もしも模した灯し火を
しゅわしゅわ、と泡になって溶けるように消えてゆく青白い炎が、しゅわしゅわ、と星が湧き出るような細かい煌めきに包まれて、再び大きく燃え上がりました。
夜。きらきらと煌めく星から注がれる光が、炎となってロボのランタンを満たしました。胸にある真っ暗な空洞に、ほぅ、と優しい灯りを揺らめかせます。
炎はロボの動力源。気力や体力になる、動くための大切なエネルギーです。
『よいですか。決して、エゴで無駄遣いはしませんように。炎は大事に、自分のために使うのですよ』
いつものように、炎に添えて、星はそう伝えました。
沢山のヒト達が住むこの場所で、ヒトに似た姿のロボに与えられた役割は、ヒト達の食料となる実を付ける木々を育て、管理することでした。
近くにある泉から水を汲んで、木々のお世話をして、実を付けたら収穫して、ヒト達に与えるのです。大変な役割ですが、ロボはやりがいを持って、楽しくこなしていました。
炎は次の補給までに、少し余裕を持って残ります。そこで、ロボはその分を、ヒトのために使うことにしていました。
なんて言ったって、ロボは、ヒトの喜ぶ顔が大好きなのです。だから、皆の喜ぶ顔が見たい、皆の役に立ちたい、と、進んでヒトのお手伝いをすることにしたのでした。
本当は、残った炎を使って、もっと木々をお世話することもできます。それによって、沢山の実を生らせて、余った実を対価に、星からもっと大きなランタンを貰って、その分より多くの炎を溜め、使うことだってできます。そうすれば、ロボはもっと自由に、好きなことができるようになるのです。気力も体力も増えて、今よりも沢山、力強く、速く、しかも、楽に動けます。
それでも、ロボは今のままでも十分だと思っていました。自分の役割は大変でゆっくりにもなりますが、ヒト達が少し余裕を持って暮らせるだけの分はできていますし、余分でヒト達の役にも立てているからです。一握り程しか無い小さな炎がどれだけ減っても、その分、ロボの心は満たされていたのです。
「ありがとう」「助かるよ」「優しいね」「偉いな」
にこにこ、にこにこ。
皆、笑顔でお礼を言ってくれます。手伝えば手伝うだけ、ヒト達は喜んでくれます。
ある時は、ちょっとした片付けをしました。またある時は、大事な相談に乗りました。重い荷物を運んだり、落ち葉を掃いたり、悩み事を聞いたり、背中を押したり。そのヒトができないことからできるはずのことまで、何でも、様々なことを任されます。それに応えれば、ヒト達は喜んだのです。
にこにこ、にこにこ。
お互いに、笑顔が返ります。
ロボは、毎日が感謝される日々でした。
そこでは皆が平和に、幸せに暮らしていました。
ところが。
それはある時期を境に、終わりを告げるのでした。
突然の天変地異によって、異常気象が訪れたのです。
その年はいつもより、暑い日が続きました。
毎日毎日、お日様がギラギラと地上を照らします。雨もなかなか降りません。
その内、植物も枯れ始めました。乾き出して軟らかさを失った大きな木なんて、自分の重さに耐え切れず、枝が折れてしまうものも出てきてしまいました。
ロボの管理する木々だって、例外ではありません。実を付け始めた枝は、補強が間に合わないものは皆折れて、まだ食べられない程未熟なままの実ごと、地面に落ちてしまいました。
地面もヒビ割れ始めます。木々を育てるために使っていた泉は、あっという間に干上がってしまいました。
これには、さすがのロボも困りました。
水が無ければ、木々は枯れてしまいます
木々が枯れれば、ヒト達の食料である実は収穫できません。そうなると、ヒト達は食べるものが無くなり、皆死んでしまうのです。水があっても一週間、水すら無ければ三日保つかどうかです。
ヒト達が言うには、少し離れた場所になら、別の泉があるそうです。そこはここの泉よりもとても大きいようなので、まだ水が残っているはずです。
しかし、そこまでは何日も掛かる程の長い道のりで、少し大変な険しい所もあるのだそうです。ヒト達も、元気に余程の余裕がある時にしか行けない遊び場だ、と言います。
それは、今のロボの残り火では、到底辿り着けない距離でした。
――――いえ。例え炎がランタンいっぱいでも、届かない場所でした。今までは行く必要が無かったから、行く興味が湧く程の気力も無かったから、行かなかっただけの道でした。
しかし、今はそうも言っていられません。
次の補給までは、まだまだ時間が掛かります。でも、それを待っていては、木々は全部枯れてしまうことでしょう。そもそも、待っていられたとしても、炎が十分に足りるかもわかりません。
水も食料も、わずかながら保存食として貯蓄しておいた分も、そろそろ底を尽きます。それは、いつも通りに水があり実が生っていれば、十分に余裕があったはずの量でした。
ロボは焦りました。
そして、悩みに悩んだ末。
今度は、勇気を出して、ヒト達に手伝ってもらうことにしました。
「――――え? なんで?」
「やだよ。自分でやって」
それが、ヒト達の答えでした。
ロボはそれを理解するのに、少し時間が掛かりました。
「もういい?」
ヒト達は面倒そうに、固まっているロボにそう言って、興味無さげにその場を去っていきます。ロボは少し遅れて、小さく頷くことしかできませんでした。
誰に頼んでも、皆同じような反応でした。
「お前の役割だろ? ちゃんとしろよ」「やって当然、できて当然だろ?」「なんでこっちがやってあげないといけないの?」「何のためにいるんだよ」
誰の手も借りれません。
仕方無く、ロボはまた、自分独りで頑張ることにしました。
それでも、やっぱり、限界がありました。
なんとか収穫できた実は、以前よりも質が落ちたものが多くなりました。色や形が悪くなったり、味や食感が変わったり、散々な出来が目立ちます。それでも、病気で食べられない程の状態になってしまったものよりは、ずっとマシでした。量が少ないので、いつもより早く、十分に熟す前に収穫したものもあります。
「味無いじゃん」「すっぱぁい」「砂食べてるみたい」「固過ぎだろ」
ヒト達は思い思いに、実を食べた感想を、不満を口にします。
ロボは、毎日が文句を浴びせられる日々になりました。
ヒトを手伝う余裕も無くなり、頼み事を断ることも増えました。それすらも、非難の火種となりました。
「使えないなぁ」「言われたらすぐにやるのが普通だろ?」「なんでできないの?」「役立たず」
皆揃って口にします。
なんとかしたくても、ロボは十分に動けません。もう軽いはずの空洞が、重く感じられました。
足りません。足りません。
炎はまったく足りません。
もし、大事に、大事に、自分のために使っていたら。
その木々は今でも、沢山の実を付けることができたのに。実を食べて残った種から、また新たな木を育てて、さらに実を付けることができたのに。
そして、余った実を対価に、星からより大きなランタンが貰えたことでしょう。
そして、より動けたことでしょう。
近くにある泉は枯れ、遠くにある泉まで行くためには、今のランタンには納まらない程の、沢山の炎が必要なのです。
それなのに、皆を喜ばせるために使って残りわずかとなった炎では、そこに辿り着くまでに力尽きてしまいます。間に合いません。
足りません。足りません。
自分一人では、どうしようもできません。
ロボはつい、涙が一粒、溢れました。
それは木々を潤すには到底足りず、でも、ロボのエネルギーを使って生み出されるので、その分の炎は減ってしまいます。
それを見たヒト達からは、非難轟々でした。
「ああっ! 何やってんだよ!」「もったいなぁい!」「そんなことに使わないでよ!」「無駄にしないで!」
それを聞いて、ロボはもっと涙が溢れてきてしまいました。
ぼろぼろと、小さな珠は後を絶ちません。透明な跡が、風に吹かれて消えては上書きされます。必死に止めようと思っても、止まりません。やりたくないのに、身体が勝手に動いてしまいます。
炎は少しずつ削れるように、しかし、みるみる小さくなっていきました。
ヒト達の声は次第により大きく、激しく、次々とロボに降りかかりました。
何日も、何日も。
いつでも、いつまでも。
ヒト達はただロボを責め続け、やがて、一人、また一人と、倒れていきました。
今までいろんなことをロボに頼って、解決してきたのです。ヒト達は、そうする以外に方法を知りませんでした。
ロボを知らない程幼いヒト達すらも、もう起き上がることは無くなりました。
救えたはずの沢山の命は、助かりませんでした。
今まで喜ぶ顔を見せていたヒト達は、助からないことを悟ると、力無い睨みと共に恨み辛みを吐きながら、息絶えていきました。
ロボへと最後に向けられたのは、残されたのは、憎しみだけでした。
その日も変わらず陽は沈み、空には星の光が散りました。
傷だらけに汚れた身体が、ぎこちなく軋みました。
独りぼっちになったロボはもう座る気力さえ無くなると、倒れるようにして、その場で寝転びました。
真っ暗な夜空で、沢山の星がきらきらと瞬きます。
もうエネルギーが注がれることも無く、ただ静かに、ロボを見下ろしています。
そして、雑に投げ出された身体の中、仄かにちらつく最後の炎が尽きた時。
とうとう、ロボも動かなくなってしまいました。
文字としての表記は『ヒト』と『ロボ』ですが、書いている時に見えた光景はずっと、『人体を持つ動物頭達』と『空洞を持つ人間の姿形』のままでした。




