第1話『昼メシ、抜きギャル』
「えー、また昼メシ抜き? リナちゃん、細すぎてそのうち消えるよ?」
教室の隅っこ。金髪にネイル、メイクは朝からバチバチ。制服のスカートは短く、ジャージの袖を腰に巻いた“ザ・ギャル”なリナは、スマホをいじりながら笑った。
「うるさ〜、朝パン食べたし」
そう返すけど、本当は朝ごはんなんて食べてない。冷蔵庫はスカスカで、食パンの袋すらもう空だった。昼も買いに行くお金はない。コンビニに行く友達の輪に加わる気力も、今のリナにはなかった。
「てかさ〜、弁当とかマジ主婦くさくね? 昭和かよ」
強がるように言ったその隣で、クラスメイトの女子たちがフタを開けたお弁当から、湯気の立った卵焼きを取り出す。甘い匂いがふわっと漂って、リナの胃がぎゅるりと音を立てた。
……うざ。
スマホのカメラを立ち上げて、撮ったばかりの自撮りを加工する。加工して、加工して、さらに加工して──自分が何を隠したいのか、もうわかんなくなってた。
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「ただいまー……」
玄関を開けても、返事はない。
母はいつも帰りが遅い。パートと夜の仕事を掛け持ちしてて、最近は顔を合わせる時間も減った。父は……もういない。いつの間にかいなくなった。それを誰も言葉にしない。
キッチンを開けると、冷蔵庫にはヨーグルトひとつ。使いかけのケチャップ。以上。
「ねぇ、お姉ちゃん。カレー、あっためてくれる?」
妹のミク(7)が、ラップに包まれたレトルトカレーを両手で持っていた。ランドセルも下ろさず、制服のまま。リビングにはテレビの音だけが響いてる。
「……いいよ。貸して」
リナがレンジにカレーを入れる間、ミクはじっと足をぶらぶらさせながら待ってた。
「ねえ、また一緒にごはん食べたいな」
ポツリと、ミクが言った。
「……今、食べてんじゃん」
「でも、こうやって、机に並んでさ。リナねえのお弁当とか……食べたいな」
一瞬、息が止まった。
ミクの目はまっすぐだった。あったかいものに触れたときの、あの目。忘れてた。忘れてたくせに、今さら胸が痛いのがムカついた。
「……明日、適当に作っとくわ」
「ほんと!?」
「期待すんなよ?」
リナはソファに顔を埋めて、照れくささをごまかした。
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翌朝。
冷蔵庫を開けると、夕飯の残りの鶏肉、賞味期限ぎりぎりの卵、そして乾いたレタスの葉っぱが1枚。
適当に焼いた鶏肉をマヨネーズであえて、スクランブルエッグを作って、ごはんの上に乗せて……。
「まあ、映えれば勝ちでしょ」
派手なピンクのランチボックスに盛りつけて、ハート型のピックを刺した。なんか、それっぽい。
教室でスマホを構える。ハッシュタグは「#ギャル弁」「#友達が作ってくれたらしい」「#かわちぃ」。
──投稿完了。
放課後。いつもどおりスマホを開いたリナの目が、見開かれた。
「えっ……うそ」
いいねの数が、爆速で伸びていた。
500、600、800……。「ギャルなのに料理できるとか天才!」「盛りつけセンスやばい」「どこのカフェですか?!」
リナの指が止まる。頭の中が真っ白になった。
──“ギャル弁”、これってワンチャン、世界変えられるんじゃね?
その夜、リナは久々に笑って眠った。
……ただし、翌日の弁当が“地獄の味”だということを、まだ知らずに。