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マスタード

作者: 佐野智香

朝7時の目覚まし時計が「ピピッ ピピッ」となった。

ベッドから起きてカーテンを開けると眩しい光。

テレビをつかるとちょうど天気予報のコーナーが始まった。

「今日1日、お天気に恵まれてお洗濯日和です」の声を聞きながらお湯を沸かした。

ポコポコと泡立つ水の音が心地よい。私は朝食の準備にとりかかった。

パンをトースターで焼き、目玉焼きとベーコンに低糖のフルーツヨーグルトをつける。

沸いたお湯でインスタントではなくドリップコーヒーを入れてゆっくりと朝食をとる。

こんなにのんびりとしているのも“あの通勤ラッシュ"が無いおかげだ。

週に3~4日ほど自宅勤務となった私の1日の始まりだ。ぎゅっと詰め込まれた日常の憂鬱な始まりから解放されたのだ。肩凝りもだいぶ楽になってきた。

さて、洗濯でもするか…シーツと枕カバーも洗おう。

洗い立てのシーツに寝転ぶの気持ちいいんだよね、と楽しみまで作りつつ家事をどんどん終わらせた。

最後に花瓶のお水を変えた。ガーベラとかすみ草のミニブーケ。駅前の花屋で500円で購入したやつだ。ピンクと白の組み合わせが可愛くて衝動的にとったものだ。「かわいいね」なんて声をかけつつ少し眺めていると何故かざわざわしてきた。

私は急いで“ごまかすように"時計をみた。9時半を過ぎていた。そして仕事をスタートさせた。

11時からオンライン会議があるので、それまでにメールチェックをしつつ昨日の資料の続きにとりかかった。毎日毎日、あちらこちらと飛び交うメールの数に驚かされる。私も他の人と同様にあちこち飛ばしている1人なのに。まるで部外者のようにメールをみていた。

会議まで後10分というところで飲み物を用意することにした。同僚からもらったハーブティーは、香りがよくてお気に入りだ。「さぁ、そろそろ時間だ」一人言を言いつつパソコンに向かった。

「ふー。」とため息をついた。

長かった。一時間もあれば充分な内容だったが、部長の前置きが長すぎたのだ。

恐ろしい。これは社内だとか自宅だとか関係なく同じだった。

長い前置きにうんざりしそうな頃に璃子からLINEがきた。どんより顔の犬のスタンプだ。思わず笑ってしまいそうになったのを堪えた。すかさず私も同じスタンプを璃子に送った。

璃子は同僚で、チームは違うのだが同じオンライン会議に出席している。今度いつ出勤?ランチしない?とかコソコソと会話した。

そして「長い前置き」の間に次の約束をした。

会議を終えると私は少し遅めのランチをとりに近所のショッピングセンターに行くことにした。

自炊するのも面倒だし、かといって出前をする気分でもない。

「そうだ、久しぶりにあの店に行ってみよう」と思いたった次第だ。白いレンガのあるカフェだ。椅子は少し硬いんだけど好きな店だ。

店につくとすぐにBランチを頼んだ。

まずサラダが運ばれ、次にライスとメインのポークステーキがきた。おまけにスープまでついている。

「あれ?美味しい。ポークステーキにつけると美味しい。」

二十歳もとっくのとおにすぎた、大人になった私の食わず嫌いのマスタード。

専用のソースより美味しい。なんだ、この美味しい粒々マスタード。パクパクと口に運びつつ粒々マスタードを楽しんでいた。

この美味しさを誰かに言ってみようかな。こんな時もし隣に…しかしそんな人は具体的には思い浮かばなかった。

親しい友人や異性、ドラマや映画のカッコいい主人公でさえ誰のことも思い浮かばなかった。

Twitterやインスタで呟こうかと思ったけどやめた。

ぽっかり穴のあいたような虚しさがあるわけではない。

そして何だかちょっとイラッときたのだった。こんな些細な感情に惑わされてるような気持ちになった。

おかしいな。

ざわざわと心が騒いだ。

私はひとり目を閉じる。

明確な理由がわかるわけでもなかった。

そして私は考えるのも何かを感じるのもやめた。

ただ苦しいのは確かだった。

私が「わたし」でなくなる前に、溢れてきそうな何かに蓋をした。

そして食事を終えた私は、笑顔の店員に見送られながら店をあとにした。

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