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プラグマチックアル中(仮)  作者: チリメンジャコフ
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プロローグ

アルコール要素を多分に含む予定なので一応R15にしています。

目が覚めて2秒で悟った。やってしまったと。そして、数年前よりそれの時に決まってみる―天蓋付きのベッド上で目を覚ます光景が脳裏に生じている。―の夢を見る。通例なら、おそらくこの部屋の主を起こすために扉をノックする音で目覚めるはずだった。はずだったのだが…。

控えめだったのノック音が徐々に乱暴に激しくなっている。

「……………、明…晰夢……なのか?」

(昨日は確か、歓送迎会の後に一人で飲みに行ってタクシーで帰ったよなぁ…。ん?その後に家でも何缶か空けたっけ?それにしてもこの状況は…?)

茫洋としている間にも扉を揺らす音はますます激しくなっていき、しまいには扉をたたき壊さんほどになっていた。仕方がなかったので―

「起きてまぁす!!」

と声を張り上げると、負けじと凄まじい声量で

「坊ちゃん!お目覚めですかぁ?入りますよ!」

と若い女性の声がした後、入出の許可も待たずにずかずかとメイド服を身に着けた、明るい茶髪に暗めの碧眼という明らかに日本人ではない出で立ちの人物が入ってきた。顔に活発そうな微笑を浮かべ、キビキビとした所作で歩くさまが溌溂な印象を与える。そんな彼女を頭の頂点から足の先まで不躾にジロジロと穴が開く程に見つめていると。

「どうしたんですか?そんなじっとみて。」

怪訝そうに眉を顰め、窓を開けていた手を止めてその女性が近づいて来た。近づいてくるにつれその動作が、視線が、息遣いがはっきりと五感を通して認識でき、その存在は脳が作り出した虚像などではないことを思い知った。

(この人は実在している人物で、この光景も実在している場所だ…!というか、この人なんて呼んでいるが、俺は彼女の名前を知っている。名前で呼ばなかったの、今、目に飛び込んでくる光景が現実だと認めたくなかったからだろうか…。)

ためらいながら確認のために―

「ユ、ユーリ…今日は何年の何月何日だい?」

「変なことを聴く方ですねぇ。今日はシェダーゼン帝歴で508年の6月19日ですよ~」

その言葉が耳を通って頭にしみ込むまでに数秒を要した。ベッドの掛布団の上に行儀よく載せてあった小さい両手のひらがじっとりと汗ばんでいくのがはっきりと感じられた。首元や背筋に悪寒が走り鼓動と呼吸が早まっていく。

「ユーリ、ちょっと僕は体調が悪いみたいだからもう少し寝たいんだけど…」

声が震えるのを何とか抑えてそう言葉を絞り出した―


ユーリはこの上なく上機嫌だった。それなりに広く、燭台や陶器などの調度品の類から窓に至るまで手入れの行き届いた廊下をはやる気持ちを抑え、大きな音をたてないよう、しかしながら大股でズンズン進んでゆく。理由はこの館―ユシェルジュ邸―の主の二番目の息子であるイツァーラ・ニデラ・ユシュルジェのお付きのメイドを半年前に任されるようになり、今まさにその重大な任の内、一日の始めの儀式と言っても過言ではない行為ユーリにとってだがを行うためにイツァーラの部屋を訪れんとしていたためだ。イツァーラは寝起きが良くない。そのため、彼を起こして着替えさせ朝食のために食堂まで連れていくことは、多少骨の折れる仕事だ。しかし、朝一番からイツァーラをお目に掛かれるのであれば、そんなことは些細な問題ですらない。

「ん~~っ、今日はどんな顔をなさるのか、楽しみ~」

そして遂にユーリは目的地にたどり着いた。イツァーラの自室の扉のすぐ横にある姿見の前に立ち、入念すぎるほどに髪や衣服を整えノックをした。

入室すると、色調や形式が統一され季節感を損ねないようにまとめられた家具や、部屋の手狭さを感じさせないよう配置に工夫された家具が目に入った。そして部屋の中央に鎮座する、天蓋付きで所々に金糸で繊細な模様が装飾としてあしらわれているが、決して華美ではなくこの部屋や、部屋の主の格に応じた品を纏ったベッドから身を起こしたイツァーラがもぞもぞと起き上がるのが目に入る。

(はぁ~、今日のイツァーラ様も見目麗しい~。男の子に対しても見目麗しいっていうのかなぁ??あぁ、ずっと見ているとイツァーラ様に変だと思われるから、仕事に取り掛からなくちゃ)

(あれ?でも今日のイツァーラ様ちょっとぼーっとしてるかな?あ、でもいつも寝起きはぽけーっとしてるよね??もしかして体調が良くないのかな?)

カーテンを開けタッセルでまとめ、朝の冷涼な空気を取り入れるために窓をわずかに開ける。そこでイツァーラがユーリ自身を注視していることに気が付いた。意図せずユーリはじりじりとにじり寄っていく。

(え!!!!イツァーラ様が私を熱い視線で見つめてる!?)

(まさか6歳の若さにして色を知る年を迎えたの??)

(あぁ!なんて成長が早いのかしら!!)

そして―

「ユ、ユーリ…今日は何年の何月何日だい?」


慌てたメイド―ユーリ―が部屋を飛び出し部屋は静かになった。

(ふぅ…。どうやらここは俺がいた世界とは違うみたいだが、まさかいままで時折夢に見ていた光景が実在の世界だとは…。)

未だ震える手をベッドのシーツにこすりつけ脂汗を拭う。自室に一人になると、鎌首をもたげてきた動揺からか酷い頭痛を覚える。そして現状をはっきり認識するにつれてひどい吐き気も催し始めた。

(…まるで二日酔いだな。)

(そういえば、二日酔いが原因でこんな状態に陥ってるんだったか?それとも急性の中毒死でも起こしてしまったのだろう…。)

(何はともあれ難儀なことになってしまったなぁ。新年度のタイミングだったから会社に残した資料はある程度まとめておいたのは不幸中の幸いだったか…。)

(そうだ、明日のために何本か確認のメールを送らないといけないな…)

未だ混乱の中にあったが、気を紛らわせるために方々に思考の糸を伸ばしていく。思い込みかもしれないが、次第に体の変調が落ち着いていき、それに合わせて意識が薄れていった。




春の日の出前に特有なる冷涼な空気に身を震わせ、掛布団を手繰り寄せていると動作の拍子に目が覚め、深みに沈んでいた意識が表層へ浮上し始める。自身の体温で生暖かくなっている布団の中で手先・足先を使いながら体熱の掃き出し場所を探す。すると、体を捩っているうちに、うすぼんやりとしていた意識が明瞭になってきた。

「…今は何時だ…。」

ベッドサイドテーブルにおいてあるはずの置時計を手元に引き寄せようと腕だけを動かす。しかしながら、ついぞベッドの縁まで手が到達せず、不審に思いのそりと身を起こす。そして目で認めたものを十分に吟味し昨日の出来事をごそごそ顧みていると、己の置かれた状況が脳裏に染み込んでいく。十分に間をおいて。

「…ままならないなぁ…。」

と、やっとのことで盛大な爺くさいため息とともに一言呟く。

(さながらデカルトが説いてた世界観そのものだな)

もう一度ため息をつきやおらに部屋内を眺めていると、形式や雰囲気の似通った家具がそれなりの広さの部屋に空間を広く使えるよう配置されていた。それなりの広さと言っても都会で中年サラリーマンをしていた元一人暮らしの身としては、この部屋の主―イツァーラ―の身分の高さを察して余りあるほどには広い。

「子供の部屋にしては過剰と言えるほど立派であるのは間違いがないな。この体の子はそれなりに高貴な身分なのだろうか。」

「そもそもここの家柄はどのようなものだ?地主なのかそれ以上なのか、時代によっては貴族などという呼称かもしれないが…。」

(5歳のイツァーラの身と俺の知識を合わせただけではわからないことが山積みではあるが、まずはこちらの常識を理解することが先決であろう。次いで必要になるのは読み書きなどの習熟か。)

40歳を目前にして新しい社会に放り込まれ、積極的に学ばなければならないようになった、なんと前途多難なことか。などと心内で呪詛の言葉を漏らしながらベッドから足を放り出した。小さなスリッパに足を通し、窓辺へと近寄ると炊事のためなのか暖を取るためなのか煙が薄紫色を湛えた空へたなびいていく様が伺える。先ほどまでは日が出ていなかったために館内は静謐に包まれていたが、漠然としている間に時間が経過しこの館に仕える人々が起きだしたのであろう、そのうちあわただし気な足音や重い扉を開閉する音が聞こえ始めた。


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