第11話『おばあちゃんの味、リナの味』
文化祭の朝、開場と同時にリナたち料理部の“お弁当ブース”には長い列ができた。
「次のお客さん、どうぞ〜!」
リナは派手めな三角巾に手描きのポップを掲げ、満面の笑みで接客していた。
ユウキが隣で声をかける。「リナ、盛りつけナイス。インパクトあるけど、ちゃんと丁寧」
「でしょ? “ギャル映え”と“真心”のハーフ&ハーフ!」
お昼前には、すでに初回分のお弁当は完売。
部員たちと一緒に追加分の盛り付けを急ぎながら、リナは目を輝かせていた。
けれど――休憩時間、ふと他のブースを覗いて、胸がちくりとした。
「無添加・手作り自然食弁当です!」
「昔ながらの“曲げわっぱ”で、体にやさしい味を」
並んでいるのは、丁寧に煮含められた野菜、白米に黒ごま、淡い彩りの副菜たち。
どれも品があって、“本物感”があった。
(うちのは、ちょっと派手すぎたかも……? 味、濃いって思われてない?)
胸の奥に、不安の影がよぎる。
「ちょっと外、見てくる」と言ってブースを離れ、校門近くの木陰で腰をおろした。
スマホを開けば、SNSには「ギャル弁、意外と美味しかった!」という声もあるけれど、
それ以上に「自然派の方が安心」「優勝はあっちでしょ」みたいなコメントもちらほら。
(やっぱ、ちゃんとした“家庭の味”には勝てないのかも)
そんなとき。
「リナ!」
聞きなれた声がして振り返ると、そこに祖母が立っていた。
スカーフにエプロン姿、いつもの“ご近所スタイル”。
「来てくれたの!?」
「当たり前じゃろ、あんたの“晴れ舞台”なんだから」
祖母は迷いなくリナのブースへ向かい、お弁当をひとつ購入。
ベンチに腰かけて、パクッとひとくち食べた。
「……ふふ」
「な、なに? 味、変だった?」
「違うわ。変わったなぁって思うたんよ、味が。けど……これはこれで、ええ」
祖母は穏やかに笑った。
「あんた、うちの味を守ろうとしとる。でも、それだけじゃない。“あんたの味”を作ろうとしとる。それが、ちゃんと伝わってきたよ」
リナは目を見開いた。
「……守りたいの。“おばあちゃんの味”。でもね、最近ちょっと思うんよ。おばあちゃんの真似じゃなくて、あたしにしか出せない味って、あるんじゃないかって」
祖母は頷いた。
「それでええ。レシピは教えたけど、答えは教えてへん。自分の手と舌で探すんが、一番ええ」
その言葉に、リナの中で何かがふっとほどけた。
(あたしが作りたいのは、“帰ってきたくなる味”。
誰かが疲れたとき、ほっとできる。
うちの味で、あたしの味。そういう弁当が作りたい)
午後の部。
リナはもう一度キッチンに立ち、レシピを少しだけ変えた。
煮物にごくごく薄くバターを溶かし、角をとる。
ピクルスには、祖母の漬けていた梅干しの梅酢をほんの数滴加えた。
「“うちの味”に、ちょっとだけ“リナ味”を」
並んだお客さんにひとつひとつ手渡すたび、リナは思う。
このお弁当は、誰かの心を、ほんの少しでもほぐせたらいい。
見た目は派手だけど、味はまっすぐ。
それが――リナの芯になった。
ラスト、祖母が一言だけ伝えてくれた。
「リナ。あんた、ようやっとるよ」
その言葉が、どんな賞よりあったかくて。
リナはまた、明日もお弁当を作ろうと思った。