02.勇者
勇者は残虐だった。
魔物たちは彼によってなぎ払われて、その骸をゴミのようにうち捨てられたのだ。
確かに、その行為は必要だったといえる。人間の生活圏を脅かし、あまつさえ彼らを食糧にしようとする獰猛な魔物が多かったことも事実だ。ゴージャス王国によって選定された国一番の勇者が、度々魔物を残虐に討伐することも仕方がなかった。
だが、それは過去の話だ。
勇者はもう既に、人間の生活圏を脅かすような凶悪な魔物を駆逐してしまっている。終わりなのだ。
それなのに、彼らは魔物を狩ることをやめようとしなかった。
なぜか。
名誉のためだった。
魔物を討伐するたびに、勇者は歓待された。凱旋するたびに、国民に喜ばれた。彼に与えられたのは地位と名誉、莫大な財産だった。
これで十分なはずだった。どう考えても、一人の人間に与えるにしては過剰といえるだけのものを得ている。
だというのに、勇者はそれ以上のものを欲しがった。
多大な財産を得た者は、それを目減りさせることを惜しがる。
それを増やすことが目的となる。
まさにゴージャス王国の勇者ハーディは、そうした考えの典型になっていた。ゆえに、国内に侵入するような魔物を絶滅させてしまった後でも、さらなる栄誉と地位を求めて魔物を殺し続けたのだ。
平穏に暮らしていた魔物たちをも探し出し、執拗に殺し始めたのだ。そうすることで討伐の実績を積み上げて、更なる栄誉を手に入れようとした。
これは魔物たち側からしてみればただの侵略に他ならなかったが、人間たちはそのように考えない。自分たちの居住地域を拡大するために必要なことだと断じた。そして実際に、魔物たちがいなくなった土地へと人間たちがやってきたのだ。さらには家を建て道を作り、自然を破壊して平然とそこに居を構えた。
魔物たちは住むべき場所を失い、命を落とし、駆逐されていった。
それを罪とも感じていないのだ、彼らは。
その証拠に魔物たちが作ったわずかな資源を容赦もなく使い込み、わずかな食物を食い散らし、残飯やゴミを打ち捨てていく。
このような蛮行を、勇者ハーディの暴力を盾にして行い続けている。彼らへの慈悲など、この期に及んで必要だといえるだろうか。
「そこにいる」
忘れもしない。勇者ハーディはそう言った。
常人には微かな風としか感じられないような、魔法生物の気配を敏感に察知し、容赦なくその手を向ける。
焦ったのは魔物たちだ。魔法生物たちだ。
彼らはこれまで、人間たちとは接触を持つことを避けて、細々と暮らしてきた。勇者に討伐されるようないわれはなかった。一族がその土地に定住してからもう数百年になろうというところであり、領地侵犯などといわれる頃合でもないといえた。
それなのに、勇者ハーディは容赦がなかった。一方的な彼らの都合だけで魔法生物を攻めたてる。
逃げよ。
一族は最も若い個体に向かってそう告げた。遺言である。
勇者ハーディの力は圧倒的で、誰がどう立ち向かってもかなわないことは既にわかっていた。ゆえに、隠れてやりすごそうとしていたのである。
にもかかわらず、彼はこちらを発見してしまった。こともなげに隠蔽魔法を解除してみせ、的確にこちらを狙って魔法を繰り出してきた。
一族の遺志を託されたのは、最も若い個体。
平和を乱されて、一族を全て焼き払われて、故郷を追われて、彼には逃げ場がなかった。
それでも逃げねばならない。勇者ハーディが一族の者たちを殺している間に、彼が一族を再興するためにここは逃げねばならない。
何もかもを見殺しにして、仲間たちの断末魔を背中にうけて、逃げる。そうしなければならなかった。
魔法生物のエグリは、こうして故郷を追われ、あてのない逃避行に入った。
勇者ハーディはエグリのことを追えなかった。少し注意して探していれば恐らく発見できたはずだが、彼は王都に凱旋することとその後の褒美のことについて考えていたため、彼が逃げたということすら気付いていない。
勇者についてきた魔法使いのカヴィナにしても同じことである。彼女は帰った後に自らの地位がますます上がることを確信しており、次はどの地域へと戦線を伸ばそうかと考えるのに忙しかった。




