第13話:開戦
宿の窓から見える広場に、空の麻袋が積まれていた。
数台の荷車が並んでいる。西へ向かうようだ。
御者たちは違うが、昨日も麻袋だった。
ドワーフの工場の織機が浮かんだ。
水が止まらなければ、布は止まらない。
あの規模で織り続ければ、袋はいくらでも作れる。
大量の袋が必要な理由。たとえば————
そして、西の辺境という地名が、浮かんだ。
冒険者ギルドの掲示板に、西の辺境への荷運びがあった。
街の出口で、西へ向かう商隊の馬車が列を成していた。
ドワーフの工場で積まれた木箱に、西の町の名が焼印されていた。
食料。布。魔導ランプ。種類がばらばらで、量も不均一。
まだ形になっていない。
だが、この散らばり方には見覚えがある。
集積の初期段階だ。
何かを始める前の、準備の形。
いや準備ではない。もう、始まっている。
馬車を出した。
街道は今日も整備されていた。
荷車が、寸分の狂いもない速度で走り抜けていく。
もう、見慣れていた。
この道を設計した者の意図が見える。
だが、なぜ整備したのかは、まだ出てこない。
なのに、その意図の先が、霧の中にある。
村に差し掛かった。
井戸の周りに女たちが集まっていた。
順番に水を汲んでいる。
急いでいる様子はない。
子供が広場を横切った。
一人だった。
誰も追いかけない。
物乞いはいない。
鍵のかかっていない店がある。
平和だった。
老兵が失った村を思った。
隣国の旗が立つ村を。
逃げた女の娘を思った。
どこにも戻れない場所で、両手で髪飾りを包んでいた女を。
この村も、あの村も、同じ世界の中にある。
どちらが設計の内側で、どちらが外側なのか、まだ分からない。
あるいは、どちらも内側なのかもしれない。
止められない。
行商人に、止める手段はない。
西へ行っても、何も変わらない。
それは分かっている。
窓の外を、荷車が走り抜けた。
同じ速度で。同じ方向へ。
日が傾いた頃、街道の脇に古い石碑があった。
条約か布告か、文字が刻まれている。
立ち止まって、日付を見た。
十年前。
今は、知っている。
この碑が立てられた時、誰かがどこかで何かを決めた。
その結果が、今の街道になり、今の村になり、今の麻袋になった。
俺が関わっていたのかもしれない。
関わっていなかったのかもしれない。
関わっていたとして、何のためだったのかが、まだ分からない。
ただ、この世界の形を、俺は知っている。
宿に着いた。
帳簿を開く。
"お前は行商人で世界を見るために旅をしている"
"勇者は存在した"
"この世界は、異世界人が深く関わっている"
"平和は本物だ。設計されたものだとしても"
"自分はこの世界の設計者の一人だった"
ペンを持った。
書けなかった。
善のためにやったのか。
悪のためにやったのか。
そのどちらでもない何かのためにやったのか。
判断する軸が、まだない。
帳簿を閉じた。
窓の外では、夜になっても荷車が走り続けていた。
魔導灯の光の下を、同じ速度で、同じ方向へ。
誰も止まらない。
翌朝。
馬車の準備をしていると、背後に人の気配があった。
顔に古い刀傷。
街を出る時は、いつも護衛を依頼していた傭兵だ。
一言も発さず歩き続けた男だった。
男は街道の先を見たまま、口を開いた。
「全て忘れるか。何もしなければ。無害認定されて自由さ。俺のように。」
それだけ言って、男は踵を返した。
人混みの中へ、すぐに溶けていった。
俺は馬車を西へ向けた。
理由は言葉にならなかった。
止められないことは分かっている。
何かできることがあるとも思わない。
街道を、今日も荷車が走り抜けていく。
同じ速度で。
同じ方向へ。
俺の馬車だけが、少しだけ遅い。
読んでくださり、ありがとうございました。




