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第六章 peace and vice 前編

 黄金美町の荒れ姿は誰もが承知の上。しかし中には平和を根本的に求める者もいる。


「でも、平和って結局何なんだろうな?」


 地区の川岸にある河川敷のど真ん中に、青テントを張った中に住んでいる一人の男が、1人の女にそう問いかけた。

 二人とも大分若く、共に十八歳だ。


 女の方は昔から独りで、住むところはまるでない。名前は風見歩夢という。


 男の方は一年前、地元の愚連隊に目をつけられ、黄金美町へ逃げてきたゆえに住むところがまるでない。親とも音信不通。名前は神谷瑠音こうや るねという。本名瑠音礼るねあき。通称ルネ。

 二人とも昔中学で一緒だった仲だったゆえに力を合わせて青テントの下で生活してきた。

 ルネは非常に格闘技術があり、全て喧嘩慣れでこなしたものである。その強さは与謝野の息子にも劣らないものであった。


 そして黄金美町の不良について語る雑誌の記事にはルネがトップだという事が刻まれている。

 どこのチームにも所属しない数少ない佳志グループに肩を並べる一匹狼だが、奴らのグループには所属していない上に何の関わりもない。



 平和の事について問うルネに、風見が答えた。

「平和というのは人それぞれであって、こんな荒れ地でも戦争が起きないだけまだ平和だと語る人間も存在する」

「あぁ、それあるかもな。本当の平和ってのは一概には言えないってことだな要するに」

「ルネは今の現状を平和とみなすの?」

「まぁな。別に抗争問題も今はない訳だし。俺達が若手のホームレスだからって不幸とは思わねぇな」

「そ、そう」

 滅多に表情を変えない風見は、ささやかに頬を赤くした。

「わ、私もルネと一緒にいるだけでも幸せ、だよ」

「何か言った?」

「いや…」


 小声では決して伝わらないその気持ちが彼の心に入るのは、まだ時間と犠牲が必要だった。


「じゃ、気晴らしに街行ってみるか!」


 ルネ1人で街へ出かけることにした。



 町並みはいつも通り人ごみが盛んで、その大半は地元のヤンキーやチーマーである。もちろん一般市民も混じっている。


 が、しかし。今日は妙に幹部や頭など、上の人間が比較的群がっていた。そして頭同士で真面目に話し合っている姿もあった。

 何だ? 一体どうなってる?


 ルネはメイルバールの辺留と黄金美連合の美木と愛澤がいつになく真面目に話し合っているところを話しかけた。


「お、おい。お前らが普通に話すとかあり得ねぇだろ。一体どうしたんだよ?」

「うるせぇなぁ。テメェには関係ねぇことだよ」

 狂気と言われる美木が真面目な顔相をするのを見たのは初めてであった。普段は嫌気をさす笑顔しかない。


「ルネ、お前最近何か知らんか? 俺んとこの連中大半シメられたんや」

 辺留に続き、美木も同じことを言った。

「まさか他のチームの連中たちも皆……」

 すると愛澤がため息をした。

「まぁ、そのまさかだな。ドラストもGSF集団の武闘派グループも、バラードもな。少なからず舎弟は全員やられちまった」

「どうして急にそんな事が起こったんだよ?」

 すると美木が腕を組んだ。

「不良狩り、かもな」

「不良狩り?」

「ヨソから来た連中が不良を無差別にシメてく奴だ。多分相手は俺らとは違う世界の人間だな」

「つまりカタギの可能性が高いってことか」

「まぁ、そういう事になるな。だがウチの街にいる連中の数は格別のはずだ。それをたった一夜で全員始末するってのはつまり、只者じゃないってことだ」


 ルネはこれを計画的な襲撃とみた。


 その証拠に、幹部と頭が残されているということだ。



 ただ、1チームだけいないという事にルネは気が付いた。明らかに一つ、いない。


 ルネは長柄しか知らないゆえに一概に佳志グループとは言えないが、とりあえず長柄達がいないということは確信していた。


 バーへ行く途中で奇遇にも彼と半年ぶりに再会した。

「おぉ、久しぶりだなルネ」

「お、おう。お前やっぱ酒場で働いてんのか」

 服装は明らかにバーで働いてるあの格好だった。

「どうしたんだよ?」

「いや、実は最近黄金美町にいるチーム全体の舎弟がほぼ全滅したらしくてよ、お前らの連中はどうなんだろうかと思ってよ」

「はは、ンな事があったのか。残念ながらウチはチームも作ってねぇし舎弟とか知らんな。それより、お前もちょっと働いてみないか?」

「えっ…」

 考えてみれば今では食料探すのが精一杯の生活で結構苦痛でもあった。しかし、風見のことを考えるとどうしても働くかどうかで躊躇してしまう。

「また今度考えてみる。今は街の問題に取り掛かるぜ」

「そうか。俺んとこの客はいつも常連だから働きやすいぜ。まぁちょっと凶暴な奴もいるけどよ」

「ふーん。何かお前、以前より大分明るくなったよな」

「そうか? 働けば案外楽しくなるもんだよ。じゃあまたな」

 以前の長柄は非常に根暗で、そもそも人間不信だった。無口で不愛想で、その癖恐ろしいほどに喧嘩をする、今の佳志とそう変わらない人間だった。


 ひとまず2人は別れ、ルネは青テントに戻った。


「風見、ちょっと聞きたいことがある」

 丁度ノートパソコンをいじっていた風見にルネが例の襲撃について聞いた。


 彼女は情報屋であり、黄金美町のありとあらゆる情報を入手している。

「一週間前に三人に相当する連中が駅の改札を抜けている経歴が残ってる。見た感じ何の変哲もない学生のような連中に見えるけどね」

 そのビデオをルネも見てみた。


 ――確かに、案外普通だ。どこにでもいる高校生にしか見えない。


 黄金美町にこのような連中が来ることは滅多にないのだ。しかしなぜそのような連中が急にこの一夜で全ての不良を絶滅させてしまったのか。

 その真実を知っている者はこの街ではまだ1人もいない。増してや襲撃が起こってる事さえ知らずに今を過ごしている人間も存在する。



 そう、上には上がいる、その上に存在する人間に限って。





「敵は絶対討つからな」

 1人の男が、もう1人の男にそう言った。

「そろそろ上の人間を潰す時じゃねーか? 今じゃアイツらは混乱の最中。今こそやるべきだろ」

「まぁそうだな。だがただやるだけじゃつまらない。アイツと同じ手を使う。人柱がいるな」

「どういう事だ?」

「つまりだな、この街にいる女を潰せばいいんだよ」

「女っつっても色々いるぞ。一般人だったらどうするんだよ」

「まぁ金髪頭でもしてる女だったら誰でも相当すんだろ。俺はこの女潰すぞ」

 男は一枚の写真を見せた。


 金髪で首までのショートヘア。瞳は誰が見ても輝いていて、とても殴って怪我をさせるにはもったいない人物であった。


「で、でもよ。この女どこのチームに入ってんのか知ってんのか?」

「さぁな。色んなチーム回ったけどこんな女は見たことない。けどどこかに所属しているということは噂で聞いたことがある。そいつを潰して、更にこの街で一番強い奴を出してもらう」

「あったまいいなぁお前は! それならもうこの街で不良もチンピラもいなくなるな!」


 そうして三人の連中は盛り上がっていた。


「絶対敵討ってやる…!」



 翌日、金髪頭の女は誘拐された。




   ★


 時は一週間前にさかのぼる。


 東京都、新宿高校。そこにはあらゆるクラブ活動があった。


 空手部、柔道部、ボクシング部。

 そしてその各部活のリーダーは三人とも仲が良く、いたって真面目な生活を送っていた。


 空手部の大我陽斗おおが はると、彼はその三人を束ねるリーダーのリーダーといった存在である。非常に真面目でケジメも付ける。

 柔道部の平井光星ひらい こうせい、彼は三人の中で一番体格があり、誰も彼を持ち上げる事はできない。規則正しい生活を送り、勉強は苦手である。

 ボクシング部の椎名悠花しいな はるか。四人の中では唯一スピードがあり、唯一の童顔の持ち主でもある。名前といい顔といい、比較的女性に近いが、その拳は誰にも見切れず、彼に指一本触れる事などあり得ない。



 この三人は全国でも上位であり、陽斗に関しては二位を突破している。


 そんな三人は昼休みに屋上で缶コーヒーを飲んでいた。


「なぁなぁ、俺達ハッキリ言って無敵じゃね!?」

 ボクシング部の悠花がそう行き来と言った。しかし空手部の陽斗はあまり『強さ』には興味がなく、適当な相づちで受け流していた。

「無敵かどうかなんて、分かる訳ないだろ。悠花、お前は甘いんだよ」

「えぇ? 何で? だって陽斗ももう全国二位だし、俺と光星なんて三位だぜ?」

「だから何だって言うんだよ。所詮二位と三位だ。一位じゃない。それに仮に三人とも一位だからって無敵って訳じゃないぞ」

「何でさ? 俺だってもうすぐミドル級に出世できるってOBに言われたしさ! もはや不死身だろ!」

「それは良かったな。だがお前は無敵でも不死身でもない。もちろん俺だってそれはまずない」

 間で聞いていた光星が出てきた。


「そもそも悠花、お前何の為に格闘技してんだ。確かにお前は部活でも、アマチュア級ボクシングの中でもかなり優秀だけどよ、それを外で使うなんてこと言わねぇよな?」

「ん………」

 図星なのか、悠花は黙り込んでしまった。


 対して陽斗も光星もため息を吐き、缶コーヒーをゴミ袋の中に入れた。

「よく考えろ悠花。格闘技を外で使ったら、あっちの街にいる連中とさほど変わらない存在になるんだぞ」

 と、陽斗は厳しくそう言った。

「俺らは不良が大嫌いなんだよ」

 と、光星もそう言った。

 悠花は少しへこみ、「あーあ」と口を零しながら、缶コーヒーを袋に投げつけた。


 ふてくされた彼は独りで帰った。


 ――いつになったら平和が訪れるのか。



 最近になって別の街からの傷害事件などが多数発生したとの事。それを陽斗と光星がテレビで見ていた。

 場所は光星の家。陽斗がお邪魔している。


「たくよ、あの街はいつになっても荒れてるよな。一体どうしたらあぁなるんだよ?」

 陽斗はポテチを食べながらそう苛立っていた。

「確かにあの荒れっぷりはそこの住民のクーデターに相当するよな」

「今日の悠花だって何か意味分かんない事言ってたな。まるで不良にでも憧れてるかのような発言……」

「ほっとけよ、アイツは何事にもちょっと調子が上がったからってつけあがる気質なんだからよ」

「もしかしてあの街にいる奴らにでも影響してんのか?」

「まさかな」

 光星はないない、と言わんばかりの仕草をした。


「まぁ、それなら良いんだけど」


 どう見ても未だ安心していない表情ではあった。リーダーのリーダーである為、それなりの責任感は格別である。

 夕方になり、床で座っていた陽斗はその場で立ち上がった。

「悪い、もう夕飯の時間だ」

「ここで食って行ってもいいんだぜ?」

「そういう訳にもいかんだろ。お前が良くても、お前の親に迷惑かかる」

「相変わらず堅いなぁ、お前は!」

 陽斗はかすかに微笑み、玄関を出た。


 外へ出ると、既に夕日がたっていた。

 橋の下を歩いていると、隅で横倒れている男がいた。

 急いで陽斗はその男の元へ行った。


「だ、大丈夫ですか!?」

 よく見ると、悠花だった。しかし酷く顔を殴られた痕跡がある。

「どうした悠花!?」

「う…うぅ……痛ぇ……」

「待ってろ、今病院連れてくから!」

 手を貸すと、悠花はその手を払った。

「大丈夫だよ。絆創膏あれば何とかなる」

「………………。誰にやられたんだ」

「……」

「誰にやられたって聞いてるんだよ! ウチの街でそんな事する奴、俺が許さねぇんだよ!」

 陽斗はそう声を上げた。


「多分、あれは黄金美町って街の連中だ……。格好からしてそうだった」

 今にも再び倒れそうな悠花はそう言った。陽斗はそんな彼を支え、肩を貸した。


 ――黄金美町――まさかウチの街にまで来るなんて……。



 翌日、教室ではいつも以上に騒然としていて、その内容は昨日の悠花の件だった。

「おいおい、アイツボコされたってマジ!?」

「嘘! 椎名君が!?」

「確かに椎名は体格も小さいし強そうには見えないけど、アイツは全国通す実力者なはずだぞ?」

「格闘技に限るってことなのかな……」


 すると教室の後ろの扉が開いた。

「椎名……くん…」

 とても朝練の跡とは思えない、凄まじい怪我だった。顔の大半がシップや包帯で占めていた。

 逆に言えば、やられたのは顔だけだった。

「本当なら全身折られてたぞ」

 一人だけ冷静にしていた光星が腕を組みながらそう言った。

「光星……」

「なぁ悠花、陽斗から聞いた限り、黄金美町の連中にやられたらしいじゃないか?」

 そう言うと、周りの生徒が騒然とした。

「黄金美町!? 椎名君、どういう事なの!?」

 学級委員長の女子高生がメガネを上げ、眉間のしわをよせた。

「………知らねぇよ。道端で肩ぶつかって金せびられたから断ったら急に殴られただけだよ! 意味分かんねぇし!」

「アナタ、そんな事が通用すると思ってるの? 本当はタダの一般人ともめただけじゃないの!?」

「何だとこのクソメガネ!」

 二人がモメてる中、他クラスから来た陽斗が急に扉を開きだした。

「悠花、本当に黄金美町の人間なのか?」

「一応髪も金だったし、服装もこの街じゃ見たこともないくらいに派手だった」

「どうやら本当らしいな」

「どういう事だよ陽斗?」

 光星がそう聞いた。

「悠花がそう確信してるのなら、やる事は決まってるだろ」

「まさか陽斗、お前……」


「敵討つんだよ」


 クラスはこれまでにない沈黙を浴びた。

 学校で一番成績が良く、部活でもかなり優秀な彼がまさか暴力を許すとは、誰も予想はしなかっただろう。


「大我くん、でしたね?」

 学級委員長が彼と話すのは初めてだが、初対面ながら目つきは鋭かった。

「アナタ確か本校ではナンバーワンをとる成績だったね。まさか暴力事件などを起こすなどということは、ある訳ないよね?」

「友達の敵討つのに成績も部活も関係ないんだよ」

「じゃあもしかして、退学を覚悟にしている訳?」

「俺の友人がボコボコにされて、俺が許す訳ないだろ! 停学だろうが退学だろうが、俺は関係ないぞ」

 すると、陽斗は思い切り頬を殴打された。


 ――悠花に。



「ってぇ……」

 陽斗は勢いよく尻餅をつき、頬に手を当てた。

「陽斗、お前いつから良いヤンキー気取りしてんだよ。俺がちょっと小突かれたくらいでお前の人生棒に振るなんてよ、俺が一番胸糞悪いに決まってんだろ!」

「は、悠花……」

「俺らはスポーツ万能、成績優秀で俺らなんだろ? それが一人でも欠けてたら助け合って取り戻す。リーダー中のリーダーのお前がそれ忘れてどうするんだよ!」

「……………すまん」

 悠花は陽斗に手を差し伸べ、立ちあがらせた。


「殴ってゴメン、陽斗。昨日お前に色々言ったけど、別に外で使うからとかじゃない。助け合ってここまで上り詰めたんだから無敵なんだって言ったんだよ」「俺も悪かった。お前の事、全然考えてなかった。そうだな、俺らは無敵だな」


 こうして、2人は微笑んだ。仲直りしたところを光星も共に微笑んだ。


「ちょっと椎名くん、暴力をしたら停学って……」

 空気を読まない級長に光星が止めた。

「いいじゃんか級長。これくらい許してやったらどうだ。それに今のは暴力じゃない。友情作りの一突きって奴だ」

 ウインクした光星に対し、なぜか級長は頬を赤くし、「ふん」と飛ばして自分の席に着いた。

「今回だけは大目に見ましょう。光星くんに免じて!」

 なぜ光星に免じたのかは、他の生徒は既に察していた。



 ――しかし、事態は急変した。



 翌日、いつになく平凡な学校生活を皆が送っている中、嫌な雲が空に舞い上がった。


 悠花は明らかに違和感を感じていた。そして一昨日の感覚と大分似ていた。

 それは三時限目の授業中に起こった事件だった。



 急に空から大きな雷が落ち、校舎の校門の前に直撃した。

 明らかに何かが不自然だった。それは悠花以外の生徒、教師も察していた。

 悲鳴を上げる女子高生もいた。冷静にしていたのは級長ただ1人。


 窓越しを覗いた教師が、途端に冷や汗をかいて尻餅をついてしまった。気になった生徒諸君も窓越しを見てみると、確かにそれは驚異的かつ絶望的な状況であった。



 ――謎の集団が二十、いや五十人は群がっていた。しかし柄が悪いと言うと、一概にそう確信することはできなかった。

 真っ黒なスーツや銀色のスーツを着ている男達がぞろぞろと校門に群がった。


 男達は罵倒しながら校門を突き破り、一斉に校舎に乗り込んできた。

 鉄パイプや木片などの武器を持っている者が半分を占め、悠花と光星のいるクラスにも一斉に乗り込んできてきた。

 男子生徒はもちろん、女子生徒も関係なく叩きつけた。


 至るガラスが割られ、教室はほんの数秒で荒れ地に化した。

 悠花と光星は死にもの狂いで抵抗し、特に女子生徒を重視に死守した。


「誰だお前ら!?」


 光星がそう叫ぶと、1人のリーダー的存在の金髪の男が、級長にピストルを向け、ニヤニヤと険悪な笑みを浮かびながらこう言った。

「俺ら? 俺らはね、黄金美の『裏』支配組織だよ」

 そう名乗ると同時に騒動は止まった。


「内の高校がお前らに何したって言うんだ!?」

「何も? ただ、人柱になってもらうからよぉ。黄金美町にいる英雄をぶっ殺すためだけの人柱にされるんだよテメェらは今からぁ!」


 バン! という、聞き慣れない物音がした。同時に見慣れない色をした液体が凄まじく、そして大量に流れた。



 ――誰も止める事のできないこの恐怖だけが詰った最悪の状況で、光星だけが激昂を生じた。


「ざけんなコラァ!」


 怒っているのか、泣いているのか、そのどちらかなのか、言葉では表現できない表情に金髪の男は一瞬圧倒され、光星はピストルを奪って男を投げ飛ばし、倒れているところを馬乗りにして無理やり口の奥まで銃口を押し込み――



 バン――!



 しかし、先ほどの音と同時にでる血は、そこでは出なかった。

 わずかに意識が残っていた級長が全力を振り絞って光星の腕をわずかにずらしたのだ。

 弾は床に直撃し、二発目は誰も犠牲にならずに済んだ。


「光星…くん。こんなことして、退学にでもなったら……どうする…つもり…なの……」

「級長………アンタこの期に及んで……!」

 既に限界を迎えていた。出血はかなり酷く、今にも意識が飛びそうな勢いであった。

「この金髪ぶっ殺してやる!」

 再び光星は銃口を金髪の男の額に向け、引き金を引いた――。


 しかし今度は他の男が光星を蹴り飛ばした。

 連中の仲間なのかと思いきや、そこにいたのは陽斗だった。

「最後ぐらい好きになってくれてる女の気持ち分かってやれよ」

 陽斗は金髪男を馬乗りし、鼻に一発、力いっぱい殴打した。


 一方悠花は自分のシャツを破り、意識不明の級長の腹部に巻いて止血するため応急処置をとった。



 陽斗が何度も殴っているところで連中が陽斗を蹴り飛ばし、金髪の男はすぐに立ち上がった。

 しかし、表情はさきほどと何ら変化がなく、全然痛くないようにしか見えなかった。


「残念ながらお前らごときの拳じゃ俺らを倒す事はできねぇなぁ。生憎黄金美町にはお前ら以上に強い奴らばっかりだ」

「お前、名前教えろ。すぐに潰しに行くからよ!」

 男は胸ポケットから名刺を取り出し、床に投げつけた。


「俺は『与謝野真よさの まこと』って言うんだよ。まぁ敵討つにしてもお前らの実力じゃ俺らの組織にたどり着くこともできねぇよ!」


 そう言って男達はゾロゾロと帰っていった。



 三人は周囲を見てみると、もはや学校の教室とは思えない状態だった。


 怪我人は学校の生徒全員。八割が重傷。運よく軽傷で済んだのが二・九割。そして意識不明の重体の生徒が〇・一割。


 級長のことだ。

 彼女はすぐに赤十字病棟へ搬送され、緊急手術に取り掛かった。


 学校は警察に連絡し、本部が一斉に校長室へと参った。


「謎のスーツ姿の集団が来たという訳ですね?」

「そうです。もう五十人くらい一斉に……! どうやら黄金美町の特殊組織ではないかと……!」

「我々は黄金美町の警視庁公安部との近況も聞いていますが、そのような連中は聞いたことがありません。もしかしたら黄金美町と名乗った別の団体かもしれません。他に何かありませんか?」

「内の生徒が聞いた話によると、『与謝野真』と名乗る金髪の男がいたそうです」

「よ……与謝野真?」


 警部は急に怪訝な表情になり、顎に手をそえた。


「こ…心当たりあるんですか!?」

「いや、実は警視庁の長官にもその名前を持つ知り合いがいるとこの前耳に入ったもので。もしかしたら人違いなのかも……。というか人違いですな。ネットカフェに移住するダラダラな人物と聞いたので」

「は、はぁ……」

「しかし手掛かりは手掛かりです。念押しにその人にも事情徴収します。ご協力ありがとうございました」

 そうして警察部隊は立ち去って行った。




 しばしの間学校は休校することが決定した。




 ある夜中の時間、家でインターネットを使ってあの事件の事を調べている光星の携帯が鳴った。

 光星が出ると、陽斗の声がした。

「こんな時間に何だよ」

「そういうお前も、こんな時間に起きてるなんて珍しいな」

「用件は?」

「悠花と一緒にお前の家に邪魔していいか?」

「はぁ? お前急にどうしたんだよ」

「どうしても話したいことがあるんだ。大分長引く。今すぐ話さなきゃいけないんだ」

 光星は躊躇したが、来客を許すことにした。

「一週間ぐらい親が出勤だから、ちょっとぐらいならいいよ」

「助かる」

 数十分後、予定通り陽斗と悠花が光星の家に訪れ、彼の自室へ案内した。


 一応光星はお茶とポテトチップスをそれぞれに用意し、適当に座らせた。


「で、何の用だ? 今は深夜二時だぞ」

「急に来てすまなかった。でもどうしても話したいことがあるんだ」

 すると悠花が指をボキボキと鳴らし始めた。

「光星、お前悔しくないのかよ?」

「悔しいに決まってんだろ。だから今アイツらについて色々調べてたとこなんだよ」

「調べるも何もねぇ。お前、級長の事好きなんじゃないの?」

「うっせぇなぁ。関係ねぇだろ」

 陽斗が話を戻した。


「いいか二人とも。学校はしばらく休校。実は俺達の親もしばらく出勤なんだよ」

「何が言いたいんだ?」

「つまり、あの街へ行って全員ぶっ潰すってことだ」

「あの街っつーと、もちろん黄金美町か。言っておくが奴らの組織はどう調べても一つも関連つく情報はなかったぞ」

「だったら……黄金美町の不良共全員ぶっ潰して意地でも吐かせてやるよ!」

 陽斗は苛立ちを抑えきれず、床を叩きつけた。

「なぁ陽斗、本当にすんのかよ?」

「当たり前だ。絶対許さねぇ。多くの犠牲者を見過ごす訳にはいかないんだよ」

「ふん、お前は友達とか関係なくとりあえず仲間だったら何でも敵討ちか」

 呆れながらも、光星と悠花がその場を立ち上がった。



「黄金美町の人間は俺らとは格別に強いはずだ。一人一人が強いチームだって存在する。いくら俺らでも数に限界がある」

「だから陽斗、ここは地道な方向でやってこうぜ!」

 2人のやる気に応じて陽斗も笑みを浮かべて立ち上がり、支度にとりかかった。


 この時ほど気合を感じた三人は、金輪際ないだろう。

     ★




 時は一週間後に戻る。


 ネットカフェ黄金美店で気ままにテレビを見ていた真に、珍しく来客が訪れた。

「警察です。与謝野真さんですよね?」

「ん、警察? 何か用?」

 見るからにダラダラしている様子で、覚悟を決めていた警部もため息をついてハンカチで額を拭いた。

「まぁアナタには多分関係ない事でしょうが、一応関係があるにはあるので事情聴取していきます」

「何かあったのかよ」

「実は先日、この街から少し外れた新宿で大規模な傷害事件が発生してしまいましてね。場所は新宿にある公立高校。重傷者が多数、軽傷で済んだのが少数派と言った感じで、意識不明の重体患者が約一名。と言った模様です。どうやら連中は五十人ほどいたらしく、『黄金美の裏支配組織』と名乗っていました」

「へぇー、黄金美町じゃないのにそんな物騒な事が起こったのか」

「他人ごとじゃありませんよ。どうやらその内の1人がアナタの名前を名乗っていたのですから」

 ポッキーを次々と食べて行く真の手が途端に止まった。


「は?」


 確信できるほどに、そこにいる真は全くの無関係者だということが定かに判明した。


「アナタと同じ金髪頭で、髪はアナタより長かったらしく、黒いスーツをまとっていたらしいです」

「は、はぁ……」

「本当に何も知らないんですか?」

「知るも何も、俺はこの街を出ていないし、増してやこの地区さえ出てない。アリバイなら千春とかに聞いたらどうだ」

「そ、そうですか。ご協力ありがとうございました」

 そうして警部は退散した。

 しかし真は既に何かを察していた。


 五十人の裏支配組織――黄金美の――。そして与謝野真と名乗る人物――。


「いや、まさかな」

 あまり気にせず、彼は再びポッキーを食べ始めた。




 一方黄金美地区では相変わらずパニックが続き、どこかしら人口の少なさを感じさせ、しかし人口密度は集中しているところに偶然駆け寄った千春が困惑の表情を浮かべる与謝野慎に声をかけた。

「慎、どうしたの?」

「いやぁ、ここ最近地区の不良達が急に見かけなくなったんだ。俺が慕う連中もなぜか大怪我で急遽病院に搬送されてよ」

「GSF集団が? 君の若い衆は一人一人が猛者だよね?」

「それは間違いない。アマチュア級ボクサーのトップの人間だっているんだ。よっぽどの事がない限り怪我はしないはずだ」

「まさか、他の連中も…?」

「そのようだ。GSF集団の一つ下にいるメイルバールでさえ全滅したんだ。もちろんバラードもドラストも、黄金美連合さえも」

「な、何でそんな事が急に……?」

「分からん。一般人はこの通り、普通に通勤してるしな」

 よく見ると正社員や西南高校の生徒はごく普通に通勤している。つまり混乱に至っているのは黄金美町の不良グループのみ。

「でもその割には辺留や美木とか、ドラストの志藤も普通にいるじゃん。上の人間はやられなかったってこと?」

「あぁ。とても偶然とは思えないよな。上の人間に限ってやられていない。俺が仕事した帰りには全員ぶっ倒れてた状態だ」

「最近ここにやってきたレトロミアって暴走族や赤星高校の連中、あるいは黄金美工業高校の生徒の可能性は?」

「だとしたら今頃犯人が誰かが分かってるはずだ。赤星高校は今じゃちょっとヤンチャなガキがたむろう共学高校。あんな奴らが反乱起こしたところで俺らの舎弟がやられる訳がない。黄金美工業高校は佳志がいた代以降ただの平和ボケした男子校になっただろ。あんな奴ら何人来ても黄金美の不良グループは敵わないに決まってる。レトロミアだって半年以上前に神谷って奴にシバかれて更に長柄って奴にも闇討ちされただろ。例え今反乱を起こしたとしても、あくまで暴走族だ。音ぐらい街中で聞こえる。でも俺はそんなコールをその時全く聞いていない」

「なるほど……。だとしたら考えられるのは……」

「あぁ。多分黄金美町の人間では1人も知らない、ヨソモノだろうな」

「で、でもさ。いくらヨソモノが来たとしてもたったこの短期間で全滅させるって事はそれなりの数がいるはずでしょ? だとしたら今頃誰かしら目撃者はいるはずだよ」

「それが、未だに何の情報もないんだよ。ウチの街でこんな事、歴代史上初だぞ。ヨソモノが来ることなんてレトロミアぐらいだ。でも話によると奴らは元々ヨソにいた神谷に用事があったからであって、別に黄金美町に襲撃して来たわけではない」

「何の……情報もないって……。やられた人間に聞いてみたの?」

「残念ながら、1人残らず意識不明の重体だ。一人一人が全身複雑骨折、眼下底、酷い場合は頭が勝ち割られてどうしようもない奴だっていた。誰一人話ができる奴はいないんだよ!」

「そんな……」

 こんなにも酷い状況を、千春は見逃せなかった。全く目撃者がいないという事はつまり、少数派の可能性があると彼女は推測した。限りなく少数……。

 しかし、どうにも考えずらかった。

 仮に武器でやったとしても一人一人をそんなに悲惨な状態にさせるのには無理があった。それもたった一夜で。

 相手は、一人一人が恐ろしいほどの強者だという事を、彼女は確信した。


 あるいは、例の化け物の仕業だという事も考慮した。


「慎、もういつ頃か忘れたけど、例の大爆発事故覚えてるよね?」

「当たり前だ。国道のど真ん中で急に空中から蒼いモンが出てきて爆発したからな」

「もしかしたら、もしかしたらだけど、それが関係しているのではないかと私は思うんだ」

「例の化けモンの仕業とでも言いたいのか千春さんは?」

「そうとしか考えられない。だってたった一夜でしょ? そんな短期間で何百人もの人間を重傷化させるなんて、人間じゃ不可能だよ!」

「仮にもしそれが本当だとしたら、もう1人の兄貴がまたやって来たってことだぞ?」

「えぇ、私はそうとしか考えられない。アイツなら絶対にやりかねない。あの事件だって、結局真はアイツに逃げられてしまった。つまりまたやってくるって言っても全然おかしくない」

「んー…………」

 慎は話しが急転したことに大分考え込んだ。そもそも考えようがなかった。慎が知っている範囲ではもう1人の自分の兄貴はフィルモットという人の形をした化け物で、何らかの目的で千春をさらおうとしたところを自分の実の兄が救い、あの爆発事故が起こったということだけだ。


 すると、警視庁の連中がやってきた。


「おいお前ら。ここで何をしている? 他の人達が迷惑しているだろう!」

 警視庁公安部の1人の男がそう蹴散らしていた。チームのアタマ達は仕方なく退散していくが、慎と千春はそこを説明しようと男に駆け寄った。


「あのう、警察の方ですよね?」

 千春は男にそう問うと、最初は普通に接しようと表情が丸くなったが、慎の容姿を見た途端にさきほどのしかめっ面に戻ってしまった。慎の髪型は誰が見ても典型的なワルにしか見えないからだ。(赤のメッシュが入った茶髪のコーンロウ)


「何だお前たち? 確かお前は赤星地区で問題を起こした、確か……GSF集団と呼ばれている群れのリーダーだったな。ここで何をしている? また何か問題を起こそうとしている訳ではあるまいな!?」

 慎が鬱陶しがり、目を細めて舌打ちをするところを千春がかくまった。

「ち、違うんです! 確かにこの子は問題ばかり起こすいい歳した人かもしれませんが、今は被害者なんです!」

「被害者だと? 結局ココでたむろっているではないか。人々に迷惑なのは変わらない!」

「分かって下さい。この子だけではなく、他の連中も全員被害者なんです。アナタも警察なら病院からの連絡もあったはずですが……」

「ふん、所詮不良同士の喧嘩なのだろう。そんな連絡、私が受けるはずがないだろう」

「不良同士じゃないんです、相手はもしかしたら――」

「うるさい! これ以上抵抗する様であれば署まで連行するぞこの屑どもめ」

「アナタ何て事を……!」

 不良やどうしようもない人間の気持ちを知っている千春にとって、屑呼ばわりする人間は例え相手が警察でも許せなかった。

 思わず手を出しそうになるところ、男の後ろから女性の声が聞こえた。


「ちょっとアンタ、屑って誰の事よ?」

 男が後ろを振り返った先には、婦警姿の亜里沙が立ち止まっていた。


「亜里沙ちゃん……」

「佳志のお母さん、内の同僚が大変無礼な事を申し上げ、誠に申し訳ございませんでした」

 と、男の頭を無理やり押し込み、二人同時に頭を下げた。


「いや、いいんだけど、君警察だったの?」

「あれ? 知らなかったんですか?」

「知らないよ。てっきり専業主婦でもやってたのかと……」

「内アパートですよ? それに、あんな野獣が働いてないんだから私が何とかするしかないでしょう」

「そ、それもそうだね。ハハハ……」

 ついつい息子の凶暴っぷりが頭から離れず、実は今でも心配している。


 話がそれたところを慎が咳払いで合図し、千春は話しを戻した。

「あ、そうそう! 亜里沙ちゃん、最近この辺で非常に物騒な暴力事件が多数あるらしいんだけど、警察の君だったら何か分かるかな?」

「知ってますよ。私公安部ですからそういうチームを定期的にマークしてるんですよ。だからすぐに分かります。しかし不思議にも目撃情報は何一つないんですよ」

「そう、それが不思議でしょうがないんだよ! もしかして例の――」

 化け物、と言おうとするところを慎が肩を叩いた。振り向くと、真面目な表情で顔を左右を振っていた。


 亜里沙はまだ例の爆発事故の原因を何一つ知らないからだ。


「例の?」

「いや、何でもない。でも少数派って可能性もあるんじゃないかな? 集団ならすぐに目撃されてるはずだし」

「うーん、確かにそうかもしれませんね。でもどうしても引っかかるのは、舎弟だけやられ、上の人間はなぜか無傷。どうやら辺留晃氏や美木隆義氏、それと志藤武氏などなどはその時別の用事があったらしいんですけど……」

「何でその時に限って全員用事があったっていうの? 考えてみれば、何かタイミング良すぎな気が……」

「まさか自分の可愛い舎弟を見殺しにするはずもないですし、さっきだって皆大パニックでしたもんね。とても演技とは思えないし……」

「そもそも演技するほどの知恵もないよね辺留達には……」


 彼らが限りないバカだという事は千春でも分かる。だから計画的な行動ではないと思っている。


 亜里沙の胸元にある無線機から声がし、彼女は少し離れたところに移動し、しばらく無線で話していた。

 こう見ると、既に一人前の婦人警官にしか見えない。と千春も慎もその働きっぷりに感動した。


 戻ってきた彼女は形相を変えた。


「よく聞いてください、千春さん」

「ん?」

「今入った情報によると、どうやら辺留、美木、愛澤、志藤、そしてバラードのアタマは見ず知らずの1人の男に呼び出され、なぜか自分の街の魅力や通っている学校の良さなど、適当な事をただひたすら語り続けられた模様で、女の子の紹介とかもしていたそうです」

「ちょ、ちょっと待って? その五人って全員チームのトップじゃん。どういう事?」

「一人一人をわざわざその場所で呼び出し、そういう話にをしたらしいんです」

「てことは、その人絶対今回の事件に関係してる人じゃん。しかも、学校のことについて話してたってことは、その人は学生ってことになるよ。それってつまり……」

「恐らく、相手はただの男子生徒という可能性が非常に大きいです。何かしらの目的があって弱いと見られる舎弟だけを次々と病院送りにするという計画暴行だと考えるのが妥当でしょう。動機はまだ分かりませんが、多分ヨソの人間が我々の街に偏見を持ち、不良を退治しようとした結果なのでしょう。相手は本当にごく普通の高校生だったらしいですし」

「まぁ、確かに推測するとそうなるかもね。それにしても、どうして計画実行って思うの? 確かにトップが一斉に呼ばれるのは偶然ではないとは思うけど」


 亜里沙は腕を組み、どうにも疑惑を持った表情になった。

「あのですね、今回の事件と関係しているかどうかは定かではないのですが、実は一昨日ぐらいに私が黄金美町の外へ行こうとしたときに、まるで町全体を取り囲むような、見たこともない『壁』があったんですよ」

「か……壁?」

「東京タワーぐらいか、いやもっと高い、ヘリコプターなら多分越せると思うのですが、一般の人ではとても登れないような壁がありました。駅も調べましたが、なんと線路が途中で壁によって塞がっていたのです」

「ちょ、ちょっと待って。いつからそんなのできたの? 町全体取り囲むとしたら、何十年もかかるはずでしょ? 普通ならとうの昔に知っているはず」

「現実的に考えても、考えようがない、あり得ない話です。どうやら佳志のお父さんの友達である美里という女性も一週間ぐらい前にここに来たばかりらしく、壁については一切言ってませんでした」

「美里……?」

 その女性を、一応千春も知っている。昔高校にいた同じクラスの友達なのだ。しかしその事については全く気にせず、問題は壁であった。


「現実離れした考えをすると、恐らく壁が作られたのは……今からおよそ三日前かと……」

「は!?」

 これには横で呆然と聞いていた慎とさきほどの男も一緒に驚いた。

「三日前って……」

「一週間前はヨソから来た人でも普通に黄金美町に来ることができて、尚且つ不自然な目撃を受けた情報も何一つありませんでした。なのにある日突然そんな壁ができたとなると、どうしてもこういう結論になってしまうのです」

「いや、少なくとも三日前は不可能でしょ? 誰が作ったの? どれだけの大工を雇ったのじゃあ? いや、何千万人いたとしてもたった数日で完成するわけがない!」

「これに関してはさすがに私でも見当不可能です。それより今は暴力事件です。連中は壁がまだなかった一週間前に街に訪れ、そして計画を立て、そしてこの一夜で実行に移した。あくまで私個人の推測ですので断言できませんけど」

「な、なるほど……」

 亜里沙の鋭い洞察力にはある程度推測を立てる千春でも感心するほどであった。

「いずれにせよ、真犯人を確保しない限り真実は分かりません。もしかしたら真犯人は私たちが想像している遥か上の人間かもしれませんしね!」

 亜里沙はそこで元気よく微笑み、その場から立ち去ろうとしたところを、千春が呼び止めた。


「亜里沙ちゃん!」

「ん?」

「……………あまり頑張り過ぎないでね。正直、あの子の世話してくれる子がこんなに賢いって思うと凄く安心した。でも、地雷は踏まないでね絶対」

「分かってますよ。今後もライオンの世話、頑張っていきます!」

「うん…! ごめんね、君にばっかり迷惑かけて」

「気にしないでください。私、別にアイツのこと嫌いじゃないですし。それにあんな悪党でも、一瞬でも人間らしいところ見せてくれるところが私の楽しみなんです」


 清々しい笑みを浮かべ、彼女は立ち去った。



 走っている亜里沙は、著しく妙な違和感を感じていた。



 ―――彼を見かけないということに。



 そう思っていたのは彼女だけではなかった――。




   ★



 二日後、何と全チームのリーダーが行方不明になった。


 それはつまり、黄金美町の不良が皆無と化したということだ。


 何も知らない神谷瑠音ルネは、街では絶対にあり得ないその状況に、酷く驚倒していた。

 正に更地に等しかった。真面目に通勤しているサラリーマンや公務員、学生はわずかしかいなく、街並みの空洞感は尋常じゃなかった。



「な……何がどうなってんだ…………」


 もはや呆然と立っているしかなかった。街の人口の八割が見失ったからだ。どう考えても普通じゃない状況だという事には、無能な彼でも察しがついていた。


 中央広場へ行ってみると、そこには亜里沙とその他警察がぞろぞろ集まっていた。


「あの……、お巡りさん。これは一体……」

 実はルネが彼女と対面するのはこれが初めてである。


「分かりません。もう何がどうなっているんだか……」

 洞察力のある亜里沙でも全く分からないこの謎の事態に、誰一人冷静でいることができる人物はいなかった。

「アナタは?」

「えっと、街の住民です。神谷ルネって言うんですけれど……」

「そんな人戸籍にありましたっけ……」

「いや、若手のホームレスなので保険証も戸籍も何もないです。すみません、この状況って一体……」

「私にも分からないんです。今他の一課にもこの事を報告していますが、彼らの身元が発見されないのです」

「二日前までちゃんといたはずですけど」

「それは知っています。私も話したので。この街に不良の1人でもいないとこんなにも寂しい街になるなんて、私でも想像つきませんでしたよ」

「不良……か」

「よく見るとアナタもその類に見えますけど、何か知ってます?」

「中々失敬な婦警さんだな。俺はずっと河川敷の青テントで寝てただけだよ」

「そ、そうですか。失礼しました。でも、アナタどっかで見た気が……」

 うーんと考え込んでいると、別の警官がルネを見かけた。

「あ、お前まさか神谷ルネか?」

「ん………」

 亜里沙が「知ってるんですか?」と聞くと、

「知ってるも何も、コイツ半年前にココにやってきてたった数週間で全チームのし上がって街じゃ最強と呼ばれてたヤンキーですよ」

「えぇ!? 確かにどっかで見たことあるかと思ったら、一時期公安部で強くマークされてた人間じゃないですか!」

 身元がバレてしまったルネはこんな状況にも関わらず冷や汗をかいてしまった。

「い、いや別に今は何もしてないし」

「いーや、ダメ。一応私が確保するわ。ていうか数週間で全チーム勝って最強取るって、アナタまさか佳志の仲間?」

「けけ、佳志?」

 事情を聞きにきただけのはずがなぜか身柄を確保され、一瞬で悪者扱いされてしまった。

「とぼけても無駄だよ。与謝野佳志って名前に聞き覚えはあるわよね?」

「あ、あー。何かたまに聞いたことあるけど、別に俺マジで絡んだ事ないし見たこともないんですけどー!」

 抵抗しても亜里沙の腕から全く離れることはできなかった。


 他にぞろぞろいた警察は別のところを調査すべくその場で退散した。残ったのはルネと亜里沙だけだった。


「………私は仁神亜里沙って警察官よ。女だけどアナタよりは絶対強い自信あるわよ」

「ま、まぁそれは分かるよ、うん。お巡りさんのね、ゴリラ並みの腕力と握力には十分屈したからこの手を――」

 当然の如く更に力を入れ、もはや手首がボロボロに砕けそうになっていた。必死に謝りようやく離してもらえたが、逃がさないという態度は目を見ただけで分かるくらいだった。


「もしかしたら、神谷くんが今回の真犯人?」

「いやいやいやいや! 違ぇって! 俺だって色々調査し回ってんだって!」

「だって数週間で全部だよ? 今回は一日だけだったけど、半年も経てばそんな実力ちょろいでしょ?」

「うるせー! 俺は違ぇよホントに! もしかしてアンタがさっき言ってた与謝野……なんちゃらって奴なんじゃないの!?」

「そんな訳ないでしょ。アイツは確かに三年以上前から本部にマークされてるし、今でも一応保護観察中の身だわ。まぁ全然意味ないんだけどね。基本的に何もしてない人間に急に手を出すような男じゃないわ」

「し、知らねぇよ。でも結局ソイツも不良の端くれだからどうせソイツも行方不明なんじゃねぇのか?」

「確かにここ最近彼の姿を見ないのよね。一応私、二十四時間アイツの監視しなきゃいけない事になってるから責任あるのよね」

「に、二十四時間!? それってつまりそれは……つまり…」

 一瞬で同居している事が分かった。


 多少頬を赤くしたが、亜里沙はすぐに冷静を取り戻した。

「それと一つ言わせてもらうけれど、アナタがもしアイツの事をただの不良かあるいは自分と同じ熱いヤンキーと勘違いしたら命取りよ」

「いや、別に自分の事そんな風に見てないんだけど……つまりどういうことだ?」

「まぁ見てみればすぐ分かるからどういう人格者かはあえて言わないでおくけど、外見は著しくシンプルね」

「それってつまり地味って言いたいのか?」

「間違ってはいないけど、多分一瞬見ただけじゃ本人とは気付けないくらいオーソドックスな髪型と服装。あ、でも確か黄金美町は黒が珍しいから……。アイツ黒髪だからすぐ分かると思うわ」

 ルネは長柄も黒髪だという事を突っ込むところだったが、そこはあえて言わなかった。

「まぁありがとよ。多分地味過ぎて一般人と区別つかないくらいかもしれんから会う事はまずないかもしれんが、会ったらとりあえず挨拶だけしとくわ」

「挨拶してすぐ退散しなさいよ」

「ふざけろ」


 彼が少し微笑むと同時に、彼女の微笑みが一瞬で赤に染まった。


 ――――――。


 気付いたら、彼女は大きめの黒い車に無理やり乗せられ、猛スピードでルネに突進してきた。

 唖然としていたルネは危うく衝突するところだったが、寸前で気が付いて何とか転んででも避けることができた。

 そして車は止まり、窓が開き、そこには黒髪の男がいた。


「話によるとお前がこの街最強の強者らしいな! 神谷瑠音礼!」

「誰だテメェら!」

「俺らは新宿のただの高校生だよ! お前らが内の高校にやってくれた分、今夜全て決着つけてやる! 今夜九時に黄金美ショッピングモールの第一駐車場に来い! それまでお前の大切な女を預けてやる!」


 そして男は車を飛ばし、一瞬で姿を消した。



「そいつ俺の女じゃねぇよ……」



 最後まで的確な突っ込みをいれたルネ。彼もまた、平和を望む数少ない一人なのである。



 平和を手に入れるためには、平和を崩さなければならない。その矛盾に気付くのは、いつなのだろうか。



「不良狩りだな」



 ――1人の男がそう呟き、ようやく席から立ち上がった――。




「最近ホットミルクより砂糖のないアイスコーヒーの方が好きになってきたんだよな」


「………。そうか」


「つーかお前、またタバコ吸っちゃったの?」


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