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冤罪で追放された悪役令息ですが、北の辺境で幸せになります。恐ろしい噂の銀狼将軍に嫁いだら、予想外の溺愛と極上のモフモフ生活が待っていました  作者: 水凪しおん


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第1話「極寒の地への追放と、凍える宝石」

【登場人物紹介】


◆ジュリアン・エルロッド

本作の主人公。白銀の髪とアメジストの瞳を持つ美しいオメガ。実家の公爵家と義弟に嵌められ「ふしだらな悪役」として婚約破棄され、極寒の北の辺境へ追放される。実は前世の記憶を持っており、丁寧な暮らしを愛する心優しい青年。自身のオメガとしての性にコンプレックスを持っていたが、グリーグと出会い癒やされていく。


◆グリーグ・ヴォルファート

北の最果てにある要塞都市を治める将軍。黒髪に金色の瞳を持つ、屈強な体躯のアルファ。種族は「銀狼」の獣人。顔に古傷があり、その威圧的な容貌と無口さから「北の食人狼」などと恐ろしい噂を立てられているが、実際は部下思いで情に厚く、不器用なほどに優しい性格。ジュリアンを一目見た瞬間から運命を感じている。


義弟ミハイル

ジュリアンの義理の弟。愛らしい容姿を持つオメガだが、中身は計算高い。ジュリアンを悪役に仕立て上げ、婚約者だった王太子を奪い取った。


◆元婚約者(王太子)

人を見る目がなく、ミハイルの甘い言葉に騙されてジュリアンを断罪した愚かなアルファ。

 ガタゴトと、車輪が凍った地面を噛む音が響き続けている。

 窓の外を流れる景色は、いつからか見渡す限りの白銀に変わっていた。王都を出発してから、どれほどの時間が経っただろうか。吐く息が白く染まり、指先の感覚が失われていく中で、私はぼんやりとこれまでの出来事を反芻していた。

 私の名前はジュリアン。この国で五指に入ると言われる名門、エルロッド公爵家の長男として生を受けた。

 そして数日前までは、この国の王太子の婚約者という立場にあった男だ。

 けれど今、私は罪人として護送馬車に揺られている。

 罪状は、義理の弟であるミハイルへの陰湿な嫌がらせ、そして王家を欺こうとした不貞の疑い。

 もちろん、すべては事実無根だった。ミハイルが階段から落ちたのも、彼の大切にしていた花瓶が割れたのも、私がやったことではない。けれど、愛らしい涙を流して被害を訴えるオメガの義弟と、毅然とした態度で無実を主張する可愛げのない私とでは、周囲がどちらの味方をするかは明白だった。

 特に、私の元婚約者である王太子は、ミハイルに夢中だった。


「ジュリアン、君のような心の醜いオメガが、将来の国母になれるはずがない。君との婚約は破棄し、辺境の守備隊長であるグリーグ将軍のもとへ嫁がせる。それが慈悲だと思え」


 王宮の広間で言い渡されたその言葉は、慈悲などではなく、実質的な死刑宣告に等しかった。

 北の果てにある要塞都市ノースガルド。

 そこは万年雪に閉ざされ、獰猛な魔獣が跋扈する過酷な地だ。さらに、そこを治めるグリーグ将軍は、獣人の血を濃く引くアルファであり、「北の食人狼」とあだ名されるほどの恐ろしい人物だと聞いている。気性の荒い獣人たちの中に、ひ弱な貴族のオメガが放り込まれればどうなるか。

 きっと、数日で心も体も壊れてしまうに違いない。

 王太子も、父も、義母も、それを承知で私を送り出したのだ。


『……寒さが、骨までしみるな』


 私は薄い毛布をかき集め、小さく身を縮めた。

 この寒さと絶望が引き金になったのか、王都を出てからというもの、私の頭の中には不思議な記憶が蘇っていた。

 それは、ここではない別の世界、別の時代の記憶。

 そこでの私は、ごく平凡な一般人として生き、働き、そして寿命を迎えていた。魔法などない世界だったが、文明は発達し、冬でも暖かな部屋で過ごすことができた。

 その記憶が、「前世」のものだと気付いたとき、不思議と恐怖は薄れ、代わりに奇妙な落ち着きが戻ってきた。

 前世の私は、物語を読むのが好きだった。そして、どんなに辛い状況でも、工夫して生活を豊かにすることに喜びを見出す人間だった。


『そうだ。ここで死ぬわけにはいかない』


 私は、かじかんだ両手をこすり合わせた。

 無実の罪で追放されたことは悔しい。けれど、あの窒息しそうな公爵家での生活や、私の顔色ばかり窺う王太子との関係から解放されたのだと思えば、これはチャンスかもしれない。

 辺境だろうが、野蛮な将軍だろうが、関係ない。

 私は私の力で、生き抜いてみせる。

 そう決意を新たにしたとき、馬車が大きく傾き、御者の怒鳴り声が聞こえた。


「おい! 到着だぞ! さっさと降りろ!」


 乱暴に扉が開け放たれる。

 猛烈な吹雪が車内へとなだれ込み、私の頬を容赦なく叩いた。


「つっ……」


 あまりの冷たさに、思わず声を漏らす。

 従うようにして馬車を降りると、そこは高くそびえ立つ石造りの城壁の前だった。鉛色の空の下、雪が荒れ狂っている。

 私の荷物は、足元に放り投げられた古びたトランクが一つだけ。中には着替えが数着と、母の形見のロケットが入っているだけだ。


「じゃあな、元公爵令息様。魔獣に食われないように祈ってるぜ」


 御者は下品な笑い声を上げると、私を置き去りにして、逃げるように馬車を走らせていった。

 取り残された私は、呆然と立ち尽くす。

 視界が白く染まるほどの吹雪だ。公爵家で着ていた上質な、しかし防寒性には欠けるコートでは、この寒さを防ぐことなど到底できない。

 足の感覚が、急速になくなっていく。


「……開門を、お願いします……」


 震える唇で、城門に向かって声を上げる。しかし、風の音にかき消されて届かない。

 扉は固く閉ざされたままだ。


『まさか、このまま門の前で凍死するなんて……そんなの、あんまりだ』


 意識が遠のきそうになる。

 膝から力が抜け、雪の上に崩れ落ちそうになった、その時だった。

 ズズズズズ、と重厚な音が響き、巨大な城門がゆっくりと開き始めたのは。

 開いた隙間から、黄色い明かりが漏れ出す。

 そして、その光を背負うようにして、一人の男が姿を現した。

 巨大だ、というのが第一印象だった。

 身の丈は二メートルを優に超えているだろうか。分厚い毛皮の外套をまとっているが、その下の筋肉の鎧が想像できるほどの厚みがある。

 風に乱れる黒髪。そして、吹雪の中でもはっきりと輝く、黄金色の瞳。

 男は、雪の中にうずくまる私を見下ろした。

 その左目には、眉から頬にかけて走る古傷があった。

 ――グリーグ・ヴォルファート将軍。

 間違いなく、彼だ。

 噂通りの、魔王のような風貌。射すくめるような鋭い視線に、心臓が早鐘を打つ。

 殺されるかもしれない。本能がそう警鐘を鳴らす。

 けれど、男は何も言わず、巨大な手袋をはめた手を私の方へ伸ばしてきた。

 私は恐怖で身をすくませ、目を閉じた。

 しかし、予想していた痛みは訪れなかった。

 代わりに感じたのは、ふわりと体が持ち上がる浮遊感。


「……軽いな」


 頭上から降ってきたのは、地の底から響くような、低く、しかし驚くほど穏やかな声だった。

 恐る恐る目を開けると、私は男の太い腕の中に抱きかかえられていた。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。


「え……あの……?」

「喋らなくていい。舌を噛むぞ」


 男はそれだけ言うと、私のトランクを軽々と片手で拾い上げ、踵を返して城門の中へと歩き出した。

 彼から漂ってくるのは、冷たい雪の匂いと、微かな、しかし力強い森の香り。それは不思議と心地よく、私の強張った神経をなだめてくれるようだった。

 圧倒的な体格差。抗うことのできない力。

 アルファとしての格の違いを見せつけられながら、私は彼の体温に触れ、不覚にも安心感を覚えてしまっていた。

 これが、私と彼の出会いだった。

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