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躯の王  作者: zan
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08.対峙

「いらっしゃいませ、……お一人様でしょうか」


 戸惑いを見せながらも、キサは最後まで言い切った。彼女は気付いたのだ。目の前にいる女が、魔法使いであるということに。

 ブロードブリムの帽子をとり、冷徹な目をもってキサを見下ろすのは、魔法使いのカヴィナだ。勇者ハーディの相棒であり、ブレインである。

 少し離れたところで料理を運んでいたエグリも、すぐさまこれに気付く。

 彼らの探知能力は大したことがない。魔法使いという存在を遠くから感知できるほど、すぐれてはいないのである。ゆえに、勇者の行き先を知ることには金も時間も惜しまなかったが、それが仇となったのだ。

 その可能性にエグリは思い当たったが、後の祭りである。


「いたな、ゾンビどもめ。私は一人だよ。お前たちは二人だな。

 おもてに出ろ。片付けてやる」


 長い髪の奥にある鋭い目が、キサを射抜いていた。容赦のない、獣のような視線である。

 キサはエグリを守るために、彼に一瞬目を向けた。どうにかして彼だけでもこの場から逃がせないかと計算しているのだ。

 しかし、守るべき主人であるエグリがこちらに歩いてきた。

 もしや、カヴィナの挑戦を受けるつもりか。それは無謀だ。やめておくべきだ。

 エグリを第一に考えるキサが焦る。が、なんでもないように歩み寄ってきたエグリはキサの手をとり、落ち着かせる。

 魔法生物であるエグリたちは、触れるだけで互いの考えていることをある程度共有することができた。他のものには聞けない、密談を交わすこともできる。

 そうしておいてから、エグリはカヴィナの前に立った。


「お前のほうが主人か。何のつもりだ、こんなところに潜んで。

 いや、言い訳を聞くつもりはない。外に出るんだ、片付けてやる」

「いいえ、お断りいたします。仕事が残っていますから」


 キサを庇うように進み出たエグリは、カヴィナと目を合わせて言い切った。

 魔法使いカヴィナは強い。だが、ここは素直に言うことを聞いていいところではないと判断している。

 幸いにして店内はほどほどに賑わっており、カヴィナの発した剣呑な言葉もほとんど周囲に聞かれていない。ごまかすことは可能だ。


「店が閉まるまで、お待ちいただけますか。お席へご案内いたします」

「ふん、いいだろう」


 周囲を探っていたのはカヴィナも同じだ。エグリとキサ以外にゾンビとなっている者がいないことを確認してから、彼女は頷いた。つまり、エグリの提案にのったことになる。

 自分の強さに自信があるゆえのことだろう。

 始末できるのならなんでもいい、と考えたのかもしれない。

 カヴィナは酒場の中でも端のほうの席に陣取り、酒や料理を口にしながら時を過ごす。

 エグリとキサはいつもどおりに調理や掃除、給仕につとめている。真面目に働いているのだ。その最中でも、人の話に聞き耳を立てて、少しずつ情報を集めている。

 これが二人の日課。金を稼ぎながら酒場で情報を集め続ける。理想的な職場だった。

 だが、魔法使いのカヴィナがここを見つけてしまった以上、もはやここにはいられまい。どうすることもできはしなかった。


 その日の営業が終わるまでの間に、幾度となくエグリとキサは触れ合った。無論その度に意見を交わしている。


「どうするおつもりですか。戦うのですか」

「お前としては彼我の戦力差をどのように想定している」

「彼女の魔力は圧倒的です。今の状態では、我々は恐らく一瞬もたたないうちに塵のようにされてしまうでしょう」

「その認識は正しい。だが、何もせずに逃げられるとも思えない」

「では、素直に進み出てやられてしまうおつもりですか。魔法使いから逃げられるとは思えません。

 エグリ様がそのおつもりなら私もおともいたしますが、逃げ出すならどうにかなるのではないかと考えます」


 キサは平然とそう返してくる。エグリが死ぬなら自分も死ぬのが当然と考えているらしい。

 エグリたちは体をどれほど破壊されようが死ぬことにはならない。だが、魔法で攻撃されれば話は違ってくる。魔法生物であるエグリたちの本体は、魔法による攻撃には損壊を免れないからだ。

 つまり、カヴィナには相性が悪い。それはわかるが、キサにはエグリがやられている間に逃げ出そうという考えはないようだ。


 そうしている間に閉店の時刻が迫った。真夜中を過ぎた頃だ。

 エグリとキサは店主から日当の貨幣を受け取り、店を後にする。店主にとって容姿の整った二人の給仕は心強い戦力であったから、この日も彼は丁寧なねぎらいの言葉をかけた。

 彼らのおかげで店の売り上げは上がっている。二人に払う日当など吹き飛ばすほどに。

 エグリもキサも、この人当たりのいい店主が気に入っていた。ゆえに、少しふさいだ気持ちで彼と別れた。おそらく、この町にはもう戻れないからだ。

 その原因となる人物は、すぐそこにいた。

 魔法使いのカヴィナは、店の目の前で彼らを待ち受けていたから、すぐさま視線がぶつかり合った。


「お前らが何を考えているかは知らないが、そんなことは関係ない。

 片付けてやる」

「こちらにはあなたと争うつもりはない。が、そちらがそのつもりなら仕方ない」


 エグリは魔力を集めながら、キサの前に立った。カヴィナと対峙する。

 仕方がない、と本当にエグリは思っていた。まだ十分に力は集まっていないというのに。

 無論、エグリとしても勇者ハーディに意趣返しをするという目的がある以上、彼をくびり殺せるだけの力をつけることは必須だった。が、情報集めを優先した結果、大した戦力は得られていない。とりたてていえばキサ一人だけだ。


「戦うのか。それならすぐに消してやる。死者を冥界に送り返す黄泉の呪文を受けるがいい」

「その前に、ひとつ。こちらは取るに足りない矮小な魔法生物に過ぎない。

 ゆえに、これからあなたと戦うにあたり、数で押す戦術を採用するが、卑怯とはいうまいな」

「お前は何を言っているんだ。そんなことは当たり前だろう。

 何でも好きに使うがいい。私は必ずそれを上回ってみせるからな。いや、御託はいい、さっそく始めるか。もたもたすることもない」


 言いながら、カヴィナはキサに目を向けている。エグリとキサが同時にかかってくることを想定しているらしい。

 だが、それでも勝つ自信があるのだ。

 彼女の言う『死者を冥界に送り返す黄泉の呪文』というのはまさしく聖なる一撃必殺の魔法だ。死してこの世に留まるような、不自然な力を全て排除し、あるべきところに魂を返す。『冥界の呪文』と記された、上級の魔法だった。

 無論のこと、こうした魔法はエグリたちに絶大な効果を与えるだろう。彼らが操る死体は一瞬のうちに塵となり、無に還る。どうあがいても、回避できない。

 防ぐことも、躱すこともできないのだから、つまりその魔法が発生する前にどうにかしてカヴィナを倒すしかなかった。そのようなことは不可能ごとだといえる。

 普通なら。


「なっ」


 『冥界の呪文』を使おうとしたカヴィナが、腰砕けになっている。エグリが気を集中したからだ。

 正確には、それによってありえないはずのことが、おこったからである。

 周囲に敵意が大量に出現したのだ。それも、動く死体となった者たち。エグリの同族だった。


「これはどういうことだ。まるで意味がわからんぞ!」


 完全に狼狽していた。彼女は何度も、エグリとキサ以外に敵がいないということを確認している。念入りにだ。

 それが覆されてしまったのだから、取り乱している。正体不明の敵意に、怯えてさえいた。これは普通の反応だ。未知のものを恐れないようであれば、勇者のおともなどできはしない。

 だが、それでも魔法使いカヴィナは動きを止めたわけではない。冥界の呪文はしっかりと練り上げており、いつでも発射できる準備があった。


「くそ!」


 彼女は目の前にいるエグリたちだけでも倒そうと、その呪文を見舞う。だが、二人はカヴィナの狼狽を見逃してはいなかった。機を狙って即座に退避しており、すでに魔法が届かない。怪しくうごめく周囲の敵意も、カヴィナを戸惑わせる。

 一体何が自分の回りにいるのか。幻覚魔法でないことだけは確実だ。なのに、突然それらは出現したのだ。

 とはいえ、逃げ去っていくエグリたちを見ていては焦燥ばかりが沸き立つ。指を咥えてみているだけというわけにはいかない。周囲の敵意は大したものではないと断じて、彼らを追おうと決めた途端。彼女は攻撃を受けた。

 とるに足りないような、初歩の魔法であったが、確かな攻撃。

 その事実だけで、魔法使いのカヴィナは足を止めてしまった。勇者ハーディなら委細かまわず突き進んでいたかもしれないが、慎重なカヴィナは無闇に突っ込むことを避けた。

 結果として、エグリとキサは逃げ延びる。

 この町を去った。

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