第37話 秘密と信頼
自動車ほどの大きさのそれは間違いなくドラゴンの子供だ。鱗の色は母親と同じ赤色だ。しかし決定的に違う点が1つ。その全身の所々に半透明の結晶のようなものが浮き出しているのだ。体内の魔石が大きくなる病気だったか。だとするとあの結晶が巨大化した魔石だろうか。
「クローネ大丈夫かい」
ドラゴンは今までからは想像も出来ないような優し気な声で子供、クローネの鱗を撫でた。名前から考えて女の子だろうか。しかしクローネはそれに返事をせずに黙っている。いや、病気のせいで喋れないのかもしれない。唯一尻尾だけがゆらゆら揺れてその意思を代弁するかのようだった。
「あの結晶が大きくなった魔石ならやはりドラゴンは非常に強大な種族なんですね」
「強い魔物ほど透明になるんだったか」
「はい。理由は諸説あるそうですが、魔王の魔力の純度の違いというのが有力らしいです」
魔力の純度ね。なら黒に近いゴブリンなんかは不純度満点ということか。しかし魔王の魔力以外に何が入っているんだ。精気吸収みたいに他の誰かから奪った魔力で作ったりしたのだろうか。
余計なことを考えていると飯田が一歩前に出た。さっき長谷川という山を乗り越えたせいで何かをやり遂げた気がしてしまっているが実際にはここからが本番だ。それも先ほどと違い協力することはできない。飯田が1人でやらねばならない。
「治せそうか」
「わからないけど私に出来るだけのことはしてみるね」
母ドラゴンが頷くのを確認した飯田はそろそろとクローネに近づいていく。そしてその手をクローネの鱗に当てると集中するかのように目を閉じた。すると徐々に彼女の両手が神秘的な光に包まれ、その光はクローネへと移動していった。
「あれが奇跡の御手ですか。たぶん聖女専用のスキルなんでしょうが、確かに神々しい技ですね」
「凄いキレイ」
アンのいう通り聖女に相応しいスキルだ。クローネに移動した光は、最初に体全体を覆うと段々と体の内側へと入っていった。そしてその光に追われるかのように結晶も体の内側に引っ込んでいく。爬虫類なのでわかりづらいが心なしクローネの表情も柔らかいものになっている気がする。
なんとかなりそうだ、ドラゴンを含めてこの場の全員がそう思ったがスキルの使用者である飯田本人は違ったらしい。徐々にその両手を覆っていた光が弱くなりついには消えてしまった。そして荒い息を吐きながらその場に座り込む。治療が終わった、にしては飯田の表情に達成感はない。
「治ったのか!?」
「いいえ。ただ大部分は治したので暫くは大丈夫だと思います。魔力を大量に使ったので一度休憩させてもらっていもいいですか」
「……駄目だと言っても魔力がないならばどうにもなるまい」
「ありがとうございます」
俺たちのもとに戻って来た飯田は懐から瓶を取り出すとごくごくと不味そうにそれを飲み干した。魔力ポーションだろう。ゲームと違い一気に回復するのではなく、自然回復力を高めるものだから直ぐに治療を再開することはできないだろうが。
「なんとかなりそうで助かった」
「流石聖女ですね。あんな珍しい病気まで治せるなんて」
「それが少し問題があるの」
「問題?」
魔力不足、というわけではないだろう。回復している間に一気に病状が進むとも思えない。ならスキルの使用回数とかか?
「やってみてわかったんだけど魔石肥大病は増大した魔力が魔石から漏れ出て体を侵食する病気みたい。それでさっきはその漏れ出た魔力を魔石の中に押し込めてたの」
「それって平気なのか? 元々魔石に収まらなかったから漏れ出たんだろ?」
「上手く言えないんだけど漏れ出た魔力を一度完全に魔石の中に入れられたら平気……だと思う。ただ魔力を魔石に入れれば入れるほど抵抗が強くなっていくのが問題で。多分私の魔力が完全に回復しても全部の魔力を入れることは出来ないと思う」
なるほどな。ゴミ箱に入ってるゴミを上から押すイメージだろうか。最初はグイグイ押し込めるがゴミの密度が高くなればなるほど押し込むのに必要な力は増える。その力自体が今の飯田には足りていないのだろう。
「スキルレベルが上がれば行けそうか?」
「多分ね。ただ何レベルになれば完治できるのかまではわからない」
確か今のレベルは6だったはず。ただでさえ高レベルのスキルは上げづらいのに、何レベルがあげればいいかもわからないというのはキツイな。勿論それしか方法がないなら数か月ここに通ってもらった治療を続けて頂きたいのだが……。
そうしなくてもいい方法に心当たりがあるのだ、残念ながら。当然その方法は俺のスキルラーニングだ。これで奇跡の御手をコピーして飯田と一緒に使えばいい。2人でゴミを押し込むわけだ。しかしいくつか問題がある。1つ目は聖剣召喚とかと一緒で、聖女以外使えないスキルだった場合だ。俺は貴重なコピー枠を1つ潰すことになる。
2つ目は俺の体だ。前回意識を失ってアンやフィーに迷惑を掛けたのは記憶に新しい。今はストールさんに貰った治療薬もあるが、出来れば世話になるのは避けたい。1度目も平気だったから2度目も平気とは限らないのだから。
そして3つ目はラーニングの存在がバレることだ。アンやフィーだけならばいいだろう。アンは今さら隠し立てするような仲でもないし、フィーは知ったからといってなにかをするとも思えない。どこかで口を滑らせる可能性はあるが。
問題は飯田だ。彼女を通して長谷川、ひいては国に伝わるのが一番まずい。あいつらが俺を放置しているのは勇者の様に特別な力を持っていないと思っているからだ。俺のスキルがバレれば長谷川達のように魔王退治をさせられるかもしれない。少なくとも今までのように自由に行動は出来なくなるだろう。俺なら他人のスキルをコピーできる奴なんて絶対に手ばなさい。
なので出来れば飯田1人で完治させてほしいのだが……かかっているのはアンの母親の形見だ。素知らぬ顔など出来るはずもない。
「飯田。俺に考えがある。多分その方法なら完治出来ると思う」
「ほんとに!?」
「ああ。ただし条件、というより頼みが一つある。今から知ることは絶対に他言無用で頼む。もし誰かが知ったら最悪どこかに監禁されるか、命を狙われるかもしれない」
「そ、そんなに大事な秘密なの?」
「ああ。飯田を信頼して見せるが他の奴には絶対に言わないでくれ」
まあ監禁されるというのは大げさだが。俺だって監禁されるくらいなら黙って従う道を選ぶ。しかしこれくらい言っておけば飯田もそう易々と誰かに言うことはなくなるだろう。
「……わかった。絶対に誰にも言わないって約束する」
「助かる。じゃあ飯田の魔力が回復次第やるぞ」
取りあえず今はこれで安心するしかないだろう。四六時中飯田を監視するなんて不可能なんだから。そう考えているクイクイと後ろから服の裾を引っ張られた。振り向くとどこか不満げな目をしたアンが立っていた。
「私たちには言わないんですか。言わないでくれとは」
「勿論口外しないで欲しいが……2人のことはよく知ってる。わざわざ言いふらしたりなんてしないだろ?」
「それはそうですが。それとこれとは別といいますか。……もういいです」
プイっと俺に背を向けると杖の先でガリガリと地面をかくアン。それをお絵描きでもしていると思ったのか、フィーも尖った石を手に持ち地面に絵をかき始めた。
何か腑に落ちないものはあるが今は飯田の魔力回復を待つしかないだろう。俺は地面を土魔法で盛り上げて椅子を作りその上に座り込んだ。
読者の皆様に重大な発表があります。最近作品の更新頻度が乱れていることから察している方もいるかもしれませんが、この度この作品が
コミカライズすることになりました!!!
非常にありがたいことにヴァルキリーコミック様でこの作品がコミカライズすることが決まりました。何万という作品が連載されている小説家になろうで私の作品が出版社様の目に止まれたのはひとえに読者の皆さんが応援してくださったお陰です。いつも読んでくださりありがとうございます。
いつ頃連載を始めるのか、担当してくださる漫画様のお名前など続報があればまたお伝えしますので、これからも応援よろしくお願いします。
ヴァルキリーコミックのHPです。因みに私のお勧めは異世界の名探偵です。同じ作者様が書かれている「ペテン師は静かに眠りたい」も非常に面白いので是非読んでみてください。
https://www.comic-valkyrie.com/




