01.憑依
薄暗い森の中だった。
少年といっていいような、若い男が倒れていた。恐らくは何か毒物にあたったのだろう。
死後、数時間といったところだ。虫が集まり始めている。
体は冷たかった。死後硬直も始まろうとしている。
彼を見つけたことは幸運だった、とエグリは思う。少しかわいそうな気持ちもないことはないが、好都合ともいえる。エグリには協力者が必要だったからだ。
不可視の魔法生物、それがエグリの正体だ。
いわゆる魔物と呼ばれるものの一種であり、これまで人間と交流をしたことは殆どない。
エグリもほんの何ヶ月か前までは一生人間たちとかかわるようなことにはなるまいと考えていたのだ。だが、そのようなことはなくなってしまった。いやでも交流せざるを得なかった。それも、最悪の形でだ。
エグリは宙を漂いながら、倒れている少年を見下ろした。彼にも五感はある。
彼の感性からいえばその少年は美しかった。髪を少し伸ばせば少女として通用するだろう。エグリは特にそうした個体の死体を探していたわけではないが、素直に嬉しいことだった。外見の美しさはときに武器ともなる。多分何かに使えるだろう。
しかし喜んでいる時間もない。すぐにすませてしまわなければならない。
エグリは少年の背中の辺りに降り立ち、不可視の体を少年の中に埋没させていった。
数分もしないうちに、少年は腕を伸ばした。そして大地に手をつき、体を支えて起き上がった。しっかりと二本の足で立っている。
口の中をむさぼっていた虫たちを吐き捨て、軋む体を伸ばす。
「あ、……あー」
エグリは声を発した。少年の体を試している。
魔力による操作で、少年の体を動かし、問題ないか試している。
少年は死んでいる。彼には、その肉体は必要なくなった。エグリはその肉体を借り受けて、使うことにしたのだった。彼の一族はそれができる。
彼の種族は、他者の死体を借りることでその肉体となしていた。
エグリはこれまで動物や昆虫、鳥などの肉体を借りていたが、人間の体を借りたのは初めてだった。
少年の体は冷たいままだ。エグリは肉体を操作しているだけであり、生物的に少年が生き返ったわけではないから当然である。
だが、エグリが魔力をその体に流しているために彼の腐敗は止まる。死後硬直もだ。
ありていにいえば、少年はゾンビとなった。と、いえる。
生ける屍となった、と考えればわかりやすい。
エグリに仕える従者となり、ゾンビとなった。
だがエグリの種族は死に絶えていた。彼は最後の生き残りなのだ。
ここまで彼を追い詰めたのは、勇者だ。
ゴージャス王国が選定した勇者。その名をハーディと名乗っている。
彼は強かった。国一番の戦士というのも伊達ではなく、魔法生物であるエグリたちをたちどころに追い詰めた。
彼の前に、エグリたちはなすすべもなかったのである。
エグリは全てを犠牲にして、逃げ延びた。だから彼は助かったが、一族は全て死に絶えた。
つまり、エグリには一族を再興する義務があった。なんとしても仲間を増やさなければならない。そのためには魔法生物の姿のまま、ふよふよと浮いてはいられない。実体が必要であり、都合よく死んだ少年の肉体を手に入れることができたのは僥倖だったといえる。
エグリは人間たちの言葉に通じている。幸いにして少年の体はほとんど腐敗していないので、このまま人間たちの町に行って、彼らにまぎれることもできそうだ。
現実的に考えればそのようにしてひとまず生計を立て、力を蓄えるべきだ。
考えながら少年の持ち物を一通り見る。着古した上着に、薄汚れた衣服。顔は美しかったが、あまり裕福ではなかったのだろう。
服を脱ぐついでに体をあらため、大きな外傷がないか確かめておく。
もしも人間たちの中にまぎれるのであれば少年が死体であるということがバレるのは防がなければならない。魔法使いなどがいれば近くにいただけでたちどころに見破られてしまうだろうが、普通の人間相手なら体温や外傷に気を払えば問題ないと考えられる。
無論他にもリスクがある。しかし、考えているよりはやってみたほうがよいと考えた。
エグリは人間たちの居住地に向かって歩き出す。
最終的な目的は決まっていた。
自分たちの種族を再興し、旧領を回復する。それだけだ。




