第32話 期待しないで待ってる
ルーナの表情は、怯えていた。
手が震えている。
「おい、大丈夫か?」
宰吾がもう一度手を差し伸べる。が、ルーナはそれを振り払った。
「………………あんたも、私の力を知ったら裏切るんじゃないの?」
――?
どういうことだ?
ルーナの顔は俯いているせいで表情が読めない。ただ、誰かに言っているというよりは、自分に話しかけているような感じだ。
「おい、ルーナ?」
宰吾の問いかけに、ルーナはハッと我に返ったように顔を上げた。そして二、三秒の間を置いて、深呼吸をする。
「……ごめん、なんでもない。サイゴ、気持ちはありがたく受け取るわ。……でも、一緒に行ったってお互いにいいことないと思うから。ッそりゃあ、ここから出たいけど、あんたに利がないもんね、それは諦める」
ルーナは宰吾の顔を見ることなく、そして口を挟む隙も与えずに言葉を紡ぐ。
「い、いやルーナ。俺はキミをここから出してあげたいし、それにいいことあるかどうかなんて分からない――」
「ダメなの」
宰吾の言葉を遮って、ルーナは震えた声で言った。
「今の私は、あんたのこと信じられない。……一人でいる時間が長すぎたかなぁ~? 人間不信ってやつ?」
無理に笑っているのが、宰吾の心にひしひしと伝わる。
「だから、行って」
宰吾は、その言葉が物凄く冷たく、そして悲しく聞こえた。ここはきっと、去るしかない。彼女の同意を得るなんてできない。だから、だからせめて、宰吾は笑いながら言った。
「わかった。じゃあ、一緒に行こうとは言わない。でも、なんとか方法が見つけられたらそのときは、ルーナ、キミを必ずここから出しに来る」
言って、宰吾は踵を返した。目の前にはバカでかい扉が、とおせんぼうするみたいに鎮座している。宰吾は歩き出す。
「期待しないで待ってるわ」
後ろから聞こえる声に、宰吾は安堵した。
彼女は、やっぱり助けてほしいのだ。誰かに。
俺は、ヒーローだ。
助けを求めている人がいるのなら、行動する。
宰吾は大きい扉の前で、右手の親指を噛む。じわりと血が滲み、同時に再生が始まった。蒼い光が、ルーナの瞳に映る。
「――そのマナ……」
ルーナの言葉を遮るように、扉が大きな音を立てて開いた。宰吾は意を決して一歩踏み出す。部屋の外へ足が出るのと同時に、魔法陣のようなものが足元で紅く光った。
体全体が扉を抜ける。
刹那、宰吾は一瞬だけ振り向いた。蒼と紅の光の向こうで、ルーナがこちらを見ているのが分かった。何かに驚いた、その表情が。
何にそんなに驚いて――……。
と、思ったところで、宰吾の意識がプツリと途切れた。
魔法は正常に作動し、宰吾は間違いなく死んだのだった。
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