第8話 四つの異世界
本題、と言ったが、真面目な話をする前にもう一つふざけた奴のことを宰吾は訊きたいと思った。
「ロキ? って名乗りましたよね、その人。中二病おじさんが気になって仕方ないのでまずそこから説明してほしいです」
宰吾の強い口調に、護国寺は「わかっている」という仕草で応えた。そして、刺激しないよう配慮が含まれた声色で話す。
「彼の存在こそが、本題に深く関わっているんだ。不信感を抱かせてしまって申し訳ない」
護国寺の言葉と共に、軽く会釈をするロキ。その振る舞いは、映画の中の英国紳士を彷彿とさせる風だった。
「改めて、私はロキ。“神”側の者だ。どうぞよろしく。不知くん」
宰吾の目をしっかりと見据え、右手を差し出したロキを、当の宰吾は吟味するように睨む。
神側? つまり、あのときモニターで喋っていた奴の仲間ということなのか?
答えなどみつからない疑問を頭の中でぐるぐると考える。そして、それが無駄な行為であることに気づき、宰吾は質問をした。
「それってどういう……。そもそも“神”って何者なんですか」
とりあえず、訊く。この状況では、それが一番効率的かもしれない。
「“神”の正体――については、まだ話すときじゃない、と言うしかないね。ただ、私はついさっき街頭モニターで物騒なことを宣っていた彼と同族だ。彼らの世界の者、と言っていい」
ロキの話は、何も確証があることではなかったが、その堂々たる様が妙な真実味を帯びていた。そして、今度はある程度信頼を置ける護国寺が説明を始める。
「彼が言っていることが真実であることは、いくつかの方法で信じるに値すると国防省として判断した。……柊の能力で考えを読めなかったのが懸念材料であると同時に、ただの人間ではないという証明、というのもある」
護国寺の斜め後ろで、アリーは舌を出して照れ笑った。
「彼の話によると、今このトーキョーはニッポンに存在しておらず、“平面地球”という異空間に召喚されているらしい。我々が保有する様々なカメラやレーダー、探索機で調べてみても、彼の言うことに矛盾はなかった」
まただ。フラットアースという、聞き覚えはあるが馴染みのない意味の言葉。
「そして、この“平面地球”には我々がいるトーキョーの他に、所謂『異世界』と呼んで差し支えないような四つの世界が召喚されているというのだ」
異世界。フィクションの世界でしか真面目に語られることのない言葉だ。やれ死んで転生だとか、召喚だとか、無双だとか……とにかく現実から最も遠いところの話である。
まあ、自分は死ぬことができないので、異世界転生ものの主人公にはなれないな、と宰吾は自嘲気味に笑った。
「一つ目は」
ここは自分の領分だ、と言わんばかりにロキが人差し指を顔の前に掲げ語り出す。
「剣と魔法とドラゴンの世界、王都オルトレアド。君もニュースで見ただろう。ジャスティスというヒーローがドラゴンに敗北したという記事を」
……あの記事は、本当だったのか。
宰吾は顎に手を添え、難しい顔で考え込む。
「二つ目は、妖と妖術師が蔓延る世界、城下町エド。文明そのものはここより数百年遅れているが、それでも侮れない世界だろう。三つ目は、巨大ロボットが戦場を支配する世界・ティラ地区。こちらは逆に技術力がかなり発展した世界。今の君たちの世界じゃ何年かかっても到達できない領域の。そして、」
ロキはそこで少し間をおいて、もったいぶるように言った。
「四つ目が、人口の八割をアンドロイドが占める世界、人工都市ムーン。アンドロイドと言っても、どうやら君たち人間と区別なんかほとんどつかない、らしい。最も謎多き世界だ」
どれも本当にアニメは小説、映画の世界の話のようで、宰吾は現実味のなさに言葉が出なかった。だが、国防省公認であること、ジャスティスの敗北、シブヤで見た映像……それらすべてがこの話を信じるに値するものであると裏打ちしている。
「我々は」
護国寺が再び会話の主導権を握る。
「この四つの世界を滅亡させねば、元の世界に戻れない、ということらしい。しかし、相手も人間であることを考えると、それはしたくない。歴史を繰り返して、人類同士で戦争などしたくない。だから、考案したのだ」
わざとらしい咳払いをし、緊張感のある面持ちで、護国寺は続ける。
「不知宰吾くん。君に、“神”を殺してほしい」
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