなんて級長のためだけに行っただけだぜ!」

「ちょ……悠花余計な事…!」

 頬を赤くして悠花の頭を叩いた。しかし彼女は怒る事もなく、むしろ彼女の方が頬を赤く染まらせていた。

「あれ? 級長? 何で顔赤いの?」

「べ、別に。まぁ私も一応こうして病院を許可なく抜け出したから、私も悪いには悪いわね。今回のところは大目に見ておきましょう」

 そう言って彼女は先へ行った。


「アイツさ、自分が級長って自覚してないんじゃないの?」

「あぁ。生徒会長って思ってるだろうな、夏希なつきは」

 陽斗がそう、彼女の名前を悟った。

「え、何で今名前で言ったの?」

「いや別に。何となく」

「いや今の絶対ちょっと良い方に持ってこうとしたでしょ」

「んな訳ないだろ。ほら行くぞ。光星、俺らは先に行ってるぞ」

「え?」

 最初は動揺したが、そう言われた意味はすぐに分かった。


 先に行こうとしている彼女の歩き方が、まだ不安定だからである。

 光星はすぐに彼女の元へ駆け寄り、肩を貸した。


「病院まで送るよ」

「それはどうも」


 彼女は抵抗するどころか遠慮なく彼の広い肩を借りた。





 一方、黄金美町での佳志グループはその時ナガラバーへ集っていた。今日は珍しくフルメンバーであり、佳志、長柄、賀島、亜里沙の四人である。

 佳志は無糖のアイスコーヒーを頼み、賀島はハイボールを頼み、そして亜里沙はローズウイスキーを頼んだ。

「つーか何でお前は酒場でコーヒー頼むんだよわざわざ」

 と、賀島が今更ながら突っ込んだ。

「んなもん、ココが一番安いからに決まってんだろ」

「じゃあ値段高くなったら、もう来ないのか?」

「ふん。長柄が急に値上げする訳ねぇだろ」

 と勝ち誇ったような表情をしてると、長柄本人が否定した。

「昨日から既に値上げされてんぞ。消費税の関係でよ。つーことで亜里沙、こいつ金払わなかったら遠慮なく手錠かけてください」

「アァ!? 聞いてねぇって! 俺いつも丁度しか持って来てねぇってことぐらい分かってんだろうが! 嫌がらせかお前!」

 と御託を並べていると、亜里沙は冷静にこう始末した。


「いや、アンタ達未成年でタバコ吸ってる時点で全員補導だから」


 その瞬間、店には滅多にない静けさが生じた。


 しかし彼らは、彼女も未成年でウイスキーを飲んでいる、という魂胆に関しては気付くことはできなかった。




 ――今回の事件は、まだ不可解なところが残っていた。


 その真実は、いずれ分かるのだろうか。それともこのまま一生分からずに未解決で終了してしまうのか。


 私は例の壁について、遂に真相を解き明かす準備へ向かった。


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