第28話 治療に必要なものは
弁解の言葉か、魔族と間違えられたことへの怒りか、正体を現して襲ってくるか、ストールさんの行動はそのどれでもありませんでした。
「確かに私は魔族だけどね。私が医者で患者を救うのが仕事というのも事実なんだよ」
キョウヤを背負った彼女はそのまま急いで、ただし彼を揺らさないように診療所の方に走っていきました。その走り方に慣れている様子を見て彼女がずっと前から医者をしていることがわかります。慌てて私はフィーの後に続いてストールさんを追いました。
診療所に入るとストールさんがキョウヤをベットに寝かしているところでした。
「魔力病はね魔族の子供がよくかかる病気、というのもおかしいね。簡単に言うと成長痛の魔力版だね。魔力の成長に器が追い付かずに痛むんだ」
「あのスゴイ痛い奴か! フィーは痛すぎて寝れなかった」
「あなたは獣人だからね。ただ魔力痛は普通ここまで酷い症状は出ないんだよ。魔力が多い魔族くらいにしか起こらないし、それにしたって気絶したりはしない。この子違法に作られた魔力増強剤とか飲んだのかい?」
「いえそんなものを飲んでいるのはみたことがありません。それよりあなたが魔族というのは――」
「それはこの子の体よりも大事なことかい?」
そんなことを言われては黙るしかありません。柔らかいベットに寝かせたとはいえキョウヤはまだ辛そうにしています。ここまでの行動を見る限りストールさんに害意はなさそうですが……
「キョウヤ助けるためにフィーに何が出来る?」
「この診療所の裏の森にリベル草という薬草があるわ。それを取ってきて頂戴。こんな見た目をしているわ」
そう言いながらサラサラとストールさんはリベル草の絵を羊皮紙に書きました。青い色が特徴的な植物です。
フィーあなたが彼女から魔物の臭いがするなんて言うから、私がこんなに気を揉んでいるのに。
「リベル草を持ってきてくれたら私についてはしっかり話すわ。それからでも遅くはないでしょう?」
「……わかりました。あなたの言う通りです。この草はどのあたりに生えているものですか?」
「そこが問題なのよ。最後に見たのは森の奥の方にある川の近くよ。ただ珍しい植物だからまだそこにあるかはわからないわ。それとしっかり根っこから取ってきてね」
「わかりました。行きましょうフィー」
「うん!!」
私は最後にベットで寝るキョウヤを一瞥すると診療所を後にしました。彼を1人残すことになりますがストールさんに対して警戒心を出していないフィーと、私の眼を信じましょう。それにもし彼女がキョウヤを人質にするなら、それは私たちがリベル草を持ってきて薬が出来たタイミングのはず。まずはリベル草です。
「フィー、水の臭いは追えますか?」
「うん。ここからでも微かに臭う」
「ではそこまで案内してください。その後は川岸を移動しながらリベル草を探します」
「わかった!」
「キャッ!」
そう言うとフィーは私をひょいっと背負うとそのまま森に入って行きました。確かにこれのほうが速いかもしれませんがせめて一言何か言ってからやってください。危うく舌を噛みそうになってしまいました。
「あったよ川が!」
「ではリベル草を探しましょう。私は下流を、フィーは上流をお願いします」
「うん!」
リベル草は川辺にあるという話でしたが見えるところそれらしきものはありません。見逃しがないように注意しつつ上流に向かっていますが中々見つかりません。
「《愚か者は上を見る》!」
「グフェ!」
川で水を飲んでいたゴブリンを見つけたので、気づかれる前に魔導で先制攻撃します。村のすぐ近くにある川ですがゴブリンくらいはいますか。しかしゴブリンがあれだけ無警戒に水を飲むということはそれほど強い魔物はいないのでしょう。
「アン!! こっちに来て!!!」
森中に響き渡るような大音量でフィーの声が聞こえました。な、なんて大声。これでは魔物も引き寄せてしまうかもしれません。そういえば別れた時の合図の方法を決め忘れていました。こんな基本的なことを忘れるなんて、キョウヤが倒れたことで想像以上に動揺していますね。いえ今は反省よりもフィーの元に行かないと。
「こっちこっち!」
「ハァハァ滝……ですか。それも……随分大きい」
フィーはあの短時間で随分遠くに行っていたらしく、彼女の元にたどり着いたときには息が切れてしまいました。
今目の前にあるのは30メートルほどの滝と崖。水が轟々と勢いよく流れています。
「ところでフィー。どうしたんですかそのケガは」
「あそこにリベル草見つけた。取ろうとして登ったら、あの魔物に攻撃されて落ちた。痛い」
「本当ですか!?」
フィーが指でさす方向を見ると、確かに崖の小さなでっぱりに青色の植物が生えています。ですがそこは丁度の崖の真ん中ほどで、私の視力ではそれがリベル草か断言できません。上流に来たのがフィーでよかったです。
「魔物というのはあれですか」
「うん。鳥の魔物。なんかガーガー鳴いたと思ったら急に体が動かし辛くなった。そこを突っつかれて落ちちゃった」
滝の近くの枝に妙に派手な色をした鳥が何匹か止まっているのが見えました。あれはガーガー鳥ですね。群れで生活して縄張りに入って来た敵を魔力を籠めた鳴き声、《魔鳴》で攻撃する魔物です。魔鳴で体内の魔力が乱されるので、体のコントロールが取れなくなります。そこを狙われたのでしょう。
「フィーは邪魔がなければあそこまで登れますか?」
「うん。あれくらいだったら簡単」
「では近づいてくるガーガー鳥は私が対処します」
「わかった。お願いねアン」
彼女に私がしっかりガーガー鳥を追い払えるか心配する様子はありません。ついこないだあったばかりの相手をここまで信頼することは、私には出来ない芸当です。正直羨ましいです。
「任せてください。一匹たりともあなたには近づけさせません」
その信頼に応えるためにも腕を振るわないと。火魔法や風魔法では近くにいるフィーにも影響が出てしまうかもしれません。ここは水魔法がいいでしょう。
フィーが崖を登りだすと先ほどまで木に止まっていたガーガー鳥の一部がフィーの近くに飛んで行きました。また鳴き声で追い払うつもりでしょう。縄張りを守りたいだけのあなた達には悪いですが、邪魔はさせません!
「《氷のささくれ》!!」
「グェエ!!」
水魔法の応用で氷の針を飛ばしフィーに近づくガーガー鳥を撃ち落としていきます。先ほど一度追い払えたことで油断していたのかバタバタと鳥たちは地面に落ちていきます。その間にスルスルとフィーは崖を登っていきます。凄まじい運動能力ですね。
「グェェエエ!!」
「――!」
「させません!!」
群れの中でも一際大きなガーガー鳥が鳴くと、それに従うように他のガーガー鳥が攻撃に参加しました。その中には当然私に向かってくるのもいます。最優先でフィーに向かう鳥たちを落とし、私の方に来るのは竜の逆鱗を唱えることで壁を作り対処します。
避けきれなかった個体がボンボンと爆発に巻き込まれ地面に落ちて行きますが、竜の逆鱗の大部分は消えてしまいました。
「ガーガー!!!」
「ッ! あんな遠くから」
魔導で一気に仲間が死んだことに危機感を持ったのかついに群れのボス鳥が動き出しました。おまけに体が大きいのは伊達ではないのか、魔鳴の効果範囲も非常に広く十分離れているはずの私にまで影響がありました。
そして私に効果があったということは当然フィーも魔鳴の影響を受けました。フィーが崖から手を放し落ちていきます。いくら獣人でもあの状態では受け身も取れません。そう考えた瞬間、視界の端にガーガー鳥が近づいてくるのを見ながらも私の杖は彼女の方を向いていました。
「クレイウォール!」
足元から大きくせりあがって来た土の山にボスン! とフィーが落ちました。ほぼ同時にガーガー鳥が私の目の前まで迫り嘴や爪で攻撃してきます。
「くっ!」
「ギャァア!!」
「アン! 揺れるから気を付けて!」
せめて杖で反撃しようとした瞬間ガーガー鳥たちの壁を破ってフィーが現れ、そのまま私を抱えるとその場から離脱しました。途中までは追ってきていたガーガー鳥ですが縄張りから出たせいかぴたりと姿見えなくなります。
「フィー。もう大丈夫です」
「よかった。ほらこれちゃんと取って来た」
そう言って差し出してきた彼女の手の中には確かにリベル草が。よくあの状況から取れましたね。
「結構高いところから落ちていましたが大丈夫ですか?」
「うん! アンが土を出してくれたおかげで助かった。柔らかくて抜けるのに少し時間かかったけど」
「それはよかったです。……すみませんさっきのは私の作戦ミスでした。もっと焦らずガーガー鳥たちを完全に追い払ってからやれば――」
「フィーもあの作戦でいいと思った。少しでも早くキョウヤを助けたくて」
それは私も一緒でした。自分は焦っていると一度自覚したにも関わらずリベル草を目の前にすると、一刻も早くキョウヤを助けたくなり、冷静な判断が下せていませんでした。
「いえ反省は後にしましょう。早く診療所まで戻らないと」
「わかった」
再びフィーは私を背負うと診療所に向けて駆け出しました。今後もこんなことが続くならもっと体を鍛えたほうがいいでしょうか……
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