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忘れん坊の賢人 ※童話風※

作者: 林道爛

あたしはカヤコ!最近ね、辺鄙へんぴな村に引っ越してきたの、名前は朝日谷あさひな

ちょうど山の傾斜から朝日が村に差し込むからそういう名前になったんだって。

変てこな形の山々に囲まれた麓にある小さな村で、そこに住む人たちはたったの100人くらい。

家のすぐそばには綺麗な川が流れていて、動物たちも元気にすくすく育てるようなところ。

近所の人達もとても親切で引っ越してきて大正解!


ただ、あたしの故郷にあった美味しい茶葉がないことだけが心に残っちゃって…

次の日そんな悩みを隣に住むおばさんに話してみたら

「この村の頂上付近に住むおじいさんに聞くといいよ」と言われたの。

どうやらこの村の知恵袋のようなおじいさんで皆から「賢人」と言われ慕われてるんだって。


早速おじいさんの家を目指して山を登っていると、向こうの木陰の方から煙が立っていたの!

大変!火事かもしれないと思って近づいてみると…大きな体と怖そうな顔をした男たちが何やら楽し気に話してた

引っ越してきた時に聞いた「山賊」っていう悪い事をする人達だ…


あたしは怖くなってすぐその場を見つからないように離れて、ほっと一息。あの道は通らないようにしないと。

山賊たちに見つからないようにおじいさんの家に向かったの。

するとおじいさんの家…みたいなものを見つけたんだけど…

まぁるいシャボン玉に包まれたような大きな建物の煙突から煙がほくほくと出ていて不思議な家だった。


入口はどこだろう…?と思い覗いてみると透明な膜の玄関がふわっと開いてびっくり!

中に入ってみると更にびっくり!!金銀に彩られた装飾品と家具ばかり!

そんな中ぽつんと置かれた小さなテーブルでおじいさんは大きな本を読んでいる。


本に集中しすぎてあたしに気づいていない。


あの、あたしカヤコって言います、おじいさんに茶葉の作り方を教えてもらいたくて…

と声をかけると「ああ、こんにちはお嬢さん。茶葉かい?萎凋いちょうのやり方を知りたいのかね?」


できれば全部教えて欲しい…と言うと丁寧に葉の種類や水分量や発酵に至るまで説明してくれた。

教えてもらった事をメモしてありがとうございます。と言うと

「いいんじゃよ」と寂しそうに呟いた。


カヤコは何故寂しそうなのか不思議に思いつつも、おじいさんと世間話をしてみた、興味があったからだ

おじいさんは一人で何十年もこの家で過ごしていること、家は自分で作ったこと、

金銀の装飾品などは隣の王国からお礼として献上されたこと、

様々な問題を知恵で解決していくうちにお礼が溜まっていってしまった事を話してくれた。


何故寂しそうなのか、その理由は話してくれなかったが、カヤコはずっと独りでいたら寂しいに違いない

茶葉を作ったらお礼におじいさんと一緒にお茶を飲もう。と決めて「おじいさんまた来ますね、今日は本当にありがとうございました」

といって家に帰った。


教えてもらったメモをみながら作っていくとカヤコが心から愛した故郷の味がみるみる蘇った。

本当に嬉しくて涙が出た。気分は空高く舞い上がりそうなほど昂っていた。

この感動をおじいさんと分かち合いたいと思い、菓子折りを持って早速おじいさんの家へ向かった。


いつもながら変てこな見た目の建物を見つけ「おじいさん入りますよー」と声をかけると玄関がふわっと開いた。

小さなテーブルに大きな本を置いてこちらに気づいていないおじいさんに

「この前茶葉の作り方を教えてもらったカヤコです、あの時はありがとうございました。

おじいさんのおかげでこんなに美味しい茶葉が出来たんですよ!一緒に飲みましょうよ!」

嬉々とした表情を惜しげもなく見せるカヤコに

「おお、こんにちはお嬢さん、茶葉?何のことじゃ…?」

とおじいさんは寂しそうに呟いた。


「ほら、数日前におじいさんから茶葉の作り方を教えてもらったカヤコですよ!」

と繰り返すと

「はて……すまんなあ、覚えてないんじゃ。だからお礼もけっこうじゃよ」

そんなことはできない、おじいさんが覚えていなくとも自分は覚えている…何度も説明するがわからないらしい…

それでもお礼だけでも…とカヤコは茶葉と菓子折りをテーブルにそっと置いて悲しそうに帰宅することにした。

「おじいさん、それだけでも食べてくださいね」

何故カヤコのことを忘れてしまったのか理由がわからないまま数日がすぎた頃


隣に住むおばさんと下世話な話をするついでにおじいさんのことも話してみると

「ああ!あのおじいさんはね、一日経ったら全部忘れちまうんだよ、昔の事は覚えてるんだけどねぇ」

そうなんですか…と悲しそうにカヤコが呟くと

「だはは、それでもあの人は賢人なんだよ、何でも解決しちまうからね、この間なんて生きる気力を失った若者に、死んだと思って何でもやってみることじゃ。と言ってね

なんでも、そういう若者にこそ生きたいってエネルギーが膨大にあっていずれ人を導く何かになるんだと、その若者は今じゃ自分がやりたかった事を一生懸命やって元気一杯さ。そうそうその前なんか…」


おばさんは数々の問題を解決してきた逸話をたくさん話してくれた。だが腑に落ちない部分があった。

問題を解決する知恵があるなら、何故寂しそうにしてるんだろう?寂しさは解決できないのだろうか?

そんな素朴な疑問は自然とカヤコの足をおじいさんの家へ運ばせた。


頂上へ辿り着く途中、家の近くで誰かの話し声が聞こえてきた。

なんだろう?と思いつつ、そろーっと息を殺して近づいてみると、山賊たちが小声で話し合っている。

何処からか金銀に彩られたおじいさんの家の噂を聞きつけたらしい。


「あの家にゃとてつもねえ金目のものがあるんだと」

「中にはじじい一人なのか?」

「誰もいやしねえ、何十年も一人で隣の国王からの献上品がたんまりあるって話だぜ」

「それだけじゃねえ、何でも一日経ったら全部忘れちまうんだとよ、つまり盗んでも綺麗さっぱり忘れちまうってわけよ」

「こりゃとんだ儲け話だ。こんな簡単な仕事はねえ」


山賊たちは盗みを働く相談事をしていた。

こりゃ大変だ!カヤコは大慌てで村に帰って皆を呼びつけた。

「みんな!大変!山賊たちがおじいさんちのお金を狙ってるみたい!何とかしなきゃ!」

活火山からマグマがドカンと吹き出るような勢いで必死に皆に知らせるカヤコに村人たちは平然と口を合わせて


「大丈夫だよ」

としか言わなかった。


ろうそくの業火をフッと一吹きされたような静けさがカヤコを襲った、その虚しさが逆にカヤコの冷静さを失わせた。


「大丈夫じゃない!山賊たちは今にもおじいさんちに盗みに行こうとしてるのよ!

おじいさんを助けに行きましょう、誰か手を貸してくれる人はいる!?」

この村の皆から慕われるおじいさんの危機となれば黙っていられるはずがない。

そう思っていたカヤコだが…村長が静かに口を開いた。


「ああ、君は最近引っ越してきた娘さんだね、おじいさんのことを知ってるなら話は早い。心配はいらないから今日はもう休みなさい」

全身の力が抜けてキョトンとするカヤコに村長は付け足した。

「あの人が賢人であることを君は知っているだろう。みてればわかるから。今日は大変だったね、うちでご飯でも食べて行きなさい」

そんな悠長な事をしてる隙間をカヤコの心は与えてくれなかった。


「あたしおじいさんち行ってくる!」


「お待ちなさい!」


大切な故郷の味を蘇らせてくれた優しいおじいさんのため、カヤコの足が振り返ることはなかった。

心臓が破裂しそうな程バクバク鳴っている。

家の近くに辿り着く前に心臓の太鼓を静かにさせて、息を殺す。家の様子を伺ってみると何もなかったかのようにシーン…としている。

もっと間近で見ようと窓のほうへ近づき、中を覗いてみると艶やかだった装飾品も家具もなく

おじいさんがぽつんと小さなテーブルで大きな本を読んでいる。山賊たちの気配はない

カヤコが家の中に入りおじいさんに問いただすと


「ああ、何か困ってる人たちらしくてな、明日返しに来るから貸してくれと言われたんじゃよ」


カヤコが思った通り!山賊たちはおじいさんを騙して金目のものを盗んでいた。返す気などないだろう。

彼らは山賊でお金目当てであること、おじいさんを騙す気だったこと、カヤコは事情を説明した。


「知っておったよ」


カヤコはヘチマで殴られたような気持ちになった。

「じゃぁ何故騙されてあげたの?!」

どうみても返しに来るような輩ではないのは一目瞭然。賢人と言われる者がする判断ではないように感じた。

おじいさんは本のページをひらりとめくりながら


「困っておったからじゃよ」と一言だけ呟いた。


「彼らは困ってなんかないわ、おじいさんのお金が目当てだったのだから!……盗みが目的だったのよ…!」

煮え切らないマグマが胸に詰まったかのようにカヤコが言うと


「困ってるか困ってないか判断するのはお嬢さんではなく、彼らじゃよ、少なくともお金には困っておったようじゃな」

何も言う事ができないカヤコをちらりとみて、おじいさんは付け足すようにこういった


「それに、わしから盗めるものは何もないんじゃよ、彼らが“借りて”いったのはお礼でもらったものばかりだ

わしには不要なもの、あるいは過ぎたものだけじゃ。わしには有り余るものをお礼のお礼として返しただけのこと」


何を言ってるのかカヤコにはさっぱりわからなかった。自分が何を言うべきかもわからなくなってしまった。

おじいさんが悲しんでいないのならそれでいいんだけど…。とは言ったが、心の中で何かが引っかかっていた。

自分がすべきことは助ける事ではなかったのか、助けるとは何だったのか、助ける意味はあったのか

問題が問題じゃなくなった今、カヤコに出来ることは何もなかった。

助けたい。という気持ちを不完全な形で消化してしまったカヤコはこれで良かったのかな…と自問しながら帰路についた。


村に帰ると皆何事もなかったかのように振る舞っている。

今まで知恵を授かり、恩を受けながら、何故あの老人を放置することを選んだのか、理解できないまま数日が経ったある日のこと。


村の一人の青年が血相を変えて走りながら叫んでいた。

「大変だーーー!さ、、、山賊たちが、、、この村を襲ってくるぞーー!」

大勢の人達がわぁわぁと集まり、皆が青年を問いただしてみると

「さ、山賊が医者を求めて暴れてるらしいんだ!あいつらのかしらが病気になったとかで鬼の形相で医者を探してる!

この村にゃ医者がいねえから山賊たちは腹いせに何するかわからねえぞ!

女子供はどこかに隠せ!男たちは武器を持て!」

ぶるぶると震える足を2回叩いて青年は蹶起けっきする。山賊と刺し違えても村を守る腹だ。

村長は皆に冷静に、と杖を2回地面にたたきつけて玲瓏れいろうを促し

「この村に医者はいない。女子供は裏山へ避難、男たちは山賊が話し合いができるようなら武器は使うな。

話し合いにならぬようなら武器を持て、安全が確認できたら狼煙のろしを上げて女子供に村に帰るよう合図する、さぁ!備えよ」


老若男女その場で役割を決め、てきぱきと準備する。が…

カヤコは山賊にどうしても言いたい事があった。覚悟を決めて村長に「あたしは残ります」と伝えると

「だめだ、避難しなさい」と言おうとするが、カヤコの表情をみて、堅い決心を揺るがす時間がないと判断し

「…理由を聞いてる暇はない、わかった、どこか身を隠せる場所にいなさい」と強引に承諾してもらう。


男たちは家の中にいつでも戦えるよう武器を隠し、村の男たち全員で山賊を迎える決意をした。

山の向こう側から大勢の山賊が血相を変えてどすどす走ってくる地鳴りが聞こえる。


山賊たちが村の入り口へ辿り着くも、走り疲れて村を襲えるような者は一人もいなかった。

今にも崩れ落ちてしまいそうな膝を抱えながら山賊が問う

「やいやい、、、この村にゃ腕の良い医者はいねえか?」

「すまないが医者は一人もいない、が、どうしたというんだね?」と村長が言うと

「お頭が訳のわからねえ病気になっちまって、俺らぁ死に物狂いで治せる医者を探してんだ、いねえならこんな村に用はねえ、じゃあな」

早々と立ち去ろうとする山賊にカヤコが建物の陰から乗り出て一喝した。

「おじいさんから盗ったものを返しなさい!」


村の男たちはびっくりしたが、山賊たちは不敵に笑って

「ええ?何言ってんだ?俺たちぁ借りただけだ、盗ったなんて人聞きの悪いこと言っちゃならねえよ嬢ちゃん。それとも証拠でもあんのかい?」

今突き出せる証拠などなかったが、カヤコには確信があった。

「借りたなら返すのよね」

「もちろん返すぜ。だがあのじいさんは返してくれなんて言わないだろ。それまでこっちは待ってんだ」

一日経ったら忘れてる事を知ってる。借した事をおじいさんが忘れてるなら一生借りてられることになる。

カヤコは何も言えなかった。今おじいさんに聞いたとしても数日経った今、おじいさんが覚えてるとは限らない

それを理解しておじいさんを謀っている山賊たちをカヤコは許せなかった。

優しいおじいさんを謀る山賊たちに何も言えない自分を責めそうになった、悔し涙が溢れそうになった。

そんなカヤコを蚊帳の外にして山賊たちは本音を漏らす

「はぁ、、、お頭がいなくなっちまったら、俺達ぁおしまいだ、、、所詮無法者の集まりだ、束ねられる人間がいねえ。

お頭あってこその俺達だ…この村で医者探しは終わりよ。そんなもん何処にもいねえってわかってるのに馬鹿なことやっちまった。

今ある金をパーっと使って俺達は好き勝手生きてくのが性に合ってんだろうよ…」

カヤコはこれが山賊の本音だと瞬時に察知し、案が浮かんだ。

「おじいさんに頼んでみたら?」

すると山賊たちは馬鹿言うなと言わんばかりの顔で、怒りが顔に滲み出ていた。

「おいおい、でかい町の名医者でも治せない病名もわからない病だ。じじいに何ができるってんだよ!」

カヤコは山賊たちを追い詰めたい自分の心を抑えながら、心のままに本当の事を教えた。

「あのおじいさんはどんな問題でも解決できる賢人よ。過去にも謎の病を治した事が何度もあった」

それを聞いた山賊たちは皆希望に溢れた眼と懐疑に溢れた眼でひそひそ話を始めた。

「そりゃ本当か…?嘘ならこの村がどうなっても知らねえぜ。なんせ俺たちゃ無法者だからよ…!」

脅しとは思えない凄みにカヤコはごくりと唾を飲んだ。お頭の病気が治ることを本当に願った人間にしかできない眼光だった。

そんなカヤコをみて村長が口を割った。

「それなら私が責任を持とう」

村の男たちは一斉に声をあげ、猛反対した。仮に治せなかった場合この村はどうなるんだ!と。

村長は半ば諦念に至ったような表情で明朗に断言した。

「私はあの賢人にこれを解決できないとは思えない」

常識を疑うような言葉に山賊たちは半ば期待する自分の心を払拭するかのように

「ハッ。命乞いの前のハッタリか?あのじじいがお頭を治せないようならどうなっても恨むなよ……!わかったな!」

と言い放って元の道に帰って行った。



村の男たちは「いいのですか!!あんなことを言って!女子供達はどうなるのですか!」と抗議するも

「構わん」と平然と一蹴する毅然とした村長の態度に威厳を感じ、次に口を開けることを自らが許さなかった。

カヤコは自分の言い分を貫き通すと決めていた。どうなっても自分が責を取ると決めていたために、村長が助力に回る事を想定してなかった。

軽率な行動を深く反省し、申し訳なさそうに「ごめんなさい…こんなことになってしまって」と言うが村長は

「言っただろう、見てればわかる、君が心配することではないよ」とカヤコを励ました。

カヤコはその言葉だけでは不安は消えてくれず

「あたしおじいさんのところ行ってきます!」と言うと村長はわかっていたかのように

「いってらっしゃい」と優しく背中を押して、覇気が込められた声で「さぁ!狼煙をあげろ!」と皆を促した。


山頂に至るまでの登山は山賊たちの足跡でけものみちとなっていた。

山賊たちに見つからない場所から、そーっとおじいさんの家が見える場所に行くと山賊たちはおじいさんに詰問を始めていた。


「やいやい、お頭の病が治せるってのは本当だろうな?どうやるんだ!」

怒号を振り回す山賊とは裏腹におじいさんは優しく

「ああ、誰の病がどうしたんじゃ?症状はあるんかの?」と問い返す

感情の高低差にいらついた山賊は

「腹と頭が痛くて全身に緑の斑点が出て高熱を出してんだ!!!治せるかって聞いてんだ!」

しばらく考えておじいさんが口を開く

「うーむ。それは珍しい症状じゃの。古代にそんな流行り病があった。だがそれは一部の民族だけじゃった」

煮え切らない言い方に山賊が問う

「だからそれがどうしたってんだ!」

おじいさんは優しく問いかける

「植物を食べると緑の斑点が出るんかの?」

ぎくり。と腰を抜かした山賊は目から鱗が落ちたような声で

「なんでそれを知ってんだ…?」図星であった。

おじいさんは続ける

「それは遥か昔おった絶滅したと言われる民族の遺伝子を受け継いだ人間しかかからぬ病じゃよ、彼らはこの病に抗う術を持たぬ」

驚いた山賊も問いかける

「お頭がその民族だってのか?」

こくり、と頷きおじいさんは話す

「そうじゃ、名もなき病じゃよ、薬に必要な植物を記す、待っておれ」

そう言い残して去ろうとするおじいさんに山賊は気づいて言い返す

「おい!!植物を食べると緑の斑点が出るって言ってるのになんで植物なんだ!!」

大声を振りまくもおじいさんには聞こえぬようで、集中しながら手記を綴っている

「さぁ、これじゃ。お前さんたちの頭は待っておるよ」

そんなこと言われないでも山賊たちはわかっている。

「てめぇ、この薬が効かなかったらどうなるかわかってんだろうな!覚えておけよ!」

と言い残してお頭の薬を求めてどすどすと地鳴りをあげて走っていった…


山賊たちはおじいさんが残した手記の植物を探し集め、比率と水分量を寸分狂わず見事に一つの薬を完成させた。


調剤した薬の粉をお頭の口に一つ流し込み、ごくりと喉を通るのを確認した山賊たちは静かにお頭が目を覚ますのを待った。

待つ事1分…10分…1時間…10時間…永遠とも言える時間が経過したように思えた。

その時山賊の一人が言葉を漏らす

「お頭ぁ…あんたがいなきゃ俺たちゃただのゴロツキだぁ…くそ…俺たちゃあのじじいに担がれたんじゃねえのか!?」

筆頭格の山賊がきつく嗜める。

「いいから黙ってお頭の看病をしとけ!この人にゃいくら返しても返し切れねえ恩があるんだ!

誰に騙されようがお頭が治れば全部解決するんだよ!」

気弱に小声を漏らす山賊たちに喝を入れる。だが山賊たちの期待と懐疑心は既に限界を迎えようとしていた……その時……

「うぅううん……おめえたち、ここに揃って何してんだ…?」

山賊たちは目をキラキラ輝かせて今まで出なかったような快の覇気をまとわせて一斉に声をあげた。

「お頭ぁ!お待ちしておりました!」

「待ってた…?おめえら何言ってんだ?」

事の顛末を朦朧とした状態で理解しきれていないお頭に山賊たちは懸命に説明する。

お頭が謎の病にかかったこと、どの名医も匙を投げたこと、一人の老人が病の治し方を知っていた事…

一つ、その老人から騙し取った金銀をお頭の治療代に充てようとしてた話は伏せながら…


「そうか、じゃぁそのじいさんに礼をしなきゃ筋が通らねえ。おめえら!そこにある金銀をじいさんに分けてこい!」

そう言ってくることは大方想定していた山賊たちは罪悪感に苛まされながら正直に言う事にした。

そうしたほうが未来の自分たちが楽な事を悟ったからだ。

「お頭…すまねぇ…それらは…そのじじいから騙し取ったもんでさぁ…!!」

お頭は怒り心頭、情けない事で生計を立てようとしていた子分たちに一喝

恩を仇で返す事は仁義にあってはならねえと永延と子分に繰り返し言い聞かせた。

謝礼の意と謝罪の意を込めた金銀以上の品々を子分にまとめさせてこう言った。

「これらをそのじいさんに全部差し上げて来い!!」

それを半ばわかっていた山賊たちは「へい!!!」と後に受けるお咎めを覚悟して腹から気持ちの良い声を出した。


…後に頭は子分たちが自分のために盗んだと知り、お咎めを与える事はなかった。頭なりの仁義の通し方であった。


おじいさんの家に到着し、今まで山賊が借りていた金銀装飾と、更なる品々を受け取るはめになったおじいさんは

「そうか…」と寂しそうな声を一言漏らした。

そんなおじいさんをみて山賊は問うた

「おめぇさん、なぜお頭がその民族の生き残りだと思った?」

素朴な疑問だった。

「はて…病?誰が?何のことじゃ?」

一日以上経過していたため、おじいさんは何もかもを忘れていた。

山賊たちは何を聞いても、もう意味がないと悟っていた…が、与太話と思えるほどの事をおじいさんは言い始めた


「植物は感謝という水をやれば種は育つ。憎しみという水をやりすぎれば根は腐る。

昔な、無法者たちを束ねるものが王になった事があった。それは…王が望んだことではなく民が望んだことじゃ。

誰も束ねられなかった者を束ねられるものが王になるべきだと…。

心は根、芯が王、幹は街、葉は民。それらは皆一つじゃ。その意志を受け継いだ者の生き残りが現代にもおったんじゃのう…

感謝されて育ちおったか、毒を返しおったの。かっかっか」


山賊たちの頭はおじいさんが何を言いたいのか、その真意がわからなかった。

「じいさん…そりゃもしかして…お頭のことか?同じ事を昔お頭が言っていた気がする…俺らは一つだって…」

おじいさんは何も聞こえなかったかのように笑顔で呟く

「良い師を持てば、良い弟子が育ち、上に上るための橋渡し、その梯子を授けるんじゃな」

山賊たちは罪悪感で何も言えなかった。金銀をだまし取った挙句、薬まで頂戴し、恩人の命すら救ってもらった自分達が梯子に足をかけるなど許されないと思ったからだ。声にならぬ声で強く…心から小さく呟いた。

「あんたの言う通りだ…一つ間違ってるとすれば、良い師を持てば良い弟子ができるとは……限らねえってことだ…!」

自分達を棚に上げることはできなかった。山賊たちの率直な気持ちだった。

その罪悪感に満ちた山賊たちをみて何を想ったのか、おじいさんはにこりと笑い

「充分な感性じゃ」とだけ言い放ち、大きな本のページをひらりとめくり始めた。

本に集中してるおじいさんをみて山賊たちは深く一礼をし「恩に着る」とだけ呟いてお頭の元へ還っていった。



おじいさんが心配で事の顛末をずっと見ていたカヤコは静かにおじいさんに寄り添った。

「おじいさん、こうなることを知っていたの?」

まともな答えが返ってくるとは思っていない。素直な疑問をぶつけてみた。

「ああ、何のことじゃ?どうなったんじゃ?」

いつもながらの返答をするおじいさん。にこりと笑ったカヤコが問う

「何故あんなことをされたのに忘れて、お礼は忘れないのかしら」

かっかっか。と笑っておじいさんが応える

「憎しみは水に流し、恩は石(意志)に刻むんじゃよ。師の受け売りじゃ」

なんて良い言葉だろうと感じて、少し笑いながらカヤコは次の質問を投げかけてみる

「何が恩だったのかしら……」

厚い本をぺらりとめくっておじいさんは少し考えた

「うーむ。なんだったんかのう、わからんのう、、、ただ、、朝日のように綺麗なものだった気がするんじゃが、、、」


カヤコは何故このおじいさんが賢人だと言われるのかが少しわかった気がした。

恩も憎しみも善も悪も賢人の前では無意味なのだ。未来にある微かな光だけに集中しているから周りなど気にしない。

そんなことを想うとカヤコは自然と大いなる何かに抱かれたかのように笑みがこぼれた。

「おじいさん、じゃぁ朝日をみた時に思い出せばいいんじゃないかしら」

「何をじゃ?」

「誰かから受け取った大切なものよ。それは毎日やってくるから、そしたら寂しくなんてないわ」

不思議な顔をしてカヤコを見つめるおじいさんは首を傾げて考えた

「寂しい……何が寂しいんじゃ?」

「おじいさん、いつも少し寂しそうにあたしには見えたの」

常に疑問に感じていたことだった。満ち足りてるはずのおじいさんが寂しそうな理由をカヤコは最も知りたかった。


おじいさんは初めて少し表情を落とし、暗い顔をした。

「そうじゃなぁ…少し未来が視える事があるんじゃが…罪はな、つぐないきれない神からの贈り物なんじゃよ」

未来が視えるなど吃驚する価値もない馬鹿げた話、信じられそうもない事だが、カヤコにはその言葉がスっと胸に入ってきた。ただ…

「おじいさんは何も悪い事をしてないのに…どうして償うの?一体誰に…?」

これまで村人の中でおじいさんを悪く言う人なんて誰一人いなかった。現に山賊たちにさえ感謝されている。

罪を償うことから一番遠い存在のようにカヤコには思えた。

おじいさんは下を向いて、少し何かを思い出したかのように語り始めた。


「昔じゃったか……自分の知恵に溺れた事があるんじゃ。隣の国王が持ちかけてきた悩みを解決したのが元じゃった。

それを解決したわしに国王は、この国の知恵者の象徴として数々の装飾品を献上してくださった……心から嬉しかったんじゃ。

じゃが、その日から大勢の人間が悩みを持ちかけてきた。中には知恵を悪用する者もいた。じゃが、わしは自分に酔っていたんじゃ。

何でも解決できる、何でも知ってる、とな…。しかし、神様はきっと見ていたんじゃろうな。

わしが教えた知恵で武器を作って、あろうことか隣国を滅ぼしたんじゃ………隣国の民はわしを仇とみなした。当然じゃ。

民から追われる身になったのと、自らの罪から逃げるようにこの土地にわしはやってきた。わしの償いきれない罪を背負ったのは神からの罰ではなく、贈り物だと思うようにしとる、新たな知恵を授けて下さった。じゃからわしはここで償い続けるんじゃ、お礼など貰う必要もない」


おじいさんがいつも寂しそうな理由が悲しいものだと知ってカヤコは胸がギュっと苦しくなって「ごめんなさい…興味本位で聞いてしまって…」

と気軽に聞いた自分を責めたが、カヤコの中で何かが違うと叫んでいた。


「でもおじいさん、知恵が人を選ぶんじゃないわ、人が知恵を選ぶんだもの。おじいさんはやっぱり悪くないとあたしは思う。」

素直な気持ちだった。

「おじいさんのように知恵がある人だから聞きたいことがあるんだけど…」とカヤコが付け足すと

首を下に落としたまま「なんじゃ…?」と返すおじいさんに

「罪の色って何色なんだろう。…あたしは透明だと思う。おじいさんちのシャボン玉みたいに、見えるけど見えないような、触れるけど触れないような、七色に光る膜がずっと動いてるから本当の色なんて誰も決められないかもしれない。でも、それって光が反射してるからあたしたちには視えるんだよね」

「そうじゃな」とおじいさんが頷くと、カヤコは明朗に前を向いて話し出した。


「あたしね、この村に引っ越してきておじいさんを悪く言う人なんて誰一人みたことがないの。

もちろん、罪を背負ってるなんて言う人も誰もいなかったわ。それってシャボン玉みたいにおじいさんが光を反射してるからだったりして」

にこやかに笑うカヤコに、当然そうにおじいさんは「きっと償いをしてるから村人にはそう視えるだけかもしれんの」

おじいさんの返答を聞いてあっはっはと大声で笑うカヤコに、おじいさんはイタチに首を噛まれたような顔で見つめる

「だってそれって、おじいさんがあたしたちの光みたいな存在ってことでしょう?だっておじいさんの知恵は使う人によって色が変わるのだから

ここの村人たちはきっとその知恵を光にするはずよ、おじいさんを見習って」


かかか、と少し微笑んだおじいさんは

「光を反射するのはシャボン玉なんじゃから、お前さんらが光なんじゃ。お嬢さんは上手い事を言う、ありがとう、それだけでわしには充分すぎる言ノ葉じゃ」

賢人に褒められたカヤコは満面の微笑みを見せるも、少しだけ寂しそうに呟いた

「…今日話した事…おじいさんは忘れちゃうのかな」

おじいさんにとって失礼な言葉かもしれない、ただ、この嬉しい会話を覚えておいて欲しいがために出てしまった本音だった。

おじいさんは少しだけ怒ったかのように

「何を言う、こんな素敵な言葉をわしに…まるで朝日のように綺麗なお嬢さんを忘れるわけなかろう」

カヤコは「そうだよね!」と元気良く立ち上がったカヤコは何かを決心したかのように言葉を投げかけた。

「もうすぐ夜明けだね……。おじいさん!あたしが朝日のように綺麗だって言うなら朝日をみる度にあたしを思い出してね!」

空元気にも見える大きな声で、叶わない願いだと囁く自分の心を懸命に払拭しながらカヤコは前を向く

「ああ、もちろんじゃとも。美しい朝日は毎日やってくるんじゃから。

まるでお嬢ちゃんの優しさが、わしの心を照らすかのようにやってきてくださる」



山の傾斜からおじいさんとカヤコの笑顔に朝日が差し込み

朝日谷に新しい朝がやってくる。

お読みいただき誠にありがとうございます。


こちらは童話にするため、訂正・改定する箇所が多くあると思います。


こちらが原型ですので、こちらも何卒よろしくお願いします。

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