準備は整った
「間違いない。この剣についている血はナナミスさんのものです」
衛兵団本部に戻った俺達は解析班に剣に付着していた血液の解析を依頼した。解析班の女性が掲げている、ナナ婆の血液が入った鑑定薬と剣に付着していた血液の入った鑑定薬は同じ色をしていた。つまり同じ血液だということだ。
「ありがとうございます」
ミレーナは剣を握りしめ、ホッとした表情をしていた。俺もホッとしている。これで違う人の血液だったなんてオチは洒落にならない。
「今からクライズを捕まえにいく?」
「まだダメ。これから定例会議だし、何より万全な状態でやらないとクライズに逃げられる」
「……わかった。任せるよ」
会議室に向かって歩くミレーナは落ち着いていた。しかし瞳孔は開いていた。葛藤している、必死に堪えている。
見習わなきゃいけない。俺は浮き足立っていた。母親を殺されたミレーナの方がよっぽど早く捕まえたいはずなのに。
夜、定例会議は何も進展がないということであっという間に終わった。俺達が見つけた証拠については内緒にしたためでもあるが。
「クライズ、話があるから少し残って」
「わかりました」
団員達がチラホラ立ち去るなか、ミレーナはクライズを呼び止める。それを見た団員達が告白だ! とか、修羅場だ! とかヒソヒソ話していたが、ミレーナにジト目で睨まれ、慌てて部屋を出て行った。
「それでどうかしましたか?」
苦笑いを浮かべたクライズが聞く。あんな噂をされた後で居心地が悪そうだ。
「今日クライズの家に行ってバラスさんに話を聞いたよ。参考になったからありがとうって言おうと思って」
「ああ! それならよかったです」
「それと明日一緒に行って欲しいところがあるから。よろしくね?」
「は、はあ。わかりました」
「話はそれだけだよ。ごめんね。じゃあ、また明日」
クライズは首を傾げていた。ミレーナと一緒に行かなければいけないところなんて思い当たるわけがないから当たり前だ。そんなクライズを置いてミレーナは足早に部屋を出て、聞き耳を立てていた団員達に冷たく笑いかける。
「……何を、しているのかな?」
「「「っ! 失礼しましたー!」」」
蜘蛛の子を散らすように団員達は逃げていった。
「……大変だね」
「はぁ。本当だよ」
ため息を吐くミレーナに同情した。どんな場所でも色恋話にはハイエナがいるんだな。しかも恨んでる相手と恋仲とか思われている……ハハ、終わってんな。
「さ、さぁ! 明日に備えて準備をしよう!」
「うん……そうだね」
「……さぁ! 善は急げだ! 早く早く!」
話を変え、無理矢理テンションを上げようとするが、ミレーナは暗いまま。トボトボと重い足取りで俺の後を歩く。結局この日、ミレーナはずっと暗いままだった。