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空っぽ城のクゥと今日

作者: 兎紙きりえ

コンコンコン。

やぁ、クゥ元気?とエリトット。

やだな、知ってるくせに。とクゥの声。



空っぽのお城が建っていた。

深い森でも、小高い丘の上でもなくて。

御伽噺の本の中にも、海にも、雲に紛れてもなくて。

ただ、だだっぴろくて何にもない草原がどこまでも広がっている中にぽつん、お城が建っていた。

お城は既に、結構な時が経っていて、今にもボロボロ崩れてしまいそうだ。

お城の窓から入る風が、今日も、するする通り抜けて背の低い草花を揺らしている。

崩れた壁の隙間からは花弁が巻き上がるのがよく見えた。



コンコンコン。

今日は天気がいいわねとエリトット。

そうかな。風が強いから、皆うるさくなるだろとクゥの声。



ぱたぱたぱた、と遠くに足音が消えていくのを感じた。

声も随分と遠いが、まだこの部屋まで届くようだった。

そのうち、エリトットも続いて行って、部屋はぽつん、静かになった。


そうして時がまた経って、空っぽのお城にはまだ静かだった。

忙しない足音も、けたましく廊下に響いた声もすでにシンと静まりかえっている。

全部が夜に吸い込まれていったみたいだ。

見れば、落ちていく日が差し込んで、灰被りのお城を赤赤と染め上げていた。

ふらりふわりと、空を優雅に舞っていた花弁を途端に隠した暗がりはすぐに顔をだした月明りに照らされた。

星がぽつぽつ瞬いては、海のようにうねる草花のうちに一つ、また一つと落ちていくようだった。

ビュオ、一際大きく吹き抜けた風が体を震わせた。



コンコンコン。音が鳴る。

あらいけないわ、今夜の風は冷たいの。とエリトット。

心配しなくていいよ、君たちと違って強いんだ。とクゥの声。



答えず、影は陰に溶けていった。

毛布はふわりふらりと夜の風に攫われていった。

部屋の中はまた静かになった。ランプの油が切れて久しく、

暗がりは静寂を際立たせている。


コンコンコン。

そろそろ扉も変えなきゃね。とエリトット。

どうせ通れないからどうでもいいわ。とクゥの声。


人の扉は小さくて、難解で、開けた空しか知らないクゥにとっては

お城も含めて窮屈この上なかった。


遠い日、どうしてドアなんかがいるのか?と聞いてみたことがある。

返ってきたエリトットの声は、だって他人と一緒に暮らすのだもの、家にはドアは必要だわ。

クゥが、そんなの知らないよ。竜は孤独なんだ。それに通れなきゃ意味ないよ。と言えば、

すると、今度は、クゥもたまにはおかしなことを言うのねとエリトットの声が返した。

そして続けて、私たちと暮らしているんだもの、貴方にだってドアは必要よ。とも返す。


相変わらずエリトットは変な娘だった。

クゥはまた眠った。少しだけボロッちいお城に風が吹く。

近くの街から祭りの音がした。風に乗った匂いと一緒に、だ。


コンコンコン。

街にはいかないの?もうその翼なら飛んでいけるでしょうに。とドアを開けてエリトットが立っていた。

君たちが怖がるだろう、君も怖がられるはずだ。とクゥは答える。

そうでもないわ、気が変わったら出ておいで。ランプの灯だけじゃ寂しいからね。

そう言ってエリトットは部屋を出た。

エリトットが去った後も暫く、部屋に残った祭りの気配は消えなかった。

それから、また暫く眠りについて、祭りの残り香が消えた頃に起きていた。

エリトットの姿も、遠くに見えた祭りの灯りも消えていた。

あるのはただ、だだっぴろい草花の続く地平と、崩れかけた空っぽのお城。

クゥは小さく丸まって、今日も尻尾の先で壁を叩く。



コンコンコン。

コンコンコン。

コンコンコン。



叩いているうち、壁か崩れて土が見えた。

朽ちてたドアがポロポロ崩れた。


そうか、そんなに小さいものだっけかと思い出す。

もう長いこと聞いていないエリトットの声。


長い尻尾は今日も扉を叩いてる。

小さなエリトットの真似も少しだけ似てきた、と思う。



コンコンコン。

貴方はどれほど生きるのかしら。とエリトット。

知っているでしょ、君が死んだずっと先だよ。とクゥの声。



今日もクゥは思いだしている。

空っぽの城で、空っぽになる前の音を。

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