第一話
異世界物の小説を読む人って結構多いよな。俺もそのうちの一人だ。内容は面白いし、結構とがった内容が刺さる時もある。まあ、物によっては最初の何話か読んでやめることもあるけど、面白いものは読み続ける。
転生ものと転移ものがあるが、個人的には転移が好きだな。転生は・・・死ぬっていう前提があるのが嫌だし、転生した直後から最強とかあんまりおもしろくない。転移して、コツコツ力をつけて、最強に成り上がる。そういう系統が好きだ。どんなに強い力を得ても、それに驕らず、頑張っていく姿はとても応援できる。なので、読み物としては異世界物は好きなたぐいだ。ただ、読み物としては、というのが前提である。
人によっては、『俺も異世界行ってみたいな~』とかいうやつがいるが、そんなの冗談じゃない。俺はアレルギーも持っているしゲームもやりたい。読みかけの漫画やアニメをなげうってまで行けるかどうかと聞かれれば、NOである。全力で丁重にお断りさせていただく所存だ。いや、所存だった。
いったい誰が、あんなことが実現すると思うだろう。妄想は妄想であり、決して現実には起こりえない。そう、思っていた。事実は小説より奇なり。しかし、その『奇』も限度がある。まさか、本当に小説のような出来事が起こるなんて・・・俺は、頭を抱えていた。
☆
その日、俺はいつも通り大学に向かっていた。電車内ではスマホを開きソシャゲをするか動画を見るか・・・一応テスト勉強をする。と言っても、満員電車で座れず、集中できる訳もない。ということで、通学時間のほとんどは動画を見る時間になっていた。
いつもおんなじ号車に乗るため、若干見慣れた乗客もいる。その中には、もちろん迷惑な客もいるが、気にしたら負けだ。
学校の最寄り駅につくと、近くのコンビニで休み時間のおやつを買う。俺のおすすめはドーナツだ。百円ちょっとで帰るのに、しっとりして満足間の多いドーナツは、勉強の間に食べるのに適している。リュックにドーナツを入れて学校へ向かう。教室には見慣れたメンツ。先生が来るのはいつも授業が始まる少し後なので、若干遅刻しても許される風潮があるが、俺はまじめなのでそんなことはしない。時間に余裕があることはいい事だ。
「はよ~」
「おはよう」
「おは~」
挨拶をかけると、いつも遊んでいるメンツが返してくれる。最初のうちはクラスのメンツ全体に挨拶をしていたが、俺以上の陰の者や、そもそも関わりを持とうとしないものは返事を返さない。
ちなみに、俺の学校は少し特殊で、大学ではあるものの、クラスメイトは固定。時間割も学校側が決めており、高校に近いように感じる。まあ、人数は多く、それに伴い個性も豊。実際、俺がつるんでいる奴らも中々に個性的だ。でも、悪いやつではないので楽しいんだがな。
「大木!昨日の生放送見た?」
「あれか?コラボ発表の?」
俺こと大木は、ある種のオタクである。だが、決して恥じない。なぜかって?好きなものを好きと言えない人生はつまらないからだ。周りからバカにされようが、気持ち悪いと言われようが、好きなものを貫き通す。
ちなみに、コラボについての質問をしてきたのは西宮。ソシャゲのつながりで仲良くなったのだが、こいつは課金もするほどのめり込んでいる。
「いやマジで、俺の好きなアニメなので課金確定ですわ」
「この前金欠って言ってなかった?」
「金なら借りるさ!」
「闇金から?」
「親からだよ!」
こいつ・・・確かこの前のコラボの時も中々の金額を親から借りていた気が・・・そのうち追い出されるんじゃないか?まあ、俺がそんなこと気にしても意味ないか。
「なあ西宮。これって強い?」
「はぁ?てめぇぶっ殺すぞぉ?」
「なんでぇ?」
ゲームの画面を見せながら西宮に質問したのは、若干能天気な顔をした張野。その画面には、今話していたコラボのキャラがでかでかと映し出されていた。こいつ・・・しかも単発で出したのか?相変わらず運がカンストしてやがる。俺だって三十連してやっと一体出たってのに。ちなみに西宮は百連しても一体も出ていない。これが物欲センサーってやつか?
「俺がどんだけガチャしてもでねぇのによぉ!」
「いや、なんか石たまってたから引いてみよ~って思ったら出てさ。それで?強いの?」
「今回のコラボキャラで一番強い。なあ、そのキャラ売却するからスマホ貸してくんねぇ?」
「いやに決まってんだろ!てか、大木も出したんだろ?なら俺じゃなくて大木のやつ売ればいいじゃん。俺は大切に育てるからさ」
「俺に振るな!てか、そろそろ授業始まんぞ?」
その一言にワタワタと準備を始める二人。さて、ほかのメンツも何やら会話をしているが、とりあえず授業が終わったら何の話してたか聞こ・・・ん?
「なぁ、なんかまぶしくない?」
「俺の輝きが?」
「黙れ。そうじゃなくて、なんか教室が光ってるような・・・」
俺の疑問にバカみたいな反応を示す西宮の頭をたたきつつ、周りを見回す。俺のように気が付き始めたやつらが周りを見回すと、天井に指をさしていた。そこにあったのは、大きな大きな魔方陣。う~ん、これって・・・
「大木、全力で否定してほしい。これってあれか?異世界物のやつだよな?」
「ドッキリだと思うけど・・・なんか癪だし荷物持って教室から出ようぜ」
「あり」
そういって西宮と張野の三人で教室から出ようとするが・・・
「開かない」
「ま?」
「ま」
「窓も空いてないっぽい・・・」
あ~、マジ?嫌なんだけど?と思いドアの小窓から外を眺めると、教室内の異変に気が付いたほかのクラスの生徒たちが群がっていた。開けようとする生徒もいる中、なぜか開かない。そして、先生もなんか焦っている。これ、ドッキリだよね?マジで。
「まあ、なるようになるでしょ~」
「おまっ!そんなこと言って、本当に本物だったらどうするんだよ!」
「その時は・・・ほら、これって転移物になるわけでしょ?なら、どうにかして帰る方法探すのが一番でしょ」
「そもそも送られる前提なのがおかしいだろ!そんなことするぐらいなら、最初から呼ばれないのが一番なんだよ!」
張野は諦めて自分の席に座りなおしてしまった。説得しようにも、こういうやつなのでもうどうしようもないだろう。てか、マジで・・・あ?意識、が・・・遠のく・・・
こういうのって普通、何かしら説明があるもんだろ!ざけんな!俺は送られねぇぞ!絶対残る!絶対に・・・
「あ、やば」
「西宮!しっかりしろ!」
「なんか、耐えられねぇ」
「張野・・・がいねぇ!てか、クラスのやつらも減ってないか?寝るな西宮!持ってかれるぞ!」
「もう・・・無理」
そういって、意識を失うと同時に西宮は消えた。フッと、まるで最初からなかったように。周りのやつらも徐々に消えていく。そんな・・・俺は・・絶対・に
☆
まさか、まさかまさか!マジで行ってんのか!?
「目が覚めたか。お前が一番来るのが遅かったけど、もしかしてギリギリまで耐えてた?」
「耐えてた。てか、張野は大丈夫か?誰よりも先に寝てたけど」
「う~ん、なんともなさそう。てか、西宮もそうだけど、二人ともすごいね~。あの眠気に耐えたんでしょ?」
「お前が耐性なさすぎるだけだからな?」
「そうそう。それで?ここってテンプレだとどっかの異世界の城の中って感じか?」
西宮の質問に、張野は首を横に振る。というか、困惑しながらどうしようもないという態度をとる。
「いや、俺も目が覚めたのは二人より早かったけどさ~。まだ何の説明もないんだよ。てか、もしこれが本当の異世界転移なら、呼びすぎじゃない~?」
「それは・・・大木、うちのクラスって何人いるっけ?」
「全員で49人。休んでるやつがいるとしても45人以上はいるだろうな。確かに、転移系の物語の数にしては多いよな。これ全員あれか?勇者様って言われてもてなされるの?」
少しして、扉が開く。いかにも王様!て感じの人と、その娘と思われる人が付いて歩いてくる。説明タイムか。なら、今のうちに可能性をつぶしておこう。
「西宮、なんかこう、ステータスとかスキルとか、そういうの出せそう?」
「ステータスはなさそうだよな。心の中で叫んでも出てこないし。ただ、スキル・・・というか、なんか見えるんだよ」
「見えるって何が~?」
「お前らの周りに、なんていうか、流れてるんだよ。紐みたいな、なんかが。触れてもなんとも起きないし、どうにもできそうにないんだけど・・・」
「それ明らかになんかの力が手に入って見えてるんだろ!あれか?魔力的な奴か?」
だが、俺には見えない。これが西宮限定の力だとしたら、可能性としては二つ。この人数が呼ばれた中で西宮が唯一特別で、いわゆる勇者である事。二つ目は、ここにいる全員にそれぞれ、特殊能力。漫画や小説で言うところのスキルだろうか。そういうのが関係していると考えられる。
「張野はどうだ?」
「う~ん、すごいアバウトな感じで、みんなの周りに気力?というかなんというか。そういうのが見える」
「ん?どゆこと?」
「なんていうかさ、ゲームのHPバーとは違うんだけど、役割が一緒だと思うモヤがみんなの体にまとわりついてるの。それを直感的に『多い』『少ない』ていうのを感じ取れてる?感じ」
なんじゃそりゃ!?あれか?よくあるやつだと鑑定とか、そういう系のやつか?
「それと、多分これ、あれだ。みんなが得た特殊能力?ていうの?スキルみたいなやつ。それが分かるっぽい」
「まじで!?」
「まじ~。ちなみに、西宮はこれ・・・多分魔力的な奴が見えてるっぽい。あれだね。魔眼的な奴だと思う!かっこいい!」
「魔眼・・・大木。俺の目って変わってる?」
「いや、黒目のまんまだな。てか、ぽいってどゆこと?はっきりはわからないのか?」
「ん~、なんかね、漠然とこんな感じ!て分かるだけなんだ。もしかしたら今後強くなるのかも・・・スキルレベル的なのがあれば、だけどね~」
俺たちが会話しているうちに、おそらく所定の位置についた王様っぽい人が話し始める。あとで俺の能力が何なのか、張野に見てもらおう。それより、今の状況をしっかりと知るチャンスだ。耳の穴かっぽじってでも聞かないと・・・
「諸君。よく我らの呼びかけに答えてくれた。我が国は~・・・・」
そこからは、小説でよく聞く流れだった。世界に魔王が現れた。魔王に対抗する手段がない人間は窮地に追いやられる。そこで、かつての龍族が残した高位の召喚陣で勇者を召喚した。
なんていうか、ここまでテンプレなことある?って感じ。だが、俺はいくつか楽しみ以上の怒りを覚えていた。こいつら、転移陣で呼び出すのが異世界の人間だと理解したうえでやっている。つまり、誘拐だ。この国は、勇者が呼び出されたということを好意的に受け取り、祭りの準備まで始めているのだ。つまり、国家ぐるみの誘拐ということになる。
「大木・・・帰れると思うか?」
「こういう系って、なんだかんだ魔王を倒したところで物語が終わるのがお決まりだ。帰る方法があるって明記されている作品は少ない。それより・・・張野。俺の能力、なんだと思う?」
「んん~、なんていうか、大木の周りがめっちゃブレてるんだよね。空間が歪んでるっていうの?それと俺の直感で、あれだ!空間に干渉できる系の能力だと思う!」
「おぉ・・・あれか?空間魔法的な?」
「そこまではわからない!でも、多分そろそろ・・・」
張野の言葉に続くように、王様っぽい人が話をつづけた。
「君たちは他世界から送られてくる際に、特殊な能力を得ているはずだ。それを調べさせてほしい。さあ、こちらへ」
あ、流石にあるよね、そういうの。ただ、40人以上いるから相当時間がかかるだろうなぁ~と思っていると、予想の数倍は時間がかかった。理由としては、ここにいる全員が、今までの記録に乗っていない能力を有していたから、らしい。どゆこと?と頭をひねっていると、隣に立っていた衛兵っぽい人が説明してくれた。
「今までこの世界に勇者が呼ばれた回数は数回あります。最初の勇者が呼び出された時、この道具で今の皆様と同じように能力を調べたのですが、それ以降、呼ばれる勇者の数、能力はすべて同じだったのです。ですが、今回はなぜか人数も増え、能力も見たことのないものとなっています」
「なるほど・・・そりゃ確かに時間もかかるか」
西宮は納得といった感じで気にも留めない感じだったが、これ、めっちゃ重要じゃないか?今までに起こりえなかったことが起こった。何かしら異常が起きたか・・・これ、マジでこの国ヤバそうじゃないか?
「お、そろそろだ。大木、ボーっとしてないで行こうぜ」
「ああ、そうだな」
俺は頭の中で考え始めると周りのことが見えなくなりかける。今回はいろいろ考えることが多すぎてマジでゆっくり考えたい。ぎりぎりで持っていたリュックは一緒にこっちの世界に持ってこれているっぽいので、あとでドーナツ食べよ。
さて、能力の確認が始まってちょうど中間ぐらいで俺らは確認ができた。結果として、張野の予想が当たっていた。
西宮の能力は『魔力視』というものらしい。なんていうか、地味だ。だが、おそらくこれは相当当たり枠だと思う。
次に張野。こいつは最初、鑑定かと思ったが違った。張野の能力は『看破』。見抜くという観点ではおそらく一緒だが、鑑定以上に使い勝手があるんじゃないか?文字通り受け取るなら、嘘とかも見抜けそうだし。
さて、なぜ俺の能力を最後にしたか。なんていうか、二人・・・というか、俺が聞こえている限りの能力の中で名前自体は地味だった。これもまた、張野の『看破』で見た能力の通りで『時空間魔法』だった。空間より上の物っぽいが、これ、うまくいけば自分の世界に帰れるんじゃね?
時空間って、いかにもテレポートとかそういうの出来そうだし。
「皆様はいったん部屋へ。夕食の時間になりましたら使いの者が呼びに行きますのでそれまでゆっくりしてれ」
「ぜひ、我が国をお守りください勇者様」
美人な女性だが、なんていうか、いや~な視線を感じる。俺たちを値踏みしているような感じだ。普段は人の視線などそこまで気にしない俺でも、なんていうか、わかるぐらいには見られていた。苦手だなぁ。
それと、一部のやつらのテンションが上がっている。というのも、あまり目立たないいわゆる陰キャのような彼らだ。俺も決して彼らを馬鹿にできる立場ではないが、それでも分類わけするならそういった枠の人だ。関わりが薄いためそこまでよくわからないが、普段の彼らはあそこまで大声をあげて騒ぐような感じではなかった。
「張野、西宮。俺らだけでもいったん流れを整えるためにおんなじ部屋に集まらね?」
「あり。特に張野。お前の能力って結構重要だろ」
「そう~?まあ、一人でいるよりいいからね。良いよ~」
部屋まで連れてきてくれた執事さんに事情を告げ、俺たちは一つの部屋に入った。部屋の内装は、明らかに日本のそれとは違う。西洋の、しかも結構豪華な作りだろう。やっぱり、ドッキリじゃない。部屋にはいくつかの本があるが、どれも見たことのない文字なのに読める。読めてしまう。読める事実と、見たことのない文字に脳みそが混乱する。気持ち悪いので本を閉じて本棚に戻すと、ベットに寝っ転がった。
「大木、そんなに疲れたか?」
「いろいろ考えすぎた。頭いてぇしちょっと甘いもん食べるよ」
「甘いもの~?なんか持ってるの?」
「ド~~ナッツ!」
「いつものか。それより、この魔力視ってやつ、どうにかならないのか?ずっとちらちら見えててうっとおしいんだけど」
「俺も~。みんなの周りのモヤとか、HP的なやつとか。そういうのずっと見えてて嫌なんだよね~」
二人は両手で目を覆っていた。うん、俺はそういうやつじゃなくてよかった。頭も使ってそんなものもちらちら見えて・・・なんてことになったらイライラして考え事どころじゃないし。
「さて、二人はこれからどうする?」
「「全力で帰る手段を見つけ出す」」
「流石。その言葉を待ってたよ」
この二人、俺と同じで漫画も小説も読む。だが、やはり現代っ子。ゲームもスマホも使えない。漫画も小説もない。そんな世界にいきなり呼び出して、というか誘拐して、勝手に戦わせるとかまともとは思えない。国を挙げての大誘拐。そんなことをする国を助けたいと思う人間は、漫画の主人公ぐらいだろう。
「ただ、いきなり『戦いたくない!』なんて言ったらどうなると思う?」
「まあ、そんなこと許されるわけないよね」
「物語的にはそのまま追放~って感じかな?もしくは消されるとか?」
「「・・・・・・」」
張野の言葉に俺たちは息をのんだ。こいつ、普段はぽわぽわしてんのに、こういうときだけは鋭い事いうよな。てか、不安になるから辞めてほしいよ、まじで。
「だから、ある程度は力を使えるようになるまではこの国にいて、勇者として活動する。西宮の魔力視ってのと、俺の時空間魔法ってのがある以上魔法は確実に存在している。最低限、これを自由に使って自分の身を自分で守れるぐらいには強くなりたい」
「賛成だな。ここ以上に情報をしっかり集められる場所は限られるだろうし、ある程度利用してさっさとおさらば。その後は・・・大木の魔法を軸に元の世界に変える手段を考えるって感じか?」
「そうだな。俺の魔法が・・・運よくこんな魔法なのか、なんか因果があるのか・・・」
「まあ、そこらへんはわかんないし、できる限り頑張って力をつけないとか。張野、少しの間でもいい。全力だすぞ?」
「うう~、流石に頑張んないとか。うん、わかった」
俺と同様ベットに顔面からうずくまっている張野はくぐもった声でそう答えると、目を閉じたまま起き上がった。やっぱり能力の制御を学ぶところからか・・・俺も早く時空間魔法つかえるようになろう。
そして、さっさと元の世界に帰ってしまおう。王道とか、テンプレとか、物語チックな内容はいらない。敵も、味方も、国でさえも使えるのなら使おう。少なくとも、俺たちだけでも元の世界に変えれるように。そのために、できる限りの力を・・・
いや~、書いていくうちに楽しくなりましたね。面白そうなら、これからもぜひ読んでみてください!