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5話 なぜ正しく生きた者より悪人が守られる?  

今回は二人の主人公が初めて出会います。

「おまえらクソガキが平気でいられるのは少年法が守っているからだ! 他人に守られていい気になっている弱ちゃんの癖に調子のるな!」

クソガキとの面会はごめん被りたかったが、所長の坂本から急かされ、依頼を受けてから5日後に金田と面会をした。

 15歳という金田は、クソガキ特有の攻撃的な面構えをしていたが、まだあどけない少年の面影もあった。薄いシャツの下からも鍛え抜かれた肉体が見える。留置所に居るときも、毎日欠かさず筋トレに励んでいたそうだ。


「おいおい、弁護士の先生。来るのが遅えんじゃねえの?」

 津愚見を見るなり、金田がオラついた態度で話しかけてきた。大人に対する微塵の遠慮もない。威厳を保つために無理をしているというよりは、本当に何も感じていないかのようだった。

「頭の悪いクソガキの汚い面を見るのが嫌でな」

「喧嘩売ってんのか、コラ」

「貴様と世間話をする気はない。俺には夢がある。そのために弁護してやる。光栄に思え」


「……なんだい、その夢って」

 津愚見は金田と無駄話する気は毛頭なかったが、この科白だけは言ってやりたい気持ちになった。

「貴様らクソガキどもを全員死刑にしてやることさ」


「弁護士の先生よ。法律って知ってか? おまえが俺を裏切ろうたって、人をひとり殺したくらいじゃ死刑にはなんねんだよ! 残念だったな!!」

 どうやら金田は津愚見の科白を誤解したらしい。

「馬鹿かおまえは。ああ、馬鹿だったな、おまえは」

「ああ!! なんだと、コラ! ぶっ殺すぞ!!」

「俺はこの国の法律を変える。少年法をぶっ壊してやる!」

 金田はきょとんとした表情になった。言っている意味が理解できなかったらしい。


「法律を変えるって。そんなことできんのかよ……」

 それはどちらの意味で問うた言葉なのか。

「俺ならできる」

 津愚見は断言した。迷いも不安もなく。まるでそれが事実であるかのように。

「おまえらクソガキの浅はかな考えは理解できる。一般人が犯罪をしないのはビビっているから、世間に日和っているから、そう思ってるだろ?」

「違うのかよ」


「自分の力だけで生きる決意を持ってるからだよ! いいか! おまえらクソガキが犯罪しても平気でいられるのは少年法が守っているからだ! おまえは誰かに守られていい気になっている弱ちゃんなんだよ! 人に迷惑をかけるってことは、誰かに尻拭いしてもらっているのと同じなんだよ! 他人に甘えてそれに気づかないから馬鹿って言われるんだ! わかったか! この馬鹿クソガキが!」

 金田は一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間、盛大に笑いはじめた。


「せ、先生。あんたおもしれえな!」

 津愚見としては冗談を言ったつもりはない。まだ怒り返せば可愛かったものを、津愚見は侮辱された気持ちになった。こんなクソガキに無駄な話をしてしまったことを後悔した。



 金田から聞いた殺人の動機は、さまざまな犯罪心理を学んでいる津愚見にとって、想定の範囲内だった。俗にいう「思春期にありがちな虚栄心が過剰になった結果起こった犯罪」だ。

 彼らは舐められたり、馬鹿にされることを極端に恐れる。

 努力や誠意でそれを覆すつもりは毛頭なく、攻撃という短絡的手段でまっとうしようとする。


「だってよぉ。先生。舐められたら人生終わりだろ? 舐められたら人は動かせねえ。先生は法律を変えるって言ってるけど、まわりが先生のことを舐めてたら無理なんじゃね? 正しいとか正しくないとか、そんなん二の次だろ?」

 津愚見は内心で動揺した。

 クソガキの理屈をまともに取り扱うつもりはない。だが今の科白が、数日前に坂本から説教を受けた内容に酷似していたからだ。

 自分が検察官を辞めることになったのは、そうしても困らないと判断されたから。つまりは上司に舐められていた。それは否定できない事実。この世の真実だ。


だが、だからといって、それを認めるほど愚かではない。

「おまえの頭の中では人間は猿の集団か? ビビらせないと人を動かせない時点で、おまえはその程度の人間なんだよ」

「負け惜しみにしか聞こえねえぜ」

「北村文弘と鈴原英斗は、おまえにとってなんだ?」

「あ? ダチだけど?」

「向こうはそうは思っていないようだぞ」

「適当なこと言ってんじゃねえぞ」

「事実だ。彼らは今回の殺人について、『何度もやめようと思ったが、金田翔平が怖くて逆らえなかった』と言っている」

「はぁ? なんだよ、それ。ふざけんな!」

「事実だ。馬鹿野郎。二人からそれらしき話はされなかったか?」

 金田は少しばかり考える仕草をした。

「……いや」

 誤魔化したな、と津愚見は思った。金田は途中で何か思い至ったような表情をしたのを見逃さなかった。否定の言葉がやけに弱々しいのも、心当たりがある証拠だろう。


「鈴原英斗は自殺したぞ」

「はぁ? 嘘だろ?」

「本当だ」

「エイトが自殺……。くくくく。あーはっはっは!! マジか!? 超ウケるぅううう!」

 金田の反応は津愚見の想定外だった。

「なんで笑ってるんだ。友達が自殺したんだろ?」

「いや、そうだけどさ。殺したこと後悔して自殺って……。もはやギャグじゃん」

「友達が死んで思うことはないのか?」

「いや、寂しいとは思うぜ。だけど、それ以上に笑えるだろ?」

「クズが」

 津愚見は吐き捨てるように言った。不快感が鼻の奥に溜まっている。友人が死んで、それがどんな理由であれ、笑える神経が理解できない。


「鈴原は逮捕されてからずっと、通谷美沙に申し訳なかったと後悔していたそうだ」

「美沙? 誰だそれ?」

「貴様が殺した少女の名だ!!」

 津愚見思わず机を拳で叩きつけた。怒りが痛みすらも覆い隠していく。

「おまえは自分が殺した相手の名前も知らなかったのか!」

「いや、どうせ殺す相手だったし。そんなのに頭の容量使う方がどうかしているぜ」

「どうかしているのは、貴様のほうだ! クズが!!」

 津愚見は怒りで我を忘れそうになった。

 もはやこんなゴミカスの顔など見たくもないと思った。

「おい。どこに行くんだよ?」

「貴様に言う必要はない」

 

 留置場から出た津愚見は大きく息を吸って、吐いた。

 同時に、体の奥でわだかまっていた不愉快な物も吐き出されていく。

 津愚見はこれからのことを思い、陰鬱な気持ちになった。

 自分はこれから一ミリも共感できない、あのクズの弁護をしなければならないのだ。

 少年法というクソ法律を撤廃するため動いてきた。


 検察官をクビになり、藁をもすがる思いで坂本弁護士事務所に拾われた。その初仕事が、まさに津愚見の人生に最大の汚点を残そうとしているのだ。

 できる事なら死刑になってほしい。

 だが、頭の冷静な部分で、現実的には少年院入りがせいぜいだと理解はしていた。

 人は法の下に平等だとされる。けれども、死んだ人間はそこに含まれていない。

「なんで正しく生きた人間より、悪人のほうが守られる。クソだな……」


よろしくお願いいたします。

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