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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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もしも模した灯し火を

作者: 酒園 時歌
掲載日:2025/12/13

 しゅわしゅわ、と泡になって溶けるように消えてゆく青白い炎が、しゅわしゅわ、と星が湧き出るような細かい煌めきに包まれて、再び大きく燃え上がりました。

 夜。きらきらと煌めく星から注がれる光が、炎となってロボのランタンを満たしました。胸にある真っ暗な空洞に、ほぅ、と優しい灯りを揺らめかせます。

 炎はロボの動力源。気力や体力になる、動くための大切なエネルギーです。

『よいですか。決して、エゴで無駄遣いはしませんように。炎は大事に、自分のために使うのですよ』

 いつものように、炎に添えて、星はそう伝えました。


 沢山のヒト達が住むこの場所で、ヒトに似た姿のロボに与えられた役割は、ヒト達の食料となる実を付ける木々を育て、管理することでした。

 近くにある泉から水を汲んで、木々のお世話をして、実を付けたら収穫して、ヒト達に与えるのです。大変な役割ですが、ロボはやりがいを持って、楽しくこなしていました。

 炎は次の補給までに、少し余裕を持って残ります。そこで、ロボはその分を、ヒトのために使うことにしていました。

 なんて言ったって、ロボは、ヒトの喜ぶ顔が大好きなのです。だから、皆の喜ぶ顔が見たい、皆の役に立ちたい、と、進んでヒトのお手伝いをすることにしたのでした。

 本当は、残った炎を使って、もっと木々をお世話することもできます。それによって、沢山の実を生らせて、余った実を対価に、星からもっと大きなランタンを貰って、その分より多くの炎を溜め、使うことだってできます。そうすれば、ロボはもっと自由に、好きなことができるようになるのです。気力も体力も増えて、今よりも沢山、力強く、速く、しかも、楽に動けます。

 それでも、ロボは今のままでも十分だと思っていました。自分の役割は大変でゆっくりにもなりますが、ヒト達が少し余裕を持って暮らせるだけの分はできていますし、余分でヒト達の役にも立てているからです。一握り程しか無い小さな炎がどれだけ減っても、その分、ロボの心は満たされていたのです。

「ありがとう」「助かるよ」「優しいね」「偉いな」

 にこにこ、にこにこ。

 皆、笑顔でお礼を言ってくれます。手伝えば手伝うだけ、ヒト達は喜んでくれます。

 ある時は、ちょっとした片付けをしました。またある時は、大事な相談に乗りました。重い荷物を運んだり、落ち葉を掃いたり、悩み事を聞いたり、背中を押したり。そのヒトができないことからできるはずのことまで、何でも、様々なことを任されます。それに応えれば、ヒト達は喜んだのです。

 にこにこ、にこにこ。

 お互いに、笑顔が返ります。

 ロボは、毎日が感謝される日々でした。

 そこでは皆が平和に、幸せに暮らしていました。


 ところが。

 それはある時期を境に、終わりを告げるのでした。

 突然の天変地異によって、異常気象が訪れたのです。

 その年はいつもより、暑い日が続きました。

 毎日毎日、お日様がギラギラと地上を照らします。雨もなかなか降りません。

 その内、植物も枯れ始めました。乾き出して軟らかさを失った大きな木なんて、自分の重さに耐え切れず、枝が折れてしまうものも出てきてしまいました。

 ロボの管理する木々だって、例外ではありません。実を付け始めた枝は、補強が間に合わないものは皆折れて、まだ食べられない程未熟なままの実ごと、地面に落ちてしまいました。

 地面もヒビ割れ始めます。木々を育てるために使っていた泉は、あっという間に干上がってしまいました。

 これには、さすがのロボも困りました。

 水が無ければ、木々は枯れてしまいます

 木々が枯れれば、ヒト達の食料である実は収穫できません。そうなると、ヒト達は食べるものが無くなり、皆死んでしまうのです。水があっても一週間、水すら無ければ三日保つかどうかです。

 ヒト達が言うには、少し離れた場所になら、別の泉があるそうです。そこはここの泉よりもとても大きいようなので、まだ水が残っているはずです。

 しかし、そこまでは何日も掛かる程の長い道のりで、少し大変な険しい所もあるのだそうです。ヒト達も、元気に余程の余裕がある時にしか行けない遊び場だ、と言います。

 それは、今のロボの残り火では、到底辿り着けない距離でした。

 ――――いえ。例え炎がランタンいっぱいでも、届かない場所でした。今までは行く必要が無かったから、行く興味が湧く程の気力も無かったから、行かなかっただけの道でした。

 しかし、今はそうも言っていられません。

 次の補給までは、まだまだ時間が掛かります。でも、それを待っていては、木々は全部枯れてしまうことでしょう。そもそも、待っていられたとしても、炎が十分に足りるかもわかりません。

 水も食料も、わずかながら保存食として貯蓄しておいた分も、そろそろ底を尽きます。それは、いつも通りに水があり実が生っていれば、十分に余裕があったはずの量でした。

 ロボは焦りました。

 そして、悩みに悩んだ末。

 今度は、勇気を出して、ヒト達に手伝ってもらうことにしました。


「――――え? なんで?」

「やだよ。自分でやって」

 それが、ヒト達の答えでした。

 ロボはそれを理解するのに、少し時間が掛かりました。

「もういい?」

 ヒト達は面倒そうに、固まっているロボにそう言って、興味無さげにその場を去っていきます。ロボは少し遅れて、小さく頷くことしかできませんでした。

 誰に頼んでも、皆同じような反応でした。

「お前の役割だろ? ちゃんとしろよ」「やって当然、できて当然だろ?」「なんでこっちがやってあげないといけないの?」「何のためにいるんだよ」

 誰の手も借りれません。

 仕方無く、ロボはまた、自分独りで頑張ることにしました。

 それでも、やっぱり、限界がありました。

 なんとか収穫できた実は、以前よりも質が落ちたものが多くなりました。色や形が悪くなったり、味や食感が変わったり、散々な出来が目立ちます。それでも、病気で食べられない程の状態になってしまったものよりは、ずっとマシでした。量が少ないので、いつもより早く、十分に熟す前に収穫したものもあります。

「味無いじゃん」「すっぱぁい」「砂食べてるみたい」「固過ぎだろ」

 ヒト達は思い思いに、実を食べた感想を、不満を口にします。

 ロボは、毎日が文句を浴びせられる日々になりました。


 ヒトを手伝う余裕も無くなり、頼み事を断ることも増えました。それすらも、非難の火種となりました。

「使えないなぁ」「言われたらすぐにやるのが普通だろ?」「なんでできないの?」「役立たず」

 皆揃って口にします。

 なんとかしたくても、ロボは十分に動けません。もう軽いはずの空洞が、重く感じられました。

 足りません。足りません。

 炎はまったく足りません。

 もし、大事に、大事に、自分のために使っていたら。

 その木々は今でも、沢山の実を付けることができたのに。実を食べて残った種から、また新たな木を育てて、さらに実を付けることができたのに。

 そして、余った実を対価に、星からより大きなランタンが貰えたことでしょう。

 そして、より動けたことでしょう。

 近くにある泉は枯れ、遠くにある泉まで行くためには、今のランタンには納まらない程の、沢山の炎が必要なのです。

 それなのに、皆を喜ばせるために使って残りわずかとなった炎では、そこに辿り着くまでに力尽きてしまいます。間に合いません。

 足りません。足りません。

 自分一人では、どうしようもできません。

 ロボはつい、涙が一粒、溢れました。

 それは木々を潤すには到底足りず、でも、ロボのエネルギーを使って生み出されるので、その分の炎は減ってしまいます。

 それを見たヒト達からは、非難轟々でした。

「ああっ! 何やってんだよ!」「もったいなぁい!」「そんなことに使わないでよ!」「無駄にしないで!」

 それを聞いて、ロボはもっと涙が溢れてきてしまいました。

 ぼろぼろと、小さなたまは後を絶ちません。透明な跡が、風に吹かれて消えては上書きされます。必死に止めようと思っても、止まりません。やりたくないのに、身体からだが勝手に動いてしまいます。

 炎は少しずつ削れるように、しかし、みるみる小さくなっていきました。

 ヒト達の声は次第により大きく、激しく、次々とロボに降りかかりました。

 何日も、何日も。

 いつでも、いつまでも。

 ヒト達はただロボを責め続け、やがて、一人、また一人と、倒れていきました。

 今までいろんなことをロボに頼って、解決してきたのです。ヒト達は、そうする以外に方法を知りませんでした。

 ロボを知らない程幼いヒト達すらも、もう起き上がることは無くなりました。


 救えたはずの沢山の命は、助かりませんでした。

 今まで喜ぶ顔を見せていたヒト達は、助からないことを悟ると、力無い睨みと共に恨み辛みを吐きながら、息絶えていきました。

 ロボへと最後に向けられたのは、残されたのは、憎しみだけでした。


 その日も変わらずは沈み、空には星の光が散りました。

 傷だらけに汚れた身体が、ぎこちなくきしみました。

 独りぼっちになったロボはもう座る気力さえ無くなると、倒れるようにして、その場で寝転びました。

 真っ暗な夜空で、沢山の星がきらきらとまたたきます。

 もうエネルギーが注がれることも無く、ただ静かに、ロボを見下ろしています。

 そして、雑に投げ出された身体の中、ほのかにちらつく最後の炎が尽きた時。

 とうとう、ロボも動かなくなってしまいました。

 文字としての表記は『ヒト』と『ロボ』ですが、書いている時に見えた光景はずっと、『人体を持つ動物頭達』と『空洞を持つ人間の姿形』のままでした。

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