最終章 与謝野佳志VS与謝野真
「こういう事を予測してたんだなテメェも」
「ふん、まぁ何でも良い。吸うか?」
金髪の男は吸っていた煙草の箱を佳志に投げ、彼は銘柄を確認すると箱を踏みつけた。
そして彼自身、左のポケットから自分の煙草を出して、火をつけた。
「写真とは大違いな印象だな。てっきりすぐに殺せるエリートちゃんかと思ってたよ」
「すぐに殺せないどころか絶対に殺せない様にしてやるよ」
「…………ふん。その怪我で俺に勝てるなんて、百万年経っても言える口じゃねぇんだよ」
「黙れ。何者か知らねぇが、親父をやったのはテメェだろ。親父と似たような顔しやがって。双子か?」
男は人差し指を左右に振り、「ちっちっち」と言った。
「俺も与謝野真なんだよ。この通り、アイツとは深い因縁があってよぉ、わざわざ時空超えてまた殺しに来たんだよ」
「時空? 何の話だ。深い因縁ってどういう事だよ」
「あの真ってのは、今のお前の年代の頃にこの俺を死ぬ寸前にまで追い詰めた張本人だ。だから俺は一度自分の世界へ戻った訳だ。そして数十年の間、そいつ等の事に関して色々調べた結果、お前がコアってことにようやく気が付いたんだよ」
「あ? コア? 核のことか?」
「その通り、テメェさえいなければ、俺はこの街、いやこの世界を束ねる男になれるというのに! テメェがいるせいで俺はこの街を束ねられない! おかげで殺したはずの佳志もどっからか湧いてきてウイルスの感染を広めない壁まで作りやがって!」
「あの壁、偽佳志がやったことか。オメエも与謝野真ってなら、オメエは偽真ってことになるなぁ」
「黙りやがれ。俺はあくまでも独りで無敵なんだよ」
「ふん、雑魚がほざきやがって……死ねや偽物がぁ!」
佳志は拳銃を取り出し、偽真の額に発砲した。
そしてその弾は見事に彼の額に直撃した。
しかし、この男ではそれが通用しなかった。
「あぁ? たかがチャカで俺を殺そうって思ったか今……?」
額からは、見たこともない蒼い生身の肌へと剥がれ変わった。
(何だコイツ――)
佳志は動揺し、武器以外の手段を見つけることができなかった。
「素手で殴り倒してみろやぁ!」
秒速何秒なのだろうか、五メートル先の偽真が、目にも止まらぬ速さで佳志の目の前にたどり着いてしまった。
それは、殴られたのか、それとも刺されたのか、何をされたか感覚は分からず、佳志は既に腕と脚が千切れ落ちた。
その爆裂となった『喧嘩』は、ものの二秒で決着が着いた。
偽真の圧倒的戦力は、街で最も恐れられている与謝野佳志でさえ通用することのない力ということが、今証明された。
――一方、長柄、賀島と佳志のもめ事を聞きつけた亜里沙が佳志を探している中、その廃墟のビルへとたどり着いた。
その時は既に夜と化していた。
最上階の全面の窓から妙な音が鳴っていたのを彼女は聞き逃さず、様子を見た。
すると、全面の窓が勢いよく割れ、蒼い煙と共に1人の男が飛び出すのが、見えた。
男は七階、六階、五階、四階、三階、二階、一階――そして、ゼロへとたどり着いた。地面に仰向けに叩い付けられた男の頭から大量の血が流れた。
亜里沙はその男が佳志だという事に、すぐに分かった。
「佳志いいいいいぃぃ!!」
右腕はキレイさっぱりもぎ取られ、左足もキレイさっぱりなくなっていた。彼のなれの果てを、亜里沙はその目で見てしまった。
「そんな………何で………」
彼の表情は、恐怖に満ちている訳でもなく、静かに死んでいく、そんな表情をしていた。
彼女が泣き崩れながらも佳志の身体を揺さぶり、何度も呼ぶが、彼は全くといっていいほど反応することはなかった。
「佳志! 佳志! 佳志! 起きてよ……! 何で起きないの!」
「そいつは一生起きねぇよ」
横から、嫌気を指す笑みを浮かべた偽真が来た。
「アンタ……!」
「おっと、近寄るんじゃねぇ。コイツが死んだぐらいなんだから、お前なんてこれっぽっちの相手でもねぇ。命が惜しけりゃ、さっさとお通夜に参加して大人しくすることだな」
「黙れ! 佳志が何したって言うの!? 確かにこいつは……色んな人を犠牲にして生きてきたけど……それでも私だけは大事にしてくれた!」
「お前そいつの彼女か。そりゃ残念なこった。ちなみに、そいつは何もしてねぇよ。だが俺にとっちゃ最悪な邪魔者なんだよ。だからみじん切りにした。二度とその面見ないためにもよ」
すると、亜里沙の後ろから聞き覚えのある声がした。
「じゃあ、テメェの面も二度と見ねぇようにしてやるよ」
まるで佳志が生き返ったかのような、そんな感じがした。
偽佳志だ。
「やっぱり生きてたのか……クソが」
「テメェぶっ殺すまでは絶対死なねぇんだよ」
亜里沙は死体の佳志と偽佳志を「え? え?」と左右に見比べた。
「偽佳志、アナタは一体……何者なの?」
「……俺は、縁起のない墓から出てきたゾンビみたいなモンだ。何十年もそこにいて息苦しかったけどな。まぁそこのクソ親父が死ぬところまでは身体持つと思うがな」
「クソ親父……。まさかこの男って」
「与謝野真だよ。お前から見りゃ、偽真って呼ぶべきかな」
「何でこの街には同姓同名の瓜二つの人間が二組もいるわけ?」
「信じられない話だと思うが、この世には複数の時空ってのがあるんだ。そんで、俺はその別時空ってところから来た与謝野佳志。そしてそこの野郎も俺と同じ時空から来た与謝野真。つまり、別に偽物って訳じゃないんだよ」
「時空……」
「俺は人間だが、そいつは典型的な化け物。覚醒蒼炎体、フィルモット・エターナルっていう種だ」
説明を続けようとすると、偽真が偽佳志にかかった。
「テメェは黙ってろやクソ野郎!」
腕を振り下ろすと同時に、蒼い煙が腕の部分から出るところが分かった。
「亜里沙! コイツはこういう蒼い奴を出すんだよ! ハッキリ言ってコイツはお前でも俺でも、両方かかっても勝つことはできない! 普通の人間じゃ絶対勝てねぇんだよ!」
偽真の殴打を巧妙に避けながらも、彼は必死に亜里沙に説明を続けた。
「いいかよく聞け! フィルモットってのはあくまで薬によった感染症に過ぎない! つまりそれ相応のワクチンがあるってことだ! 爆発式のワクチンだ! それをばらまけば、街中にいる全ての住民の感染も治す事ができて、コイツも無力になるってことだ!」
「街中……? ちょっと待って住民全てが感染症って……!」
「黄金美町が壁によって閉ざされている理由は、このフィルウイルスを日本中に拡散するのを防ぐためだ! だから俺はこの地に帰り、お袋に研究会の出世を頼んだ! 壁の周辺が空き地なのは、研究会の土地だからだよ!」
「そうだったのね……、でワクチンの場所は!?」
「真の病室のプレゼント箱の中だ!」
「へ!? その中にはぬいぐるみがあるはず……」
「その中にあるんだよ! さぁ行け! 俺はコイツの足止めを――」
偽佳志は遂に最初の一発を頬にかまされ、頭ごと地面に叩きつけられた。
心配そうに亜里沙は何度も振り向くが、偽佳志の死にもの狂いの表情での「行け!」はまるで、本物の佳志に言われたような気もし、それ以降振り向くことはなく、赤十字病棟へと走った。
「おいおい、テメェこれで足止めしたとか思ってんじゃねぇだろうなぁ? さっさと墓に帰れやゾンビ野郎!」
ぐりぐりと偽佳志の頭を地面に押し付け、その状況は明らかにピンチと化していた。
するとまた後ろから、聞き覚えのある声が二人もした。
「佳志!」
長柄と賀島だ。
彼らは佳志のなれの果てを見て唖然としていたが、ピンチにさらされている偽佳志の姿も見過ごすことができなかった。
「この化け物には絶対に勝てない! いいか、無理は言わん! 足止めできればそれでいい! 一秒でも長く食い止めろ!」
偽佳志の言葉に長柄が偽真の頭に勢いよく跳び蹴りをし、踏みつけている足をどかし、偽佳志は頭をはらいながら立ち上がった。
「佳志やったのテメェか……。何かどことなく佳志の親父さんの顔に似てないでもねぇが……」
「そいつが真だ長柄。説明してる暇はない、とにかくそいつは偽物の真ってことだよ」
賀島は偽真の足元にスライディングして倒した。その隙に偽佳志と長柄は彼の腕を足で食い止めた。
「離せやコラァ!」
「うるせぇ。ワクチンばらまいたら離してやるよ。その時はお前も普通の人間になるんだからよぉ。長柄、コイツの腕じゃなくて掌を押さえろ」
長柄はその言葉に困惑した。
「え、何でだ?」
「掌から蒼い奴出すからだ、早く!」
意味が分からず長柄は偽真の掌を足で踏みつけた。
「それと、何があってもコイツに傷付けるなよ、賀島も」
「どういう意味だよ?」
「コイツは傷を付ける事で、蒼い煙を出して硬化させるんだよ。最悪の場合、硬化させたもので刃物にすることもある。佳志の死因はそこにある」
長柄と賀島は改めてその佳志の果てしない姿を見て動揺した。あの時、あんなもめ事を起こさなければ、と二人共に後悔していた。
「佳志………」
「クソ……、俺に弾ぶち込んだ癖に……! 仕返しさえさせねぇとか……どこまで醜い奴なんだよテメェは……!」
賀島は偽真の足を押さえながらも、涙を地にこぼしていた。
しばらくすると、遠くから二つの光が見えた。
「亜里沙が帰って来たのか?」
そう長柄が悟るが、その光は勢いよく近づき、車だと気付いたのは後だった。
「ちょっ!」
三人が偽真を離し、その猛スピードでせまってくる車は偽真に直撃し、見えないところまで引きづりこんだ。
「何だアレ!? 一体誰が――」
遠くにまで行った車から、一人の男が出て長柄達に手を振った。
慎だ。
「バカかあの野郎……」
長柄は掌を額にあて、呆れ返ってしまった。
「慎! 逃げろ! そいつは――」
賀島の叫びに気付いた慎は危うく蒼い刃物で真っ二つに別れるところだった。彼は急いで長柄達の元へかけつけた。
「兄貴がやられたって聞いたからよっぽどだと思ってぶつけたが、あいつは一体……」
本来の人間なら間違いなく死んでいるはずが、偽真はそうではなかった。一瞬だけ首ごと吹っ飛んだが、首元からニョキニョキと顔が生え、しかもその肌は真っ青だった。
「よくもやりやがったなこの野郎……! これで形勢逆転とか思ってたら大間違いだぞハエ共がぁ!」
「まずい……、完全体になった以上、俺らじゃ止めることができない。ひとまず逃げるぞ!」
偽佳志の指示に他の三人も一緒に逃げ、偽真の蒼い刃から離れた。
偽真もその四人を追いかけ、遂に人通りのある繁華街へとたどり着いてしまった。
蒼い爆発を目撃するあらゆる人々はそれに怯えて全員が悲鳴を上げて逃げた。街はもはや只事ではなくなってしまった。
その恐ろしい光景を荒田長官が警視庁の最上階から見下ろし、険悪な表情になった。
「これはまさか………」
街の暴走に警視庁の特殊部隊が全員かかった。
その真夜中、黄金美町全ての人間が末期へと豹変した瞬間だった。
メイルバール、GSF集団、ドラスト、バラード、レトロミア、黄金美連合全てのチームも巻き込む大騒動だった。
まるで死んだ佳志からの天罰かのような、凄まじい爆発でもあった。
黄金美町の車が凄まじく通る大通りも、今では車は一台も通っていない。
そこに四人と偽真が行きついた。
蒼い雷、蒼い雲、蒼い煙、そして蒼い炎。
全てが青によって満ちていた。ゆえに景色は真っ青だ。
「いつんなったら亜里沙来るんだよ偽佳志!」
賀島はそう彼に叫んだ。
「分からん! もしかしたら偽真の部下にやられている可能性もなくもない。来ると信じるしかないだろ!」
「それができたら苦労しねぇよ! こっからどうすんだ俺ら!?」
「逃げ回るしかねぇだろ! この状態からしてみれば、町全体は赤星地区と西南地区も含めて全て巻き込まれている! 何処行ったって同じだ! その分逃げて一刻も早く亜里沙が来ることを願うしかない!」
会話にあまり溶け込んでいなかった慎も、偽佳志に問う。
「おい佳志、さっきから意味が分かんねぇんだが、さっきからお前様子おかしくねぇか? どうして色々知ったような口利いてんだよ」
「俺は、佳志で佳志じゃない! 俺の事は偽物の佳志ととらえてもいい! 紛らわしいからこの際偽佳志って呼んでくれても構わない! 本物の佳志は既にあの化け物に殺されてる!」
「は……はぁ!? 訳分かんねぇこと言うなって!」
「これがその証だ!」
偽佳志は慎に、自分の顎の傷を見せつけた。
「こんな傷、本当はなかったはずだぞ! それにアイツはこんなアメカジみたいな服装はしないはずだ!」
「ま…まぁ確かに言われてみればそうだが、偽物ってどういうことだよ!? つーか佳志が死んだだと!?」
「説明している暇はない! とにかく俺達はあの化け物に構わず逃げ回る! そして亜里沙が爆発式のワクチンをばらまくのを持って来るのを信じる上助かる方法はない!」
「クソが! もう何が何だか訳分かんねぇが、とりあえずあの化け物さえいなくなりゃいいんだろ!? チャカでも何でも使ってしまえば何とかなるだろ」
「バカ野郎! んな事したら相手の思うツボだ! アイツは死因が何であろうと死ぬことはまずない! それが例え寿命でもだ! 何歳だと思ってんだよ!?」
「は……八十歳?」
「217歳だよ! この先千歳、一万歳たとうがアイツは今の様にピンピンだよ!」
「そんなファンタジー小説みたいな事があるって言ってんのかよお前は!?」
「そんなファンタジー小説みたいな事がこの現状の真実なんだから、受け入れるしかねぇだろ! とにかく逃げるぞ!」
その長い長い大通りを、四人はただひたすら走り続けた。
――何が正義で、何が悪なのか。そんなの俺には分からない。社会に役立っている人間が正義ならば、俺はきっと悪者なんだろう。
昔からはみ出された身だからよく分かる。孤立ってのはこういう事をいうんだろうなとよく分かったよ高校の頃。
そして今もなお、社会からはみ出された存在だ。しかしそんな俺でも救いがあった。
わずかな救いが。
その救いは、まぎれもなく仁神亜里沙という女の子がそばにいてくれるということだ。
俺は心の奥底で、彼女の事があまりにも好きで、好きで、好き過ぎて、自分を制御できなくなるくらいに混乱し、心を閉ざした。
だから、上辺ではそんな好きとも愛しているとも何も言っていないし、言うとしてもいつも「嫌いじゃない」としか言っていない。その癖してアイツがやられた、さらわれた、などと耳にするだけで、身体が勝手に動く。
そして、敵討ちをする時に初めて心の奥底でモヤモヤしていた気持ちが表向きになってしまう。
俺がもし、どこかで『笑顔』を出してしまったら、その時点で自分を制御することが二度とできなくなるんじゃないかと、ずっと恐れていた。
だからアイツが笑顔を見せるのが、一番怖い。俺も笑ってしまうのではないかと思ってしまうからだ。
一緒に笑いたい。俺だってアイツと一緒に笑顔を見せたい。笑いながら話したい。色んなところに笑顔で連れて行きたい。笑いながら食事をしたい。
俺の望みはたったそれだけだ。一緒に笑って話す事ができれば、それでいい。それ以上我がままなんて言わない。
だって、どうしようもない俺を死にもの狂いで変えてくれたのだから。
――だから俺は、亜里沙が好きだ――絶対に誰にも渡さねぇ――死んでも譲らねぇって決めたのはもう遠い昔だ――
彼は、行きつくことのない眠りから覚めた。
二か所の切断はいつの間にか接着し、治っていた。
彼が起き上がると同時に、空の蒼い雲から今までにない爆裂的で巨大な雷が、彼の頭上へと落下した。
「殺す――ぶっ殺す――」
与謝野佳志は、街中、いや、壁を通り越すほどの大規模な悲鳴を上げた。
★
一方逃げ回る四人は遂に疲れ果て、偽真に追いつかれてしまった。
「くそ……追いつかれちまったか…」
長柄は足で地面を叩いた。
ちなみに四人とも喫煙者である。疲れやすいのは今に始まったことじゃない。
ピンチに晒された四人の内、偽佳志が前に出た。
「偽佳志! お前……!」
賀島がそう止めようとすると、偽佳志はその手を払い、三人を前にした。
「……俺は、一度奴に殺された身、またいつ死んでもおかしくない人間だ。だから、犠牲になっていいのはこの俺だけだ」
「バカ言うな! んな事誰も聞いてねぇよ! お前がいなくなっちまったら、この先どう対処すればいいんだよ!」
「悪いな賀島、慎、そして長柄」
偽佳志は、その場で初めて純粋な笑みを浮かべた。
「偽佳志止めろ――」
長柄が言う中、既に彼は偽真へと走って行ってしまっていた。そして長柄へと振り向き、親指を立てた。
「ここの時空の長柄は、中々良い奴だな。俺の時空のお前なんて、ずっとただの不良だったぜ? ま、俺がしっかりしてなかったからかな」
偽佳志はそう苦笑し、偽真がいるところへとダッシュした。
その言葉に対し、長柄は初めて、あの本物の佳志が自分に絡んでくれたから変われたのだということに気が付いた。
「佳志イイイイイイイイィィ!」
少しでも足止めしようと、そう目論んだ偽佳志は、まるで大規模な火事にでも身を放り込むかのように立ち向かった。
それでもなお、亜里沙が来ることはなかった。
完全に終わってしまうのだと、三人は同時に悟った。
――短い間だったが、意外と楽しかったよ。あの佳志が羨ましいくらいだ。
偽佳志は全力を発揮する罵声を放ち、偽真の顔面にパンチした。だが、やはり案の定効くことはなかった。
偽真は彼を馬乗りにし、蒼い刃を下に向けた。
――ちくしょう。
終わりと悟った偽佳志は目をつむり、ゆっくり殺されるのを待った。
――しかし、何秒たっても死の境を見ることが無く、痛みさえなかった。そして荒んだ騒音さえまず聞こえていた。気付くこともなく地獄にでも行ってしまったのだろうか、それとも――
ゆっくりと目を開けると、何とそこには、自分の父親が自分と瓜二つの男に殴られている光景だった。
しかも、先ほどの様に反撃されていない。
しかも、佳志の顔もまた、真っ青と化していた。
「何!?」
偽佳志はその凄まじく蒼い熱風に吹き飛ばされ、結局三人の元へ追いもどされた。
「おいおい、全然示しついてねぇじゃん」
「るせぇ! 吹き飛ばされたんだから仕方ねぇだろ!」
「せっかくのカッコいい名シーンをまさか本物の佳志によって潰されるとはな」
なぜか三人とも残念そうな顔でため息をした。
「おい、それより見ろよ。何でアイツあんな姿に……」
慎がそう悟ると、他の三人もその光景を見て動揺した。
「まさか佳志も……あの化け物だってのかよ!?」
「そのまさか、かもな…」
その青で満ちていた佳志は倒れている偽真に何度も素手で殴った。
「望み通り、武器なしで殺してやるよ――」
ガラガラな声へと化していた佳志がそう偽真に訴えた。その声を聞いた長柄も、まるで自分に言われたかのように受け取った。
彼らが佳志の殴打を見るのはこれが初めてである。
偽真は悲鳴を上げ、佳志の頬を殴り、体制を整えた。
やがて特殊部隊がやってきて、マシンガンを突き付けられた。
「止まれ! これ以上の損害は私たちが許さない!」
黒ずくめの特殊部隊の内のリーダー的存在の男がそう言うと、千春がそれを押さえた。
「やめなさい。貴方たちが行っても返り討ちに殺されるだけだよ」
「ち…千春さん……! だけどこれはとても……」
「良いから見といて。いい? この光景がどういう状況が分かる?」
「それは多数の犠牲者が出た元凶同士が争いを起こし――」
「そんな事は誰が見ても分かる」
千春は特殊部隊全員の方へ顔を向け、全員に伝える様に大きな声でこう言った。
「この街には正義と悪が存在する。私の婿、街では不良と呼ばれるが人々を助け続けた神谷瑠音。そして警視庁長官を雇う荒田広行。彼らは皆街では正義と呼ばれる。そして悪者は黄金美町全体にいる不良集団、そして佳志グループの全員。特に与謝野佳志という男は皆も知っている通り、どこにでもいるような学生に見えるが実際は街で最も凶暴な筋金入りのチンピラ。彼の前科は母親のこの私でも手に負えないゆえに一度少年院に預けたこともある。
普通は正義と悪が戦うものだが、今は悪者対悪者の激闘という状況。いくらマシンガンを構えている特殊部隊がいようと、彼らには通用するわけがないんだ。だからここで拝むしかない。この最悪な状況を平和か否かは街で最も悪者扱いをされている佳志にかかっているんだ!」
そう言うと、特殊部隊は全員銃をおろした。
「千春さん、もし町が取り返しのつかない事になったら、アナタの全責任ですよ」
リーダーがそう千春に肩を叩きながら言った。彼女は迷いなくコクリと頷いた。
悪者対悪者、しかも人間では対処できない相手が二人もいる。
佳志と偽真の壮絶な格闘戦は、長柄達にとってはあまりにも意外なことととらえていた。
「アイツ……あんな喧嘩慣れしてたっけ……?」
「あんなの、俺らでも敵わないぞ。普段武器使ってた理由って……」
長柄と賀島がそう話していると、偽佳志が間を挟んだ。
「んなもん、素手で殴った時の蒼い煙によった違和感をアイツは既に気付いてたんだろ。武器だったら煙なんて出ないしよ。ちなみに言うと、フィルモットの本体に化そうが格闘術は変わらないぜ。腕力、脚力、耐久力だけが格別に上がるだけで、喧嘩慣れとは全然関係ない」
そう、佳志は確かに街最強という座を持っていた。卑怯な手を使うのではなく、滅多に披露しないあの格闘術をたまたま見かけた記者がそう記事に書いたのだ。
「たくよ、てことはさっきの喧嘩も、ものすごい勢いで手加減されてたってか?」
長柄はそう苦笑した。
強さも強さだが、彼の座右の銘「喧嘩は強さではなく、いかに手っ取り早く相手をしめるか」というのは未だ変わっていなかった。
彼の喧嘩は一発一発が強いわけではなく、スピードを重視している。
そしてフィルモットとなった今、ただでさえ普通の一発が格別だというのに、その彼がスピードを出したら、もはや無敵なのだろう。
佳志は偽真の髪の毛を掴み、建物の壁に何度もぶつけ、その壁に穴がポッコリ空くまで叩きつけ続けた。
もはや歩くのが限界と危険を察した偽真は、その場から逃亡を計った。
「逃げるぞ!」
偽佳志がそう叫び、皆の衆はその逃げ去ろうとする彼を追いかけた。そう、今度は街の人々が奴を追いかける番だ。
遂に壁の近くにまでたどり着くと、偽真はなんとその場で蒼い羽を纏い、壁を越えようとした。
「まずい! このままじゃ逃げられちまう!」
佳志はまだフィルモットという化け物になったことさえ自覚していないゆえに、蒼い煙を硬化させる能力を知らない。
もうダメだと思った皆に、空から何かが降ってきた。
――与謝野真だ。
偽真の方ではなく、意識不明の重体だったはずの、本物の真の事である。
偽真に対して落ちながら彼をぶん殴ろうとする最中、偽真は下へと逃げようとしたが、もう遅かった。
既に彼は真と佳志に挟み撃ちにされていたのだ。
「約束通り、ぶちのめしに来たぜ。真さんよぉー」
笑みをかざした真は、その絶望に満ちた表情をした偽真の頬を落下と共に思い切り殴り込み、彼は仰向けに地面へと叩きつけられた。
だがそれだけでは終わらず、その倒れた彼を佳志が馬乗りし、街中を響かせる罵声と共に拳は彼の鼻へと直撃した。
音は限りなく響き渡り、それによった蒼い熱風も凄まじく、長柄達までも巻き込まれそうになった。
蒼い雲、蒼い煙、蒼い炎はゆっくりと消えていき、最後はいつもの夜空へと化した。
当然そこは荒れ地の果てということに変わりはなかったが、状況は良くなっていた。
戦争から平和を取り戻したというのは、正にこの状態だということを、皆が共に思った。
完全に動かなくなった偽真に真が近付いた。
「…………何だよ」
真は険悪な表情だった。
「俺の時空にはお前の息子の墓がある。今すぐに見舞いに行け。そして謝れ」
すると真と偽真、佳志以外の全員がその場で笑い上げた。
「真、佳志ならココにいるよ!」
千春がそう笑いながら真に伝えた。千春が指を指した先には、確かにあの佳志の姿があった。
「け……佳志……お前何で……」
「久しぶりだな、真。お前が寝てる間に皆には挨拶しておいたから問題はない」
「でもお前死んだんじゃ……」
「ふん、俺にも分からないが、急に生き返っちまってよ。墓から無理やり出たんだよ」
照れ臭そうに偽佳志は頬をポリポリし、目線を逸らしながらそう言った。
「でも、しばらくの間だから自分の時空に戻るつもりだ。早めに戻らないとまた死んじまうからな」
「そ……そうなのか」
真は偽佳志に握手し、「頑張れよ」と伝えた。
顔の一部分にだけ傷がまだ残っている本物の佳志を真が呼んだ。
「おい佳志、この人がいたから、今のお前がいるんだぞ。礼しろ」
「チッ……」
真は佳志の頭を無理やり手で下げ、とりあえず礼をしたということにした。
「いやいや、いいよ別に。でも、俺の言ったことちゃんと守ってくれたんだな」
「忘れる訳ねぇだろ。まぁコイツは今でもどうしようもない奴ってことは変えられないと思うけどな」
それを聞き逃さなかった佳志は真に文句をつけた。
「おい、言ったことって何の話だよ」
「あのなぁ、この人が俺に伝言しなかったら、今のお前はいないってことなんだよ! 感謝だぞ感謝」
「だから伝言って何だよ!」
そう聞きこむ佳志に、偽佳志が肩をポンと叩いた。
「お前を見捨てるなって言っただけだよ。お前も、彼女さんを見捨てるなよ」
「だから彼女じゃ――」
「ない」といつもの様に突っ込むところを、今回は少し改良した。
「………パートナーだよ」
照れ隠しをしながらも赤面を見せた佳志に、またも皆は笑い上げた。今度は真も含めている。
「佳志、その傷ってどういう……」
長柄がそう聞くと、佳志は自分の傷を触って確かめた。
「あぁこれ………。遺伝だよ、遺伝」
「い……遺伝?」
「俺にもよく分かんねぇけど、こういう人種なんだなってことは幼い頃から気付いてたよ。ただ………」
佳志は小学校の頃、そして中学校の頃、その蒼い煙やこけた時の傷跡から蒼い血管が見えることで酷い虐めを受けていた。もしかしたらこの無愛想さはそこから出てきたものなのかもしれないが、この事を知っている千春や真も、それを暴露することはなかった。
「ま、要するにお前はよく頑張ったってことだ」
真は佳志の頭をガシガシと撫で、そう褒めた。父親からの初めての褒め言葉でもあった。
しばらくすると、亜里沙の声がした。
「おーい! 遅くなってゴメン! 爆発式のワクチンってもしかしてコレの事!? 何かプレゼント箱なくてめっちゃ苦労して探したらネットカフェ店の机の上にあったから取ったけど――」
そう走る亜里沙に、いち早く、嗚咽する顔になる前に勢いよく抱きしめたのは、佳志だった。
「え……佳志何で……」
「すまん……俺がもう少ししっかりしていれば……お前がさらわれずに済むってのに……無事で何よりだ……」
「いや、それはコッチのセリフよ! アンタ何で五体満足なの!?」
「んな事気にすんな……お前が生きてて何よりだ……」
号泣する佳志に亜里沙は驚倒するが、それを見ていた長柄達がコクリと頷き、彼女はその気持ちを受け入れた。
亜里沙は笑みを浮かべて佳志を抱きしめた。
「私も、佳志が生きてる事知って、今凄く嬉しいよ。アンタってさぁ、いつもこうやって素直になってくれてたらもっと嬉しかったんだけどなぁ」
「………ごめんな。これからは笑うから。俺の夢は、お前と笑って遊んだり、笑って食事をしたり、笑って話をすることだ。だけど……気付くのが遅かった」
「いいよ。佳志の笑ったところはまだ一度も見たことないけど、きっと笑った顔が一番似合ってると思うよ」
「…そうか?」
「うん。愛想悪いと怖い人って感じにしか見えないからね。でも、まずはその涙吹かないと……」
そう言うと同時に亜里沙まで涙をこぼし始めた。
亜里沙より、佳志の方が泣きわめいていた。その顔を見た皆の衆は、笑い上がるどころの騒ぎではなかった。
「佳志の涙は……暖かいね……」
二人が同時に浮かべるのは、これが初めてだった。
倒れている偽真に、偽佳志が近付いた。
「……何だよ」
「ざまぁねぇな。何か言う事ねぇのかよ」
「殺したきゃ殺せよ。どうせ俺なんか生きてる価値さえない」
「ふん、言われなくても一番苦しい方法で殺してやるよ。後でお前もごく普通の人間になるんだからよ」
すると真が偽佳志に肩をポンと叩いた。
「この被害総額は半端じゃない。おい真……いや、偽真。お前この時空の街でしばらく働け」
「………あ? バカ言ってんじゃ……」
「それまで俺らの仲間って事でいんじゃね? お前もあんな手下たちじゃつまんねぇだろ」
「………相変わらず正義感丸出しの英雄さんだな。いつでも殺されちまうぞ?」
「んな事考える前にこの街で死ぬ確率の方がよっぽど高いんだから安心しろよ。お前は腕力、脚力、耐久力だけが格別なだけで、喧嘩慣れなんてこれっぽっちもしてない。せいぜい不良に絡まれんように生活しろよ」
そして、真は偽真に手を差し伸べた。
倒れている偽真は苦笑し、その手を掴んで立ち上がった。
「それでいいよな? 偽佳志」
そう真に言われた彼は、そっぽを向いた。納得はしていないようだが、一応その条件を飲むことにした。
その顔はまるで以前の佳志にも似てなくもなかった。
「そんじゃあ、今からラーメン屋にでも行くか!」
与謝野真の声で、皆が一斉に「おう」と歓声し、それと同時に爆発式のワクチンを真上に投げ、街中に爆発された。
その粉末は実に華やかで、虹色にも見え、まるで『平和』を取り戻した後かのような感じだった。その粉末が散ると同時に、偽真の顔、佳志の顔の一部が全て普通の人間に戻った。
「これで皆、一般人だな」
偽佳志はそう悟った。
「つーか佳志と亜里沙、お前らいつまで抱き合ってんだよ! カップルじゃあるまいしよぉ!」
その賀島の嫉妬に紛れた言葉に、佳志はハッと気が付いた。
「だからカップルじゃ――」
「カップルだよ?」
亜里沙が佳志の否定を否定するかのように、妬く賀島に自慢げにそう言った。
この時点でテンションが最も低いのは、賀島一人だけだった。
与謝野佳志、仁神亜里沙、長柄瀬呂、賀島有我、与謝野真、与謝野千春、与謝野慎、与謝野偽佳志、与謝野偽真の九人は、めでたくラーメン屋へ行った。
今回、一般人の多くを巻き込んだ奇形な事件についての処分は、その九人の地方裁判所にて判決される予定である。
被害総額はおよそ五千万。賢い弁護士に頼んだ結果である。
地方裁判では決めれず、最終的には最高裁判所へと送られた。しかし、荒田長官のコネが生じて奇跡的に判決は無罪となったが、莫大な罰金が科せられる。
裁判中、フィルモット研究会についての話も出て、ウイルスを作った元凶は偽真の事ではなく、既に亡くなっている千春の父親であることが判明。
偽真は被害総額を全て支払わない限り、故郷へは返されないと条件を付けた。そして新宿の高校の生徒に大怪我をさせた事についても罰金を科せられている。
偽佳志は今回の損傷を少しでも和らげた張本人であることで、罪は軽くなった。
真と千春は本事件にはほぼ無関係と確定されたが、ウイルスが一般の四倍は感染されていたため、保護観察処分とした。
佳志グループのメンバーの内、長柄と賀島は今回全う無関係と判断し、むしろ被害者に値すると考慮した上、罰金の二割が彼らの元へ行く予定となった。
与謝野慎は無関係者だが、一応生物を轢いたということにより、傷害罪として罰金が科せられた。
仁神亜里沙はこの事件を取りまとめ、平和へと導いてくれた者と判断したゆえ、賞金を渡される事になった。
そして与謝野佳志は、これまでの前科、そして完全体のフィルモットという事が分かったため、判決を先延ばしにした。よって現在は保護観察処分となる。
裁判を終わり、皆が帰って行った後に裁判官の1人と裁判長が残り、話をした。
「いいんですか裁判長? あんなぬるい判決で? 私が判決したら即効死刑ですよ死刑」
「いいじゃねぇか。アイツらはアイツらなりの悩みってのが俺には分かるんだよ」
「えぇ? 裁判長、まるで何か自分の事言ってるみたいですが……」
「おっともうこんな時間だ。それじゃまた明日な。お前もそう固く考えんな」
そして裁判長はその場から去った。
彼は金髪頭で髪はミディアムに値する長さで、目は西洋人に近くライトブルーをしている。
人は彼を、『与謝野真』と呼ぶのだ。