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プラグマチックアル中(仮)  作者: チリメンジャコフ
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プロローグ

お誂え向きに執務台と筆記具―分厚い紙とインクを用いる羽ペンだが―が設えてあったので取り留めもなくあちらへこちらへと巡らせていた思考を一応覚え書きとして落としている。いるのだが、幼児の身体では巧くペンが握れず、今まで自分が慣れ親しんでいた言語を書くためにも一苦労であった。メモとしてはとりあえず、読み書きの習熟・常識の取り入れ・金銭の形式・景気の動向…等々現状把握のために必要な事項がずらりと並んでいた。

「すべきことを書き上げていくとキリがないな」

「まぁ、一番の懸念は年相応の行動をしなければならないことかもしれないな」

中年の男が就学前の男児を演じるのはあまりにも困難であることに感じられ、寝起きも早々にげんなりした気分にさせられる。目覚めてからさほど時間が経っていなかったが、もう一度ベッドへ潜り込みたい衝動に駆られ執務台に突っ伏す。意外ともう一度寝たら忌々しい現実にもどれるんじゃないかなんてことを考えた。そうして紙や羽ペンをもてあそんでいるうちに時間がたって行った。メモとして書き出したものを整理していくうちに集中できなくなり、思考が途絶えたところで時期良くノック音が鳴り響く。

「イツァーラ様~、起きていらっしゃいますか~」

どうやら、昨日顔を合わせたイツァーラに仕えている、ユーリの声の様だ。

彼女が悪いわけではないのだが現実を突きつけられているように感じるため、あまり顔を合わせたくなかったのだが、努めて年相応の活発そうな名明るい声を張り上げる。

「はぁい、おきてるよー」

「あら、珍しいですね~。朝食のご用意ができたので食堂までまいりましょう~」




ユシュルジェ邸の食堂机、上座にその男は居た。黒々とした髪を短く揃え、我の強そうな目をしている、イヅエル・ニコン・ユシュルジェという名のその男はやはりユシュルジェ家の現当主であった。とはいえ、イヅエルは国内の紛争で武勲を示したために貴族の末端に置かれているに過ぎず、政治的な発言力もなく領地・領民も規模の小さい一代限りの貴族位にしかない。その男は久しぶりに我が家の食堂で食事をしているためかどことなく機嫌がよさそうであり、普段はどちらかというと寡黙な雰囲気を放っている顔に薄い笑みを浮かべている。その理由はやはり我が子の顔を久しぶりに見れるためだろう。

炊事場が近く熱気がこもりやすいため開け放している食堂の入り口に息子の顔が表れるのを今か今かと待ちわび、ことあるごとに視線を送っているイヅエルの姿に給仕係が生暖かいまなざしを送っている。そして戦士特有の優れた聴覚を無駄に活用して幼い子供の軽やかな足取りを聞きつけると、少し緩んだ表情を引き締め(たつもりで)、待望した人物と再会する。




イツァーラが食卓に着き、感謝の祈りをささげた後に食事を始めるとイヅエル―父親―がちらりちらりとこちらを見やっているのに気が付く。

(これは、何か話題を振らなければいけないな…しかし…)

食事の手を止めて、カトラリーを皿に乗せ、父親に話題を振る。

「お父様、昨日お戻りになったのですか?」

すると心なしかイヅエルの眼が見開き、やや食い気味に返答がなされる。

「あぁ、昨夜の遅くにな。体調が優れず、休んでいたと聞いたがもうよくなったのか?」

「少し寝不足だったみたいです」

「本当か?体のどこにも違和感はないのか?熱っぽいとか気分が悪いとかは?」

「…えぇ、問題ありません。最近は気温も上がってきたので夜が寝苦しくて」

「そうか、では世話係達に掛布団を変えるよう、言っておこう。あとは―」

イヅエルに悪気なんて全くないのだろうが、少しだけ、そうほんの少しだけ鬱陶しさを感じたのでカットインをして無理やり話題の転換を図る。

「そういえば、お父様は都市で練兵のお仕事をされていたのですよね?」

「あぁ、そうだが」

「兵隊さんたちの練度はどうですか?」

「そうだなぁ、奴らは…」―

自身の専門領域だからか立て板に水を流すが如く滔々と、己の仕事を語り始めたのを尻目にゆっくりと食事を再開する。もちろん、話の半分は聴き取り多少後から同じ話題を持ち出すことで、さも熱心に耳を傾けているように父親の話を聞き流した。このようなコミュニケーションスキルはサラリーマンにとって必須だ。そうこうしてる間に食事が終わり、父親より後に食卓に着いたにもかかわらず先に食堂を後にした。




楽しい時間はあっという間に終わってしまうなと内心で呟きながら、その男―イヅエル・ニコン・ユシュルジェ―は残念そうに食事の途中の皿へ視線を落とす。さらに残った肉片をフォークでもてあそんでいるかと思いきや、突然表情を崩して―

「ふふふ、やはりイツァーラは、あの子は天才かもしれん!!」

「なぁ、お前もそうは思わないか?」

などと大きな声で傍にいた給仕係へ話題を投げるつける。

その突然の出来事に対し給仕係はまごつく様子もなく―

「はい、受け答えが年相応のものとは思えません、イツァーラ様のお兄様もそうですが、やはり、優秀な血を引いておられることの証左に違いありません。」

―と100点満点の解答をさらりと言ってのける。なぜならこれはイヅエルがユシュルジェ邸に在宅している際に幾度となく交わされる儀式であるからだ。給仕係の解答にイヅエルは満足そうな笑みを浮かべ、残りの食事を即座に平らげた。そして手持無沙汰になったのか

「なぁ、お前はどう思うか?」

「何が、でございますか?」

給仕係はどの話題見当がついていたため、内心あきれていたが、主の失礼にならないよう気を遣い問い直す。

「イツァーラに武術を習わせることだ!あんなにかわいらしい子に痛い思いをさせるのは…。それに、あの子は私に似ず華奢で繊細で賢そうだぞ!」

「えぇ、確かに賢しいという意味で才覚を感じさせるのいうまでもありません。ですが、勉学も武術も貴族会においては並べて教養でございます。」

「そうだが…。」

「それに、ご子息のイツァーラ様はまさに武勲で取り立てられたイヅエル様の血を引いておりますから、きっと武芸にも秀でていると思います。」

「むぅ…。」

「そもそも、仮に私を説得できたとしても奥様のアリイェラ様を言い含めないとどうしようもございません。」

「…」

武勇で秀でるイヅエルも弁は余り立たないようでいつものごとく給仕係に言いくるめられ、ガクリという効果音が相応しい様子で項垂れてしまった。イヅエルはイツァーラを長男と違って騎士にはしたくない様子であり、以前から自身の妻-アリイェラ―を説得しようと試みているがなかなかに難航しているようだ。一方、うなだれている主の傍らで給仕係は内心で毒づいていた―

(この人本当に親バカなんだから!!)



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