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第4話『ギャル、卵焼きに泣く』

「リナ、巻かなくていいの。まずは、ちゃんと見てなさい」


祖母・すみれの手は、迷いがなかった。年季の入ったフライパンに、溶いた卵がじゅっと音を立てて流し込まれる。


「弱火で、焦らず。こうやって菜箸で手前に寄せて、少しずつ重ねていくのよ」


まるで魔法みたいに、卵がふんわりと巻かれていく。その香りが、リナの鼻をくすぐった。やさしくて、甘くて、どこか懐かしい匂い。


「……甘い匂い。これ、砂糖入ってる?」


「そう。だしも少し。あんた、子どもの頃よく食べてたでしょ。お母さんも、私の味を真似してたのよ」


──あれ?


その瞬間、記憶の奥にしまっていた映像がふわりと浮かび上がった。


まだリナが幼稚園だったころ。朝、慌ただしく台所でお弁当を作る母の背中。卵を焼く音。鼻先に広がるあの匂い。


「リナ、今日は黄色いハート入れといたよ」


そう言って笑った母の顔。あの時の弁当の味。


「……ばかじゃん、なに思い出してんの、あたし」


気づいたら、頬に熱いものがつたっていた。涙なんて、久しぶりだった。


「リナ?」


「な、なんでもないし……」


すみれは何も言わず、小皿に焼きたての卵焼きを乗せて差し出してくれた。


「自分で作ってごらん。巻かなくてもいい。まずは味を覚えるの」



翌朝。まだ陽が昇る少し前、リナはそっと台所に立った。

夜のうちに教わったとおり、卵を2個割って、砂糖とだしを入れて混ぜる。


「……弱火、弱火……焦らないで……」


フライパンに油をひいて、卵を流す。焼ける音に少しだけ胸が躍る。菜箸でそっと寄せて──形はぐちゃぐちゃ。でもいい匂いはちゃんとする。


「……まあ、いっか。ハート型じゃないけど、これはこれで“アリ”っしょ」


小さな卵焼きを、妹ミクのお弁当箱の隅にそっと置いた。飾りはない。でも、気持ちはこもってる。



その日の夕方。


「ただいまー!」


玄関を開けて、ミクがランドセルを置いた瞬間、振り返って言った。


「リナねえ、今日のお弁当……めっちゃおいしかった!」


「え……マジで?」


「うん! 卵焼きが、すっごく甘くてふわふわで! あれ、リナねえが作ったの?」


「……ちょっとだけね」


はにかむように笑いながら、リナはミクの頭をくしゃっと撫でた。


「やっぱ、才能あんのかもね〜、あたし」


「うんっ!」


ミクの笑顔が、まぶしかった。


その夜、SNSは更新しなかった。

でもリナの心の中では、小さな“いいね”が、確かに光っていた。


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