第五話
この世界に呼び出されてから早数か月。すでにある程度こっちの世界の暮らしにも慣れ始めているが、やはり時々元の世界のことを考えてしまう。マンガの新刊が出るころだな~とか、ゲームの発売日がそろそろだったな~とか。しかし、言葉には出さないようにしている。もし口に出してしまったら、そのまま止まらない愚痴があふれ出てしまいそうだから。
それと、勇者としての訓練もある程度進んでいる。俺はあの後、『プレート』を使えるところまではミザリー先生に報告した。今はこれを軸に短剣を使った近接戦闘を学んでいるが、裏ではしっかりと更なる発展のために訓練を積んでいる。ちなみに、プレートを立方体にすることで生まれる魔法を『エリア』と名付けた。現状俺が使える魔法は、四角いさいころ状の極小空間を生み出す『キューブ』。キューブ同士をつないで面を作り出す『プレート』。そして、プレートを立体にすることによって生み出される『エリア』である。これ以上はまだできていないが、そもそも『エリア』が汎用性が高いため『エリア』の発展が今は先決と考えている。
「はっ!」
俺の目の前には、魔法を使って空中を漂う宮野さん。なんと、この短期間で重力魔法を結構扱えるようになったらしい。現在使えるのは対象を軽くする『ライト・グラビティ』と、その真逆、対象を重くする『ヘビィ・グラビティ』。『ライト・グラビティ』は、軽くするとは言いつつも、際限がない。魔法をかけ続ければかけ続ける限り軽くすることができ、現在は宮野さんの周りの重力をゼロにしているらしい。無重力空間を自身の体の周りに無重力空間を生み出すことで空中を漂えるとのこと。良いな~と思いつつ、俺も空中に浮くぐらいはできる。
『プレート』をそれぞれの足の裏に一枚ずつ生み出し、その上に立つ。『キューブ』と『プレート』は生み出すときのみ魔法の発動が起こるが、それ以降はどんなに移動させても大きさを引き延ばしても関係ない。よって、足の裏の『プレート』をそのまま足場として上に押し上げると、俺は空中に浮かぶことができる。浮かぶっていうよりかは、ただ単に半透明な移動自由な足場に立ってるだけだけど。
「宮野さ~ん!それ以上上に行くと危ないよ~」
「そうね!そろそろ降りるわ」
ふわっと落下してきた宮野さんを当たり前のように受け止める張野。様になってんな~と思うが、お互いにその気はないらしい。まあ、そんなことを考えてられるほど能天気になれないのは、そろそろ魔物との戦闘訓練が始まる・・・らしいため。まだ確定的な情報ではないためわからないが、もし本当に魔物との戦闘があるのなら、この時に俺たちは国から脱出する。そして、様々な地を巡り元の世界に帰る手段を見つけ出す。一番有力なのは勇者召喚の魔方陣を作ったという龍族。しかし、その地は今のところ知る手段がない。なんでも、文献に残っている場所は伝説の地とされ、過去その地を訪れたのは片手で数えるぐらいしかいないらしい。また、それも半分は眉唾なので実際はそんな場所などないのかもしれない。
「少し上まで行ってくる」
「気をつけてな」
西宮にそう言って、俺は『プレート』に乗って上空に向かう。最初は少し怖かったが、『プレート』の操作性が上がり、体の一部と同等レベルで操作できるようになったためその恐怖心も薄れてきた。あとは、何度も上っていたためか。慣れたのだろう。
上空から、この国の城下町を見下ろす。人が小さく見える。まるでごみのよう・・・いや、何でもないか。ただ、なぜだろう。ふつふつと湧いてくるこの苛立ちは。自分たちで国を守ることを放棄し、別世界から勇者を誘拐する。その上でもたらされるであろう平和を当たり前のように享受する。ああ、イライラする。他人任せのその思考も、召喚という行いがどれだけ俺たちに負担を強いているのか・・・時々こうして苛立ちを覚えることで、元の世界へ帰ろうという意思を忘れないようにしている。みんなには、国の様子が気になるからと言っているが、そうでもしないと不安にさせてしまいそうだ。
「ふぅ、ただいま」
「お帰り」
「おかえり~」
「どうだった?どこかよさそうな場所はあったか?」
「う~ん、図書室の地形図と上から見た感じ、やっぱり行くなら南かな。でかい川があって水には困らなさそうだし、ちらっと見えた隣の国は・・・あれだ。え~っと、あれあれ」
「どれだよ」
「イタリアだ。イタリアっぽかった」
一瞬イタリアが出てこなかった。まあそれはいい。こっそり持ってきている双眼鏡で見ている感じだと、この国とあまり変わらない文化レベルだった。そこに行くまでの道のりも、あまり険しくなさそうだ。
「全員集合!」
騎士団長の指示でこの場にいる23名の勇者が集まる。正直、ここにいる勇者全員だけで一つの国と渡り合えるらしい。実際、騎士団長と服騎士団長以外の騎士には勝てるぐらいの戦闘力を得た。たった数か月で、ずぶの素人が騎士と渡り合えるのだ。おそらく勇者バフのようなものがあるのだろうが、詳しくはわからなかった。
「明日、我々は近くの森に入り魔物の討伐訓練を行う!今まで一度も命を奪ったことのないお前たちにとって相当重い訓練となるだろう。だが、それがまたお前たちを強くするのだ!ぜひ、頑張ってほしい」
勝手なことを。命を奪ったことのない、ねぇ。この国に呼ばれなければそんなこと、おそらく今後一切起ることのない出来事だ。マタギとか、そういう職業にならなければね?なる気なかったし。
「それに伴い、お前たちは自分の強さをよりイメージしてほしい。正直、私ですら負けそうになる相手が数名いる。そんな君たちには、すでにこの国ではトップクラス。他国の騎士に比べても遜色ないほどだ。しかし、それもまた、イメージしづらいものだというのはわかっている。そのため、今日は少し違う形の模擬戦を行ってもらう」
鎧をまとった指で起用に指を鳴らす。どうやって鳴らしてんのかわからないけど、パチン!と音が響くと訓練場に20名ほど、人が入ってくる。よく見ると、メイン戦力に選ばれなかった勇者、つまりクラスメイトだった。
「彼らは彼らで、君たちとは違う訓練を行ってもらっていた。彼らと戦うことが今回の訓練だ!」
マジで行ってんのかこいつ?いや、この訓練の発案者はもしかして・・・
「騎士団長、いきなりの指示に従っていただきありがとうございます」
「いえ、提案されてから数日日程をずらしてしまった事、申し訳ございません」
やっぱり王女様の案でしたか~。隣で張野がしかめっ面をしている。最近は看破の能力のオンオフをある程度コントロールできているようだが、強すぎる意思は勝手に見えてしまうとのこと。メイン戦力の勇者の中には、力をつけて有名に、名誉を手にと考える奴がいるらしく、そういうやつの周りには嫌なモヤが掛かっているらしい。
しかし、なんでこんなことを?確かにメイン戦力の勇者的にはより弱いやつを倒して勢いをつけさせるのが目的なんだろうが、あまりに極端だ。サブ戦力組もこれを了承してんのか?
「もし、今回の模擬戦で私が教育した勇者が勝利した場合、その勇者と戦ったメイン戦力の勇者様と入れ替えとなります。ぜひ、頑張ってくださいね」
そういう言事か~。これ、部活の番手戦だ。勝てば上え、負ければ下へ。テニスやってた頃はガチでこれが嫌だったなぁ。努力してもどうしても勢いがない日は負けてしまう。そんなときに番手戦があれば、負けて降格。大会にも出られなくなってしまう。サブ戦力も上へ行けるという可能性を残しているのだろうが、あまりに俺たちにメリットがない。
「それでは、対戦相手はこちらが決めさせてもらいますね。メイン組は騎士団長が、サブ組は私が、くじを引きますので」
「そういうことだ。皆、気を抜くなよ」
そういって持ってきた箱の中に手を入れる二人。そのまま、模擬戦が始まってしまう。お互い、自分が持っている能力をフルで活用している。しかし、俺たちからしたらだいぶありがたい。持ってきているノートに、予想と張野の看破で能力の内容を大まかにメモしていく。宮野さんがクラスの名前を半分以上覚えてくれていたため、名前と能力を一緒にまとめることができた。
徐々に戦闘が進み、そろそろ俺たちも呼び出される頃だろう。能力の中には、チートとまではいかないものの、相当強いものもある。純粋な身体能力を引き上げる能力や、おそらく催眠?簡易的な支配下に置く能力だろうか。試合開始と同時にサブ組の相手が武器を捨て降伏した。それを見た催眠能力を持つ(俺は名前を憶えていないが、大学内では若干有名だったらしい)男子生徒は高笑いしていた。あんな悪役の笑い声みたいなのマジでやるやついるんだな~と思っていたら、西宮が呼ばれた。
「んじゃ、ちょっくら行ってくる」
「頑張れよ。ここで負けたら多分、明日の魔物討伐に行けなくなる。そうなったら作戦も全部無駄になる。頼んだぞ」
「それ、毎回いうつもりか?」
「なわけ。張野と宮野さんは負けることがないだろうから、一番不安要素の高いお前だけだよ」
それを聞いた西宮は持っていた長剣を鞘のまま抜き、俺の頭に軽く当てた。冗談だと伝わってはいるだろうが、イラっとしたのだろう。だが残念だったな。頭に当たる直前に鞘と頭の間に『プレート』を作っていたのさ!
「がんばれ~」
「西宮君、気を付けて!」
「おう!」
俺たちに渡されている武器は基本的に刃がつぶされている。もし思いっきりぶつけられても、悪くても骨折ぐらいか。さらに、なんとこの国にある魔道具で傷を治すという物がある。それを使い、大けがも一日と掛からずに治るだろう。ただ、一日でそう何度も使えるものでもないらしく、普段は王族やそれに連なる存在が怪我をしたときに使われるそう。
そんなことを考えていると、西宮の模擬戦が始まる。対戦相手は・・・確か並木だったか?そんな名前のやつだった気がする。そこまで関わりがなかったし、普段から一人での行動が目立っていた。元の世界では、特別何かに秀でていたようには見えなかったが、こっちの世界ではどんな能力を渡されたのか・・・
「はじめ!」
その掛け声で、西宮は長剣を抜く。切りかかると同時に長剣の先端に魔方陣が展開され、魔法が発射された。切りかかると見せかけて近距離での魔法。結構引っ掛かるやつ多そうだがどうなったか・・・
「効かないぞ」
魔方陣が展開されると同時に、魔方陣が消滅する。不発か?と思ったが、先ほどの並木の発言からそうではないのだろう。おそらくは魔法発動の阻害。ほかに考えられるのだと、魔力を乱すといったところか?しかし、それに驚きつつも振りぬかれた長剣は並木に降りかかる。それを防ぐも、膂力で後ろに大きく下がっていた。基礎的な身体能力で西宮が勝っているのだろう。このままいけば、魔法を使わずに西宮の勝利だろうが・・・
「はぁ!」
「お前は出せるのかよ!」
俺たちの考えを代弁した西宮のつぶやきに同意しつつ、能力のメモを取る。しかし、同時に展開された水の魔方陣から放たれたのは水の槍。いわゆる『ウォーターランス』という魔法だ。殺傷能力はそこまでないが、腕や足を貫けば行動不能まで追い込むことができるだろう。だが、西宮に魔法は一つも当たらなかった。数で言えば避けるのは難しいだろうが、魔力の流れが見えるのだから簡単なのだろう。
魔力視によって、魔力の流れが見えるのなら、魔法の流れを見ることもできるとのこと。発動された魔法は、術者が操作する魔力の流れに沿って移動する。それは、発動前に事前に準備することで速射ができるのだが、見えている西宮はまるで予知しているかのような動きで魔法を回避した。
「な、なんで当たらない!」
「魔法が使えないから勝ったって思ったのか?お粗末なもんだな」
「なっ!」
魔法の間を縫うように並木に近づき長剣を首元に当てる。がっくりと項垂れ降参した並木は、その瞳に涙を浮かべていた。そんな感じで、西宮は圧勝を収めた。こっちに来ると、実際に戦った視点から能力の考察をしてくれた。
「魔力そのものは乱れてなかったんだが、俺の使おうとした魔力があいつの近くに発生したなんかよくわからん歪みに吸収されてた。能力的には多分・・・魔力吸収ってとこか?あいつが魔法使った時の魔力も、吸収された俺の魔力が使われてた。多分、俺が魔法を使わなければ飛んできてた『ウォーターランス』は半分ぐらいだったろうな」
「なるほどね。ただ、特別強いってわけでもなさそうね」
「そうだな。王女様の教育方針は基礎的な部分じゃなくてこっちに来てから受け取った能力の強化って感じだろうな。俺以前のやつらの戦い方からも、能力重視で間違いないだろうな」
休憩していると、今度は張野の番だった。が、これに関しては正直特別いうこともない。最初は相手の能力を見定めるように戦いをある程度長引かせてほしいといったのだが、相手側は能力を使わず(もしかしたら使っていたのだろうが作用せず)戦いが終わってしまった。
終わった後に聞いたのだが、戦いの途中で徐々に力が抜けていったらしい。もう少し長引いていたら剣も落とすぐらいの脱力となっていただろうとのこと。このことから、張野の対戦相手の能力は所謂『ライフスティール』。ゲームでよくあるドレイン系の能力だと結論付けた。若干最後のほうで焦った表情をしていたのはそのためか。
「疲れた~」
「お疲れさん。ちょっと横になってろ」
ダラ~っと地面に横たわると、軽くいびきをかいて眠り始めた。相変わらずすぐに寝る奴だな。まあ、宮野さんの魔法で軽くして運べるし、俺の『プレート』で持ち上げることもできる。しかし、今回は模擬戦の中で勇者の能力を見極めることもしたいと思っている。その中には張野の看破を頼りにしなければいけない能力もある。そのため、次の試合が始まる前に起こすことにした。寝た時間は大体5分ぐらいか?眠そうな目をこすって俺の作ったプレートにもたれ掛かっている。
「次の対戦は・・・俺!?」
もう少し先かと思ったら、張野の次は俺だった。あんまり人と戦いたくはないが、頑張らなければいけない時もある。
「対戦相手が・・・」
王女様のくじ引きに書かれた名前は『石氷』と書かれている。そこには、二日目で俺らに突っかかってきた小太りがいた。しかも、なんかこっち睨んでるし。
「あいつ、石氷って名前だったんか」
「ああ、石何とか君な」
「そうそう。んじゃ、行ってくるな」
「行ってら」
「頑張ってね」
寝ぼけている張野は何も言わなかったが、二人の声援を背に受け模擬戦の場へと進む。向こうは・・・持っている武器はハンマー?メイス?といった感じか?能力もわからないし、いったん距離を取って戦うべきか・・・いや、違うな。
「なあえ~と、石氷。ちょっといいか?」
「なんだ?」
不満そうな顔で俺の問いかけにこたえる石氷。今にも殴りかかってきそうで恐ろしい。
「いやさ、俺ってフェアな戦いのほうが好きなんだよ。初見殺しとか一発しか通用しない戦法とか嫌いなんだよ。でな、今のうちに俺の能力について説明するから、そっちもどんな能力持ってるか話してくんない?」
「・・・お前がちゃんと能力について話すなら」
「よし。んじゃ、俺ができることについて説明するな」
俺の提案に乗ってきた石氷に、『キューブ』と『プレート』を説明する。できることも、ある程度分かりやすく。しかし、ここからが賭けだ。
「さて、この『プレート』なんだがな、こんな風に透明にもできるんだよ。で、実体を持たない『プレート』は俺以外には感知できない。物体すら通り抜けるが、もしこれを物体の中で実体化させたらどうなると思う?」
「・・・まさか!」
「そう。こんな感じになる」
近くに落ちていた小石を掌の上にのせ、透明化させた『プレート』を重ねて実体化させる。そうすると、バカッと音を立てて真っ二つになる。掌の上に落ちた小石の断面は滑らかだ。
「そう、いわゆる高度無視の切断を可能とする。これが、俺の能力だ」
そういうと、若干絶望的な表情で自分の能力について語りだす石氷。その能力は、正直そこまで強いものではなかった。
能力名は『千里眼』。眼とついてはいるが、能力としては遠くの出来事を見聞きすることができる。これにより、情報を集めることに特化しているとのこと。現在は王女の指示で諜報活動を行っているとかいないとか。そこまでは聞いてない。
「準備はいいか?」
「俺は大丈夫です」
「俺も」
俺たちの同意を聞き、騎士団長が腕を上げる。戦闘の合図が・・・
「はじめ!」
「動くな!」
起こったと同時に俺は大きな声をあげる。その声に驚いている石氷はその場で止まった。
「俺の勝ちだ」
「何言ってんだ!」
「そのまんまだよ。もし一歩でも動いたら、お前の両足にセットした『プレート』を実体化させる。そうしたら、どうなるかわかるよな?」
「なっ!さっきの会話の間でセットしたのか!」
「なわけ。スタートの合図と同時にお前の足元に生み出したんだよ」
「・・・」
正直、説明したうえでほぼ初見殺しの戦法なので苦情が来るのは理解している。しかし、見えない『プレート』を感知することはできず、俺の発言が嘘か本当かわかるのは・・・おそらく張野ぐらいだろう。いや、魔力視で見えるのなら西宮もか?
「どうする?試して両足とお別れするか?」
「くそっ!」
武器を投げ捨てた石氷はダラダラと流した脂汗をぬぐっていた。戦わずして勝つ。スマートだな。
「大木、お前のその豪胆さには驚かされる」
「何のことですか騎士団長」
「魔法など、一度も使っていないのだろう?」
・・・ばれて~ら。
「最初の手の内を明かすことで自身の魔法の情報を与えつつ石氷の能力を聞き出す。それがハッタリを貫き通せる能力だとわかったや否や、魔法の発動もせずに勝利宣言。もし、自分の足にあの『プレート』だったか?を差し込まれていたらどうなるかが鮮明に脳裏に焼き付いている間しか通用しないが、大ウソつきの戦い方だな。騎士には似合わない」
「騎士になるわけじゃないですし、無駄に体力を使いたくなかったんですよ。でも、なんでわかったんです?」
「お前の魔法は、透明状態で発動することはできないんじゃないか?」
「わ~お、そこまでおわかりですか」
「今まで一度も、透明状態で魔法を発動させている姿を見ていない。であれば、一度可視状態で魔法を発動後、不可視にするというプロセスを踏むものだと想像した」
騎士団長、よく見てる~。しかし、この考察は一つ、大きな間違いをしている。確かに俺は訓練の間、一度も不可視状態で『プレート』を出したことはない。出せないと思うのは当たり前のことだ。なぜかって?俺がそう思わせるように魔法を発動させているからだ。
そのため、騎士団長の指摘は間違っている。ただ、今回の模擬戦では一度も魔法を発動していないのは本当だ。ハッタリ?あんなちんけな嘘を信じた石氷が悪いだろ。普通に考えたら、あんな一瞬で魔法を展開できるわけないし。
「んな!ふざけんな!ならもう一度!」
「というと思って用意しといたんですよ。ほら」
そういって、一つの『プレート』を可視化させる。これは、さっきの説明で小石を真っ二つにしたものだ。説明後魔法を消したと思わせておいて、実は不可視状態にしていたのだ。石氷の指摘通り、説明中にセットした魔法だがこれを知っているのは俺だけ。
「・・・そうか、私もすこし想定が外れたのか」
「その通り。俺の嘘は一つ。両足じゃなくて片足だけです」
本当は全部嘘なんだけど。
「片足・・・くそ!」
石氷は悪態ついて戻っていった。結局、騎士団長含めて俺の嘘に振り回されただけの模擬戦だった。一手間違えれば能力の全貌を明かすことになりかける、デメリットの多い試合だったなぁ。ちょっと危なかった。
「はい勝利~」
「大木君・・・嘘つくのやっぱり上手ね」
「ん~?何のこと?」
「まあいいわ。それより、この中だと私が最後になっちゃったわね。誰と当たるのかしら?」
「さあね。どうやって戦うの?」
「しょっぱな相手の周りの重力を上げられるだけ上げてギブアップさせるわ。人間、数倍の重力の中で当たり前の動きができる訳もないでしょ」
その宣言通り、俺の数試合後に宮野さんの番が回り、宣言通り初手で終わった。相手の能力は・・・多分分身かな?開始と同時に宮野さんの背後にもう一人、対戦相手と同じ姿が現れたと思ったが、本体?に重力魔法が掛かった直後に消滅した。本体の状況によって出せるかどうか決まるのなら、漫画とかによくある分身より弱いだろうな。使い勝手も悪そうだ。
「おおよそ、勇者の能力もわかったな」
「考察が半分を占めるけどね」
「いいんだよ。それより、みんな無事で何よりだ」
「そうだね~」
「俺らの中で一番時間かかったのが大木だもんな」
「いいんだよ。試合内容そのものはサクっと終わったろ?」
そのまま各自解散。晩飯となる。俺たちは明日、この国から出る。最後にどんな方法で逃げるかなどの作戦を詰めるため、今日だけは宮野さんも俺たちの部屋に来てもらう。
☆
王女の部屋。そこには黒づくめの人間が横一列に並んでいる。黒づくめから渡された資料を呼んだ王女のもとに、大木と戦い・・・にもならなかった石氷が現れた。
「王女様、本日はその・・・お見苦しい姿を」
「結構です。彼はおそらく、あなたとの直接戦闘を避けたかったのでしょう。彼の領分はその希少性のある時空間魔法。文字通り初見殺しが可能だった。しかし、騎士団長から聞いた話だと彼が使えるのはあなたに説明したあの魔法だけ。肉弾戦では分が悪いと思ったのでしょう。だから、情報戦をした。あなたなら肉弾戦に持ち込めれば勝利していたでしょうね」
「そ、そうです!直接戦っていれば俺のほうが強かったはずです!」
「そうですねぇ」
その言葉はまるで、子供に言い聞かせる母親のよう。聞く人によっては『馬鹿にしてんのか!』となるだろうが、石氷はその言葉に喜んでいた。本当は勝っていた。戦いようによっては負けることはなかった。そんな子供のような言い訳を受け止めてくれる王女に心酔しているのだろう。
「それで、彼らの作戦はしっかりと聞いてきましたか?」
「今も聞いている途中です。ですが・・・やっぱりあいつら、逃げるつもりらしいです」
「そうですか。メインの戦力である彼らに抜けられてはたまりません。なんとしてでもその作戦をつぶさなければなりません。わかっていますか?」
「・・・はい。騎士団長にこのことは?」
「伝えます。もし少しでも逃げるそぶりを見せたのなら、足の健でも断って動けないようにと指示を出しておきました」
「そもそも、明日の魔物の討伐をやめれば・・・」
「いいえ、それは駄目です。明日でなければなりません」
「そう・・ですか」
その手に持っている資料の中には、魔王の軍の侵攻についてのまとめがある。また、人間同士の戦争についての資料も。隣の国が持つ莫大な魔物を組み込んだ魔従軍。それが、国の目と鼻の先に待っているという資料を。
「あなた達サブ戦力組も明日は魔物の討伐に向かいますが、それは名目だけ。あなた達にも、脱走者の確保を手伝ってもらいますよ」
「それは・・・どんな手を使ってもですか?」
「殺さなければ、どんな手を使っても許しましょう。流石に20人以上の勇者を同時に相手取るなど彼らでもできないでしょう」
月明かりに照らされる王女の顔は、笑顔で彩られていた。
石氷戦が分かりづらいと思うので軽く解説を。
お互いの能力を明かす(この間に『プレート』を消さずに不可視化)→
試合開始と同時に勝利宣言(戦闘開始後魔法の展開は一度もしていない)→
騎士団長の指摘の後に実は不可視状態で出せると思わせるために能力開設中に出した『プレート』を可視化させる。(本当は不可視状態で出せない)
といった流れです。
大木が付いた嘘は
両足に『プレート』をセットした(本当は一つもセットしてない)
石氷の「解説中にセットしたのか?」について「セットしてない」といった(実は解説用の『プレート』を残していた)
となります。わかりづらい説明で申し訳ないです
他にも分かりづらいことがあったらコメントなどで聞いてみてください